20話『桔梗高校に蔓延る『別れさせ屋』』
琴平花灯編、開幕です。
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悪辣な噂も収束し、平和な日々が続くと思われた翌週。
世間的にはゴールデンウィークが始まり、今はちょうど中間で、中途半端な、どうにも取り留めのない平日。
ものの見事に、語るまでもない日々。
まあそれでも何か一つ、ここ数日であった変化をあげるとしたら。
夏野と七瀬の仲が改善され、その関係で俺が七瀬とも連絡先を交換したくらいか。
メッセージアプリを見れば、そこには依然として二年のカーストップの地位にある七瀬七海の名前がある。
というと少しは誇らしげな気持ちになるかもしれないけど。
最初に交わしたメッセージ。
『私よ。ミュートにしておくから関係ないけど、あまり連絡してこないで』、『分かったよ』――以降、本当に何のやり取りもないのでこれ以上の感想はない。
「なあ冬馬、お前、四連休にどっか行く?」
前の席で友人の楓に声をかけられる。
「いや特に予定ないかなぁ」
教室内はゴールデンウィークの後半に控えた四連休に、どこに遊びに行くかといった話題でもちきりだ。
今日学校に来て、明日は祝日、翌日また学校に来て、そして念願の四連休という流れ。
「とか何とか言って、どうせ美原先輩から誘いでも来るんだろうなぁ……。おい、俺にも彼女作ってくれよ」
「無茶言わないでよ。あーほら、楓は誰にでも優しいから、優しい人止まりなんだって。だから少しは悪いことしたら?」
「人のアイデンティティを壊して不良に誘導するなって……。だけどさ、優しい人止まりでも、それで助けられた人がいるって思うと、まあいいやってなるんだよなぁ。不思議だ」
相変わらずのお人好しだ。
半ば呆れながら昼食のサンドイッチに手を付けようとした、そのとき。
「――失礼するよ」
「はっ、この声は!」
騒がしい教室の中でもよく響く、透き通る声。
それでいて凛々しく堂々とある全生徒の憧れの――あと楓が過剰に反応する――存在。
「冬馬君は……ああ、いたな」
風見織姫の姿が、教室の入り口にあった。
相変わらず綺麗な黒髪を揺らしながら、遠慮なく教室に入ってくる彼女。
そしてその後ろには、織姫よりも背が高い――何なら俺よりも背が高い短髪の女子がいた。
「これはどうも」
「うむ。前も思ったが一番後ろの席はいいな。見つけやすいし。君だって、教室全体が見渡せて、さならがら神様にでもなった気分ではないか?」
「まさか。せいぜい王様かな」
「……二点の返しじゃねーか」
「はっはっはっ、面白いな」
「ですよねー! 面白いですよね!」
楓の何かとんでもない変わり身の術を見た気がするが、それはそれ。
実際俺も一瞬皮肉を言われたのかと思ったが、しかし表情を見る限り、織姫は本当に面白いと思っていそうだ。
結構笑いのツボが浅いのだろうか。それとも子供っぽいところがあるのか。
「さて、冬馬君。普通の知らせと悪い知らせ――どちらから先に聞きたいかな?」
「良い知らせがないのが気になるけど……それなら悪いほうから」
あとから悪い知らせを聞いて気分が落ちても嫌だし。
「そうか。ならば単刀直入に言わせてもらおう。君――『別れさせ屋』というものを知っているか?」
織姫がその単語を口にした瞬間、教室の視線がより彼女に集まった。
いつの間にか口数も減り、室内は静寂に包まれつつある。
「いや、まったく知らない」
「そうか。一応説明するとこの桔梗高校内で流行っている噂の一つらしいのだが、その名の通り、カップルを別れさせる輩がいるらしい。で、君疑われてるぞ?」
「……は?」
ノーモーションからの右ストレートを食らった感覚。思わず間抜けな声が出てしまった。
そんな俺を見た織姫は小さく笑う。
