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第二話

朝一で行った幾つかの検査と診察の結果、車椅子での移動から歩いて良いこととなり、点滴も外された。


昼からは通常の食事を食べる事も出来、動くたびにあちこち痛むものの少しだけ自由になれた気がして早苗は病院内を見て回る事にした。


院外には外出許可が居るものの、院内ならば問題ないとの事だった。


午前中に叔母が下着類やカーデガンなど必要な物を持ってきてくれた事もあり、財布片手に一階の売店や地下にある喫茶店なども見て回り、母の入院中の事を思い出したりもしていた。


早苗の入院する柏木記念病院は地下二階、地上六階建てのそれなりに規模の大きな病院だった。


理容室や美容院、食堂に喫茶店、売店にランドリー、必要な物の大半は内部で済ませる事が出来、明日か明後日には退院予定たが、六年前とどう変わったのか、それとも同じなのかを確かめながら院内を散策する。


早苗の入院する部屋は二階の救急病棟だったが、今日の午後から五階の個室へ移ることになった。


506号室、それは母が入院していた、そして母を身送った部屋だった。

感慨深い気持ちを懐きつつ、叔母にも部屋の移動は伝え、学校が終わったら子供達を連れて来てくれる事になっていた。


事故を起こした女性の家族が菓子折りを持って謝罪へと現れ、誠心誠意謝られた上に今後も含めた医療費や慰謝料についても保証してくれて個室も怖くなくなった。

事故は後々痛みや後遺症が出るケースも多いので、正直助かったと一安心した早苗だった。


エレベーターで五階へ向う際、各階の案内を何気なく見たのだが、昨日入院していた二階には救急病棟と検査施設の一部が入っており、小児病棟は六階となっていた。


内緒話をしていた子供たちは、急患の家族か何かかしら?

時間的に見舞はあり得ないだろうから、子供だけを家に置いて行く訳にもいかず、救急車に一緒に乗せられて来たのかも知れない。

それならば走る元気があるだろうと何となく納得した。


五階にはラウンジもあり、自販機で飲み物を買って飲んだり、見舞客と話したりする事も出来た。

昨日とは違う看護婦の話だと、気分転換やリハビリも兼ねてラウンジで食事をする事も出来るそうだ。


早苗は昼過ぎ頃、人が居ないガランとしたラウンジの二人掛けテーブルに座り、缶コーヒーを飲みながらぼんやりと窓の外を眺めていた。


そろそろ保の学校が終わる時間かしら?

近くの壁に掛けられた時計を見て、おやつの準備や夕飯の買い物をと一瞬思うが、入院中だったことを思い出し苦笑する。


結婚して十四年、十年以上も母親をやっていれば、生活サイクルも独身時代や新婚だった頃とは異なってしまう。


ランチや買い物などで良く出歩いた友人たちとも滅多に会わなくなってしまった。


子供たちが巣立った後、私はどんな生活を送るのだろう?


窓から見える道行く人々、親子連れや買い物帰りの主婦、早足で歩くスーツを着たサラリーマン、犬の散歩をする老人。


それぞれに色んな人生があるのだろう。


仲良く話していてる買い物帰りの主婦たちも、実はお互い裏でそれぞれ陰口を言い合っているかも知れず、無愛そうなサラリーマンが実は家では笑顔の素敵な良き夫、良き父親かも知れない。


私は、私の家族はどう見られているのだろう?


事故に合って何だか感傷的になっているのかも知れない。


早苗は缶コーヒーに残った最後の一口を飲み干して席を立とうとした時、背後から視線を感じたような気がして振り返った。


ぼんやりしていた間に来たのか、70過ぎに見える老婦人が2つ隣のテーブルに座り、柔らかな笑みを浮かべて早苗のことをにこやかに見つめていた。


「始めまして、こんにちは。

見つめちゃってごめんなさいね?

昔の知り合いにどことなく似ていたものだからつい。

私は507号室に入院している貴船と言います、よろしくね」


にこやかに微笑みつつ貴船と名乗る老婦人は語りかけて来た。

柔らかい声音は亡き母にどことなく似ていて、その身にまとう雰囲気も何処かほんわかとしている。

何処かで会ったことがあるような気がする。

この人好きだなと、そんな印象を持って早苗も微笑みつつ答えた。


「始めまして、倉橋と言います。

午後に2階から506号室に移って来ました。お隣の部屋ですね。

よろしくお願いします。

昔の知り合いってお友達の方ですか?」


「えぇ、ここで知り合ったのだけど、倉橋さんが座っている席で子供の事や孫の事を良くお話したのよ。

名前は未知子さんと言うの。

案外娘さんだったりするのかしら?って夢みたいなことを思って懐かしくなってしまって、貴女を見つめてしまったの。

本当にごめんなさいね?」


やんわりと告げられた言葉に早苗はハッとして老婦人を見つめる。


「未知子さんって、六年前にこの病院で亡くなった佐藤未知子ですか?

