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23話『パズルのピースは揃いつつあって』

 ――先に動いたのは、高砂(たかさご)(かえで)だった。


 外は強い雨風が吹きすさび、遠くから聞こえる雷の音。

 灯りのない空き教室。

 その中で独特の存在感を放つ三年――常盤(ときわ)大河(たいが)

 

 刃を露出させたカッターをその手に持つ男に、楓は向かっていく。


「ッ――――!」


「ふん……」


 対する常盤は逆手に持ち直したカッターを力強く振り下ろした。

 このまま行けば、楓の脳天に鋭く研ぎ澄まされた刃が突き立てられる。


 ならば――と、楓は振り下ろされた常盤の手を、手首を掴んで止めて、もう片方の手で拳を作りそれを放つ。


「――‼」


 だが常盤も一筋縄ではいかない。

 向かってくる楓の拳を同じように片手で止める。

 これで、互いが互いの攻撃を止め合った形――両腕は塞がれた。


 だとするならば次なる手段は。

 楓は少し頭を引いて、勢いをつけてから頭突きを繰り出す。


 が――それは当たらない。


 なぜなら同じように腕を封じられた常盤が、頭ではなく、足を使ったからだ。


「……⁉」


「あァ……‼」


 常盤は楓の胴体に足を置いて、バネのように伸ばし、楓を突き飛ばした。

 直後、さらなる攻撃態勢に入る。


 常盤の追撃。順手に握り直したカッターを左手に、よろめいている楓めがけて突っ込む。

 

「――――」


 刹那――楓は崩した体勢を利用して緩やかに、()()()()()()()


 しかもただ倒れたわけじゃない。

 これで常盤は刃の矛先をほんの一瞬、僅かに見失い、そして彼は――死角からの攻撃に反応できない。


 楓は足を延ばし、前傾姿勢の常盤の体を()()()()()()()()()()()()()()

 さながらサッカーのオーバーヘッドキックのように。


「な……⁉」


 勢いのまま壁に全身を打ちつけた常盤。

 俺も七瀬も、そして楓も――彼の次の行動を見るべくその場にとどまったまま視線を向けた。


 ゆっくりと立ち上がる常盤。長い前髪に隠れ気味の目はやはりどこか虚ろで、不気味だ。

 痛みを感じていないと言わんばかりに平然とした表情で、彼はカッターと俺たちを見比べてから口を開いた。


「……これ、結構効くと思ったんだけどなァ。実際あの子は良い表情をしてくれたし。でも君らはこういうの、慣れてるんだね」


「あの子……だって……?」


 楓が首を傾げた。

 そうか。楓は、常盤がサイコ野郎で、『別れさせ屋』の被害者で、そして俺を『別れさせ屋』だと勘違いして襲ってきていることを知らない。

 

「サイコパス気質でナルシスト、そのうえサディストか。スリーアウトだよ、お前」


「人のものを奪っておいてよく言うよなァ。あれは僕のだ」


「一応後々のために言っておくと、さっきのは全部嘘だ。お前の注意を引き付けるために出まかせを言った。全部勘違いなんだ。俺は『別れさせ屋』じゃない。噂に迷惑してるただの一年生」


「…………」


 暗い、昏い、冷たい、深淵のような――闇を秘めた双眸。

 常盤が俺を見ている。じっと、見定めるように……。


 窓を叩く雨の音がうるさく感じるほどの静寂――それから常盤は、素早くカッターの刃を収め、ポケットに仕舞った。


「あっそ。じゃあ本当の『別れさせ屋』が分かったら教えてよ。あ、もし僕の不利になるようなことを周囲の人間に喋ったら殺すからァ。どこに逃げても、誰を頼っても、必ず後悔させてあげる。それじゃあ」



 それだけ言って、常盤は何事もなかったように教室を出た。

 


