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15話『会長とちょっとしたお誘い』

「――すまない、冬馬白雪(とうましらゆき)君はいるだろうか」


 凛々しく堂々とした、それでいて透き通る声が聞こえた。

 どこか蠱惑的な切れ長の目と俺の目が合う。


「織姫先輩?」


「え、風見会長⁉」


「うむ、風見織姫(かざみおりひめ)だ。冬馬君の友人だな。よろしく頼むよ」


「あ……はい……、え、話しちゃった。俺、会長と話しちゃった⁉ えー次何話せばいいんだろー……!」

 

 初めて握手会に行ったときのアイドルファンみたいなリアクションを取る楓。

 そういえば、楓は以前に織姫に憧れていると言っていた。


 そんな憧れの先輩は、どこか気品さを感じる足運びで教室の中へ入ってきては、手近な椅子を持って俺の隣に座り込んだ。

 しかも腕を組んで、足も組んで。


 初めて会ったときとも墓地で会ったときとも、また雰囲気が違う。


 深窓の令嬢にも見えるし、負け知らずのギャンブラーにも見えて。

 これが衆目を浴びる生徒会長としての――彼女の姿。


 凛々しい姿。僅かに揺れる黒髪は、まるで絹のようで――思わず目を奪われる。


「……どうかしました? わざわざこんなところまで」


 俺の疑問に、織姫は不敵な笑みを浮かべてこう答えた。


「私と君の仲じゃないか。どこであろうと敬語は必要ないよ」


「ちょ、おい! 冬馬、お前、会長とはどういう関係なんだ⁉ どういう仲なんだ⁉」


「入学式の日に坂を転がってたら出会った」


「……いや、意味わからん」


 確かに、さすがに端的に言い過ぎた。だがそれは間違いというわけでもない。


「ふふ、ああ。確かにそうだな。間違いではない」


「……むむ、意味深な……」


「――ま、雑談はさておきだ。本題に入ろう」


 腕を組んだことにより強調される大きな胸。

 それをさらに突き出すように堂々と背筋を張るその姿はまさに強気な女性だ。

 凛としていて、可愛いというよりは美しい。


 そんな彼女は自身満々に言葉を紡ぐ。


「単刀直入に言おう。今日は――君を生徒会にスカウトしに来た」


 周囲の視線は言うまでもなく、風見織姫という人間に集約している。

 そしてその端では、なぜか生徒会長にスカウトされている俺の姿。


「それは答えとは言い難いな。スカウトするだけなら放課後だって構わない。どうして今、この教室に?」


「ふふ、君なら分かるだろう?」


「ああ、けどそれは、貴女らしくない手だ」


「そうとも限らんぞ? 無論、私だって、そういうのは好きじゃない。だからこその意図がある」


「分かってるならやめたほうがいい。貴女の魅力は、それの中にいながら真逆の存在であるところだ」


「嬉しいことを言ってくれるね」


 と、ほぼノータイムで言葉の応酬をしていると。

 肘をついてこの場を眺めていた楓がぼそっと溢した。 


「……口挟むのもアレなんすけど、何かふわっとした会話っすね」


 確かに。振り返ってみれば、なんか意識高い系みたいな会話だった。

 

 話を整理すると。

 織姫がわざわざ昼休みの教室に来てまで俺をスカウトしにきたのは、観客という存在を用意することで、この申し出を断りづらくするためだ。


 相手は学内で一番有名ともいうべき美人生徒会長。そんな相手からの申し出を断れば、俺の評判は否が応でも流れることになる。

 そうだ。織姫は自分の知名度、その立場を利用しているのだ。


 それは言うならば――打算的。


 織姫は、会社の社長とモデルの娘という立場で、打算塗れの世界で生きてきた。

 それでも強く、堂々と、等しく手を差し伸べる優しさが彼女の魅力だ。


 だから俺という人材を手に入れるために、立場を利用するなんてらしくない。

 ならば織姫には、何か別の目的や意志があるということになる。


 という話だった。

 

