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13話『それはいわゆる、放課後デート』

 放課後、町へ繰り出した俺たちは中高生で溢れかえっている駅前の人気店――ではなく。

 そこから五分ほど歩き、なんでもない通り道を曲がった先にあるこじんまりとした喫茶店を訪れた。


 店名は『バタフライウィンド』。

 看板には小っちゃく二号店と書かれている。一号店のほうは、聞いたことのない地名だ。


「……え? ここ? いや、よく知りもしないのにでかい口叩くなっつー話だけどさ、マジでここ?」


 まあ夏野(なつの)の疑問はごもっともだ。

 今回の目的はスイーツを食べること。そして人気の品を置いている店は、基本的に口コミが広がり、中高生がおしかけるものだが――この喫茶店は全然まったく繁盛していない。


 平日とか休日とか関係なく、『あー、ここ曲がったら何もない住宅街だなー』みたいな通りに入らないと外観が見えない立地のせいで、基本的に閑古鳥が鳴いているのだ。

 この時点で不安しかない夏野だが、しかし侮ってもらっては困る。


「まあ、いいからいいから」


 適当にお茶を濁して店に入る。


「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞー」


「ども」


 隅のほうの席に着いた俺たち。

 夏野は店員にかしこまりながらも、どこか納得してない様子で早速メニューを見ようとする。


「ちょっと待って」


 が、その手に俺はストップをかけた。


「……なんですか」


 ギャル語でもなんでもないシンプルな発音の疑問。

 それに答えるのはもう少しだけ待ってほしい。


「あの、昨日言ってたメニュー、あります?」


「はい、ありますよ」


「ならそれを二つ」


 かしこまりました、の言葉と共にキッチンへ向かう店員を尻目に、夏野が首を傾げた。


「なに、昨日のって。何が出てくるか不安なんですけど……」


「この店は最近オープンしたばかりなんだけど、立地のせいであんまり人が来なくてね。で、口コミで集客を狙おうとしてる。でもそのための奇抜なメニューがない。だから今、実験的にいろいろ試してるらしいんだ」


「……まー、アンタのことは信用してるけどさ、でもゴリゴリにヤバめなの出てきたらさすがにどうなるか分からんよ」


 怒るというよりは呆れた様子だ。

 仕方なくスマホを弄り始めた夏野を眺めながら二、三分ほど待っていると。

 ()()はトレーに乗せられてきた。


「お待たせしました。こちらは試作メニューなので、よければアンケートに忌憚のない意見をお願いします。それではごゆっくりどうぞ」


 机に並べられたのは――タピオカミルクティー。

 しかも普通のそれとは違う。

 なんとこのタピオカミルクティーには、わたあめが載っているのだ。しかも結構でかい。


「お、おおおお……、え、マ? 結構いいじゃん。いや、手のひら返すレベルでいいじゃん……!」


「そう言うと思ったよ」


「ま、物自体は結構あるけど、この辺にはないかんね! わざわざ遠出しないで済むってのは、マジ感動だわ!」


「え、ホント? 俺としてはなんて斬新な発想なんだと思ったんだけど」


「いやいや日本でも去年くらいからあるし……?」


 リサーチが甘かったか……。

 去年といえば病院生活の真っ最中だったからな。情報のアップデートが間に合わなかった。

 

「でもま、嬉しいことに変わりはないからさ。そんじゃ、いただまー」


 上のわたあめ部分をちぎって食べ、ちぎって食べ。

 そうして隙間ができたところで、ストローを使ってミルクティーを味わう。

 で、わたあめがちょうどいい量になったところでドリンクに混ぜる。これで味がまた変わるようだ。

 

 しかもわたあめの下には甘さを控えた生クリームが少し隠れている。

 もはや脳に右ストレートをかます甘さの暴力のような味だが、たまにはこういうのも悪くないだろう。


「感想は?」


「んー、なかなかイケる。けど生クリームはいらないかなー。でもぶっちゃけもうちょいなんか新しい要素あったら、普通にバズる。……うーん、味はほぼ完成してるから、見た目? やでも他店で虹色のわたあめとかあるしな……」


 やはりハードルはそれなりに高そうだ。

 

「…………!」


 ふと何かを思いついた様子を見せて、夏野はストローで生クリームを掬い上げた。

 

「えい」


 てっきり、はい、あーんが来るのかと思ったら、ストローの向かう先は俺の頬。

 

 べっとりした不快な感触を覚える。まったく意図が分からない。


「あ、クリームついてんじゃん。子供かっつの。ほれ、とったげるから動くなー?」


 結構接着の甘いクリームが落ちる前に、夏野が指を伸ばす。

 それからクリームを掬い上げるように俺の頬を指先で撫でると、ぱくり。


「……どすか? これちょっと青春感あるくね? きゃっ」


「プラスマイナスゼロくらいかな」


「はったおすぞ」


 そりゃ偶然そういうシチュエーションになったら、いわゆる尊さでも感じたかもしれない。

 でも完全に自作自演だろ、今回は。


「そういえば、今日の七瀬(ななせ)はどうだった?」


「んー、ああ。それね、ま、簡単に言えば牙のない獣……てきな?」


「そっか。田中直紀(たなかなおき)のほうは?」


「んー、や、田中くん今日休みだったかんね。なんかインフルエンザとかで一週間くらい休むみたい。……ってか、一応もっかい聞いときたいんだけどさ。七瀬と取引したって言ったけど、具体的には何したのよ」


