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6.闇に紛れて、集まったのは

 キミエが武士を目撃した頃、又三郎は見世の舞台裏にいた。

 舞台裏のすぐそばには扉の無い狭い楽屋があり、そこでは裸同然の踊り子達が次のショーに備えている。


 「お疲れさま―――」


 と言って、そこに現れた又三郎に、踊り子達は何でも無い様子で「あら、(さん)ちゃん(又三郎)どうしたの?」と返す。


 「誰かイチを見なかったか?」


 又三郎の問いに踊り子たちは。


 「さあ、私は見てないわ」

 「イっちゃん(イチ)なら、さっきショーが終わった後、着替えもせずに出てったわよ」

 「部屋でキミちゃん(キミエ)と話してるんじゃない?」


 と、口々に答える。それを聞いた又三郎は、何か思いつめた様子で「そうか」と、返すのであった。



 そして、路地では―――。


 「いや~源ヤンの言った通り。なかなかの見世だったな」

 

 と調子良く言った勝正に、「だろう?」と得意げに答える源一郎。


 「酒も良かったけど、オレはやっぱり踊り子が良かったな!もうあの揺れるパイオツが最高だったぜ」

 「おれなんかよ。一人が二人に見えるからもう目の前がすごくてさ。もうパイパイが!パッパパパパパパパパ――――〝ジュル〟」


 尚馬が、ヨダレを垂らし「尚チャン!キタねぇぞ!!」と、源一郎が笑い気味に大声を上げた。


 〝ワッハッハッハッハッ〟


 路地に三人の馬鹿笑いが響き渡る。


 ―――全然笑えねぇよ・・・。


 キミエは、路地をヨタヨタやってくる三人に対し、如何対応するかで頭をフル回転させていた。


 普段であれば、吉原の守護を請け負う武士は、キミエや住民にとって頼もしい存在である。だが、今はそうはいかない。

 キミエは思った。今あの三人が自分の姿を見てなんと言うだろうか。


 〝こんな時間に・こんな場所で・子供が・一人で・何をしてるんですか?〟


 なるほど、そんな事なら。〝吉原から脱出する〟なんて事は黙っておけばすむだろう。〝見世の者で裏口のゴミを片付けに来た〟とでも言えば、とりあえず場を凌げる。だが―――。


 (駄目だ!バイク(コイツ)がある!言い訳になんねぇ!!)


 吉原では、凶器にも成り得る車両を、住人が無許可で所有することは禁じられていた。物の出入りを監視しているため、凛の様な密輸車両を『抜け車』といい、発覚した場合は『かなり面倒臭い』ことになる。

 キミエは、〝オレのバイクだ〟とでも答えようかと思ったが、車両所持の許可が下りるのは、よっぽどの理由が無い限り、信用のある大見世のみである。


 (どう見ても抜け車だぜ・・・)


 キミエは、これから起こるであろうやり取りを想像する。


 〝このショボイバイクはなんですか?〟

 〝ワカリマセン〟


 詰みである。

 さあ、どうする。キミエの顔からは汗の滴が噴き出している。

 そうやって手をこまねいている内に、先に三人に気づかれてしまった。


 

 「誰かいるな・・・あ~ん?見世の嬢ちゃんか?」


 と、暗がりにいるキミエを見つけたのは、先頭を歩いていた源一郎である。続いて二番手の勝正が言う。


 「子供だ~?おう、見ろよ見世のハゲオヤジが言ってたバイクだぜ」

 「話が違うな・・・〝二台〟もある」

 

 などと、判断力がだいぶ欠けている尚馬に「一台と一人だしっかりしろ」と源一郎が小声で喚く。

 キミエは、三人の話に出た〝ハゲオヤジ〟に、苦い顔をした。


 ―――パゲ三郎か!


