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33話『それはいわゆる、青春の一ページ』

 五月。ゴールデンウィークの後半である四連休の初日。

 俺、夏野(なつの)、そして七瀬(ななせ)の三人が駅前に集まった。


「あれ? なんで七瀬がいるの?」


「あーウチが教えたら来たいってさ」


 端的に説明する夏野。その服装は休日ということで私服だ。

 白いタンクトップにミリタリージャケットを羽織り、下は黒のスキニー。

 靴はスニーカー、幽霊屋敷の探索ということなので、動きやすさを重視したのだろう。


「何よ。私が来ちゃいけない理由があるとでも?」


 そして相変わらず俺に対しては愛想の悪い七瀬。


 肩を出したニットに、オーバーサイズのデニムジャケットを肩掛けし、落ち着いたベージュのパンツを合わせている。清楚とカジュアル、両方を兼ね備えた私服だ。

 

 女王という立場から何となくヒールを履いていそうなイメージだが、夏野と同じくスニーカーで、やはりいざというときに動けることを意識しているようだ。


「……」


 来ちゃいけない理由。

 まあ言ってしまえば件の幽霊屋敷は現在俺が生活している家なのだ。


 ので探索に加わるということは、俺の家に招くということで、楓や夏野、花灯ならまだしも七瀬とは一度は戦った関係。


 そこまで距離を近くしていいものかと逡巡してしまう。


「なんで黙るのよ。本当に私が邪魔者みたいなプレッシャーをかけないでくれるかしら? 泣くわよ」


「いやそんなつもりはないよ。ただ……そう、七瀬が来る理由が思いつかないなってだけ」


「ああ、なるほどね。理由としてはあれよ。ほら、今日はあの子も来るのでしょう? 高砂(たかさご)(かえで)くん。今日は以前助けてもらったお礼を言える機会だと思ったのよ。なあなあのままで済ませるのは私の性分じゃないの」


 言われてみれば、常盤大河(ときわたいが)との一件で、俺と七瀬は楓に窮地を救われている。


 学校だと学年が違うから会う機会はないだろうし、わざわざ教室にくればまた妙な噂が立つだろう。


 そう考えると七瀬が来た理由に納得がいった。


「……いやでも、一応俺も君を助けたんだけど」


「何言ってるのよ。あなたとは利害の一致があっただけじゃない。けれど彼はそういうのなしで助けてくれたのよ。彼にお礼を言う筋合いはあっても、あなたにはむしろ文句を言いたいくらいよ」


 まったくもってその通りだった。そもそも常盤が襲ってきたのは俺が『別れさせ屋』だという噂が立ったからで、その噂の原因もやっぱり俺の行動で。


 俺はお礼を言われる側ではなく、むしろ謝罪する側だった。


「ちょーちょー、つーかさ? 二人そんな仲良さげだったっけ? や、いんだけどさ。ウチ若干置いてけぼりくらってるんだけど……」


「ああ、申し訳ございません美原様」


「……様?」


「だから様付けやめなさいっての……一応アンタ女王ポジなんだから。たまに小物になるのやめな? こんなところをクラスのやつに見られたら、またどんな噂が立つやら……」


「まあ、今の私と美原さんは、周囲から絶対なる主従関係を結んだ百合カップルと思われているものね」


「それは初耳なんですけど⁉ マジで人の噂って腹立つなおい……なんで友達より先に恋人できちゃってる設定なんですかね……」


「……百合?」


 どうやら夏野は夏野で、七瀬と仲良さそうな感じだった。

 そんな他愛のない会話をしていると、ほどなくして(かえで)花灯(はなび)がやってきた。


「おっす。ってあれ、七瀬先輩じゃないですか」


 Tシャツにチノパンとラフな格好の楓。


「どうも高砂くん。この前はどうもありがとう。今日は私もご一緒させてもらうわ。……迷惑だったかしら?」


「ああいや全然! むしろ人数が多いほうが安心するんで。気にしないでください!」


 花灯の同行を認めたことで楓の気持ちは、危機管理のための偵察というより友人とのお出かけにシフトしていたようだ。


あと単純に大人びた女子に弱いってのもあるだろう。


「あの、ちょっと……」


 ちょんちょんと袖を引っ張られたので振り返ると、楓の隣にいたはずの花灯がいた。


「あの、わたし美原先輩とも、七瀬先輩という人とも面識がないんですけど。めちゃ美人じゃないですかお二人とも。わたしの立つ瀬がないんですけども」


「立つ瀬って……どんな立場を狙ってたのさ」


「なんかこうオタサーの姫的なアレですよ。今日は男の子を手玉にしてお姫様気分を味わうつもりだったんですよ。でも不祥です。むしろそんなことを考えていた自分自身が不肖に思えます」