 窓の外を見れば、まだ雨は降り続いている。

 それでも嵐が過ぎ去った感覚を覚えた。


 七瀬が、楓が――安堵の息を漏らす。


 一方で俺は、あちこち激痛が奔っている体を無理にでも動かして、七瀬に駆け寄った。


「君は無事? どこか怪我は? それと俺のブレザーでとりあえず隠そう。楓、ちょっと後ろ向いとけ」


「あ、ああ。そうだな。すみません先輩、見ちゃったものは記憶から消しておきますんで」


 改めてみると、七瀬の姿は悲惨だ。

 ブレザーはともかくとしてワイシャツはボタンが千切れて前が閉まらなくなってるし、ブラジャーも細いお腹も見え見え。何ならスカートも捲れてパンツも見えてる。


 すぐに脱いだブレザーを七瀬にかけてやる。


「……ありがとう。意外ね、こういう気遣いができるだなんて」


「いいから。で、傷は? どこか痛いところとかない?」


「だ、大丈夫よ。そんなに心配しなくても結構。それよりあなたこそ、随分と蹴られまくっていたけれど?」


「俺のことはいいんだ。うん……無事ならそれでいい」


 俺はようやく安堵した。最終的に七瀬と俺を守ってくれたのは楓だけど、それでも常盤を挑発して時間を稼いだだけの価値はあった。


「……守ってくれてありがとう。冬馬」

 

 しんみりとした様子の七瀬はブレザーで肌を隠しつつ、そう言った。

 当然だ。知らない男に押し倒され、服を剥がれ、命の危機だって覚えたはず。

 怖くないわけがない。


 よく見れば、ブレザーを握る七瀬の手が微かに震えていた。


 俺はその手を握ろうとして……結局やめて立ち上がることにした。


「楓、ちょっといいか? 巻き込んじゃった以上は、ちゃんと説明したい」


「ん、ああ。オッケー」


 俺と楓はとりあえず部屋の隅に移動して、話の続きをすることにした。

 七瀬の服に関しては、今部下に用意させているようだ。


「んで……なんだったんだ、あいつ? 話の流れからして、『別れさせ屋』ってのが関係してるのは分かったけどさ」


「彼は常盤大河、三年。例の『別れさせ屋』の被害者で、報復を企んでる」


「それでお前が『別れさせ屋』っていう噂を聞いて、狙ってたわけか。……いやでも、それにしてはやけにあっさり引いたよな」


「多分だけど、さっきのは俺が使うハッタリみたいなものだったんだ。決めつけて強引に迫ることで、相手の本音を引き出す」


「……それにしちゃあ物騒だったけどなぁ……」


「ああ、だからヤツは危険だ。きっといつか人を殺す。絶対に。だからこそ早く何とかしないと」


 そして常盤大河の存在を知ったことで、『別れさせ屋』の目的も見えてきたかもしれない。

 

 常盤は完全なる異常者だ。現代社会と相反する人間だ。

 そんなヤツにどうして別れる彼女がいたのか、それについての是非はともかくとして、注目するべきなのは理由だ。


 付きあう理由ではなく、別れる理由があるということ。


 もし。もし仮に常盤の彼女が、彼と親密になったことでその本性を知ったとするならば、当然のように別れることを望んだはずだ。


 自分の恋人が、自分のことなんて都合のいいお人形くらいにしか思っていない異常者だったと理解してしまったなら、どうしたって心は離れる。


「――――」


 七瀬が用意した被害者のリスト。そこにはさすがに当人の評判、カップルの仲のことまでは載ってない。


 しかし俺はリストに載ってない被害者をもう一組知っているじゃないか。



 七瀬と音楽教師の八木原。



 ――七瀬は八木原のことが本気で好きだった。

 だが、八木原のほうはどうだ?


 一度はその優しさで七瀬の気持ちを受け入れた。

 一度はその優しさで七瀬の気持ちを遠ざけた。


 ならば次は――?


 ピースは断片的に揃っている。

 ならばあとは、それを肉付けし、結合し、正しき答えに導くだけ。


「……よし、次にやることが見えた。答え合わせの時間だ」


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