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12話『あの約束を、もう一度』

 四月十二日。月曜日。


 土日を挟んで、高校生活三日目。

 すっかり午前の授業中は惰眠を貪るくせができてしまった俺は、四限の終わりを告げるチャイムと共に目を覚ます。


「……うーん。いい目覚ましだ」


「俺も真面目とは言えないけどさ。お前学校に何しに来てるんだよ」


 そう突っ込みを入れてくれるのは、前の席で友人の高砂(たかさご)(かえで)


「いやあ、ほら、ちょうどいい天気だし、ほどよい活気は眠気を誘うだろ?」


「にしても寝すぎだろ……。さては毎晩夜更かししてなんかやってんなぁ?」


 いたずら小僧のような笑みを浮かべる楓。

 それに対して俺はノータイムでこう答える。


「よく分かったね。昨日は死者を蘇らせる黒魔術をしてたんだ」


「いやこえーよ!」


「驚くことに中世の魔女狩りで死んだらしいキャサリンって子を復活させてしまったんだけど、一晩中恨み辛みを聞かされて、あれは参ったよ。ははは」


「いやだからこえーよ‼ 黒魔術で魔女狩りとかめちゃくちゃ呪われそうな単語のフルハウスじゃねーか……」


「だから現代の文化を教えてあげたんだ。タピオカとか超飲みたそうにしてた」


「JKか! 案外かわいいチョイスすんなぁキャサリン!」


 と、そんな漫才を繰り広げていると。

 ――コンコンコン、と教室の扉をノックする音が聞こえた。


 はて、昼休みということで扉は開いているはずだ。

 なのにノックするということは自分の存在を教えるため。


「……随分楽しそうにしてんじゃん。白雪(しらゆき)く~ん?」


 視線を向けると、そこには美原夏野(みはらなつの)がいた。

 しかもどことなく怒った様子で。


「や、一応言い訳とか聞くつもりあんだけどさ。シンプルにウチに言うことあるよね? つか、まっさきに謝るべきじゃねっつー話」


 遠慮なく教室に入ってきた夏野はそのまま俺の席まできて、机に手を置いた。

 俺の顔を覗き込むその視線は冷たい。

 あといつも通り制服を着崩してるもんだから、その体勢では胸元が見えてしまう。


「あー、ごめん。本当にすまなかったよ。……で、何が?」


「はぁ? まだ分かんないカンジ? 引くわー。つか、分かってないのに謝んなし。むしろそれ激おこファクターだし」


 ちらりと横目で見て、楓に助けを求める。

 が、お手上げとでも言うように呆れた顔で両手を挙げていた。


 参ったな。こののっぴきならぬ雰囲気にほかのクラスメイトも怪訝な視線を向けてきている。

 七瀬のこともあるし、とりあえずここは場所を移すべきだろう。


「とりあえず場所を移そうか。ね?」


「……ふん」


「んーで、何でこの土日、ウチが健気に送ったメッセージを全スルー。しかも既読ですらない未読無視なんて戦犯してくれたん」


 例によって人の来ない立ち入り禁止の屋上に場所を移した俺たち。

 そして開口一番に、夏野は不機嫌な理由を話してくれた。


「ああ……そういうことか……」


 どうりで心当たりがないはずだ。


「ごめん。でも悪気があったわけじゃないんだ。今、スマホは修理に出してて」


「いやそんな返信めんどい相手への言い訳ランキング三位くらいの理由言われても」


「あーそれはその、参ったな……本当は言うつもりなかったんだけど。――正直に言うと、七瀬七海(ななせななみ)に壊された」


「……は? ちょ、え? マ?」


 瞬間、夏野の表情に不安が広がるのが見えた。

 当然だ。彼女は一度失敗を見ている。

 七瀬七海という女王にたてつき、その末に裏切った男を知っている。


 だが――今回は違う。

 俺は夏野を安心させるために、手段は秘密のまま結果だけを伝えた。


「安心して。七瀬とはもう話はついてる。もう君に酷いことはしないだろうし、田中にも、多分ほかの人に八つ当たりすることもない。今日だって、平和な午前中だったろ?」


「え、や、まあ……」


 そう言われてみればと夏野は今日の平和ぶりを振り返った。

 

「でも、どうやったん?」


「それは秘密。でも確実に言えることもある。――もう大丈夫。安心して、夏野。君は自由だ」



 刹那――美原夏野の表情は、感情に追いつけなかった。



 呆けた顔をしたまま、春風が頬を撫でて。

 そして少しずつゆっくりと、これまで背負ってきた苦しみが温かく溶けていくのを実感すると。


「……あー、なんつーの」



 夏野は、涙を流していた。



「こういうのマジエモいっての……? まさにそれしか言葉でないわー。つか、乙女の泣くとこ見んなし。きぃつかって後ろ向いとけって……」


 俺はいつも通りの笑顔を浮かべたまま、仰せの通りに後ろを向いた。

 

「その、ごめ。ぶっちゃけ、また裏切られちゃったかーって、勝手に病んでたわ。んで、勝手に疑ってた。自己中だよね、ウチ。いや、こういう自虐系とかマジキモなの分かってんだけどさ」


 そんなことはない。

 自己中心的な人は他人の心が分からない代わりに、自分の心も分からない。

 だから、俺のことを気遣いつつ自分の気持ちを形にする夏野は、決して自己中じゃないさ。


 と、なんとなく黙ってたほうがよさそうな雰囲気なので、心の中で呟いてみる。

 今は夏野のターンだ。俺は余計なことは言わないでおこう。


「でも今、めっちゃ安心してる……し、ものすんごく嬉しみ感じてる。だからその……マジ、さんきゅ。あ……ちな、もうこっち向いてオーケーな。ってか女子のありがとうくらい正面から受け取れっつの」


「君が後ろ向いてろって言ったんじゃないか」


「あーもう、うっさいうっさい! とにかく、七瀬のこと了解、アンタへの感謝、了解?」


「はいはい、りだよ、り」


「いや何その言い方。明らか馬鹿にしてね? ギャル敵にまわすか? ああ?」


「前から思ってたけど、君の口調はギャルというよりも普通に口の悪い不良っぽいよね。何ならちょっと古い」


「人のアイデンティティをなに一括りに不良扱いしてん? しかも古いとかストレートに殴りにきてんですけど。マジ拳で相手してやろうか? おい」


 なんだか本当にどつかれそうだったので、両手で制しておく。

 さて、とりあえず話は終わっただろう。

 これでやっと本題に入れる。


「ところで夏野、今日の放課後だけど暇かな」


「ん? や、まあ、こちとら部活も入ってないんで毎日ヒマしてるくらいだけど。なんで?」


「前の約束。忘れた?」


「…………あっ、ああ。あれね。いいじゃん、確かに今日はありよりのありだわ。つか普通にあり」


「それじゃあ放課後に中庭で。昨日いい店を調べておいたんだ。楽しみにしておいて!」


 そうして、俺と夏野が以前に企画していた――ことになっている――スイーツ店への突撃が、本日決行されることになった。

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