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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

作者: 十島圭

 11月の午前4時。肌に冷たい風の刺さる、街灯がいっそう明るく見える暗い夜のこと。

 都心から少し離れた、人も車もあまり通らない街。街と言っても、駅や商店街があるわけではない。他のある街とある街とを繋げるための村のような街である。

 その街の人目につかない長い橋の上で、少女が下の川の水面を見つめていた。水面に移る暗い空をぼんやりと見つめながら、一人、何かを思い出したり、悩んだりして、しかし焦りを感じながら、高い橋の上からその川を眺めていた。

 

 今から30分ほど前、少女はその身いっぱいに抱えきれないほどの想いを胸にぶら下げ、この橋に向かって歩き出した。少女は17歳、女子高生である。家のものに気づかれぬよう、ゆっくりと階段を降り、家のドアを静かに閉め、その行動とは逆に心には燃え上がる様な、しかし決して人には話せない何かを秘めながら歩いていたのだ。

 

 歩きながら、少女は今までの人生を振り返っていた。たった17年間ではあるが、その中でなにか衝撃的な、嬉しいような、楽しいような思いでがないか、ひとつひとつ確認していた。


 少女は中学生での部活動のことを思い出していた。それが彼女にとって、一番美しく、純粋な思い出だったのである。担当していたのはトロンボーンであった。腕が短いながらも、努力と工夫を積み重ね、友と励まし合い、コンクールに望んだ。入賞はせずとも、仲間と切磋琢磨した日々が、「素晴らしい」「美しい」などという言葉で表現できてしまうことにもどかしさを感じる程に重要で、楽しかったのだ。


 楽しい想い出であったからゆえ、少女はそこでそのことを考えるのを辞めた。ただ辞めるというより、大切にしていた卒業アルバムを捨てるような、他人から見れば理解のしがたい、しかし決心のついた行動であった。

 そこからの少女は、何かの埋め合わせをするような、ワードパズルの答えを問と問から導き出すときのような、そういう感じに、自分の行動に対する理由付けをしていった。今から自分がすることを、何週間も前から計画していたなにかを、「自分がそれをするに値する」と自分に言い聞かせるようにただ考えていたのである。歩を進めるごとに、彼女の怒気にも似た決心は強くなっていった。


 橋の真ん中につくと、少女は計画を実行した。ここからは実に簡単であった。橋の手すりに手を乗せ、その手に体重を乗せ、足を蹴るだけである。たったそれだけである。たったそれだけの、実にくだらないバカげた行動だ。彼女はそのバカげた行動を堂々と、「今こそ、我が心に秘めし勇気ある未来への一歩を踏み出さん」と言わんばかりに実行した。


 しかしその未来への一歩は、橋の手すりに手を乗せたところで一度ストップした。なぜストップしたのか彼女にはわからなかった。怖くなったのか、考えを改めたのか、心に引っ掛かるなにかがあったのか、彼女自身それがわからなかった。

 いったいどうしたというのだ。

 少女はもう一度、手すりに乗せた手に力を込めた。だがいくら力を込めてもダメなのである。手を一度離し、もう一度同じようにやってみたり、手すりをわしづかみにしてみたり、少し助走を付けて橋に手をついてみたりしたが、どうやってもその先に行かないのだ。   そうして鉄棒の上手くいかないうちに、はじめは焦っていたものの、次第に少女はなにもする気がなくなってしまい、手すりにホオヅエをついた。シラケたのだ。


 少女は水面を見つめていた。水面を見つめるうちに、自分がしようとしたことの愚かさと、しかしこれを無かったことにすればそれもまた苦しいという、肺なのか心臓なのか、上半身の真ん中より少し上に激痛を感じるような、言いようのない苦しみの板挟みを感じた。


 この期を逃せば、私はもうこの一生と決別はしないでしょう。よってこの先、きっと今までよりも強烈な苦しみが私を襲うことが、はっきりとわかってしまうのです。もうどこにも逃げ場がないことがわかってしまうことが、苦しくて仕方がないのです。いっそ一思いに、感情に任せて飛び込んでしまえば楽だったのに。