「悪いけど、それは言えない。誰にも言わない約束だし、夏野も知らないほうがいい」


 む……、と口をとがらせる夏野。

 しかし仕方ない。

 夏野を信用していないわけではないが、七瀬に『夏野は自分を脅すネタを持っている女』と思わせてしまい、後々面倒なことになっても困る。


「……ふーん。ま、助けてくれた手前さ、さすがに気は使うけどさ。もし面倒なことになって、ウチにできることがあれば何でも言いな? ぶっちゃけまだ七瀬のこと疑ってるけど、マジでなんもないならさ、ウチ、アンタにデカい借りができたってことじゃん。それ、借りっぱなしとかやだし」


「ああ、分かったよ」


 本心を言えば、今回のことは俺が、俺のエゴで勝手にやったことだ。

 だから見返りなんか求めちゃいない。


 けど、ここでそれを正直に話せば、夏野は納得しないだろう。

 なのでこの貸しについては、ゆっくりと忘れたことにする方向で。


「ところでさ。その…………ふー、や、言えなかったら言えないでいんだけどさ。アンタ、前に一年入院してたって言ってたじゃん? それ、怪我にしても病気してもさ。もう治ったってことでオーケー?」


「ん、まあね。もう治った」


 治ったことにしてる。じゃないと退院できなかったから。と、心の中で呟いた。

 一方で俺の返事を聞いた夏野は、どこか安心したように口元を緩めた。


「……そか。うん、よかった。やっぱアレ、健康が一番ってわけな」


 それから二人してちゅーちゅーストローを吸いながら、ドリンクを飲み干した。

 かなりお腹いっぱいだ。むしろ夕飯がいらないレベルで満腹。


「確かタピオカミルクティー一杯のカロリーはラーメン一杯と同じくらいなんだっけ」


「……おい。いや、おい。や、知ってるけどさ、こんなバカ甘ウマシュガーハッピードリンクの危険性は知ってるけどさ。それを飲ませたあとにぽろっと口にする言葉としてどーなん? マジ引くんだけど、ぶっとばすぞ」


「はははは」


「いや笑って誤魔化せると思ってんの? バカか? しかもこれ二度目な? はぁ……ま、いんだけどさ。いい店連れてきてもらって、助けてもらって、楽しかったしさ。だから今回だけは特別、てきな?」


「それはどうも。俺も君と話してると楽しいよ」


「え、それもしかして口説いてんの?」


 夏野はちょっと照れくさそうにして、おもむろに髪の毛先を弄り始めた。

 女が髪を触るのは、イライラしてるときか甘えたいとき、あとは単純に気を落ち着かせるため。

 今回は、どれだろう。


「正直な感想だって。友達とこうして放課後にどこか行くのって、すごく久々だから」


 友達――俺がそういうと、夏野は少し目を伏せて、ほんの少しだけ声のトーンを落として言った。


「あんま悲しいこと言うなし。つか……ウチ、アンタの友達でいいの? ぶっちゃけ、隠しごととかまだ結構あんだけどさ」


「人間、少しくらい秘密を抱えていたほうが魅力的に見えるものだよ。それに隠しごとなら俺もたくさんある。それでもよければ、()()()友達として、適当につき合ってくれれば嬉しい」


「そか。なら、ウチもアンタの隠しごととか気にしない。うん、そう……今後もね、友達としてね」


 隠しごとのほうは気にしないようだけど。

 今後も友達として――という部分に、夏野は思うところがあるようだ。

 葛藤と恋慕。


 こんなとき、自分がもう少しだけ鈍感だったらと、そう思う。

 何も知らなかったあの頃に戻ってみたいと思う。


 大きな目、綺麗な茶髪、線の細い体、意外と正直で、本音で話してくれる美原夏野という女の子は、外見も内面もとても魅力的だ。


 もし俺が誰かにいじめられていて、それを夏野が助けてくれたら。

 きっと尊敬もするし、好意も寄せるだろう。


 でも――いや、だからこそ。

 俺は誰とも友達以上にはなれない。なりたくない。なってはいけない。


「……よし、それじゃ締めにいきますか」


「締め?」


「や、ほら。ウチ、まだちゃんとした感謝伝えてないじゃん。ちょい待ち、今、ウチの素直モード引き出すから」


 言われてみれば、昼休みの屋上で俺は後ろを向いてしまっていた。

 夏野からすればあれはちゃんとした感謝としてカウントできないのだろう。


「……そういうなら」


 返事をすると――束の間、夏野の雰囲気が変わった。



「――助けてくれてありがとう。白雪(しらゆき)くん」



 まるで別人のようだった。声のトーンから仕草一つに至るまで。

 これが彼女の本当の姿――。

 

 柔らかく、優しく、けれどどこか悲しそうに微笑む彼女に対し、俺は。

 俺も――何も飾らず、素直に返事をすることにした。


「……どういたしまして」


 こうして、一つの事件――というか問題は解決した。


 だがしかし、このときの俺はまだ知らなかったのだ。

 この一件の裏側で、血濡れの雪に魅せられてしまった闇が――今か今かと殻を破りつつあることに。

美原夏野編、一段落。

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