第五話『カメロ市街地攻略作戦』
「戦力ではあちらが圧倒的有利。相手の戦力が出揃うまでに一気に叩くぞ!作戦開始!!」
先生の合図とともに俺たちはマシンから降りる。俺たちが下りるとマシンは静かに飛び立つ。作戦終了したら即座に帰れるようどこかで待機しとくんだろう。
俺たちは隊単位で散開して{カメロ市街地}攻略を目指す。
東和連合とサウス諸国の戦力には火を見るより明らかな差があるため、相手がこちらの動きに気付く前に中心部まで駒を進める必要がある。俺たちの隊も他の隊と距離を保ちつつ出来るだけ人のいない建物の中などの間を縫って進む。
だが、少し妙だな。余り見張りがいないように見える。まあ見張りと言っても、サウス諸国は技術力を売りにしている国だから、監視カメラや見張りドローン、バトルドロイドの類だが。
攻められないと思って、あまり戦力を割いていないのかもしれないな。まあそんな敵国の情勢などどうでも良いので、あまりそこらへんは考えないことにする。
「にしても、この警備の薄さは舐められてるとしか思えないな」
「防御に回す手の方がもったいないって感じよね。あまりいい気分はしないわね」
千代も不満そうだ、が警備が薄いのはこちらにとっては好都合だ。ここはファンタジー世界ではない。異世界転生物で主人公がチート能力で無双するわけでもない。だから戦闘は極力避け、気づかれないように立ち回るのが定石だ。
しばらく歩き続けるが人がいないのは相変わらずで、他の隊からの連絡もない。まあこの隊に連絡してないだけ説もあるけどな、それだったら笑えない。
ふと、黄泉子が何かに気付いたように前方に指をさす。
「あ、あれっ」
「ん?」
俺もつられてそちらの方を向くと。
「にゃあ」
猫だ。紛れもなく猫だ。前方二十メートルぐらいの俺たちより道の真ん中に出たところに猫がいる。黒い毛並みのその猫は何をするでもなくそこにいた。誤ってこのフィールドに入ってしまったのだろうか。一応回収してやるか。そう思った時。
「フィールド内に異物を発見」
周囲を巡回していたバトルドロイドの一体がその猫を発見し近づく。猫は警戒して、バトルドロイドに毛を逆立てて威嚇する。
「敵対反応を感知。排除する」
そう言ったバトルドロイドの腕が変形し、銃に変わる。放たれた赤いレーザポインタが猫の体に当たる。猫も逃げる気配を見せない。運が無かった。そう諦めようとしたとき。
「止めて!!」
黄泉子が俺のそばから駆け出していた。
「止まれ、黄泉子!!」
走る彼女の背中にそう叫んだが、止まるはずもない。
「いやあああああ!!」
掛け声と共に黄泉子は自身の剣でバトルドロイドの腕をそのまま斬り飛ばしていた。攻撃手段がなくなったバトルドロイドはその場で棒立ちになる。黄泉子はすぐさま猫のもとへ駆け寄ると、抱きかかえて立ち上がろうとする、が。
「甘いんだよ、ガキ」
そのすぐ近くの建物の上、それはその場にいるはずだが、いないと思われていたサウス諸国の生徒の声だった。
彼らはいなかったのではない。そう見せかけてバトルドロイドの監視網に誰かがかかるのを待っていたのである。スナイパーライフル型の武器をもった生徒が黄泉子の頭に照準を合わせる。そして愉悦を浮かべ、引き金を引く。放たれたのはビーム弾である。彼が勝利を確信したその時。
シャキンッ
そんな綺麗な金属音が響く。放たれたビーム弾は黄泉子の頭には当たらず、全然関係のない場所の地面を焦がす。
「え!?」
サウス諸国の生徒には何が起きたのか全く分からなかった。だが、分かる事もある。
一つは自分のはなった弾丸は意味をなさなかったこと、もう一つは自分の狙った少女の前にはさっきはいなかった青年の姿があるという事である。
「天さん…」
自分のみに迫る危険を察知していた黄泉子はそれらから天が守ってくれたことを自動的に察した。安堵の表情で天を見る黄泉子。だが、それを振り返り見返した天の顔は全く笑っていなかった。そこで黄泉子は気付く。自分がしたことを、その重大さを。
黄泉子から見て天の更にその奥の方から、バトルドロイドの大軍がこちらに向かってきているのが見えたからだ。天は耳につけていたインカムに向かって話す。
「千代、遠距離から後方支援を頼む。」
「分かったわー」
「圭、俺と一緒に前押しするぞ。」
「はーい」
「で、黄泉子」
「は、はいっ!!」
唐突に自分の名前が出てきて、びくっとしてから返事をする。だがそれは自分に対しての作戦的な指示ではなかった。
「少し、下がっていろ」
「ッ!?」
“下がれ”それは間接的な事実上の戦力外通告だ。お前は戦闘に参加するな、そういうことである。それ以上天は何も言わずに前に向き直る。天のインカムに他の隊からの連絡が入る。
「天?バトルドロイドが最初に比べて大分増えてない?」
終からだ。天は淡々と答える。
「すまない。こちらの隊で少々問題が発生した」
「ええ?それってどういうこと?」
「とにかくこの作戦は撤退しよう。作戦は失敗だ」
「ッ!」
その言葉を聞いて黄泉子は涙が込み上げてくるのを感じた。自らの失敗。その影響。これほどつらいことはない。
「さあ、行くぞ」
「「了解」」
その言葉と共に天は圭と戦場を駆けだす。地面を思い切り蹴り、空中に飛びあがる天。しかし、そのあまりの速さにバトルドロイドたちはついていけずに天がいきなり視界から消えたように映っている。天は自身の剣を大きく振り上げる。そして自分の全体重をかけ、ドロイドの群れ目がけて振り下ろす。
ドガンッ
剣が地面に物凄い威力で叩き付けられその爆風でドロイドたちを一気に吹き飛ばす。吹き飛ばされなかったバトルドロイドはすぐさま天に向かって腕を銃に変形させて応戦しようとする。
だが、そんなバトルドロイドたちの前に緑色の閃光が走る。
「おりゃああ!!」
ドガッ!!
