05.波乱の予感?
四歳から始まった魔法と武術の修練を続けて早くも三年が経った。つまり、私は七歳になったということだ。最初の方は基礎の基礎だった武術も今では一週間に一度はグランと軽い模擬戦もするようになった。模擬戦のルールは簡単で先に攻撃を当てた方が勝ち。魔法の使用は一切禁止で、使っていいのは自分の体と武器のみ。オーディンの眼もだめだ。魔力で身体能力強化も使えない為グランと私には圧倒的な力の差がある。正直勝てる気がしない。
「そこ!今一瞬死角になったぞ。槍を扱うなら視野は広く、だ!!」
「っ…はい!!」
結局本日の模擬戦も私の負けで終わり、今日の修練もここで終わりとなる。最近では出来ることが増えてきたけど、それ以上に求められるものが高くなってきて、今では死角を作らないように言われている。でも、どうしたらいいのか全然わからない。そもそも顔の構造上常に三百六十度全部を見ることは不可能だ。
「あの父様、死角を作らないようにするにはどうしたらいいんですか?」
「“気”を感じるんだ」
「“気”ですか…」
「ああ。例えば魔力だとか匂いだとか、あとは殺気や風の流れとかで敵の動きを感じ取るんだ。お前は才能があるから、感覚を研ぎ澄ませばすぐに分かるようになる」
そう言ってグランは私の頭をワシャワシャと撫でた。グランはミシェルと違って結構強めに撫でてくるけど、私は案外それが好きだったりする。その代わり髪の毛がボサボサになるけど、今からお風呂に入るから大丈夫だ。
家に入るとそのままお風呂場へと直行し、修練で掻いた汗を流す。この世界ではお風呂も贅沢のうちに入るので、この時は本当にハイエルフに産まれて良かったと心の底から思う。そもそも水が蛇口から出てくるような世界ではないのだ。お風呂が贅沢なのも当然と言える。もう、このままずっと浸かっていたい…。
「リオン様そろそろ夕食のお時間です」
「…はい、すぐ上がります」
名残惜しいままお風呂から上がり、着替えているうちにメイドさんが私の髪を念入りに乾かす。最初は落ち着かなかったけど、流石に七年も続けば嫌でも慣れる。それが終わればダイニングに向かい、自分の席に座った。
「はい、みんな揃ったわね。じゃあ頂こうかしら。…恵みに感謝を」
「「恵みに感謝を」」
前世でいう「頂きます」のように食前の感謝の祈りを捧げ、一斉に食事をとる。今日のメニューはライスに魚のムニエルと、黒いもというジャガイモに似た芋の煮付け、ポトフだ。この煮付けは古来から伝わる伝統的な料理らしく、結構な頻度で食卓に上る。味は前世でも食べたポトフとほとんど同じだけど、エルフは伝統的に食肉を禁じているから肉は他の料理にも一切入っていない。そのせいで毎日食卓に魚が並ぶので、毎回また魚か…と思ってしまうのは仕方ないことだろう。
私が魚に苦戦しながら黙々と食べ続ける中、グランが思い出したように口を開いた。
「そういえば、リオンも七歳になったことだしそろそろ対面式か?」
「そうねぇ。まだ知らせは来てないけど準備しておいた方がいいかしら」
「ああ。とりあえず服は準備しておいた方がいい。あれは時間が掛かるからな」
なにやら二人が話し始めるが、内容が私に関係があることだとは何となく分かった。二人のほのぼのと話す雰囲気が幼稚園や保育園の入園前や七五三のそれに近い。
「母様、対面式ってなんですか?」
「対面式はね、四つあるハイエルフの跡継ぎ達が王に謁見する会合のことなの」
「え、王様にですか!?」
流石貴族ということなのか、まさか王様に謁見することになるなんて考えてもなかった。というか、何で二人ともほのぼのと話し合っていたんだよ!王様だよ、王様⁉︎
「まあ、そんなに緊張することはないさ。リオンは四人の中で一番年下だから礼儀正しくして聞かれたことだけ答えればいいんだ」
グランは簡単に言うけど、私はまだ七歳の子供なんだけど…。転生したからって前世がただの平民である私にはそんな舞台は荷が重すぎる。だが、対面式は私の気持ちに関係なく一ヶ月後と決まったのだった。
一か月はあっという間に過ぎ、遂に対面式の日がやってきてしまった。この日に向けて私は礼儀作法を死ぬ気で身につけ、ぼろが出ないように常日頃から言動に注意してきた。その所為でグランには素気なくなったと言われたが、背に腹は代えられない。人間は何かを犠牲にしてやっと何かを得られるのだ。エルフだけど。
「リオン様、服の大きさや着心地に問題は有りませんか?」
「ええ。問題ありません。ありがとうございます」
メイドさんにドレスの着付けや髪のセットをしてもらい、対面式の準備を整える。服装はこれでもかと言うほど白。髪が白に近い銀色だから目を除く全てが白系統で統一されている。一応正装って聞いてるけど、これって目がチカチカしないかな…。
「何か違和感がございましたらいつでも声をおかけください」
「ありがとう」
役目を終えたメイドさんは足早に部屋を後にして、私は一人残される。式場へ向かうまでまだ少し時間は有るけど、勝手に出歩いて迷惑をかけるのも嫌なのでここは部屋で大人しくしておいた方がいいだろう。仕方なく適当に部屋にある本を開けて流し読みする。既に読んだことがある本なので退屈しのぎにもならないが、未読の本がないので仕方がない。
(また新しい本貰えないかな…。でもこの世界では本というか紙自体が貴重品らしいからなぁ)
機械が一切存在しないこの世界では資料の複写はほとんど手書きで、紙自体も高価なので、ハイエルフと言えど頻繁に買えないのだ。図書館でもあればいいんだけど、生憎私は城下街に繰り出したことが無いので街に何があるのか全く知らない。そういう面では、今回の対面式で城下街を通るのが楽しみだった。
「リオン様、そろそろ出発のお時間です」
「わかりました。今行きます」
眺めていた本を閉じ、最後にチラリと鏡に微笑みかける。うん、ちゃんと可愛い。
(どうか何事もなく式が終わりますように…)
私は胸の中でそう祈ってから部屋を後にした。