8
冷えた体にシャワーがしみる。手足が痛いが湯船に浸かる習慣が無い。この先もずっとこの季節になる度にそうなると思うがこの痛みも別に嫌いでは無い、芯まで体を冷やし頑張ったと唯一実感できる事の一つだからだ。少しづつジンジンしながら指先まで温まり感覚が戻っていく感じも変に癖になっている。程々に温まり風呂を出ると目の前の壁掛け時計が20時5分前を僕に知らせた。髪の毛から垂れる雫が床を濡らしながらパソコンの前へ急いだ、20時丁度に監視塔本部へメールを打つ。少しでも報告が遅れるとすぐさま電話が鳴りねちっこい説教を食らう。湯船に浸かっての長風呂が出来ない理由の一つだ。
海岸沿いBブロック
見回り時間10:00〜19:00
漂着物ニ点回収
15時08分回収 産地不明 ゴム手袋
18時51分回収 産地不明 ビニール袋
本部からの返信はもちろん無い、一方的な報告のみだがいつも送信直後に開封されたマークが付く、自分からの報告をパソコンの前でおそらく二、三分前から待っているところを想像すると業務と言えど気味が悪いと感じてしまう、いや、これも長く続けると、、、いや、やはり慣れない自信がある。
そんな事を思いながら濡れた体を拭きそのタオルでそのまま床を拭いた。役目を終えたタオルを洗濯機に投げる。三メートルほど遠離れていたが一発で入ったことににやけた。
少し気分が良くなりゆとりのある服に袖を通しお気に入りのキリマンジャロを淹れ深緑色をしたちょっぴり高級感のある二人掛けソファーへ座った。
『漂着物の引き取りに来ました。』
玄関の向こうから声が聞こえ、本部から回収が来たことを知らせた。
コーヒーに一口つけソファーに深く腰を下ろしたタイミングに被り不機嫌な溜息をつきながらも両手を膝に当て反動をつけ重い腰を上げた。タオルが一発で洗濯機に入った些細な喜びも一瞬で消えてしまった。
玄関前に立ちドアノブに手をかけた、もう一度今度は軽い溜息をつきドアを開けると冷たい風が流れ込んみ目の前には同年代ほどの無愛想な男が立っていた、特に会話もなく無言で回収したゴミを手渡した、引き渡しが終わると「確かに引き取りました。」と帰っていく。引き渡しを終えると今日の業務が終わる。引き渡しがない日は報告メール送信にて業務が終わる。
『つまんねぇ、、、』思った事が声に漏れる。
この島で働き始めて半年になるがひたすら漂着物の回収のみ、やり甲斐もクソも無い仕事だ、そもそもこの島の周りには特殊な装置で海流を作り出し漂着物がほとんど無い島になっているこの島で働く時に装置の開発者か誰だか知らないが偉そうなおじさんが自慢げに話した唯一のどうでも良いこの島についての情報。今日の回収は二ヶ月ぶりだ。
初めはこんな楽な仕事で給料貰えるなんてと思っていだかその考えは一週間と保たなかった。何も落ちていない海辺をひたすら歩き回るのも退屈なものだ。
暇な仕事と言えど漂着物をひたすら歩いて探し回るためなんだかんだで腹は減る。もう一度ソファーに今度は仰向けになってボーと天井を見つめながら晩御飯をどうしようか考えた。
『、、、いのおじさーん、おーい、ゴミ拾いのおじさーん』
子供の声で目が覚めた、ソファーで横になり晩御飯を考えながら眠っていた。ゆっくりと体を起こしソファーの前にある五十センチ四方の小さなテーブルに向き座り直し、半分以上は飲み残してある冷めたコーヒーが入ったマグカップを手に取り一気飲みし玄関へ向かう。ドアを開けるとはっちゃんが立っていた
『おはよう、おじさん! 』
頬を赤らめ白い息を吐きながらまんべんの笑みでの挨拶子供は朝から全開だ、その元気を分けてもらいたい。
「おはよう。」
寝起き直後精一杯の声量で答えるが声がかすれる。
『おじさん、今日もゴミ拾いいくのー?』
いつもされるお決まりの質問だ。
「今日もいくよ、てかいつも言ってるけど監視塔の人に見つかるとおこられるよ、ここには来ちゃダメだって、それとおじさんじゃなくてお兄さんね、まだ27だから。』
