07.料理をしてみよう
衝撃の対面式から数日後、私の修練は前よりも度を超えて激しくなっていた。
あの対面式の後に国王は正式に王の選定を宣言し、国中に混乱の渦を巻き起こした。それは未だ治らず、今もホットな話題として語られている。だけど、私の修練が激しくなっているのは選定のせいではなく単なるストレスの発散だった。
対面式以来、他のハイエルフ三人から手紙が送られてくるようになり、しかも揃いに揃って婚約の申し込みときたものだ。ミシェルはいつも嬉しそうに持ってくるけど、下心が見え見えだ。先に婚約の約束をしておけば、もし私が選ばれても女王の夫として王族の仲間入りを果たせる。どうせそんな考えなのだろう。
(誰があんな奴らと結婚してやるか!!)
私は当人たちに向けられない怒りをエネルギーにして、ほとんど休むことなく激しい修練を続けていた。しかし、度を過ぎた修練はあまり褒められたものではないため、ついにグランから注意されてしまった。
「リオン、修練に励むのは良いことだが限度がある。しばらくは身体を休ませろ。それまで修練は禁止だ。もちろん魔法もだ」
唯一のストレス発散法である魔法と武術の修練を取られたら、もう私にすることはない。趣味の読書も、字を読むと手紙の事を思い出すから読みたい気分じゃない。これじゃあ暇すぎて死んじゃいそうだ…。
暇を紛らわすために屋敷内を歩き回り、何か面白そうなものを探してみる。だけど、七年も経てば見慣れたものばかりで面白味がない。道行くメイドさんたちも昼食の準備で忙しそうにしている。
(もうお昼の準備か…。そういえばこの世界には知らない食べ物がいっぱいあったっけ。……ちょっと見に行ってみようかな)
思えば調理場には今まで行ったことがない。早速今から向かってみたいところだけど、いきなり押しかけたら流石に迷惑をかけると思うので、丁度通りかかったメイドさんを呼び止める。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
「え、あ、私ですか?」
「そうそう。ちょっと調理場を覗いてみたいのだけど、今からだと迷惑かな?」
「すいません、リオン様。ただ今昼食の準備中ですので…」
「そうだよね。じゃあ…二時頃なら大丈夫かな?」
「はい。それでしたら片付けも終わっていると思います」
「じゃあお願いね」
「はい。かしこまりました」
一応これで午後からの予定は出来た。でも今は午前九時を少し過ぎた位で、まだ昼には程遠い。こんな時間から昼食の準備をしているなんて今まで全く気づかなかった。やっぱり常に周りに気を回してないとダメだな。ハイエルフとして人の上に立つ以上それくらいはしないと…。
(まずはメイドさん一人一人の名前を知るところからかな…)
今の私はメイドさんたちの性格は疎か、名前も知らない。自分の考える最良の貴族像にはまだまだ程遠いなと改めて感じさせられたのだった。
昼食を終えて約束の二時が近づくと、私はすぐに調理場へと向かった。昼食のことも考えると、多分夕食の準備も相当早くから始めるのだろう。迷惑をかけないためにも行動は早い方がいい。調理場は意外にも前世にも見たキッチンとそう変わらず、調理器具もこれと言って目新しいものはない。やはり調理器具は利便性を追求すると結局は似たような形になるのかもしれない。冷蔵庫や電子レンジと言った機械の類はそもそもこの世界に機械自体が存在しないからあるはずもなく、代わりに窯らしきものや氷の入った氷室があった。氷室で保存されていた野菜はどれも見たことが無かったけど、どれも私の知る野菜と似通った点があるので味は何となく想像できた。他にもお米や薄力粉のようなものまであり、簡単なものなら今の私でも作れそうだ。
(……材料には余裕ありそうだし、何か作ってみようかな…)
材料を眺めながら私は頭の中でレシピを思い浮かべる。前世では食事は自分で作っていたから大抵のものは作れる。だけど正しい処理をしないと毒になるようなものがあってもおかしくは無いので、材料を選びながら、かつ簡単なものを考える。
(卵に砂糖、何の乳かは知らないけどバターと牛乳っぽいものもある。今はおやつ時だしここは無難にクッキーかな)
ボウルに入れたバターをかき混ぜ、砂糖を入れた後に卵を少しずつ加えながら混ぜ合わせる。さらにふるいにかけた薄力粉を加えて形を整え、窯の使い方は分からないから魔法を使って丁寧に時間をかけて焼き上げる。
「うん。見た目はなかなかいい感じの出来栄えね。ま、問題は味なんだけど……」
とりあえず一つを試食。焼き加減も味も特に問題なし。ちょっと甘過ぎるけどそこは対した問題にはならないだろう。ただ、結構な量を作ってしまったので、一人だと食べ切るのは無理そうだ。なら、メイドさんたちへの差し入れにしよう、ということでクッキーをお皿に盛りつける。
(『毎日のお務めご苦労様です。よろしければ紅茶とご一緒に召し上がってください』っと)
簡単な手紙を添えて、クッキーは机の上に置いておく。これならすぐに目につくし、クッキー自体長持ちするから夕食後にでも食べてくれたら十分だ。
使った器具を片付け終えた私はメイドさんたちが嬉しそうにクッキーを食べる様子を妄想しながら調理場を後にした。
そしてその日の夕方。夕食を食べ終えて自室へと戻る時に突然メイドさんの方から呼び止められた。見れば私が調理場の見学をお願いした彼女だった。
「どうかしたの?もしかして、私が何か不味いことでも…」
「いえ、断じてそういうわけでは…。ただクッキーのお礼をと…。大変おいしゅうございました」
「ありがとう。そう言ってくれるなら私も作った甲斐があったわ」
私はホッと息をつく。だが私の言葉が意外だったのか、彼女には驚いた顔をされる。
「え、あのクッキーはリオン様がお作りに!?」
「そうだけど?」
「その…出来れば私にクッキーの作り方を教えては頂けませんか?あんなクッキーは今まで食べたことがありません」
正直私は驚いた。確かに私はまだ子供だけどハイエルフには変わりない。そんな私に料理の教えを乞うというのはおかしな話だ。だけど、それでも私に乞うきたということはそれほどクッキーが美味しかったということだろう。
「いいですよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
「フフッ、貴方は随分と私のクッキーが気に入ったみたいね。……そうだ、まだ名前を聞いてなかった。貴方名前は?」
「はい、ユリエールといいます」
「じゃあユリエールさん、明日の午後二時からまたよろしくお願いします」
「はい、かしこまりました!!」
歩いて行くユリエールさんの後姿を眺めながら、私は初めてメイドと真に向かい合えた気がした。まだまだ沢山いるうちの一人と話しただけだけど、私にとっては目指す貴族像に一歩近づけた気がした。