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34話『雑談と悲鳴と視界不良』

 幽霊屋敷――そう言われてイメージした建物が、そのまま目の前にある。

 正面を鉄柵の門に、そのほかをレンガの塀に囲まれ、そこそこ広い庭――敷地。


 けれど建物は古びていて。

 二階建ての洋館。

 硝子は白く曇り、緑色の(つた)が屋根を覆って、周囲の一軒家から少し距離おいていることで、余計に雰囲気が出ている。


 なんというか時代に取り残された過去の遺跡のような印象すら思える。


「……門の鍵、開いてるな」


 きぃぃ、と立て付けの悪い音をあげる門。

 それを抜けて、(かえで)を先頭に、敷居内に入る。


「外から見た感じは、やっぱり誰も住んでなさそうだけどなぁ」


「同意です。どれだけ怠惰な人でも、さすがに窓の掃除とかはすると思います」


「そうね。私は少し潔癖なところがあるから、庭に溜まっている落ち葉もかなり目に付くわ」


「つか屋根に蔦って、なんか芋虫とか落ちてきそうじゃね……引く……」


「……」


 そっと目を逸らす俺だった。いや、新生活意外と忙しくてね。

 掃除とかついついサボっちゃいがちでね……。


 と、この洋館が現在俺の生活拠点となっていることを秘密にしている弊害が出たところで、正面玄関前に辿り着いた。


「すみませーん、誰かいますかー?」


 楓がドーナツ型のドアノックハンドルを使い、誰かいないか呼び掛ける。


「……わたし、昔から洋画とか見て思うんですけど、あのノックするやつ、めっちゃノックしにくそうじゃないですか? 普通に掴んだら指思いっきり挟みそうですよね」


「あ、それわかりみ深いわ。ウチも爪とか割れそうだなって思ってた」


 なんて小話が聞こえるだけで、中から特に反応はない。

 扉を押しても動く気配がないので、正面の門とは違ってこちらはしっかり施錠されているようだ。

 いや、鍵かけたの俺なんだけどね。


「……さて、どうしたもんですかね」


「もしかしたら別の場所から入れるかもしれない。二手に分かれて、左右から裏手に回ってみよう。俺は右側から行く」


「んじゃ俺は左から。女子の方々はいかがします?」


「私は冬馬(とうま)と一緒に行くわ。美原(みはら)さん、そっちをお願いできる?」


「え? や、まあ……断る理由もないからいいけど……」


「じゃあわたしも高砂くんのほうで、人数が多いほうが安心なので」


 俺と七瀬(ななせ)が右から、楓と夏野(なつの)花灯(はなび)が左からという構成になった。

 

 夏野は若干俺と一緒に行きたそうにしていたが、七瀬にお願いされたこともあって言い出せなかったようだ。

 俺としても七瀬と二人きりというのは少し意外――というか不思議だった。


 雑草の生えた地面を踏みしめ、ゆっくりと並んで歩きだす。


「――ねえ、あなた何か隠してない?」


「え?」


「いえ、何か、上手く言葉にはできないけれど作為的なものを感じたのよ。誘導されているというか、なんというか」


 なるほど、その違和感を確認するために七瀬は俺と二人になったのか。

 鋭いな。まだ成長途中ではあるが、やはり彼女は慢心しなければどこまで賢く、強い。


「……そんなことはないと思うけど」


「嘘を吐いているのだとすれば、さすがと言っておくわ」


「作為的と言えば、てっきり君は楓のほうを選ぶと思ったよ」


「え?」


「君――楓のことが気になってるだろ?」


「そ、そんなこと……ないわよ……」


「声が上擦ってるし顔が赤くなってるよ」


 あからさますぎるくらいに、あからさまだった。

 まさに恋する乙女の反応だ。いいね、青春だ。


 七瀬は顔を赤くしながらも不満そうな表情を浮かべて、俺を睨む。


「……そうね、認めてあげるわ。そりゃあ誰だって知らない男に襲われそうなところを助けてもらったら、少しくらい情が湧いても不思議じゃないわよ」


「チョロいね」


「チョロくないわよ!」


 珍しく声を張って否定した七瀬は、咳ばらいをしてからいつもの調子で言葉を続けた。

 

「それにしてもあなたの洞察力はさすがね。不本意だけれど認めざるを得ない。私もあなたに敗北してから、心理学系の知識を増やしているのだけれど、それでもまだまだよ。一体どうやって身につけたの?」


