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27話『琴平花灯の過去、冬馬白雪との共通点』

 青春とは程遠い日々の中にいるものだと、俺は一年前から思っていた。

 しかし桔梗高校に入学してからというもの、失ったものを大急ぎで取り戻していくように濃い日常が続いているような気がする。


 今日は自分が『別れさせ屋』という噂の渦中にいることが発覚し、七瀬七海(ななせななみ)から調査協力を求められ、常盤大河(ときわたいが)と出会い、『別れさせ屋』のメンバーが神崎凪沙(かんざきなぎさ)琴平花灯(ことひらはなび)だと突き止めた。そして現在――午後八時。


 帰宅した俺は、軽い夕食を済ませて自室に。

 スマホを片手に、部屋の隅に置いたマットレスに座っていた。


 背中を預けている壁が冷たい。

 いや冷たいのは壁だけではなく部屋の雰囲気そのものだ。


 イメージは洋館の一室。広さはちょっといいホテルの部屋くらい。

 暖色の灯りが洒落た雰囲気を出してくれているが、部屋に置かれた家具は今座ってるマットレスのみ。


 まるで体を休めるホテルというよりは、ただ一人になることに固執した独房のようだ。


 俺はこの景色も雰囲気も決して好きではない。だがかといって嫌いというほどでもない。


 何というか、今はこれでいい。そう思っているだけだ。


「――さて」


 俺は琴平に電話をかける。

 本当なら直接会って話したいが、場合によっては顔を合わせないほうが話しやすいということもあるだろう。


『……はい』


 数コールしてから、その声が聞こえた。

 少し舌足らずな可愛い声、当然だが琴平本人だ。


「もしもし、冬馬だ。今どこ?」


『自分の部屋ですけど。え、何かいかがわしいこと考えました?』


「いいや。俺も今、自分の部屋にいる。君は何か考える?」


『部屋がごちゃごちゃしてそう、くらいでしょうか』


「それは間違ってるな。さて……それじゃあ早速本題に入ろうか。君――神崎に脅されて『別れさせ屋』をやってるんだろ?」


 琴平の息をのむ音が聞こえた。


『……どうしてそう思ったんですか?』


「君と神崎には上下関係ができている。君は俺と楓に声をかけられたあと、トイレに行って神崎に指示を仰いだだろ? ワイヤレスイヤホンをつけ、視聴覚室に行くよう言われたんだ。それだけならまあ、信頼できる仲間を頼った、とも取れるけど」


 俺は思い出す。

 神崎が話していたときの琴平の表情を。


「神崎が話してるときは表情を伺うよう視線を向けていたし。それに君は神崎を苗字で呼んでいたけど、神崎は君を名前で呼んでいた。なんていうか声の感じからしても距離感が妙だと思った」


『……』


「というか君、俺が聞いたとき露骨に動揺してたでしょ。嘘は通用しないよ」


『今日南雲くんに同じこと言って、思いっきり間違いだったじゃないですか』


「いやあれはそういうハッタリでわざとやったことだから……って、話を逸らすのはよくないな。俺は答えが分かっていて遠回りするのは好きじゃない」


『答えってなんですか?』


「君が脅されてる理由だよ。琴平の名前でネット検索をかけたら、約一年前の記事が出てきた」


『な、なに人の名前をネット検索してるんですか。あれですか。冬馬くんは好きな子の名前とかSNSで検索して監視するタイプですか。うわー素直に不祥(ふしょう)です。不祥事です」


 どうにも琴平花灯という女子は、自分に不都合な話を無理にでも逸らそうとする癖があるらしい。

 不祥です、か。

 ドン引きです、みたいなニュアンスで使ったのだろうけど、それにしても不祥事はさすが墓穴を掘ってる。


「俺はどちらかと言えばやられた側なんだけど、それはともかくとして、そうだ、不祥事だよ。ネット検索で、君のお父さんが会社で不祥事を起こした事件の記事が出てきた」


『あーあーあー、聞こえません。知りません。人違いです』


「犯罪者の身内ってのは周囲からあーだこーだ言われるものだけど、でもクラスでそういう話題は聞いたことがない。となるとだ。君はそういう煩わしいものから解放されるために、中学の知り合いがいない桔梗高校を選んで進学したんだ。違う?」


『……………………』


「大丈夫、安心して。俺は君の秘密を誰にも話さない。自分の心に溜まった靄を吐き出すように、話してくれないかな」


『…………あーもー、はい、そうです、その通りです。確かにわたしのお父さんは会社のお金を盗んだ罪で逮捕されました。でもちょっと記事を見たくらいで知った風なことは言わないでくださいよ。同情もなしです。あれは濡れ衣で、冤罪なんですから!』


 琴平の言葉には力がこもっていく。

 