「まあ私は違うと思うがね。でも数学教師の斎賀先生が言うには君、先週授業中にカップルを成立させたらしいじゃないか。一瞬でくっつけられるなら、一瞬で別れさせることもできるんじゃないか――という理論で疑われているんだよ、冬馬君は」
「そんなバカな……」
「くっ……ぷ……ふふふふ……」
ほら、楓もお腹抱えて笑っちゃってるし。
「ま、その反応を見る限りやはり白のようだね。ということだから、ほかの生徒もあまり彼をいじめないでくれよ」
切れ長の目で室内を見回して、織姫は言った。
なるほど。前回は打算的に動いた彼女だったが、今回は抑止の意味も込めて教室に来たのか。
なんだかんだお世話になってるな、俺。
あとで何かお礼でもしたい。
「さて――では、普通の知らせに移ろうか。待たせてすまないな。紹介するよ」
織姫はすっと横に逸れて、これまで後ろに控えていた女子を紹介するように手を添えた。
「彼女は一年一組の神崎凪沙。先週私がスカウトして生徒会に入ってくれた優秀な生徒だ」
紹介された神崎は軽く会釈をした。
身長は百七十一か二センチ、すらりとした体躯で短髪なのもあってどこかボーイッシュな雰囲気だ。
しかし女性として出るとこは出ていて、男装しても女性らしさを伸ばしても、素敵になりそうな容姿。
俺と織姫の会話中、特に疲れた様子もなく、体幹のブレもなかったのでスポーツ経験者。
筋肉の付き方からして陸上――。
「冬馬君、目つきがやらしいぞ」
――と、神崎を観察していると、ぽかりと手刀を落とされた。
「いて」
「まったく。私もだんだんと君の観察眼が分かるようになってきたよ」
ははは、と適当に笑って誤魔化した俺は、神崎に右手を出した。
「冬馬白雪だ。よろしく」
「神崎です。よろしくねー」
握手――生温い手を優しく握って、俺は神崎の目を見た。
「君、『別れさせ屋』?」
「やー、違うけど。もしかして冗談のつもりだった?」
「……その様子だと滑ったみたいで残念」
神崎は一瞬だけ鋭い視線を向けて、それからすぐに飄々とした顔に戻った。
「やれやれ。君の冗談は相変わらず突飛だな」
「今度勉強しておくよ。それで、どうして彼女を紹介に?」
「優秀な人材がいることアピールすれば、君を釣れるのではないかという算段だよ。会長特権で優秀な生徒は引き抜きができる。君が人脈や進学推薦など欲しければ、いつでも来てくれて構わないぞ? んん?」
「えー会長ずるーい、俺も誘ってくださいよー」
「ふむ、この流れは前回と一緒なのでもう帰るとしよう」
「引き際が鮮やかすぎますね⁉」
今回も楓がフラれることでオチがついたようだ。
「さて――それでは失礼するよ。神崎君も付きあわせて悪かったな」
「いえ、ヒマだったので全然オーケーです。それじゃあ私も戻りますね」
そうして二人は教室を去った。
「――――」
心なしか、クラスメイトからの視線が痛い気がする。
実際『別れさせ屋』の噂がどれほど広がっていたのかは不明だが、言われてみればここ数日、何か視線を感じていたような気もする。
いやそれは完全なる思い込み、プラシーボ効果というものだろう。
「……で、どうするんだ? クラスの連中はお前のことを信じるかもしれないが、ほかは違うと思うぞ?」
「どうかな。実害がない限りは、特に気にしないけど」
俺への疑いは、俺の以前の行動が原因だ。
だったらこの辺りで、大人しく流れに身を任せるというのもいい方法なのかもしれない。
しかし――それを許さないとでも言うように、スマホにメッセージが来た。
相手は二年の女王、七瀬七海。
内容はこうだ。
『今すぐ西校舎の非常階段に来なさい』。
もうすぐ五限が始まる。なのに呼び出すということは緊急性の高い話があるということ。
「悪い、五限はサボるかも」
俺は席を立ち、教室を出た。廊下に出て西校舎に向かう。
その道すがら神崎の姿を見た。
正確には、トイレから出てきた俺のクラスの女子――琴平花灯を待ち構えていた彼女の姿を見た。
――やー、違うけど。もしかして冗談のつもりだった?
神崎凪沙――彼女の言葉は、半分本当で半分嘘だ。