「先生がいるんだ。もう引退してしまったけど、俺はその人からあらゆることを教えてもらった。心の底から尊敬できる人さ」


「……そう」


 七瀬の返事は短かったけれど、俺のあの人に対する尊敬の念を理解したような声音だった。


「ところで七瀬、もし仮に裏口も鍵が閉まっているとしたら次はどうやってこの洋館に入ろうとする?」


「……そうね。私としては別に無茶せず無駄足に終わってもいいけれど、それでも強いて言うなら開いている窓を探すとか、こういう古いお屋敷には地下通路があってもおかしくないから、その出口を探すという手もあると思うわ」


 地下通路――なるほどそれはいいアイデアだ。

 これは記憶に留めておこう。


 それからしばらくして、洋館の裏手に回り込んだ俺と七瀬は、楓たちと合流を果たした。

 

「楓、そっちはどこか入れそうなところあった?」


「いんや。開いてる窓もなかったな。まあ可能性の一つとして煙突から入れるかも、くらいか。つっても琴平くらいのサイズじゃないと無理そうだけど」


「ちょっと、なにヤバいこと言ってるんですか。フリですか? 絶対やりませんからね……!」


「いや誰もそこまで言ってないけど……。大体まだ裏口が開く可能性があるかも――」


 と楓が裏口のドアノブを捻って引くと。



 ――扉が、開いた。



「……開いちゃった」


 俺は息をのんだ。

 ありえない。なぜなら俺は、楓たちとの待ち合わせ場所に向かう際、門の鍵は開けておいたが裏口はしっかりと施錠した。


 ――想定外の事態だ。


 俺が家を空けていた数十分のうちに、何者かが裏口から侵入したということになる。


「……」


 幽霊屋敷に突入するか否かで躊躇う夏野や花灯とは別に、緊張が生まれる。


 足跡は……ダメだ、雑草と落ち葉で分からない。


 だったら匂い、とも思ったが香るのは草の匂いと七瀬が付けている香水の微かに甘い匂いのみ。

 侵入した人物の手がかりは、現時点では得られない。


 いずれにしても危険事に巻き込むわけにはいかない。

 俺はここが自分の家であることを暴露し、状況を説明しようと口を開けた、その瞬間。



「きゃああああああああ――――ッッッ!!!!!!!」



 女性の叫び声が、中から響いた。


「――、ッ!」


 刹那、楓がほぼ反射的に中に飛び込んだ。それを追って俺も。

 

「なんだ今の叫び声!」


「分からない! で……でも楓、その前によく……聞けっ! ここは、俺……の――」


 赤い絨毯が敷かれた通路を全速力で駆け抜ける中、徐々に俺の体力が減っていき、すぐに楓との距離が離れていく。

 く、こんなときにフィジカル面が邪魔を……!


 とにかく喋る余裕もなく必死に楓を追う。

 曲がり角のところで足がもつれそうになりながらもどうにか曲がりきると、女性の姿が見えた。


 もっと言うと。

 バスタオル一枚巻いて廊下の隅に座り込んでいる桐野江涼子(きりのえりょうこ)の姿を――目視でとらえた。


「な……⁉」


「涼子さん……!」


 俺の声に反応して、涼子さんがこちらを向いた。


「あ、ああ白雪! ちょうどよかったわ。例のヤツが出たのよ! 名前を出すのもおぞましい黒いアレが! 早く何とかして頂戴、お願いだから!」


 いつもの仕事のできる女っぷりはどこへ行ったやら、状況から察するに、シャワーでも浴びていてその際にアレと対面してしまったのだろう。


 なんにせよ、このまま彼女をあられもない姿で放置しておくのはいたたまれない。


「あ、ああ……それは大変だったね。とりあえず安心して。服を着よう」


 この状況を見られては変に誤解されかねない。一刻も早く事態の収拾を図らなければ。

 そう思ったところに、絨毯を踏み荒らす音が近づいてきた。

 夏野たちが来てしまったのだ。


「……とと、いけない……びっくりした拍子に腰が抜けてしまうかと思ったわ……」


 女子陣の到着、立ち上がろうとする涼子さん。楓は後ろを向き、俺は涼子さんに歩み寄ろうとして。


 ――そのとき、涼子さんが体に巻いていたバスタオルがひらりはらりと落ちる兆候が見られた。


 次の瞬間、視界が覆われた。


「え?」


 今のは楓の声だ。



「ぐぎゃあ――⁉」


 

 今のが俺の声。

 何かで顔を覆われ、その上から正確無比な攻撃が俺の両目を曇らせた。

 

 後から聞いたのだが。

 まず七瀬が楓に、夏野が俺に、それぞれ着ていたジャケットを被せて涼子さんの裸を見ないようにしたうえで――花灯が指をピースの形に構えて、俺の両目に突き立てた、らしい。


 ついでに言うと俺はこのとき、夏野が着ていたジャケットの下で、失明したかもしれない恐怖と目つぶしの痛みから、大量の涙を流していた。

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