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28話『『別れさせ屋』の正体(真相)』

 翌日。俺は神崎凪沙(かんざきなぎさ)と共に喫茶店『バタフライウインド』を訪れていた。


 今日はゴールデンウィークの中間にあたる祝日。明日はまた平日で、仕事や学校があって、その次は四連休。


 そんな前借のような祝日とはいえ、町は当然のように賑わっており。

 この店も当然のように閑古鳥が鳴いている。


 店の中央の席に座る俺と神崎以外には、店員からもほかの客からもやや死角となる奥の席に一人いるくらい。


 丸テーブルに置かれたスマホの横にあるカップを手に取り、紅茶を啜る。


 時計の秒針が進む音と、食器のこすれる音だけが響くような物静かな時間が流れる中で、ふと神崎が俺を一瞥して言った。


「……君の私服ってそういうのなんだねー」


「藪から棒になにさ」


「や、大した意味があるわけじゃないんだけどね」


 相変わらず飄々とした感じで話しかけてくる神崎。

 ちなみに俺の服装は白いシャツに黒のインナー、色の濃いジーンズ、靴は褪せた青色に赤と白のラインが入ったトリコロールっぽいやつといったシンプルな服装だ。

 

 このことは誰にも語るつもりはないのだが、俺はどうも白いシャツが好みというか愛用する傾向がある。ワイシャツ愛好家というわけだ。


 だから私服は基本的にこんな感じ。


「っていうかそれ、いざってとき動けなさそうじゃない? 逃げるとき全力で走れないよ?」


「逃げるって何から?」


常盤(ときわ)先輩。先輩の凶行未遂を撮影する係としては、逃げ足も重要でしょー?」


「……」


 今回の作戦としてはまず最初に、『別れさせ屋』が友達登録していたアプリで、常盤の元カノを通じて、常盤本人に高砂(たかさご)(かえで)が『別れさせ屋』だという嘘の情報をリークするところから始まった。


 文面はこう。

 『一年の冬馬だ。先輩のアカウントは彼女さんから教えてもらった。調査の結果、『別れさせ屋』は高砂楓だと判明した。友達だと思っていたが、あいつは裏で俺に罪を擦り付けようとしていたんだ。明日もデートが行われる。仕返しがしたい。協力してくれ。『別れさせ屋』がいつも使うデートコースを送る』


 この話に常盤が乗ってきたら――いや彼は必ず乗ってくる。だから仮定するべきは行動を起こす場所。

 一番可能性が高いのは、人通りが少ないこの『バタフライウインド』周辺だ。

 

 楓と恋人役の花灯を待ち構えて現れた常盤が、再びカッターを持ち出すなどの危険行為に走ったら、その瞬間を俺と神崎が写真や動画で撮影。


 それをネタに彼を脅し、これ以上何もしないことを約束させる。


 これが俺の立てた作戦の一部。

 そういう事情で今、ちょうどお昼どきにこの場で待機している。


 もし常盤が現れたら、楓から神崎のほうに連絡をする段取りだ。


「だからほら、パーカーに短パン。まさに、何かあったときに逃げる気満々だよ」


 神崎は両手両足を広げて自分の服装をアピールする。ちなみに靴もランニング用のものだ。

 というか、改めてみるとデカい。身長とかいろいろ。

 

「さすが元陸上部のエース」


「え?」


 さらっと言うと、神崎は不意を突かれたような声を出した。

 

「うーん。もしかして君も陸上部だった? 大会とかで顔合わせたっけ」


「いや俺は万年帰宅部だよ。ただ足の筋肉の付き方からして陸上部かなって。君は身長も高くて手足が長いから、かなり活躍しただろうね」


「お~、正解。へぇ筋肉の付き方とかで分かるんだ。って、何気に私の生足を観察してたってこと? ちょっとそれは引くなぁ」


 たはは、と笑いながら話す神崎。

 俺はそれを起点に話を広げる。


「どうして高校では陸上部じゃなくて生徒会に?」


「んー、まあ生徒会に入ったのは昨日君が言った通り『別れさせ屋』として情報を得るためだよ。それ以前に陸上部に入らなかったのは……花灯ちゃんとの時間が欲しかったから、かな」


