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17話『人の心を操るということ』

 翌日。校内はざわめき立っていた。

 原因は噂――それも個人が人づてに広めたものとはわけが違う。

 

 今朝、桔梗高校の昇降口、校内掲示板などおよそ人目につく場所に、とあることが書かれた紙がばら撒かれた。


「よ、冬馬、今日はいつにもまして眠そうだな」


「まあね」


 教室、自分の席で大きなあくびをしていると、登校してきたばかりの(かえで)に声をかけられた。

 彼の手には、この騒動の中心である紙が三枚ほど握られている。


「これ、見たか? 誰がばら撒いたんだろーな。おかげで学校中大騒ぎだぜ」


 席に着いた楓は後ろを向いて、俺の机に紙を並べた。

 紙自体に特別な仕掛けはない。ただのコピー用紙だ。


 問題はそこに大きく印刷された文章。

 それぞれ違うフォントで書かれたそれらは、緩やかな波紋が起きていた水面をさらに大きくかき乱した。

 

 ――『この学校には、不倫をしている教師がいる』。


 ――『この学校には、教師と取引して不正に成績を上げている生徒がいる』。


 ――『この学校には、黒魔術を使って人を呪い殺した者がいる』。


「あと、昇降口前のデカい掲示板に一枚だけ張られてたやつ」


 楓はスマホの画面を向けてきた。

 四枚目の紙。

 一番人の目が集まる場所に張られ、一際目立つ血文字のフォントで書かれたそれは――。


 ――『田中直紀が父親と共に失踪した理由を知っているのは、犯人だけだ』。


「物騒だね」


「なー。いたずらにしても度が過ぎるってもんだ。こりゃ相当大事になるぞ」


「気にしても仕方ないよ。こういう悪目立ちをすることでしか自分の価値を見出せないやつは、どこにだっているものさ」


「……ま、確かにな。こうも大げさに騒がれると、気にするのも逆に馬鹿らしいってもんか」


 その通り、と会話を終えた俺はいつも通り眠りにつくことにした。

 教室内の話題はばら撒かれた紙のことでもちきり。

 いつもと同じだ。ほどよい騒がしさは、俺に安らぎと眠気を与えてくれる。


 昼休み。

 今日は教室で昼食をとることにした。

 内容は通学路の途中で見つけたベーカリーショップで買ったクロワッサンやらサンドイッチやら。


 すっかり軽くなった鞄から紙袋を取り出し、机に置く。


「お、今日はその店のパンかね」


「有名なの?」


「まあ美味いし人気もあるな。でもちょい高いから、俺はその店でパンを買うやつは勝手に金持ちだと思ってる。つまりお前、リッチだな」


 そういう楓は意外にも手作り弁当だったりする。

 たまに菓子パンを食べていることもあるが、自炊したほうが節約できるし、料理スキルを磨いておけば女の子に自慢できる、とかなんとか。


「ま、貰ったものは使う主義だからね」


「そこはかとないお小遣いすごいですよアピール……お前んちってもしかして結構すごいの? どこ住んでんだよ」


「家はあっちのほうで一人暮らししてる」


 俺は適当に方角だけを指して、サンドイッチを一口かじった。


「テキトーだなぁ。つか一人暮らしなのか。今度遊びに行ってもいい?」


「何にもないけど、それでもよければ、いつかね」


「あ、それは絶対こない『いつか』だよな。行けたら行く、くらい信頼薄いやつだよな」



 ――ピンポーン。



 楓との雑談を遮るように、校内放送を知らせる音が鳴った。

 来たか。


『――私は生徒会長の風見織姫(かざみおりひめ)だ。現在校内に出回っている噂について話がある。どうか少しだけ、私の言葉に耳を傾けてほしい』


 不快感を与えない透き通る声と完璧な声色――さすがだな。

 そして織姫は生徒間でも抜群の人気を誇っている。


「ん、会長の放送か」


 そんな彼女が頼めば、誰もが耳を貸すだろう。


『今朝、不確かな情報が書かれた紙が出回ったことは、校内にいるほぼ全員が知っていることだろう。当然、教師陣も把握しており、現在、調査機関を発足中とのことだ。つまりは校内で出回っている噂の出所や真実を調査する大人が現れるということだな』


 不倫、不正による成績確保、そして黒魔術。

 黒魔術はともかく、不倫と不正は事実であるならば情報を精査し、しかるべきところに報告しなければならない。

 そのための裏どりは当然と言える。


『そこで私からのお願いがある。どうか、真実がはっきりするまでは、不確かな情報を鵜呑みにしないでほしい。みんなの不安や好奇心は分かる。だがしかしこれらは、噂を立てることで明らかに我々の思考をよくないほうへ誘導しようとしている。一人の生徒の失踪に便乗し、悪目立ちをしようとする不届きものがいるのだ。――どうだ、そんな輩の立てた噂に踊らされるのは、どうにも癪じゃないか?』


