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10話『七瀬七海との華麗なる駆け引き』

 放課後。さて――作戦開始だ。

 女王への反逆といこうじゃないか。


 しかし、意気込む前に。作戦を成功させるためにはいくつかの条件がある。


 まずは俺と女王蜂(クイーンビー)――七瀬七海(ななせななみ)が、二人きりで会わないといけないという点。


 今回の作戦は真正面から乗り込んでいって勝てるようなものではない。

 立場を考えても、俺は入学したての一年で向こうは二年のカーストトップ。


 どれだけ周囲に訴え、彼女の心証を悪くしようとしても、俺の言葉に説得力はないだろう。

 あと知り合いの男とか頼られて喧嘩になったら絶対勝てない。


 だからまずは彼女を一人にする必要がある。

 そこで俺がこうじた手は、メッセージ。

 今朝、田中直紀(たなかなおき)にバレずに彼女の机に入れろとお願いした紙がある。


 あれには俺からのメッセージが書かれていた。

 当然俺の名前は出していないが、内容はこうだ。


『七瀬七海。あの秘密をバラされたくなかったら今日の放課後、一人で西校舎四階の空き教室に来い』


 無論、俺は彼女の秘密なんて知らない。

 あるのか定かでもない。

 だが人間生きていれば、知られたくないことの一つや二つあるものだ。


 それにここまで強く言われたら、心当たりがなくても気になってしまうのが心の理。


 話を聞かれないために、引き立て役である取り巻きたちは連れてこない。

 だからこそ七瀬七海は一人で西校舎の四階まで来る。


『――冬馬(とうま)、今、階段上がった。予想通り一人だ。そろそろ来るぞ』


「了解」


 俺は通路の隅で待機しながら、足音に耳を澄ませる。

 そろそろか。

 タイミングを見計らって角を曲がり。


 そして――、


「きゃっ……!」

「おっと……!」


 七瀬七海と接触する。

 

「ああ、本当にごめん。俺の不注意だ。怪我はしてない?」


 幸い彼女は俺のことを知らない。だからこそ、この手が使えた。

 

「気をつけなさい」


 不機嫌そうに呟いて、彼女は目的地へ向かおうとする。が、俺は彼女を引き留めるべくして声を上げた。


「あーちょっと待って、これ君のスマホ? 落ちてたんだけど」


「……ええ、そうね」

 

「さっきぶつかったときに落としたのかな。壊れてたら大変だ。今すぐ確認したほうがいい」


「……」


 明らかにめんどくさオーラを出す七瀬七海。無言でスマホを受け取り、仕方なく問題がないか確かめる。

 彼女のスマホは指紋認証のタイプ。


「……」


「どうかした?」


「いえ」


 どうやらうまく認証されなかったようだ。

 まあよくあることではある。センサーと指の間にゴミがあって、読み取りの邪魔をしてるとか。

 で、そうした場合は、パスコードを入力する。


「……ええ。何も問題ないわ。それじゃあ」


「ほんと、ごめんね」


 よし。これで作戦は次の段階へ進む。

 空き教室に入った彼女を見届けて、いよいよご対面だ。


 スマホで録音アプリを立ち上げ、右手に持っておくことで、準備完了。


「――よし、始めよう」


 西校舎四階の空き教室。放課後ならば誰も来ない場所。その扉を開ける。


 夕暮れ。カーテンのない窓から差し込む燃えるような光。

 グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえてきて、こういうところで告白でもすれば、まさに青春って感じだろう。

 

 だがこれから行われるのは、そんな青春とは程遠い――むしろ青春を取り戻すための駆け引き。


「――あなた、さっきの」


 どこか幼さの残る声が聞こえる。

 七瀬七海――さすがにカーストのトップだけあって、容姿端麗だ。

 顔はいわずもがな整っているし、肌も白く、スタイルも抜群。

 白を基調とした制服をきちっと着こなしており、セミロングの黒髪、前髪をかきあげた髪型は海外のモデルのような印象を受ける。


 総合的な感想は昨日と同じ。

 欲を出さなければ、下手なことをしなければ、どこへ行ってもうまくいく。

 優秀な社長秘書でもやって玉の輿。それか女優として大成するか。そんなタイプだ。


「あなたが私をここに呼んだのね」


「そうだ。俺は一年の冬馬白雪。君の秘密を知っている」


「……そう。それで? 何を知っているというの。ちょっと話してもらえるかしら」


 冷静だな。さすがにこれくらいじゃ揺れないか。


美原夏野(みはらなつの)――いじめてるよね。教科書に誹謗中傷を書き込んで、ジャージを切り裂いて、そして昨日は彼女をトイレに閉じ込めて水攻めにした」


「言いがかりよ、そんなの。酷いわね。もし証拠もなしにそんなことを言ってるなら、先生や周囲の大人に報告するわよ。一年の冬馬白雪が酷い言いがかりをつけて、私を傷つけてくるんです。って」


「饒舌になったね。それは何かを誤魔化そうとする証拠だ」


「また新しい言いがかり? 私は何も隠してないわ」


 表情が自然だな。

 だが無意識のうちに俺に右手、つまりこの会話を録音しているスマホを見てしまっている。


「確かに君は、昨日の見張り役の子よりも嘘がうまいね。でも俺には通用しない。それに証拠ならある。君が自分の駒として使っていた田中直紀(たなかなおき)――彼がすべてを話してくれた」