ここで働く時にいくつかの誓約があり島の住民との接触は原則禁止である。かなぜかは知らないし、別に興味もない。その誓約があるため僕が住んでる家も人目に付きにくい森の中に建ってて半径五十メートルを金網でぐるっと囲ってある。島の住民の大半が知らないであろう場所だが子供の好奇心はそんな場所ですら簡単に見つけてしまい、朽ちて出来た金網のわずかな隙間からいとも簡単に入ってくる。
『へーきへーき!バレないもん!じゃーいつからがおじさん?』
回答に困る事をさらっと聞いてくるし、納得のいく回答をしないといけないからから子供の扱いは難しい。
「今日からごー君と花壇の水やり当番でしょ?早く行かないとごー君待ってるんじゃない?」
毎朝する少しの会話で近状を教えてくれる。今日から花壇の水やり当番になった事を先週の金曜に教えてくれた。
『あっ!そうだった、じゃ行ってきまーす』
色褪せたランドセルを上下に揺らしながらはっちゃんは走っていく、さっきまでの話なんか忘れて直ぐ別の話題に持っていけるから子供の扱いは嫌いではない。大人相手ならきっと話をそらさないで、さっきの話なんだけど、など逃してはくれないだろう。
はっちゃんは唯一接触した事のある、接触している島の住民で初めましてはこの島へきた次の日の朝だった。その日はよく晴れていて風か心地よくなんだかんだ週の始まりから気分が良いななんて思っていた。そんな矢先急に子供が訪ねてくるもんだからかなり驚いたのといきなり奇想天外な誓約違反をしてしまった事にものすごく動揺したのを覚えている。幸い接触した事はバレてないし今ではすっかり慣れてしまった。はっちゃんは自分の前にこの島で働いてた人と仲が良かったらしく学校の登校時にここへ寄るのが日課だったみたいだ。ここは言わばゴミ拾いをする作業員の寮みたいなもんだ。子供の適応力は凄いもので急に違う人が出て来ても直ぐに適応してしまう。初めこそ動揺していたがそれも三日とたたず僕に懐いた。
僕が思うにここは少し変な島だ、はっちゃんと呼んでいるがあの子の名前は8番、会話に出て来たごー君って子は5番、島の情報源ははっちゃんしかないためはっちゃんから色々聞いた。子供の言う事だから話半分に聞いてはいるがそれにしても変わった島だ。
まず名前だか子供は番号、大人はアルファベットと番号の組み合わせで呼ばれており子供の頃は全員番号だか十八歳を過ぎると自分で好きなアルファベットを十文字以内で付け足す事が出来る。はっちゃんだとA8とかABC8とかって具合なんだと思う。
そして誰一人として島から出た人はおらず、生まれて死ぬまで島の外へは一歩も踏み出せないのだそうだ、外部との接触を完全に拒んだ島である。島の住民達の間でも島の外についての話はタブーになっているみたいで誰もその話をしないらしい。おそらくその辺は監視塔の人間が詳しく知っているのだろうがこの島についての質問や、どんな些細な情報であっても外部への漏洩は誓約で硬く禁止されているためこの島について深く知る術もないし誰にも相談なんかも出来やしない、いや、そもそもこんな不思議な島の話なんか誰が信じるのかって思う。質問をしてはいけない誓約はあるがはっちゃんから色々聞いている。まぁ子供の話す事だし知られたくない核の部分は子供には答えられないだろうと僕の中ではこの事はグレーゾーンで一応はセーフって事にしている。
不思議なこともあればそうでない事、こっちの方が大半だが外部との接触、名前以外はいたって普通だ、はっちゃんが言うには大人は働いていて、子供達の学び舎もある、飲食店、スーパー、服屋、郵便局に使える硬貨もなんら変わらない。お金も見せて貰って確認した。当たり前だか変な感じだ。
変わった事と言えばもう一つあった、土日祝、長期の休み以外学校はあるはずなのになぜか決まって木曜日だけはっちゃんは来ない。最初の頃は気にもしてなかったが毎週決まって木曜日だけはっちゃんが来ないとなれば偶然では無いと思いある日聞いてみた事があった。
『おはよう!おじさん』
その日は初めてはっちゃんと会った日ぐらい天気の良い金曜日だった。
「おはよう、てかおじさんじゃ……まぁいいや、ねぇ、はっちゃん一つ聞きたい事があるんだけどいいかな?