バギッ!!
そんな音が響いてバトルドロイドたちが次々と潰されていく。金属片と部品がバラバラになって弾ける様に飛び散る。
「圭!感謝する」
「自分で一緒に行こうって言ったんでしょ」
緑色の閃光、圭は、自分の両腕に装備しているナックルを打ち合わせる。金属音が響き、火花が散る。天がその隣に音もなく立つ。この立ち姿だけで分かる。彼らは強者なのだと。
たかが戦闘データを積んだバトルドロイド程度が太刀打ちできる相手ではないのだと。
「くっ、クソ!」
サウス生徒は自分の作戦が上手くいかなかったことを悟り、その根本的原因ともなった天に銃の照準を合わせる。悔しさと怒りからの一撃。しかし、それを放つ前に小さな鉄球が凄まじい勢いで飛んで来て、銃を貫いていた。その威力で銃が砕け部品が飛散する。
「残念だけど、そいつを撃たせることはできないわ。そいつは隊長だからね」
その声はサウス生徒には届いていない。何故ならその言葉と鉄球を放った少女、狂峰千代がいるのは遥か後方の高い建物の上。スリングのような武器を持ってそれを構えている。更に千代は自身のバッグから赤い丸薬を取り出しスリングにセットする。そして紐を引き、ショットを放つ。
「点火」
それがサウス生徒の目の前に着弾し、炎が上がる。
「うわぁっ!」
炎で行く手を塞がれ身動きが取れないようだ。
そんなやり取りをしている内にも、天と圭の二人は着実にバトルドロイドを鉄くずにしていた。
「…」
それを黙って見ていた黄泉子は何もせずにただ茫然と座ってその状況を見ていた。
ふと、その体が浮き上がる。正確には立たされたのだ。
「何をしている?撤退命令が出ているぞ!」
「風華先輩…」
虚ろな目で風華を見る黄泉子。風華はニコリと笑う。
「その小さな命を守ったんだろう?自信を持ちたまえ」
「…!」
黄泉子の持つ猫を見る風華。猫を助けたことは小さなことかもしれない。ただ、それは正しい事をするという当たり前の感情から生まれた正義だ。それは自信に持っていい事だ。
そんな中、天の叫び声が響く。
「千代っ!凍らせてから煙で視界を塞げ!それで撤退する!!」
「りょうかーい」
千代が次に取り出したのは青色の丸薬同じようにセットし、天と圭が倒したバトルドロイドの残骸に向けて放つ。
「氷結」
それが着弾し残骸が凍る事でバリケードが出来、残りのバトルドロイドの道を塞ぐ。更に白色の丸薬を取り出し続けざまに撃つ。
「煙幕」
それは空中で分解され、勢いよく煙を発射する。それが辺り一帯の視界を悪くしこちらからも敵が視認できなくなる。ここぞとばかりに天が指示を出す。
「零番隊、直ちに撤退!」
「早く、乗って」
そのタイミングで耀の操縦する輸送マシンが降り立つ。全員はその場を離れマシンに乗り込む。もちろん、猫も一緒にだ。後方からはドロイドたちのでたらめな銃撃が飛んでくる。
天たちを乗せた輸送マシンが離陸し、急加速してその場を離れる。遠目には他の隊が撤退しているのが見えた。
こうして、一年生を交えての最初の作戦は“大失敗”という最悪な形で終えることとなった。