 バイクを隠していた事は、既に又三郎にバレていた。そして見世に響いていた聞きなれない声の正体。キミエは事の次第を理解し始めた。 

 源一郎の指摘に「あ、ごめん」と謝る尚馬は改めて、キミエとバイクを見た。


 「本当に抜け車とはな・・・どうする?」

 「―――そうだな・・・。ちょっと俺にまかせろ」


 源一郎が名乗りでた。それに対し、勝正が「頼むぜ。ただ酒がかかってんだ」と。どうやらこの三人組みは、又三郎と好からぬ取引をしたらしい。


 「酒はともかくだ。どっから入ったかしらんが、南町で抜け車を許したなんて〝静衛のクッソジジィ〟に知れてみろ。おれ達がボコられる・・・」

 

 と、軍団の長に対してもどこか口が悪い尚馬に、


 「分かってる。見世のオヤジの要望通り、あのバイクをバレねぇように始末して、静衛のゲンコツを回避する。それで、俺達は当分あの見世で酒とパイオツを楽しめる。そうだろ?」


 と、源一郎の言葉に。


 「おう、浴びるほどの酒」

 「揺れ動くパイパイ」


 と、夢に期待を募らせる勝正と尚馬は、両手でガッツポーズをした。


 「そうだ!俺達の『罪深い老後』に更なる歴史を刻むんだ!そのためには、あそこの嬢ちゃんに騒ぎを起こされる訳にはいかねぇ。だからここは俺にまかせろ!」


 最後に「な?」と、付け加えた源一郎に〝頼んだぜ兄弟〟と、二人が親指を立てる。


 ―――この園上キミエは、こんなジジィどもに敗北を認めなければいけないのか!?


 「クソッ!」と、キミエは悔しさが込み上げるが仕方ない。馬鹿丸出しの三人だが、それでも放っている気が、かなり危ない。キミエは下手に動けなかった。

 そんなキミエを、源一郎は軽く観察した。


 (だいぶ気が立ってんな。さて、お嬢ちゃんがその〝鉄馬〟で何をしようとしたのか・・・まあそれはいい。どうするか。見た所〝ただの女じゃねぇ〟な―――場数を踏んでやがる)


 看破(かんぱ)していた。だが源一郎は、キミエという女に、まずは老人と少女の間柄で接しようと試みる。


 「お嬢ちゃん、こんばんは―――」


 源一郎は下手に刺激しない様に、ゆっくり話しかけた。だが、少女から返事はない。ただ源一郎達から目を離さない。源一郎は、少女を落ち着かせるために、表情を隠している防護マスクを取ろうとした瞬間(とき)だった―――。


 (コイツァは面倒くせぇ事になったぞ―――)


 そう思った源一郎は、防護マスクを取るのを止めた。周囲に気を配る。


 (お嬢ちゃんは八間《約十五メートル》先の広場。それに対して、こちらは狭い路地に三人。お嬢ちゃんの周辺を把握できねぇ―――)


 位置が最悪であることを確認した源一郎。気付くと既に後ろの二人は、互いに間合いを取っている。尚馬と勝正は、少女の目があるため身構えはしなかったが、源一郎には後ろの二人が刀の鯉口(こいくち)を切ったのがわかった。それは即抜刀可を意味している。

 源一郎に勝正が静かに言う。

 

 「気にするな。オレも今まで気付かなかった」

 

 それを聞いて「フンッ」っと鼻で笑った源一郎は、尚馬に聞く。


 「尚馬。どうなんだ?」

 「見えねぇが・・・いるな―――」


 と、気にも留めない様子で尚馬は答える。傍目には何事か理解できない状況だが、三人はこの視界が効かない場所で、少女以外の敵意を感じていた。

 勝正は「路地から出さねぇつもりだ」と、この『四人羽織』に向かってふざけた根性と言わんばかりの気迫。同じくと言った様子の源一郎は「何のつもりか知らねぇが、〝いつも通り〟にヤる。頼むぜ」と、指示を出した。