「ふむ。観客を用意した以上、確かにはっきりと言葉にしなければ意味はないな」


 織姫はその蠱惑的な切れ長の目で心を抜き取るように周囲を見回し――それから俺を見つめ直した。

 不敵な笑みを浮かべていた彼女の表情は、一転して敬意を宿したものに変わり。

 そして――。


「――冬馬君。私は個人的な理由で君が欲しい。君という存在を大いに気に入っているんだよ。どうか友人として、私が引退するまでしばし、隣で支えてはくれないだろうか」


 あまりにも美しく頭を垂れる織姫。

 ここまでさせたんだ。当然、俺にも彼女を手伝いたいという気持ちはある。

 だが生徒会――後々のことを考えれば、俺は所属するべきではない。


「申し訳ないけ――ぐぇッ⁉」


 断りを入れようとした次の瞬間、真横からぬるりと首を掴まれ、思いっきり引っ張られた。


「……ぐぇ、とは?」


 俺の間抜けな声に疑問を抱いた織姫を尻目に、さっきから首を掴んで話してくれない楓に抗議の視線を送る。

 が、逆に、なにお前? みたいな眼差しが帰ってくる。


「……お前! なにあれ! 友人とか言ってるけど、普通に告白みたいなもんじゃねーか! 抜け駆けして勝手に青春しやがってこの野郎! 俺はお前を許さないぞ……! 畜生!」


 小声とはいえ、耳元でそんなに責められても反応に困る。

 あと首が痛い。


「いや友人だよ、友人」


「確かにそう言ってるけどさぁ! しかもなにお前断ろうとしてるんだ! そこは乗れよ! 俺としては断ってほしいけど!」


「ああ……俺の答えは変わらない」


「……ちぇ!」


 それだけ言ってようやく俺の首を離した楓は、体を前のめりにして織姫の前に横入りしてくる。


「――先輩、差し出がましいことだとは思いますが、男女間の友情ってのは性欲で崩壊するそうですよ。主に男の」


 無駄にいい声で何を言っているんだ。しかもそれさっき俺が言ったやつ。

 

「む……性欲……。そうか。なるほど?」


「なので、こんな釣れないヤツではなく俺をスカウトしてはどうでしょう? 貴女の危機には必ず駆けつけると約束しましょう」


「いや、職務は生徒会室で行うから駆けつけるも何もないのだが……まあ気持ちは受け取っておこう。だがすまないが、君はいいや」


「ええ、意外と辛辣⁉」


「ふふ、いやいや、君の噂も聞いているよ――高砂(たかさご)(かえで)君。君のようなお人好しは、生徒会に縛られないほうがいいと思うんだがね」


 それは俺にとっても意外な反応だった。

 楓の評判は一年三組を中心に広がっていると思っていたが、まさか生徒会長である織姫にまで伝わっているとは。

 それだけ生徒のことを気にしているということだろう。


「え、はい! じゃあそうします! 何かあれば頼ってもらえれば!」


「……チョロいな」


 そんな俺の呟きも聞こえないほど、楓は舞い上がっていた。

 対して織姫は、その麗しき眼差しを俺に戻す。


「答えを聞かせてくれないか?」


「……申し訳ないけど、俺も生徒会に所属するようなタイプじゃないから、お断りするよ」


「――――そうか」


 織姫は一瞬だけ残念そうな顔を見せて、それからすぐにいつも通りの表情に。

 そして颯爽と立ち上がると、さらっと髪を撫でて踵を返した。


 その仕草のおかげで、前に覚えた印象よりもかっこよさ三割増しだ。

 確かに人気が出るよ。まるで別世界の人間じゃないか。


「――気が変わったらいつでも私のところへ来い。ではな、冬馬君」


「さよならー」


 軽く手を振って織姫を見送った。

 この後、楓から肩パンされたことは語るまでもないことだ。

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