『お父さんは今でも塀の中で無実を訴えているんです。でもみんなして勝手に決めつけて……わたしやお母さんまで嫌がらせを受けて……。幸い大きく報道されることはありませんでしたけど、でも思い出したくもない日々です。だからわたしは知り合いが誰もいかない高校に進んだ。でも……』


「――神崎凪沙がいた」


『……すごいですね。なんでも分かるんですね』


「なんでもじゃない。でも君の気持ちはよく分かるよ」


『勝手なこと言わないでください。不愉快です。不祥です』


 以前、夏野の秘密を一つ知ってしまったとき。

 俺も一つ秘密を開示した。


 ――ならば今回も俺は同じ選択をするべきだろう。


 正直、琴平の抱えているものがここまで重いものだとは思っていなかったが、知ってしまったことへのお詫びとして、返せるものが俺にはある。


「……分かるよ。俺の両親も犯罪者だ」


『え?』


「犯罪者で、実刑をくらってる。冬馬の苗字を持つ詐欺師を検索すれば記事が出てくるよ。だいたい五年前だ」


『あ、えっと……その……』


「俺も昔、いろんなことを経験した。だから花灯の痛みは少なからず理解できる。誰も自分のことを知らない場所に来たはずなのに、昔のクラスメイトがいて、そいつがいつ自分の秘密をばらすか不安で。そんな毎日、すごくつらいはずだ」


 それこそ心が引き裂かれるほどに。

 秘密を知られて、手のひらを返されることを恐れて、誰とも仲良くなれないほどに。


 ――恐怖だ。


『冬馬くん……』


 琴平花灯は悲しそうに俺の名前を呼ぶ。

 理解者、対等であるべき存在――その出現で、彼女の心はどれほど救われることだろうか。

 彼女の心に溜まっていた淀みは澄んでいき、今にも涙が……、


『なにちゃっかり名前呼びしてるんですか。不祥です』


 零れることもなく。普通に突っ込まれた。


「いや、俺は仲良くなれそうな人は名前呼びすることにしてるんだ。君も俺のこと好きに呼んでよ」


『じゃあ白雪姫で。いつも寝てるので』


「それは不祥だな」


 懐かしき小学生時代、一時期そんなあだ名をつけられたこともあったかなぁと思う。

 まあ呼び方云々はさておき。話を戻そう。


「それで君が『別れさせ屋』になった経緯は?」


『ああそれはですね……。うーん。入学当初から神崎さんがやけにフレンドリーに接してきてですね。わたしとしては秘密を握られてるわけなので、ぶっちゃけあまり関わりたくなかったんですが、神崎さんのクラスで困っている女子がいると話を聞いたんです。端的に言うと、チャラ男に引っかかったみたいな?』


「つまり、入学早々恋人ができたけど、男のほうが誰にでも手を出すヤツで、女子側が別れたがってるってこと?」


『それです。で、神崎さんが男装して、その女子と浮気した感じにしたいから撮影係をって頼まれまして。断ればお父さんのことを言いふらされると思ったわたしは協力したんです。で、結論だけ言えばそれは成功しました。それから…………その、ここからがよく分からないんですけど、神崎さんが『別れさせ屋』をやろうって持ち掛けてきて……』


 花灯の声には疑問の色が見える。

 結局のところ花灯自身、神崎の考えが理解できていないということか。


『断ろうと思いましたよ? でも今度ははっきりと言葉にされたんです。『仲良くしてくれれば、私は何も言わないよ』って。それから神崎さんは『別れさせ屋』は人を助けるためのものだからって……わたし人生史上一番のホラー体験でした……』


「大義があれば人間は罪悪感を消し去れるからね。人助けのためにカップルの仲を裂くことも、犯罪者の子供だからって差別するのも。どこまでだって純粋に、残酷になれる」


 『別れさせ屋』――別れたがっている片方の気持ちに答えて、カップルを破局させるシステム。

 そのすべてが間違っているとは思わない。

 人助けは素晴らしいことだ。


 だが少なくとも今回は、取り返しのつかない失敗をした。

 一方の気持ちを汲み、もう一方の心を無視したその行いは、常盤を激昂させ、七瀬を涙させた。

 

 神崎は自分の感情、都合を優先する人間だ。だとすれば彼女が『別れさせ屋』を始めた理由は――。


『……ところで、例の常盤、先輩……でしたっけ? その人のことはどうするんですか?』


「明日中に決着をつけるよ。常盤の元カノに協力してもらって彼を呼び出す。それで終わりだ」


 だが侮ってはいけない。

 ヤツは馬鹿じゃない。七瀬のときのように罠を仕掛け――。


 いずれにしても大掛かりな作戦になるだろう。


 神崎を通して、常盤の元カノ、八木原にも協力してもらい、そして俺のほうでも人を集める。


 取り戻すとしよう。


 平穏なる日常――青春というやつを。

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