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43話『雪に寄りそう夏の温もり』

 時刻はお昼、少し前。

 アクアギャラリーの鑑賞を少し早めに切り上げた俺と夏野(なつの)は、混み合う前に早めの昼食をとることに決めた。


 『新水波水族館』の東から西へ。人混みをかき分けて、フードコートに向かう。

 この後の予定としては、食後、北側で行われるイルカショーを見物し、それが終わったらもう一度西側に戻って物販をチェック。


 その後も時間が余っているようなら、中心街へ繰り出そうというプランだった。


「…………」


「…………」


 道中、特に会話はなかった。

 気まずさは特になかったけれど、それでもまるで付き合いたてのカップルの初々しさというよりは、互いに距離感を測りかねて、すれ違っているみたいだ。


 実際に俺は測りかねていた。


 夏野は、隠しごとは気にしないと言って友達になることを受け入れた。

 一年半前の事件を、さくらのことを隠している俺を、それでもいいと肯定してくれた。


 だが――俺は今こそ、話すべきなのではないだろうか。


 夏野は信頼できる。俺の過去を知っても、それを周囲に言いふらすことはしないだろう。

 

 けれど、いや、だからこそ。怖いんだ。

 夏野が俺に同情して涙を流すのも、こんな悲しいやつのそばにいる必要はないと距離を置かれるのも。


 近づいても、離れても、どちらにしても()()()()()()()()()()()()


「あ、白雪くん、あれとかめちゃおいしそうじゃん。どーよ」


「ならそれにしようかな。夏野は?」


「うーん、悩み。白雪くん決めてよ」


「なら……これとか」


「お、いーじゃん。ウチもそれ候補いれてた。さすが」


 フードコートに着いてから、そんな感じでメニューを決めた。

 俺はオムライスで、夏野がスープパスタ。


 カウンターがある入り口を横に抜けて、机がずらっと並べられた部屋に入る。

 少し時間をずらした甲斐あって、それほど混雑はしていなかった。


 端のほうの席に着いて、再び何を話すでもない時間が訪れる。

 

 ガラス越しに空を眺める俺と、そんな俺をちらちらと見る夏野。

 彼女は普段から、俺といるときはスマホのチェックなどをしない。


 それはただ単に見るべきものがない、潰すべき時間がないとも言えるが、拡大解釈をすればそれは今、俺と一緒にいる時間を尊重にしているように思えて。


「――夏野」


「……ん?」


 俺の突然の呼びかけに、彼女は優しく微笑んで首を傾げた。

 その表情が俺の心を揺さぶる。失くしたはずの感情を。囚われ続けているはずの想いを。

 

 それでもやはり俺は――。


「俺は、昔――」



 ――ピコーン、ピコーン。



 と、料理を注文した際に渡された端末が鳴った。

 カウンターに取りに来いという合図だ。


「……あ……、俺、取ってくるよ」


「や、ウチも行くよ?」


「……いいんだ。夏野は席、守っといて」


「んじゃ、お言葉に甘える」


 そうして俺は一人でカウンターに向かった。


 はあ、まったく。せっかく話すほうに気持ちが傾いたのに、これでまた考える時間ができてしまった。

 いくら他人の心を読む術があっても、自分の気持ちがコントロールできないんじゃ未熟にもほどがある。


 トレーに乗せられた料理を受け取り、俺は席に戻る。


「ありがと。……んで、さっき何言おうとしたの?」


「……」


 戻って早々に核心を突かれ、俺は言葉を失った。

 夏野はそんな俺を不思議そうに見ながら優しく笑う。


「ま、言いたくないこと、言う必要がないことなら言わなくていんじゃね。何言おうとしたか知んないけどさ、ちょい今日の白雪くんおセンチがバリバリっつーか、ぶっちゃけ未亡人みたいだし。憂いマシマシだし」


「そんなつもりはなかったんだけど……そう見えた?」


「まあ、ウチの主観的には?」


「……ごめん。君に不快な思いをさせるつもりじゃなかったんだ」


「不快? や、そんなこと思ってないから。さっきも言ったけど、別に会話がなくたって雰囲気悪いとか思わないし。だからウチが不快とか退屈とか迷惑してるんじゃないかって思ってんなら、そこは違うって否定しとく。白雪くんと一緒にいるだけで楽しいよ――ウチ」


「……」


「ま、友達でも恋人でも、ずっとワイワイガヤガヤやってるわけじゃないっしょ。知んないけどさ。……つか、ウチのほうこそごめん。もう白雪くんなら分かってると思うけど、ウチ、前に友達でいいって言ったのにそれ守れてない。それこそ迷惑っつー話よね」


 夏野は目を伏せて、静かに本心を打ち明けた。


 ――そんなことはない、と否定したかった。

 けれど言ってしまえば、彼女の好意を受け入れてしまえば、俺は。


 もどかしい。どうしていいか分からない。何が正解かも分からない。


 彼女のことを思えば、きっと遠ざけるのが正しいはずだ。

 これ以上近づけば、いつか絶対に失ってしまう。


 両親がそうだったように、次の家族がそうだったように。

 俺にとって神様のようだったさくらがそうだったように。


 ああ、だけど。

 遠ざけるのも、近づくのも、失ってしまうことに変わりはないんだ。


「――――」


 俺は俯いて、手をつけないまま冷めていくオムライスを見ていた。

 無言のまま。

 どうすることもできずに。


「……ねえ、白雪くん。()()、もう一人――」



『――お客様にお知らせします。午後一時から、館内北側のスタジアムにてイルカショーを開催いたします。鮮やかでダイナミックなパフォーマンスを繰り広げるイルカたちの姿を、ぜひご観覧ください』



 さきほどの俺と同じように、夏野の声が遮られる。


「あ、あー……あと一時間くらいで始まるんね、ショー。それじゃ、食べますか。少し早めに行って席確保、これ定石。でしょ?」


「……ああ、うん。で、さっき何を?」


「んん? え? あー……」


 なんだ。なんかいつのまにか立場が逆転してるぞ。

 さっきは俺が夏野に秘密を打ち明けるべきか悩んでいたが――いや今も悩んでいるが――今度は夏野が俺に何かを言うべきか悩んでいる様子。


 視線が泳ぎ、何かを誤魔化すように目を逸らされる。


「あー……あれよ。なんつーの? ほら、白雪くんがそうだったように、こう、遮られるってことはまだ話すべきことではないんだって。うん、それで万事解決オールオッケー。オーケー?」


「ん、まあ、そう言うなら」


 と、変な感じで話は終わり、少しばかりのすれ違いを残したまま、時間は過ぎていく。

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