現実との相対 5
「抗えぬもの」
墨絵の雲が、一刷毛ごとに
色を加えていくように
刷毛の流れた先から墨が濃くなって
天に在まします絵師の想いを映すように
輝いていた陽は姿を隠し
黒々とした墨色の、そのままの濃さにまで至るなり
天が割れた
見上げている暗雲に走る雷光は
見る者の眼まなこを射貫いて
一瞬には闇と
静寂の二瞬の後
三瞬には蒼穹そらが崩れる
四瞬の世界は、叩きつける雨水うすいに塗れ
五瞬の瞳に、世界は白く塗りつぶされた
舞い上がる煙雨に
吹き落ちる蒼穹そら
雲が寄せ、雨水が舞い
吹き落ちる風はすべてを
ひざまずかせ、押さえつける
投げ出された私の心は
渦巻く雲と雨水とを泳ぎ回る
龍の姿に震えるのみだ
その視線を避けて
その爪から逃れる術を
思いつきもしない私は
呆然と立ち尽くす
五体投地された心は、そのままの姿で
フルフルと震える手足は
逃げ出すことも思い浮かばず
ただ、ただ
舞う龍の姿に縫い留められ
逸らすことも出来ない目線のままに
固まり続け、立ち尽くす
いかほどの時が過ぎただろうか
漸くに再起動を果たした私の心は
いつの間にか光を得て
落ち着きを取り戻した大地に
ほほを擦りつけて泪して
生命いのちを保てたことを感謝する
こうして日常と和解した私は
明日も
明後日あさっても
明明後日しあさっても
ずっと続く毎日を
感謝と畏怖とを抱きしめて
目立たずに
生き続けていくのか
ああ・・・
「日常に包まれて」
日々過ぎていく繰り返しが
ひと時も留まることなく
続いている
今日の朝に鳴いていた蝉たちは
昨日鳴き始めたとしても
明日も必ず鳴いているに違いないのだ
長い長い、地面の下にいる時間が
本当は蝉の本質だとしても
枯れ枝に産み付けられた卵が孵り
地面に降りて、そして
長い長い時間を過ごす木の根の側が
世界のすべてだとしても
彼らにとっての日常であるのに違いはない
私は人間だ
人間の中でしか生きられない
今でこそ簡単に手に入る服にしろ
私一人では作ることが出来ないし
身の回りにあるすべてが謎に満ちている
秘密の面影を持つそれらに囲まれて
手出しできない、神の恩恵ともいうべき
造形に囲まれて
ゆっくりと蕩とろけて行く自我に縋すがって
纏まとわりつく誘惑の中で
それでも両足で立つことが出来ているのが
私の遺された誇りだとしても
日常のぬるま湯に守られて
あちこちの人々と凭れ合いながら
私は生きている
私は生きていくんだ
私は今日も決意を固める
明日に向けての決意を固める
これが私の日常なのだから