04.武術を習おう
魔法の修練を終えた私がミシェルと一緒に屋敷の中へと戻ると、なぜかグランが待ち構えるように玄関に立っていた。それに、どこか不機嫌そうな視線をミシェルに向けている。
「どうしたんですか、父様?」
「…ミシェル、確かに外出許可は出したがいきなり外に出すのはどうなんだ?それに魔法まで教えて…。魔法を教えるのはリオンが十歳になってからと決めたじゃないか」
どうやらグランが不機嫌なのはミシェルが二人の約束を破って私に魔法を教えたことが原因みたいだ。私の体の事を心配してくれるのは嬉しいけど、正直過保護過ぎだと思う。
「大丈夫よ。検査でも問題は無かったのですし、なによりたった三時間で魔法の基礎をものにしたのよ。凄いと思わない?」
「確かに凄いが約束は約束だ。私だって武術を教えたいのを我慢しているんだ」
二人の話を聞いていると、グランが不機嫌なのは自分は我慢しているのにミシェルが勝手に教えているのが許せないというなんとも子どもっぽい理由のようだった。
そのうち口論の方も段々ヒートアップしてきて、このまま口論が続くと夫婦喧嘩に発展してしまうかもしれない。なので私はここらで早めに仲裁に入っておくことにする。
「父様、そんなに母様を怒らないでください。母様は私が無理にお願いしたのを聞いてくれただけなんです」
「リオン、魔法の行使は怪我こそしないが体に負担を掛けるんだ。だから魔法はもう少し大きくなって体が丈夫になってからにしなさい」
「でも、私はもっと魔法の事を知りたいんです!!」
「なら座学だけにしておきなさい。それなら体に負担は掛からない」
グランは本当に私に魔法を使わせる気は無いらしい。私の体を心配しているのは理解はしているけど、このまま十歳まで一切魔法が使えないのは嫌だ。そのためにも何とかしてグランを説得しないと…。
「…じゃあ私が魔法を使っても大丈夫なように父様が鍛えてください」
「ううむ…。しかしだな…」
流石の頑固親父も愛娘から教えを乞われたら嬉しくないはずがない。そんな揺らぎまくっているグランに向けて私は最後の一押しとばかりに言い放つ。
「それに、私は父様からも武術も教えて欲しいです!!」
「リ、リオン…!?」
「だめ…ですか…?」
自分で言うのもアレだけど、この可愛い容姿に上目遣いのおねだりなんて誰が断れるだろうか、いや断れるはずがない。実際、さっきまでは不機嫌そうな顔をしていたグレンだったが、今では必死に喜びを隠そうとしている。グランには悪いけどホントにちょろい。
「…そうか、リオンがそんなに言うなら私がしっかり鍛えてやるからな!ハッハッハ!」
上機嫌に笑うグランを見て私はホッと息をつく。これで二人の喧嘩は阻止できたし、なにより魔法の修練が続けられる。それに、グランから武術を教えてもらえるようになったのも大きい。何をするのかは分からないけど、これから退屈することはまずないだろう。逆に大変そうな気がするのは否めないけど…。
それでも、今までと違って一つの部屋から世界が広がった私にとって明日は楽しみで仕方が無かった。
武術の修練は早速その翌日から始まった。そうは言っても最初から武術をやるわけではなくて、まずは基礎力を一週間かけて押さえる。基礎力は大きく分けて三つで、体力、体幹、そして自己制御力だ。体力は持久力や筋力のことで、体幹はバランス能力、自己制御力は自分の体をイメージ通りに動かす能力のことだ。これを一週間続ければ、修練に必要な最低限の基礎力はつくらしい。
そうして一週間が過ぎた今日、ようやく武術の修練が始まる。そうはいっても私はまだ四歳なので、基本は体作りで、他は素振りで型を教えてくれるそうだ。もっとも、修練が始まっても基礎練は毎日続ける必要があるので、今日から私の一日は、朝は基礎練で午前中に魔法学、そして午後からは武術とかなりハードなスケジュールとなってしまった。
「リオン、今日から武術の修練を始めていく」
「はい!お願いします!!」
「じゃあまずこの中から一つ自分の習いたい武器を選んでくれ」
そう言って片手剣、ナイフ、槍、メイスの計四種の武器が私の目の前に置かれた。
「えっと…何を見て選んだらいいんですか?」
「そうだなぁ…。リオンは魔法がよく出来るから杖のことを考えると片手武器の方がいいな」
「え、魔法って杖がいるんですか?」
「ああ。お前はまだ攻撃魔法を使ったことがないから分からないと思うが、杖が無いと発動はできるが狙いが定まらないんだ」
「へぇ…」
杖が必要と聞いて、杖には魔法の力を強める何かしらの効能があるのかと思ったけど、ただ狙いを定めるためだけの棒のようだ。何とも夢のない話だ。
「でも、その杖に魔石をつければその属性の魔法は強化できるぞ」
私の心情を察してかそんな捕捉をしてきたけど、逆にその程度しかできないのかと思ってしまう。片手が塞がるというデメリットに対してメリットがあまりに無さすぎる。強化する魔石だってつけるのが杖でないといけない理由もないはずだ。そもそも、狙いを定めるのは別に杖でなくともいいんじゃないだろうか。そんな疑問をグランにぶつけてみる。
「あの父様、狙いを定めるのは杖で無いといけないんですか?」
「ん…?どういうことだ?」
「例えば剣などの武器で代用はできないんですか?」
「ふむ…恐らく出来ないことはないが剣は難しいかもしれない。可能性があるとすれば槍だろう」
「分かりました。なら私、槍にします!!」
槍なら杖の代用品として使えるかもしれないし、万一の接近戦でも武器として使える。これなら手が塞がる杖のデメリットを補うメリットになり得るはずだ。
「リオンがそれでいいならそれで決まりだ。それじゃあまずは型からだ。しっかり見ていなさい」
「はい!!」
そうして私の槍の修練が本格的にスタートしたのだった。