「君はずいぶん花灯のことが好きなんだね」


「まあね。……ん、君も花灯ちゃんのこと、名前で呼ぶんだ」



「ああ。昨日仲良くなったんだ。聞いたよ。――――君、花灯のことを脅して協力させてるだろ」



「……ん?」


 連絡を待っている間。俺はもう一つの目的を達成するために動き始める。


「とぼけても無駄だ。花灯の父親のことをクラスメイトたちにバラす。そう脅して協力させてたんだろ」


「あー……んー……、あはは。困っちゃうな。そっかそりゃそうだよね。花灯ちゃんがそう思っちゃうのは当然か。でもね、違うの。うん、違う」


「何が違うって?」


「私、そんな脅すつもりなんてなかったんだよ。花灯ちゃんのお父さんのことがあって、あの子が中学時代にどんなつらい思いをしてたのか、桔梗高校では私だけが知っていてね? だから誰にも話す気もないよ。ただ私は花灯ちゃんと仲良くなりたかっただけなの」


 なんだ、この違和感は。

 神崎は嘘は言ってない。けどそうなると……本当にただ神崎の行動の意味が、単純に花灯と仲良くなることだとすると不自然というか、常軌を逸している。


 少し揺さぶってみよう。


「いやそれは嘘だ。俺には分かる。君が陸上部に入らなかったのは、怪我か才能で挫折をしたからだ。でも君は陸上への憧れからくるフラストレーションが溜まり、それを発散したかった」


「……ほえ?」


「そんなとき、クラスの女子が彼氏のことで困っていると知り、問題を抱えたカップルを破滅させることを考えた。大義名分がありながら浮気という背徳的なことができる。そんな、自分の欲求を発散できる行為を見つけたんだ。でもそれは一人じゃできない。かといって人数が増えれば秘密は漏れる。だから支配下に置ける花灯を狙った。違うか?」


「違うよ!」


「――――」


 うーん……神崎の言葉を素直に信じる気にはなれないが、俺も何となく、反応からして違うような気がしてきた。


 でもこれで、神崎は真実を話してくれるはずだ。

 自分の行動を勘違いされたら、訂正したくなるのが心理だから。


「じゃあどうして?」


 俺が問うと、神崎は真剣な表情で答えた。

 さあ、本音を曝け出せ。


「それは――さっきも言った通り、花灯ちゃんと仲良くなるためだよ。そう、私の行動理念はすべて花灯ちゃんと仲良くなりたいから。本で読んだの。共通の話題や共通の作業があれば、互いの距離が近づきやすくなるって」


「だから君は『別れさせ屋』を始めた?」


「そうだよ。たまたまクラスの子から悩みを相談されて……そのときに浮かんだの。これを利用すればもっとあの子との距離を縮められる。仲良くなれる。だってそうでしょ? クラスも違って、部活も入ってなくて、だからいいきっかけだと思って話を持ちかけたんだ。撮影係ならいいよって花灯ちゃんも言ってくれた。あの子も友達が欲しかったんだよ」


 それは違う。

 花灯は入学当初から自分の過去を知る神崎を警戒していたんだ。断れば、何を言われるか分からなかったから。

 だから話に乗った。乗らざるを得なかった。


「計画は成功して、カップルは破局。たくさん感謝されたなぁ。でも、もうこれでおしまいだと思うと――まだ足りなかった。このチャンスを逃したら、もう二度とあの子は私と目を合わせてくれないと思ったの。だから脅すつもりなんてなかったけど……言っちゃった」


 神崎の目は暗い。だが表情は笑っていた。

 口元は歪み、恋に恋する乙女のような盲目さを感じる。


「でも大丈夫だよ。花灯ちゃんも数をこなすごとに人から感謝される喜びとか、自分が人を助ける側であることを知って、やる気になってきてくれたから。私と目を合わせてくれるようになったし、メッセージの返信も前より多いし、笑顔を見せてくれるようにもなった。実行役もやってくれたし、このまま行けば、私たちはちゃんとした友達になれるんだぁ」