 そんなことをいきなり言われても反応に困るのだが、しかし花灯の服装も、一昨日会ったときとそれほど変わらないが、可愛いことに変わりはない。


 無論、夏野と七瀬とはベクトルが違うことにも変わりはないけども。


「七瀬はともかく夏野は優しい人だから、いい友達になれると思うよ」


「……一応言っておくとですよ。わたし冬馬くんが実はいっこ年上なの知っていますけど、それとは別に年上の人って結構絡みづらいんですからね?」


「まあそんなに気負わなくても大丈夫だよ。自分が心を許せば、相手も心を許す。人間関係ってのはそんなものさ」


「知った風なことを……」


 うだうだ言いながら、俺たちは足を動かすことにした。

 ここから俺の家――もとい幽霊屋敷までは徒歩十分前後と言ったところだ。


 俺からすればもと来た道を引き返している形なのだが、別にそれを無駄だとも退屈だとも思うことはない。


「ということで、五人の親睦を深めるために一人一つずつ秘密を話していこう!」


 道すがら、楓はそんなことを言い出した。


「急にどうしたのさ」


「や、ほらせっかく集まったんだから、仲良くいきたいだろ?」


「まあ相手に親近感を抱かせるために自己開示は効果的と言えるね」


「……彼は別に心理学的観点から提案をしたわけではないと思うけれど、私は賛成よ」


 女王というバックボーンで場を支配していた七瀬がそういうのだ。

 ほかのみんなも頷く。


「まあ秘密っていってもそんな大げさに考えなくてもいいんで。じゃあ一番手、高砂楓いきます!」


 お人好しの楓。その口から一体どんな秘密が暴露されるのか、不思議と全員が唾を飲みこんだ。



「――実は俺、入学してからほぼ毎日、お弁当を自分で作って持ってきてます」



「いやそれ知ってるし……」


 何なら教室で思いっきり言ってた。アピールしまくってた。


「へえ、ふつーにすごいじゃん。料理できる系男子めちゃレアなイメージあるわ」


「それです。俺はそういうイメージを持ってもらうためにちょこちょこアピールしてるのに、全然誰も気にする素振りがないんですよ! なのでこの場を借りて言わせてもらいました!」


「確かに家事が得意な男の子は同世代よりも年上受けが良い印象があるわね」


「望んだ反応が返ってきて俺は感激だよ……。つーことで次、冬馬。お前も何か賛同を得たいこととかないか?」


 うーむ。ただでさえ秘密にしていることが多い俺だ。

 何を話すべきか悩んでいたんだが、一番手の楓がハードルを下げてくれたので、気軽にアレを言ってみるか。


「……そうだな。実は……俺はワイシャツ愛好家なところがある」


「え?」


「ん?」


「……?」


 楓以外が揃って首を傾げやがった。


「いや特に深い意味はないんだけど、ワイシャツが好きで、今日みたいによく着てるって話」


「……そう、普段学校でワイシャツを着ている女子を見る目が異常だと思っていたのだけれど、日常的に欲情していたのね……」


「だから深い意味はないって言ってるだろ……。なんで性癖を暴露したみたいになっているんだよ……そもそも七瀬とは言うほど会ってない」


 七瀬が引いた様子で言ってきたので俺は慌てて言い返したが、どうも変な空気が流れてしまった。

 

「そんな目でわたしたちの制服姿を眺めていたんですか……不祥です……」


「……ワイシャツコーデか……むずそー……」


 ともあれ俺の家――もとい幽霊屋敷までまだ距離がある。

 これ以上突っ込まれないためにも話を変えよう。


「それじゃあ次、夏野」


「ん、ウチかー……秘密って言ってもなぁ……あー……実は、結構アニメとか見る……とか?」


「へー、何か意外ですね。そういや、保健室の名取先生も結構サブカル系好きって言ってましたよ」


「あ、それな。あの人まじソウルメイトっつーか、実際かなり話できるから重宝してます……」


 養護教諭の名取愛衣。

 密かに彼女の婚活を手伝っている俺だけれど、正直ちょっと後悔している。

 彼女が無事に結婚できる日は訪れるのか、ぶっちゃけ無理かもしれない。


「なら今度、なにかおすすめの作品とか教えてよ。夜は暇でさ」


「ん、おーけー。あとで適当に円盤貸したげる。……なるたけ初心者向けのね。それじゃあ次は、琴平ちゃんでよろ」


「む、わたしですか。そうですね。わたしは美原先輩と少し似ているのですが、実は最近アイドルにハマってるんですよ。『アザレア』っていう名前で活動している高校生の女の子なんですけど、かなり推してます」


「『アザレア』……? あーもしかしてこの前、アニメの主題歌とか歌ってた?」


「それです! わたしはそれより少し前から追ってるんですけど、そのタイアップ曲が反響を呼んで、ブレイク間近って感じなんですよ!」


 熱がこもっていく花灯の言葉に、夏野は腕を組んで深く頷く。


「うんうん。なんていうか独自の世界観? とか、圧倒的な歌唱力とか、ちょいほかと違うオーラあったね」


「ふふふ、どうやら美原先輩とはいいお酒が飲めそうです……ふふふ。それじゃあ最後に、七瀬先輩、お願いします」


「――ええ、そうねぇ」


 最後のバトンを受け取った七瀬はしばらく考えるようにして、ちらりと楓に視線を向けてから、口を開いた。


「私はまあこういう立場なものでよく男子から告白をされるのだけれど、断っても『なら好みの男子は?』と聞かれることがあってね。一度断った以上何をしてもその人と付き合うことがないから誰にも言ってこなかったけど――私は、優しい人が好きなの」


 そのときの七瀬の声音は少しだけ、柔らかかった。

 俺には分かる。分かってしまう。視線、声音、表情、仕草。それらから分析できてしまう。


 七瀬は楓に好意を寄せている。きっとまだそれは、恋とも呼べない気持ちだけれど。


 七瀬の好みのタイプが優しい人なのは、充分理解できた。

 八木原は残酷なほどに優しかったし、楓もまた見ていて危うさを覚えるほど優しい。


 そうか……恋を失って、それでもまた新しい恋を、彼女は目の前にしているんだな。


「おー、いいっすね。やっぱ人間、見た目に惑わされがちですけど中身も大事ですもんね!」


「……ええ、そうね高砂くん」


 失って、終わって、また新しく得て、始まる。

 俺にはまだ遠いことだ。


 それからまたしばらく雑談が続き、長い坂を上った。

 南坂――その先に建てられた古い洋館。


 俺たち五人は、そこに辿り着いた。

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