 少女がそんなことを考えていると、どこからか車の音が聞こえて来た。音は近づいてくるようだ。

 随分と早い出勤、もしくは夜遊びであろうか。車はついに少女の目に見えるところまで近づき、そして何故か、少女のすぐ先で止まった。黒い、どこの会社かわからないマークの、低いが長い車である。


 少女は始めはおかしな車だと思っていたが、すぐに「午前の4時に女が橋の上にいるから怪しまれたのかもしれない」と考え、なにか聞かれたときのために言い訳を考えだした。

 そうだ、コンビニに行ったとでも言おう。そう思った矢先、車から黒いスーツの男が出てきた。その後、同じような格好の男がまた車から出てきて、またその後も同じような黒スーツの男が出てきて。それを繰り返して合計5人の男が車から出てきた。

 黒いスーツに黒いボーラーハットを被った、顔がよく見えない男たちである。

 

 一人ならまだしも、いきなり5人も黒スーツの男が現れたので、少女は戸惑い、できれば自分の方には来ないでくれと願った。

 しかし男たちは少女の方ではなく、まっすぐと橋の手すりに向かい歩き始めた。そしてお互いなにか話したり、目を合わせることもしないまま、黙って手すりに手をかけて、下に落ちていった。7秒後、ランダムな、しかしはっきりとした「ッパーン」という音と、そのあとの水しぶきのような音が聞こえた。


 少女はなにが起きたのかわからなかったが、すぐにそれを理解した。手すりはそこまで高いものでは無かったし、少女は手すりのすぐ近くに立っていたので、下に落ちた男たちの体がどうなったか見えてしまったのだ。

 17歳の女子高生に見慣れた光景ではなかった。少女は呼吸を乱し、手すりに捕まった。鉄の手すりが異常なほどに冷たく、少女は自分の体に火照るような、凍るような、二つが一緒に襲ってくるような感覚に襲われた。そして手すりに対して、底知れぬ嫌悪感を抱き、手すりを突き放すようにその場に倒れ込んだ。

 肩が激しく上下する。息をすると、肺がいつもより後ろについているような、いつもと違う場所から息を吸っているような気がした。もう水面も橋の手すりも見たくはなかった。


 それから数秒後、車の空いていなかったドアが空いた。そしてそこから一人の男が出てきた。黒スーツの、ボーラーハットを被った、水面に浮くバラバラになった何かと同じような格好の男である。

 少女は男の顔を見た。目があってしまった。涙目で、息を切らし、怯えている顔だった。とてもさっきまで同じことをしようとしていた人間とは思えない態度である。

 そんな少女の情けない顔を見て、男は笑った。声は出さず、口元と、目尻が釣り上がった、嫌な笑い方であった。そして銀の懐中時計を数秒、じっと見たあと、さっきの男たちと同じように橋の下に落ちていった。

 

 少女は男の体が水面に叩きつけられる音を聞いた。気持ちのいい音ではない。命の散る瞬間が美しいのは、機械仕掛けの箱が興じる幻想の中だけの話である。少女はすぐに立ち上がり、家に向かって歩き出した。もうこんな場所には居合わせたくなかった。


 6歩ほど足を運んだ時であろうか、真っ黒な空が、薄い青に変わった。朝が来たようだ。どこまでも黒く、深かった水面は、川の中の一部に。川は街の中の一部に、変わっていく。朝という魔物は、すべてを小さく見せる。それは目に見えるものだけではない。人間の気持ちや自信、少女の抱いていた不安や悩み、覚悟までも、バカげた一夜の妄想に過ぎなかったと諭すように朝は過ぎていく。


 少女は明るくなった川のせせらぎに鳥が羽ばたくのを見た。

 彼女はとても美しい笑みを作り、橋の手すりに向かい走った。そして腕に力を入れて、その先に飛んで行った。


2作品目です。

内容のわりに更新が遅いです。

就活でいろいろ忙しいですが、続けては行こうと思っています。

宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人の儚さを感じられる作品で良かったです。 状況を想像しやすい描写と、どこか美しさのある文章が、好きでした。
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