09.町外れの工房で
私の朝は武術を習い始めてからずっと今も変わらず基礎練から始まる。軽く走り込んだ後に練習用の木製の槍で全ての型を確認するように素振りをする。毎日欠かさずやってきたことで体力アップに加えて体に染み込ませてきた技の一つ一つのキレが増してきたのが実感できる。その証拠に最近では身体強化した相手の動きにもついていけるようになってきたし、何回かに一回は攻撃も当てられるようになってきた。
するとある日、いつものように朝の基礎練へと出かけようとした時にグランに呼び止められた。
「リオン、お前の武術はもう完成と言っていい仕上がりだ。そろそろ木刀では物足りないだろう。近々お前の武器を作りに行く。お前が使う武器だ。どんなものがいいか考えておくように」
これを聞いて、私は「やっときたか」と胸を踊らせる。最近は新たに学ぶことが少なくて退屈だったけど、自分用の武器が出来たらそれに合った戦略が立てられるし、魔法の照準合わせの練習もできるようになる。ちなみに武器についてはもう考えが固まっている。実現可能かはわからないけど、多分大丈夫だろう。だから、あとはその日を待つだけだ。そして、待ちに待ったその日は二週間後にやって来た。
向かった先は城下町の外れにある小さな工房。グランが連れていく所だから立派な所かと思ったけど案外ボロい。まぁその方が雰囲気があって私は好きだけど。
「見た目はアレだが腕は確かだ。きっとお前の求める槍を作ってくれる」
「父様が言うなら心配ないですね」
「ちょっと旦那、そんなこと言われちゃぁ緊張して出来るもんも出来ねぇってもんだぜ?」
そう言いながら工房から出てきたのはグランと同い年くらいの男性。多分この工房で一番偉い人なんだろうけど、グランとタメ口で話していることに驚いた。
「リオン、こいつはギルバルト。ここの工房主だ。こいつは私の知る中で最も腕のいい鍛治師だ」
「そう褒めるなって…。ギルバルトだ。ギルでもいいぞ」
「はじめましてギルさん。私はリオンといいます。本日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むよ」
挨拶が済んだところで工房の中に入り、応接室のような部屋に案内される。私は用意された椅子に腰掛け、ギルさんは机を挟んで私たちの向かいの椅子に座る。
「じゃあ仕事の話をしようか。今回はその娘のなんだろ?希望を聞こう」
「話が早くて助かる。…リオン、遠慮は無用だぞ。ギルなら大抵の事はやってくれる」
「ああ。グランの頼みだ、できる限りの事はしよう」
「ありがとうございます。じゃあこれなんですけど…」
そう言って私は武器の全容と細かい注文を書いた紙を手渡した。渡された紙を見るとギルさんは驚いた顔をして内容に目を走らせていく。何度か頷きながら紙を見つめること数秒、紙から目線を外したギルさんは関心するかのようにため息をついた。
「なるほどなぁ…。お嬢ちゃん、なかなか面白いこと考えてるねぇ。大丈夫、これくらいなら全然実現可能だ」
「本当ですか!?」
「ああ。明日中には完成するはずだから明後日にでも取りに来てくれ」
「はい!ありがとうございます、ギルさん」
私は椅子から立ち上がり、ギルさんに向けて深々と頭を下げた。すると、ハイエルフである私が頭を下げたのがそんなに意外だったのか、ギルさんは少し驚いた顔をする。でも、それは仕方の無いことだろう。
私やグラン、ミシェルはともかく、他のハイエルフたちは自身の身分を振りかざして相手をよく見下してる。序列もその現れだ。そもそも序列というのは国王が定めたのではなく、ハイエルフたちが自身らの優劣を明確にするためにはるか昔に定められたものに過ぎない。なんなら、その序列すらも今の状況では怪しい。序列一位であるルーク家の長男、アーレスの手にはマメはおろか武器を持った形跡すらなかった。とてもハイエルフ最強の武人一族には見えない。そんな過去の栄光を振りかざす輩が多いせいで私の方が異常のように見られているのが何だか癪だった。
ギルさんの工房を出た後、私の希望ですぐに屋敷へ帰ることはせずに町のあちこちを見て回ることにした。
町の人たちの迷惑にならないよう人通りの多い道は避けながら町並みを眺める。対面式の時に馬車で通った表通りとは違い雰囲気も落ち着いた感じで主に居住地となっていた。それに、探していた図書館も見つかった。近くに公園もあるし、そこで借りた本を読むのもいいかもしれない。もっとも、町に行くことを許可してもらわないことには何も始まらないけど。そう思いながらチラッとグランの顔に目を向けると丁度目が合った。
「気に入ったのなら好きに出掛けるといい」
「え、いいんですか?」
「ああ。但し、私かミシェルのどちらかには声をかけていくこと。それとナイフ一本くらいは持っていきなさい」
声をかけさせるのは恐らく護衛の用意のため、ナイフはそのまま自衛のためだろう。でも、外出の許可を貰うためなら何ともない条件だ。次に町に来たら何をしようか。そう考えながら眺める町並みは、またさっきとは違ったもののように見えた気がした。