03.母の思い
ミシェルは自分が母となったあの日の事を今でも思い出す。少し前までは赤ん坊だったのに、気が付けば自らの足で歩き、自分のことを“母様”と呼んでは笑顔で抱きついてくる。そんな娘の姿がなんとも愛らしく、頭を撫でているうちに日頃の疲れなど吹き飛んでしまう。
そんな可愛らしい娘だが、彼女は産まれながらにしてその小さな体には似合わない程の強力な力を持っていた。
左目には世界で数人しか持たないという“オーディンの眼”が宿り、魔力は大人三人分はあることが滲み出る魔力の濃度から明らかだ。恐らく成長すればこれまでのエルフの歴史の中でも類を見ない程の力を手にするだろう。だけどミシェルはその子の母親として心配せずにはいられなかった。これほどの素晴らしい力だ。産まれる際に何かを犠牲にしてしまったのではないか、と考えてしまう。現に自身も娘ほどではないが高い魔法適正を持つ代わりに魔法耐性がほとんどない。もしかしたらそんな体質がこの子にも受け継がれているのかもしれない。だから幼くて危なっかしいうちは仕方なく一つの部屋に閉じ込めていた。こんなことをするのは子どもの教育上悪いとは分かっていたが、精密検査によって安全が保証されるまでは心を鬼にして続けた。
そんな不安を抱えていたのだが、結果的にはそれは杞憂に終わった。長期間の検査の結果、魔法耐性はむしろ強い方で、欠点らしいところは一切見られなかった。唯一検査不能の“眼”も気付けば自分で制御できるようになっていたため、ようやくリオンの外出許可が認められた。
グランからその旨を聞いた瞬間、安堵と共に今まで抑え込んでいた気持ちが爆発した。早く外に出してあげたい。早く娘の喜ぶ顔が見たい。そう思いながら勉強中の娘の部屋の扉をそっと開けた。しかし部屋に入って目に入ったのは退屈そうに本を眺める娘の姿だった。その日の課題をやり終え、やることが無くなった娘はいつも本を読んで時間を潰しているのだとか。何を見ているのか聞いてみたら、ほとんどが魔法に関するものばかり。魔法に対する興味はあるようだ。学びたいかと尋ねてみれば目を輝かせて飛びついてきた。反対もあったがそこは何とか抑えつけて、娘を外へと連れ出した。
娘を外に連れ出し、初めての外を楽しませながら授業を始めた。
定石なら普通は比較的扱いやすい風属性魔法から教えるのだが、ミシェルは敢えて高い魔力操作技術が要求される光属性魔法から始めた。
まず自分の魔法を見せてから全く同じ詠唱を唱えさせることで個人に合った詠唱で無いと魔法は発動しないことを分からせ、自分なりの詠唱を考えるように教える。普通はこの段階で躓くはずが、すぐに意味を理解したのか、即席で詠唱を作って魔法を発動させてみせた。これは産まれ持った魔法適正だけでは成しえない。どうやら魔力操作や詠唱作成の才能もあるようだ。
しばらく魔法を教えていくうちにこの子には教えることがもうないと感じた。下手に手を加えるより自身で技術を磨いた方がずっと伸びるはずだ。
魔法を使い嬉しそうにする娘を見て、ミシェルはようやく彼女の母親として接することができた気がした。