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2話『高砂楓という友人』

「――おーい。おい、起きろー」


「…………」


 何かに呼ばれた気がして、目蓋を開ける。

 目に映ったのは突っ伏している机の木目。さらに顔を上げると、ここが教室の中央一番後ろの席であり、そして目の前に誰か立っていることが分かった。


「お、起きたか。お前、初日から眠りこけるっていい度胸してんな。もうみんな帰っちまったぞ?」


 何度かまばたきをして、徐々にぼやけたピントを合わせていく。

 変な体勢で寝ていたせいか体のあちこちが痛いが、気にせず両手を挙げて体を伸ばした。


「……はぁ……っ」


 大あくびをしながら、黒板の上にある時計を見る。時刻は午後二時。

 確か入学式が終わったのがだいたい十一時過ぎ。それから振り分けられたこの教室で自己紹介をして……寝た。


 今日は授業はなく、自己紹介のあとは教科書を配りながら教師の紹介をローテーションで行う流れだったのだ。

 だから、前日寝ていないこともあって式の最中から猛烈な眠気に襲われていた俺は、確固たる意志を持って寝ることにした。

 そしてこのざまだ。


「……君は?」


「そんな一欠片も知らない人ですみたいな反応されると困るんだが、ほら、前の席の高砂(たかさご)(かえで)だって。自己紹介したろ?」


「あー、そうだったね」


「その返答は絶対思い出してねぇだろ……」


「いやいや確かにあのときは眠気に襲われていたけど、でも覚えてる。楓はあれだ、人助けが趣味だと言っていた。それと部活は決めてないけど何かやりたいって」


「お、正解」


「それで一通り部活を見学してきたんだね。だからまだ学校に残っている。で、教室を出るときに見かけた熟睡中の俺が気になって様子を見に来たんだろ?」


 高砂楓――短く整えた黒髪に、すらりとした体躯。身長は百七十五センチ。相手を真っすぐ見る目に自然な表情、誰からも好かれるタイプだろう。

 純粋さが光っている。人助けが趣味なのはおそらく幼少期に憧れたヒーローの影響かな。


「ああ、その通りだよ。名探偵」


 照れ隠しなのか、制服のネクタイを緩める楓。


「楓はいいやつだね。起こしてくれてありがとう。俺は冬馬白雪(とうましらゆき)、よろしく」


 握手でも、と手を出すと楓は喜んで承諾した。そのまま自分の椅子に座り俺と向かい合う形に。

 

「名乗らなくても俺はちゃんと覚えてるぜ? っていうか白雪なんて名前、一度聞けば忘れねぇよ」


「だろうね。まあ苗字でも名前でも好きに呼んで。……それで入る部活は決まった?」


 楓は両手を挙げて首を振った。


「いいや、どこもなんか違う気がしてなぁ。本命は生徒会なんだが、あいにくと俺は勉強できないし細かい仕事も苦手。器じゃないっていうかね」


「ならどうして生徒会に入りたいの?」


「そりゃあお前――あの美人生徒会長の風見(かざみ)先輩とお近づきになりたいからに決まってるだろ?」


 ものすごい真面目な顔でそんなことを言われても。


「いやぁホント美人だったよな。ほら式のスピーチでさ、あの大人びた見た目に透明感のある声、凛々しくカッコいい所作。そしてあの大きな胸! 噂は前から聞いてたけど、実物はやっぱ違うよな!」


 年頃の男子らしく万有引力ならぬ万乳引力を発揮されている楓。残念ながらその手の話に乗れるフィーリングは持っていないので、会話を別の方向へ切り替えなくては。


「スピーチは寝てたから聞いてないけど――」


「は?」


 話の途中だ。俺は楓の抗議を片手で制しつつ、続きを口にする。


「生徒会長はそんなに有名? 噂ってどんな噂なのさ」


「ん、ああ。この辺じゃあ結構有名な話だろ。会長の父親はでかい会社を経営していて、母親も短い間だがモデルとして活躍していたくらい美人でさ。で、その優秀な遺伝子を受け継いだお嬢様は容姿端麗、頭脳明晰の完璧超人だって評判だぜ?」


「へぇ、そうだったのか」


「へぇ、って知らなかったのかよ……」


「俺は昨日この町に引っ越してきたばかりなんだ。前は県外に。その前は隣の盞花町(せんかちょう)に居た」


「ふーん、なるほどね」


 だからその噂話についてもまったく知らなかったのだが、そうか、社長令嬢だったとは。


 偉大な両親の背中を追うように生徒会長をしているのか、そうではないのかは不明だが、いずれにしても彼女は昔から大きなプレッシャーの中で生きてきたのだろう。

 立場に縛られることも多いだろうし、いろいろと大変なのは容易に想像できる。


 しかし今朝、見ず知らずの俺を助けてくれたのはきっと立場など関係ない織姫の本心だった。

 迷わず手を伸ばせるその人柄は確かに、人を惹きつける魅力なのかもしれないな。


「――と、悪い俺、そろそろ行かないと。冬馬は?」


 何気なく時計を見た楓が立ち上がる。


「さすがに帰るよ。もう眠くないし。この後ちょっと行くところもある」


「そっか、んじゃ……」


 それから楓はポケットからスマホを取り出して、その画面を見せた。

 表示されているのは電話番号だ。


「こっちに来たばかりなら、まだ知らない場所も多いだろ。案内して欲しいときとか何か困ったときは連絡くれ。絶対って約束はできないができる限りは力になるぜ!」


 人を惹きつける――その点で、楓も充分すぎる魅力を持っているように思う。

 趣味は人助け。その眼に迷いはなく、危うさを覚えるほどの純粋さが眩しい。


 きっと俺は、彼の沢山の友人のうちの一人なのだろうけど。

 それでも彼とは仲良くなれそうだ。


「覚えた。あとで登録しとくよ。また明日」


「おう、また明日!」

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