 それを聞いた瞬間、


「…………」


 ほんの少し、七瀬の口元が強張った。

 

「それに夏野本人の証言もある」


「……」


 七瀬の視線はどんどん強く、そして鋭くなっていく。

 ああそうだろう、クラスカーストのトップという地位を脅かそうとする俺が、腹立たしくて仕方がないだろう。

 もっとだ。もっと感情を出せ。


「ならどうして、このことを教師に直接伝えないのか。それは君がクラスでも中心に近い位置にいるからだ。何の準備もしなければ、せっかく訴えを出しても、君の友達や君を信頼している先生たちが問題をなかったことにするだろう。でも波風を立てることはできる」


 そして俺は、さらに言葉を紡ぐ。

 七瀬が知りたいであろう俺の考えをぽろぽろと話してやり、その思考を誘導する。


「そこでもう一つの理由だ。君はまだこの先もこの学校に通う。だからあんまり大事(おおごと)にしたくないでしょ? すべてを丸く収めてくれると約束してくれるなら、俺は何もしない。これは俺からの気遣いでもあるんだ」


「気遣い……ですって?」


 怒り――初めて、七瀬の声音にそれを感じた。

 彼女はプライドが高い。だからカーストトップの座を奪われること、さらに俺が気遣っていると強調すれば、こう思うはずだ。


 どうしてこんなにも偉い自分が、入学したばかりのガキの気遣いを受けなければならないのか。


 許せないはずだ。認めたくないはずだ。

 だからこそ、自分を守るために彼女は動く。


「……本当に、変な言いがかりはやめて!」


 七瀬は叫ぶ。しかしその声に込められたのは怒りではなく悲しみ。

 彼女は泣き叫ぶような声を上げて俺に近づき、右手を振り下ろした。


 ――ぱちん!


「……っ⁉」


 平手打ち。痛みに怯んだ俺を見て、七瀬は右手のスマホを奪い取る。

 そして画面を表示させ、録音中であることを確認。


 ロックを解除しないと録音停止ができないと判断すると、俺には目もくれず窓際に移動し、窓を開けた。


「――――」


 刹那――俺は目撃した。

 七瀬七海がまるで悪魔のような恐ろしい笑みを浮かべて、何気なく、窓の外にスマホを投げたのを。


「な、なにをするんだ! ああ! せっかく買ってもらったんだぞ!」


 入学祝いにと涼子(りょうこ)さんに買ってもらったものだったのに……。


 半ベソかきながら、俺は七瀬を睨んだ。

 最近のスマホは耐久性が高いとはいえ、この高さで下はコンクリート。

 間違いなく、壊れた。



「……ふふ、ふふふっ、あははははははッ‼ ああ、おかしい、こんなに笑ったのは久々ね! ホント、ピンチはチャンスってやつ? あー、やっぱり私、あなたみたいな正義マンっていうの? そういう傲慢な人のプライドを折ってやるのが大好き。ああもう、大大大好き」



「――本性を現したな。七瀬」


 恍惚とした表情を浮かべる七瀬に、俺は声を震わせて言う。

 こんなものが仮面の裏に隠れていたとは。

 

「黙りなさい、ガキが。あーあ、惜しかったわねぇ。録音してるときに私が口を滑らせていたら、証拠が手に入ったのにねぇ。――なんて、私がそんなミスすると思ってる? ふふ、知ってる? 現実ってそううまくいかないものなのよ」


「っ……どうして、夏野を酷い目に遭わせようとする……!」


「……うるさいわねぇ。いるわよね、こういう自分の思い通りにならないからって大声出して誤魔化そうとする愚か者。でぇ? 美原さんだっけ……さあなんでかしら」


「とぼけるつもりか……?」


「違う違う、そういうのじゃないの。本当の私はそんなことしない。する必要ない。今の私はありのままの私で自分を偽る生き方はしないのよ。だから――そう、強いて言うなら、面白いから?」


「……」


「楽しいとは少し違うのだけれど、ただこう、なんとなくテレビをつけて、なんとなくバラエティで笑うみたいな……ほかにも言うならそうねぇ。適度なストレス発散は、この現代社会で必要でしょう? だから彼女が私のストレス発散道具に相応しいかテストしていたの。なんて、ただの後付けだけどね」


 重いため息を吐く。

 綺麗なバラには棘があるとはよく言ったものだ。


「大体どうして入学したばかりのあなたが、美原さんを助けようとするの? あの子……もしかしていわゆるビッチ、になっちゃったのかしら。確かに最近はあのギャルの真似も結構さまになってて鬱陶しかったけれど」


「いや……俺は偶然彼女の事情を知っただけだ。助けてとも言われてない。でも……見過ごせなかった。君の周りにはいないだろ、そういうやつは」


「……立場、分かっているの? あ、でもそういうことまで頭回らないのかな。録音状態のスマホをそのまま手に持って見せつけるような馬鹿正直な子だものねぇ!」


「…………っ」


「冬馬白雪、その女の子みたいな名前だけなら嫌いじゃないけど、残念。あなた、明日から自殺したくなっちゃうほどつらい思いをするわよ」


 全身の力が抜ける。

 俺は崩れ落ちるように、壁を背にしてフローリングの床に座り込んだ。

 

「ふふ、話はもう終わり? じゃあ私は――」



「――いや、まだ八木原(やぎはら)との交際の話が残ってる」



「…………………………は?」


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