 いいや、それはある種のストックホルム症候群だ。

 自分の身を、心を守るために、加害者に同情し距離を縮めようとする(まぼろし)のような好意なのだ。

 だから神崎のいない場所で、花灯は怯えている。


「なぜそこまで彼女に固執する」


「どうしてそんなこと知りたいの? もしかして花灯ちゃんのことが好きで嫉妬してる? ダメだよ。あの子は私のだから。誰にも渡さない」


「純粋な興味だ。他意はない。だから話してくれないかな。君の花灯に対する想いをありったけさ」


 常盤と似たような暗い目で俺を見る神崎。

 それから少し考えるようにして、彼女は語る。


「あれは――忘れもしない去年の五月十五日。私は早々に陸上部を引退したの。君の言う通り、私は昔からスポーツをしていて、中学時代の陸上ではそれなりに活躍もして賞も取った。でもね、ずっと、何か満たされない感じがしてね。燃え尽きたのとは少し違うけど、何か新しい刺激が欲しかった」


 神崎は紅茶のカップの端を指なぞりながら想起する。


「ある日、それまで全然接点のなかった花灯ちゃんと話す機会があって、それでこう言われたんだよ。『神崎さんは背も高いし足も速いから、ずっと憧れてた』って。私は女の子らしくない自分の体が少し嫌だったから、あの子の言葉が本当に嬉しかった」


「陸上では得られなかったものが、得られた気がした?」


「まさにそうだよ。私が欲しかったのは勝ち取った称賛なんかじゃない。スポーツ選手じゃなく一人の女の子としていわゆる――青春? 友達を作って、誰かを好きになって、そういうのが欲しかったんだ。だから背が小さくて、少し舌足らずな声で、小動物のようなザ・女の子の花灯ちゃんを好きになった」


 ――でも、とそれまで嬉しそうに話していた神崎の声が低くなる。


「私はもっと仲良くなりたかったけど……そのタイミングで、花灯ちゃんはいじめられるようになったんだよ」


「父親のことが原因で……か」


「そう。受験勉強のストレスもあって、みんな酷いことした。私もそう。あのときは当然、花灯ちゃんを守ってあげたかったけど、今近づけば私もいじめの対象になるって分かっちゃったから。だから見て見ぬふりをした。けどあの子が悲しそうな顔をするたびに心の中に黒いもやもやが溜まって――」


「…………」


「だから私は愛と慈しみをもって、何が何でも花灯ちゃんを幸せにしてあげたいんだよ。守れなかった分だけ、友達になって、あの子の痛みを少しずつ、優しく包み込んであげたい」


 ――歪んでいる。

 いや、歪んでしまったというべきだろうか。

 花灯がいじめられている光景を見て、神崎は罪悪感を抱いた。助けられない無力な自分に絶望し、彼女と過ごす平穏な日常を切望し――なにかがズレてしまった。


 花灯のためを思って行動している、という風に思い込んでいる。これこそが神崎凪沙のもっとも恐ろしい点だ。

 

 それはただの気持ちの押し付けで、ありがた迷惑で、どこまでも自己満足。

 だから空回りしてしまい、結局花灯は神崎を拒絶しているのだ。


 ――それでも。


 神崎の根底にあるものは。始まりの感情は、琴平花灯と仲良くなりたいというもの。

 複雑な事情が絡み合ったこのすれ違いはまだ元に戻せる。


 俺は裏向きに置いていたスマホを手に取って通話を切った。


「神崎。作戦変更だ。今から花灯のところに行ってくれ」


「え? いいの?」


「ああ。そうすれば君たちの関係は進展する。絶対に」


 神崎の目をまっすぐ見て、俺は自信を持ってそう告げた。

 数秒――視線が交錯する。


「…………うん、分かった。君がそういうなら遠慮はしないよ」


 神崎が席を立つ。それでいい。

 花灯と神崎の捻じれた関係性は進む。その先が前か後ろかは分からないが、それでも、いつまでも誤魔化したままどこにも行けなくなるよりはずっといい。


「あ、すみません……」


 神崎が扉を開けて店を出ようとしたそのとき、同じタイミングで『バタフライウインド』に入ろうとした客とぶつかりそうになる。


「いえ、こちらこそ」


 神崎凪沙は店をそのまま店を出た。

 すれ違った人に最低限の言葉を残して、急いで、琴平花灯のもとへ向かうために走っていく。


「いらっしゃいませ。二名様ですか? お席は――」


「いえ、大丈夫です。先に友達が来てるので。だよねぇ、冬馬ァ?」


「ああ、そうだな。――常盤」


 神崎と入れ替わるようにして桔梗高校三年――常盤大河は、女連れで俺の前に現れた。

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