」その日は『おじさんじゃなくてお兄さんだから。』のくだりを省略した。
「なーに? おじさん!」
わからない事は何でも私に聞いてと言わんばかりの顔で僕の目を見つめる。歳は離れているとはいえあまりに見つめてくるので少し照れ目をそらして質問をした。
『はっちゃん昨日は何してた?』
回りくどいのはめんどくさいし、子供相手だ直球で聞いてみる。
期待してた質問と違ったのかそんなことが聞きたかったの?みたいな顔をしたが直ぐに喋り始めた。
「昨日は学校へ行ったらね、宿題忘れてたから急いで家まで取りに帰っ『あっ、ごめんごめん変な事聞いちゃったね』はっちゃんの話を途中で遮る。
そうか昨日は普通に学校行ってたのか、やっぱり僕の思い込みかな、木曜日はきっと係りの当番が一番忙しい日からここへ寄る暇がないに違いないと知りもしない事実を勝手に決めつけ自分を納得させた。聞いたものの途中で質問がバカらしくなったってのもある。それに木曜日にはっちゃんがここに来れない理由を知ったところで自分には関係のない事だし現状が変わるわけでも無い。
「おじさん聞いといて途中でそれは反則だよー」
はっちゃんは残念そうに言った。いつもは一方的に近状報告するだけなのに今日は珍しく僕の方から質問が来たので嬉しかったのだろう。少し悪い事をしたと思ったが子供は切り替えが早い、直ぐに笑顔に戻り「じゃあ私お友達と遊ばないといけないから!行ってきまーす!」と色褪せたランドセルを上下に揺らしながら走って行った。
僕の思い込みみたいだったが僕の中では木曜日にはっちゃんが来ない事は変な事だ、まぁ今ではそれもなれてしまった。
そして今日もいつも通りゴミ拾いの準備をし、昨日珍しくゴミがあったからもうしばらくゴミなんかないんだろうななんて思いながら仕事場へ向かう。玄関を出てまっすぐ歩いて行くと一分程で金網の出入り口に突き当たった。慣れた手つきでダイヤルを回し4桁の番号を正しく揃える、常に野ざらしなっている鍵はサビつき初めの頃はダイヤルを回すのに手こずったが両端を軽く引っ張りながら回すのがコツだ、コツを掴めば簡単なものだ。金網からでてまた一分ほど歩くと下へと伸びる階段が現れる。この先が海につながっている。両側に二メートルほどのブロック塀が最後まで続き一段一段が二歩ほどある緩やかな傾斜の長い階段だ。仕事に飽きてきた頃楽しみの一つとして何段あるのか数えたことがあった。もちろんその楽しみも一回限りで終わってしまったのだが末広がりの数字が2つ並んだ数だった事が判明し少しラッキーな気分になった。
最後まで階段を降り見慣れたいつもの景色が広がる。ゴミ一つない綺麗な海だ。いつも通り今日も漂着物は無かった。端から端まで五百メートルほどの浜辺をそれでもひたすら探して回る。そして夕方になった頃一大イベントが始まる。
夏場は拝めないが今の時期だとその日の役目を終えた太陽が水面を輝かせ海全体を真っ赤に染めながら沈んで行くのが拝める。乾いた冬の空気は澄み渡り僕の視線を地平線まで真っ直ぐ届かせる。この瞬間だけは足を止め見入ってしまう。地球上に降り注ぐ全てのエネルギーの源と全ての生命の生みの親が作り出す神秘的な絶景は何度見ても飽きない。その瞬間が一番の楽しみであり、まるで生きているのかと思うほど毎日違う表情を見せるそれはとても神々しく、こうやって人々の心の中に神様って生まれて行くのかと思ってしまうほどだ。
その日の仕事を終え家路につく、いつも通りシャワーを済ませ、メールを打つ。
これが僕の1日であり、変化のない、変化しようのない毎日だ。