 「やれやれ・・・〝(りゅう)ちゃん〟の分も頑張ります―――」


 と、勝正が本気とも、戯言とも取れる様な口調で言った。それを聞いた尚馬は沈黙で応える。

 二人の援護を頼みに、源一郎は少女との間合いを僅かに詰めた。


 「オジちゃん達ね。お嬢ちゃんがいる見世のオヤジさんに言われてきたんだ。そのバイクをどかしてくれってな」


 そう言った源一郎の両手は、他の敵意を感じていながらも、腰から遠い胸の位置まで上がっていた。脇が開き無防備である。

 尤も、源一郎の素手というのは、熊二頭を完封する。


 (今宵は、花魁道中。下手に騒ぎを起こす訳にはいかねぇ。最善は徒手での制圧―――。最悪、切り伏せる)


 と、思う源一郎から、勝正は目を離さず何者かの位置を探っている。


 (嬢ちゃんの近くか?さっさと源一郎に喰らいつけ。軽くひねってやるぜ)


 〝餌〟の源一郎に敵を集中させ、捌ききれない分を後ろが乱し討ち取る。四人羽織の〝いつも通り〟と言うやつだ。

 この時、最後尾を警戒する尚馬は、脇差(わきざし)の鯉口を切っている。これは狭い路地で、長い打ち刀よりも短い脇差の方が、咄嗟(とっさ)に操作しやすいためである。だが、それに対し、勝正は打ち刀の鯉口を切っていた。

 勝正は、二人の援護にまわれる位置にいる。場合によっては、他の二人よりも早く殺傷力を発揮しなければならない。長い打ち刀ならば〝味方を盾〟にしても十分に相手を突くことが可能なのだ。

 

 少女がいる広場方面は、源一郎と勝正に任せ、尚馬は周囲を観察していた。 


 (どうもわからん。人目がある通り側ってことは無いだろうが、お嬢ちゃんの近くって感じもしねぇ・・・)

 

 いることは分かるが、何処かがわからない。この限られた空間で、それは不気味であった。

 尚馬は上を見た。左右は高い建造物、僅かに星空が見える。上を見ても仕方がないと思った尚馬は再び路地の先を警戒し始めた。


 (ちっ・・・本当にいるのかも怪しくなってきたな。どうなって――――ん?コイツは・・・)


 その時だった。尚馬の耳が、何かの動きを捉えたのは―――。



 その頃、又三郎はイチとキミエの部屋にいた。そこにはもう賑やかだった二人の姿はない。障子も窓も開けっ放しの部屋には、夜風が吹き込んでいる。


 ―――イチ。


 又三郎は、落ち着いていた。それは事の次第を何もかも受け入れている様でもあった。


 「よぉ。お嬢ちゃんそんな暗い場所にいたらあぶねぇぜ―――」


 路地ではそう言って、源一郎がだんまりに徹する少女に手こずっていた。


 「オジちゃんなんてよ。さっきそこで転びそうになっちまってな、怪我するところだったぜ。だからお嬢ちゃんも怪我しねぇうちに、オジちゃん達と見世に戻ろうぜ」


 と言って、反応を見る源一郎に、


 「―――イヤだ・・・・・」


 と、遂に少女が口を開いた。


 「お!やっと口を利いてくれたな!そうか見世に戻るのはイヤか―――。よし、お嬢ちゃんがイヤなら、戻るのはやめよう」


 最後に「な?」と付け加えた源一郎に、少女は無言だ。源一郎は更に間合いを詰めた。


 「ただ。その代りと言っちゃ何なんだが・・・。オジちゃん達、一つだけ教えてもらいたいことがあるんだ―――」


 その源一郎の問いに、キミエは「―――何だよ・・・?」と冷えた声で返した。そして。


 〝もう一人は何処だ?〟

 

 そう言った途端、源一郎は豹変した。穏やかな印象が一瞬で消え、冷たく重い気が少女に放たれる。


 「っふ―――!?」 


 キミエは息が詰まりそうになった。その身の硬直は、この間合いにおいて失態である。そして、源一郎の〝もう一人〟という台詞に、他にも一名気を取られていた。


 (一人だと・・・!?)


 それは、勝正である。何故、源一郎は隠れている相手が一人だとわかったのか。そんな疑問が勝正の脳裏をかすめる。

 最も重要な援護役に隙が生じた。その時―――。


 「直上!!」


 何者かの動きを捉えた尚馬が怒声を上げた。 

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