 織姫からの問いかけ――教室内を見ると、賛同の声が多いようだ。

 生徒会長という顔、そして有名人であるバックボーン、人心を掴むのがうまい話し方、すべてが完璧だ。


 人に頼みごとをする場合、対面のほうが何倍も効果的だと言われているが、放送だけでここまでできるとは、思わず拍手しそうになる。


『改めて言おう。一連の噂に関してはしかるべき調査が行われる。だからみんな、何を信じ何を疑うか――どうか胸を張れる選択をしてほしい。以上。私の話を聞いてくれて、本当にありがとう』


 そうして放送は終わりを迎えた。

 時間にして一分弱。見事な演説だった。


「やっぱかっけぇ……織姫会長……」


「そうだね。さすがだ」


 これで一連の噂は一日か二日で収束することだろう。

 作戦成功。

 

 不意に、ポケットに入れていたスマホが鳴った。

 画面を見ると、夏野からメッセージが来たようだ。

 内容は……。


 ――『七瀬(ななせ)が放課後、会いたいって。なんかめちゃおこなんですけど……』。


 放課後、西校舎の非常階段。

 夕焼けが眩しく映るこの場所で、七瀬七海を待つこと三十分。

 

 階段に座り込み読書を始めたのだが、どうにも今日は風が強いので中断。

 ここは教師も生徒も来ない場所なので、適当に話し相手を見つけることもできず。

 仕方ないので、ぼーっと町を眺めていた。

 

 なんて非生産的な時間だろう。だが、たまにはこういう息抜きも悪くない。


 そんな悟りを開き始めたところで、ガチャリと非常扉が開く音が聞こえた。

 現れたのは七瀬七海――セミロングの黒髪が風に靡き、そこにいるだけでとても絵になっている。


 しかし表情はまさしく仏頂面で、俺を見る目からして明らかに怒りを覚えている様子。


「……とんでもないことをしてくれたわね」


「まあそう怒らないでよ。ほら、風が冷たいだろ。こっちに座ったら? 夕焼けが綺麗だ」


「余計なことをするなって、言ったわよね」


 警戒心ゼロで話しかけてみたが、彼女の怒りを溶かすことはできないようだ。

 俺は立ち上がり、七瀬の前に出た。

 

「今朝のアレ、あなたの仕業でしょう? 私を助けたつもり? いいえ、美原さんを助けるついでかしら? まあどっちにしてもいいわ。確かにアレのおかげで私を不利にしていた噂は抑えこまれた。そしてさっき、お望み通り噂を流した黒幕も潰してきたわ。でも――でもね――」



「――八木原(やぎはら)から、距離をおこうと言われたのか」



「……っ……」


 瞬間、七瀬は目を伏せた。当たりのようだ。

 

「君は、八木原のことが本気で好きだったんだね」


 七瀬は音楽教師である八木原と交際していた。

 生徒と教師――許されざる関係。


 始めは七瀬が自己保身とステータスアップのために、打算的に八木原と交際しているのだと思っていた。だが、実際はそうではなかった。


 今回の俺の手は、七瀬を不利に追いやっていた噂を抑えこむのが目的だった。


 一部の生徒から生徒全体、教師、学校そのものを巻き込む大ごとにまで発展させ、事実を精査するための調査機関を発足――それによって最初に噂を流した連中の喉元に刃を突きつけたのだ。


 噂を流した人物の調査。


 だが一方で、そこには当然、現在教師陣が把握していない噂の把握も含まれている。


 そうだ。俺は昨日、聞いてしまった。

 二年の廊下で、七瀬が八木原と交際していることを知っている風に話していた女子連中。


 あいつらが黒幕だとするなら、交際に関しての噂もすでに生徒間に広まっているはずだ。

 おそらくは証拠もないあてずっぽうだったのだろうが、偶然にもそれは事実で。


 噂の調査が入れば、当然二人の関係もバレる。

 だからこそ、距離をおこうと――言われたのだろう。


「……彼は、私が純粋に尊敬できる数少ない大人の男性よ。本当に、こんなことになるはずじゃなかった……!」


「でも生徒と付き合う男だ」


「ッ――!」


 平手打ちが飛んでくる。避ける余裕なんてありはしない。


 ――パチンッ!


「っ――――」


「黙りなさい。彼は悪くない。私が自分勝手に気持ちを伝えて、彼は私を傷つけないようにしてくれたのよ……」


 涙を流しながら弱々しく語る彼女の姿は、女王とは程遠い。

 一人の恋する乙女だった。

 

 乱れた髪を気にせず、制服が汚れることも気にせず、七瀬は先ほどまで俺が座っていた階段に腰を下ろした。


 膝を抱え、肩を震わせている。

 泣き声は聞こえない。きっと俺に聞かせてなるものかと押し殺している。


 ――冷たい風に晒される華奢な体。


「――――」


 俺にできることは、何もない。

 強いて言うならこの場を去り、彼女を一人にしてあげることだろう。


「ここは誰も来ないから。……それじゃあ、俺は行くよ」


 返事を待たずに、俺は背を向けて校舎内へ戻った。

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