その人私の母です!

私は娘の早苗と言います!」


早苗は席を立ち、貴船婦人の座るテーブル席の近くへと移動した。


「どうぞ、お座り下さいな。

まぁ、そうだったのね?

またここで、未知子さんの娘さんとお会いするなんて、これもご縁なのかしらね。素敵だわ」

「えぇ、本当に」

昔を懐かしんで嬉しそうに微笑む老婦人に早苗も縁を感じ、それぞれの家族の話や母の思い出話などに花を咲かせて時を過ごした。


貴船夫人との楽しい時間を過ごした後、病室で明日朝の退院許可を知らされた。


その後叔母の真由子が長女美奈子と長男保を連れて来て、短い間だったが病室が賑わった。


個室だったこともあり面会時間ギリギリまで家族は残り、終いには会社帰りの夫も加わって外食をすると皆で帰って行った。


急に静まり返った部屋に一人ポツンと残ると、急激に部屋が寒くなったような気がした。

明日には帰れるのだし早く寝てしまおう。

そう言えば事故に合ったときの荷物はどうなったのだろう?


明日は子供たちの好きな物でも作ってあげよう。


もう遅いし、貴船婦人には明日の朝退院を知らせれば良いだろうか?


そうだ、母の好きだったお菓子食べてくれるかしら?見舞いに来るのも良いかも知れない。


そんな事を考えていたら寒々しく感じていたのも馬鹿馬鹿しくなり、気付けば眠りに落ちていた。


夜中トイレに行きたくなって目覚め、病室併設のトイレに入る。


救急病棟は急患対応のため病態の重い人が優先されており、女性が入れる部屋は個室のみだった。


トイレを済ませてふと閉じられた引き戸を見ると、はめ込まれた摺りガラスの向こうに人影が見えた気がした。


何となく騒いではいけない気がして、足音を潜めて近付き引き戸を開け、そっと廊下へ顔を出す。

静寂の中耳をすませば空調の音や医療機器の立てる音、ナースルームからかトーンを落とて話す声、他の病室からはいびきすら聞こえて来る。


人影も異変もない事にホッとして、再びベッドへ戻った。


閉じたドアの向こうからパタパタと走る音も聞こえて来たが、急変でもあれば看護婦が走る事もあるだろう、先程チラリと見えたような気がする影も看護婦さんだったのかも知れない。


子供じゃあるまいし、自分は何に怯えていたのだろう?


心霊特番を見たあと一人でトイレに行けなくなる子供たちを笑えないな、そんな事を思いつつ眠りにつく早苗だった。


翌日は朝食を終えるとすぐに有給休暇をとった夫が迎えに来て慌ただしく、507号室へは挨拶へ行けずに退院することとなった。


夫の運転する車の助手席に座り、窓の外を眺めていると、何だか違和感を感じた。

何だろう? 

いつもと変わらぬ近所の道。

家の前を掃除する人。

すでに通勤通学の時間帯は過ぎていたが、それなりの数の歩行者はいるのもだ。


信号待ちで車が止まり、横断歩道を見ると縦看板が置かれており、その下には花束が幾つか置かれていた。


「献花?事故があったのかしら?」

ボソリと呟く妻の声に、

「一昨日女子高生が轢き逃げにあって亡くなったらしいんだよ」

と話してくれた。


夫の顔を見つつ、ほんのわずかの差で自分もそうなっていたのかも知れないと思うと、背筋に悪寒が走った。


ふと再び横断歩道に目をやると、縦看板の横に制服姿の少女が立ち、ジッと献花を見下ろしていた。

その手には鞄の類も持っておらず、だらんと両手を垂らしている。


亡くなった女子高生の友人?

学校は休みなのかしら?でもそうなら何故制服姿なの?


娘を持つ母として、そんな事を気にしていると信号が青になり車が走り出す。


視界の隅に少女が顔を上げるのが見えた気がした。

ほんの一瞬だったが、少女はその額からは血を流し、首が左に折れ曲がっているように見えた。


?!

走り出した車の中、早苗は慌てて振り返るが、看板の横には誰もおらず、献花の花束が一つ、風に飛ばされて道路に転がるのが見えた。

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