02.魔法を学ぼう
四歳になるころには思い通りに話せるようになり、二足歩行で歩けるようになった。その頃から早くもハイエルフの英才教育が始まり、文字の読み書きと計算の勉強が始まった。こういうのは普通五歳くらいからだと思っていたけど、そうじゃないのかな?もっとも、文字は日本語と同じだったから既に読み書き出来るし、計算なんて足し算と引き算しかやらないので凄く退屈だったけど。
最初の方は出来ない振りをしていたけどそれも飽きたので、今では一日のノルマをたった二十分ほどで終わらし、後は家の書庫の本を読み漁っていた。部屋にいたら退屈なだけだけど、未だに部屋の外に出ることが許可されていないためそれしかすることが無いのだ。
その日もいつものように課題を終わらせて暇つぶしの読書をしていると、いつの間にか部屋に入ってきていたミシェルの方から提案してきた。
「ねぇ、魔法のお勉強してみる?」
「え、いいの!?」
私は前から魔法を知りたいと思っていたけど、まだまだ幼いので教えてくないと思っていた。でも、もし教えてくれるって言うならなら願ったり叶ったりだ。メイドさんもまだ早いと反対していたが、流石に雇い主のミシェルに逆らえるはずもなく、結局押し切られていた。
「ですが魔法は大変疲れます。魔法の修練は一日三時間だけ、それ以外では魔法の使用は禁止。それならば許容できます」
「…わかった。それでいいわ」
時間制限がついてしまったのが残念だけど、これでようやく待ちに待った魔法の勉強が決定した。楽しみすぎてどうにかなってしまいそうなのを堪えながら、私はミシェルの後について行く形で外にある大きな庭に移動した。
今回初めて外に出たことで初めて自分の住む家の大きさを実感した。前から自分の住む家が大きすぎると思っていたけど、外から見るとその大きさがよくわかる。まるでお城ように高く大きく、庭もまた広い。エルフは森の中に住んでいるものだと思っていたけど、まるで人間のように国を立てていて、見ればここよりも大きな城もあれば城下町もある。
「リオンは外に出るのは初めてね。ここが私たちの住むエルフの国、『アルヴヘイム』」
「アルヴヘイム…」
「リオンにはまだ早いと思っていたけど、読み書きと計算が出来るなら明日からは歴史の勉強をするのもいいかもしれませんね」
「えぇ…」
あからさまに嫌な顔をする私を見てか、ミシェルはクスリと笑ってポンポンと叩くように頭を撫でた。だって歴史にいい思い出なんてないんだもん。昔のことを学んで一体何の役に立つのか全然理解できない。
「はい、じゃあそろそろ始めましょうか」
「はい!」
その点魔法は良い。上達すれば日常でも役に立つと思うし、純粋に強くなれる。悪いところなんて一つもない。
「それじゃあまず私が魔法を使うから、リオンはその“眼”でしっかり見ていなさい」
“眼”というのはオーディンの眼のことだろう。私は言われた通り眼の力を解放する。左の瞳の色が薄緑色から金色に変わり、視界が一気にクリアになる。ミシェルは私がちゃんと眼を制御出来ているのを見て小さく頷き、右手を軽く前に突き出した。
『光の精霊よ、光を灯せ。我が名はエルヴィス―
“ライトアップ”!!』
一瞬のことだったけど、胸元から出た何かが右手に集約されて光を生み出した。
「どうリオン?貴方には何が見えた?」
「えっと…母様の胸元から何かが出て、それが右手に集まってました」
その答えを聞いてミシェルは嬉しそうに大きく頷いた。どうやら私の答えは的を射ていたようだ。
「そう、それが“魔力”。魔法は私たちの体中にある魔力を使って発動させるの。そして、使った魔力は空気中にある“魔素”を呼吸によって取り込むことで補充されるの。その眼で周りがチカチカして見えると思うけど、それは空気中に魔素があるからよ」
「へぇ…」
「じゃあ実際にやってみましょうか」
そう言われ、私は意識を集中させて心の中でミシェルの詠唱を復唱した後に意を決して詠唱を始めた。
「光の精霊よ、光を灯せ。我が名はエルヴィス―
“ライトアップ”!!」
初めてだったけど魔力操作も完璧、詠唱も一字一句丁寧に唱えた。しかし、何も起こらない。
「あれ…?」
「そう。例え魔力操作が完璧で詠唱を完璧に唱えても魔法は使えないの。自分の心を形にする、それが魔法。だから自ずと詠唱も変わってくる。自分の心を言葉に乗せるの」
自分の心を形にする。つまり、イメージを詠唱で表現するということなのだろう。今度はさっきのミシェルを思い出しながら詠唱を始める。
『魔力を燃やし、光よ輝け。エルヴィスの名の下に―
“フラッシュライト”!!』
今度こそ魔法が発動し、右手が明るく光った。でも、やったと喜ぼうとしたら、すぐに光は消えてしまった。集中が切れると消えてしまうのかもしれない。でも成功は成功だ。素直に喜んでもいいはずだ。
「やった!出来た!!」
「うん、流石は私の子ね次はこの魔法。まずはよく見てなさい」
「はい!!」
その後もミシェルの魔法を見てからそれを自分なりの魔法に変換することを数回繰り返し、丁度三時間でお開きになった。名残惜しいが約束だから仕方が無い。また明日が楽しみだ。
「リオン、言い忘れていたけど、明日からは一人でやるのよ」
「え、母様は教えてくれないんですか!?」
教えてもらえないなら私には一体何をすればいいのか分からない。
「言ったでしょ?魔法は心を形にするの。もう基礎は十分にできてるから後は自身で試行錯誤して、自分なりの魔法を学びなさい」
確かにミシェルの言うことも一理ある。どれだけ他人から学んでも結局形にするのは個人なのだ。それなら自分で一から作った方がイメージの幅が広がる。
「分かりました。精一杯頑張ります!!」
「程々にね。それじゃあ、戻りましょうか」
私は差し出されたミシェルの手を取り、手を繋いで家の中へと戻った。