5.闇に紛れて
「チッ!くっそパゲ三郎が!」
と、キミエは小声で喚いた。
又三郎を撒いたキミエは、長く狭い路地を通って『あこうらん』の裏に来ていた。その場所は、他の見世の壁に囲まれ、星明りでやっと手元が見えるほど暗い。その広めの空間には、大量のゴミが放置されていた。ゴミで『あこうらん』の裏口が完全に塞がっている。使えない訳である。
「チックショ!気がおさまらねぇ!」
と、御立腹のキミエは、ゴミ山の一つを崩し始めた。
「あ゛~!そしてキタネェ!」
キミエは、そのゴミ山の中から、イチが言っていた『例の物』を探していた。
(イチの奴けっこう深く隠したな)
とゴミ山崩しを進める。ほどなくしてキミエは、例の物らしき塊を見つけた。
塊に厚く被せられた不透明なビニール。その中身が例の物だと、キミエには解った。それは、他のゴミと違いビニールが真新しかったからだ。キミエは、それを引っ張り出した。
「・・・これなのか?いやでもなんか小せぇぞ」
と、息切れするキミエは、疑問に思う。
例の物というのは、吉原を脱出するためにイチが用意したバイクである。それに乗って、二人で大門を突破しようというのだ。
だが、キミエが引っ張り出したそれの大きさは、バイクにしては小さい。疑問に思いつつも、キミエは被せてあるビニールをはぎ取りだした。
「まあ、見てみっか―――。」
やがて、出現したそれを見て、キミエはギョッとした。
(―――ショ・・・ショボイ!)
ショボイ。キミエの〝それ〟に対する第一印象である。
ビニールの中にあったそれは間違いなくバイクだった。そして、まさかのバイクだった。鍵が刺さったままで、荷台に荷物がくくってあるあたり、これがイチの言う例の物に間違いなさそうだ。しかし、それはイチの様な大人が乗るには小さ過ぎる小型のバイクだった。
「なんだよコレ!こんなんじゃ使い物になんねぇぞ!?」
焦るキミエ。
キミエは小型のバイクを放置して、他のゴミ山を崩し出した。
(――――嘘だろ!イチどうなってんだよ!!)
だが、他にバイクの様な物は見当たらない。イチが隠したであろう物はそのバイクしかなかった。「クッソ!マジかよ!?」っと、キミエは汗だくになりながらバイクの方へ戻る。
状況を正しく把握できないキミエは、もう一度バイクをよく見てみようとする。キミエは、ひらけた場所までバイクを移動させた。
キミエは、改めて小型のバイクを見る。
光沢がある深いグリーンの機体。分厚い座席は濃い赤茶色で、備えられた大きな燃料タンクには『凛』と記されていた。
凛の正面には、ベタベタとステッカーがカラフルに張られている。文字が描かれている物には、
『GOD BLESS YOU☆』
『千里疾走』
などなどと記され、その中でも一際大きいステッカーには『鉄之馬』と記されていた。
(何が鉄之馬だよ!ざけんな!!)
キミエは、凛を眺めたところで何も解決しないとわかると、苛立ちが増すばかりで。
―――聞いていたのと話がだいぶ違う。
それを問いただそうにも、イチは未だに現れない。キミエは(イチの奴、来ないいつもじゃ・・・)などと思ったが、又三郎に向かって『パゲ三郎(もう二度と会うことは無いでしょう。さようなら)』と言った手前、見世には戻れない。キミエは途方に暮れてしまった。
その時、
〝カチャ〟
っという金属音がした。
その音にキミエは、通ってきた路地の方へ振り返った。キミエは嫌な予感がし、殺気だった。
キミエは知っていた。鳴り止まない金属音は、何者かの接近音である。そして、次第に〝三人の男〟の話し声が聞こえ出し、キミエの嫌な予感は路地の先に姿を現した。
闇に紛れる黒鋼の甲冑。身に纏ったそれ以上に、漂う気には隙が無い。顔には奇怪な髑髏のマスクに、赤くて丸いレンズのゴーグル。腰には大小と銃を携えていた。
その者達は、大吉原が誇る最高戦力。
『魔人殺し』と恐れられる伝説の鋼人。紫堂静衛が率いる『紫堂騎馬軍団』の武士だ。
なのだが。それにしても、路地に進入して来たこの三人組―――うるさい。どうも様子がおかしい。
「あぁ~ヤヴェ。源ヤン!二人が四人に見える!!」
「飲み過ぎ!飲み過ぎだ尚チャン!ッ痛って!何か蹴っ飛ばしたわ―――」
〝一つしかない物が二つに見えている〟と不思議なことを言ったのは『尚チャン』と呼ばれている朝倉尚馬。〝足元が見えていない〟『源ヤン』が熊木源一郎である。
そんな二人にもう一人の男が言う。
「オイ。おじいちゃん達。暗いんだから足元に気をつけろよ」
そのやや気取った様な態度に、「うるせぇ!同じジジィだろうが!オメェこそ気をつけろ!!」と源一郎が返す。
「フッ。オレはな、酔っていても足元だけはしっかりしてんだよ〝おじいちゃん〟―――」
そう言って転倒した芳沢勝正は〝オレだけは大丈夫〟と思い込んでいたに違いない。二人からは『勝チャン』と呼ばれている。
「うぅ・・・見なかったことにしてくれ―――」
と、呻きながら、二人の手を借りて起き上がる勝正に「何やってんだよ・・・」と、源一郎が言う。
老けた仲良し三人組みは、誰の目から見ても酔っぱらっていた。吉原にしては早い時間である。はてさてどこで酒を飲んだのか。町民に聞けば一発で答えが出ただろう。
一番ふらついている尚馬が、もめる二人に言った。
「俺たちクソジジィなんだからさぁ。気を付けて行こうよ~・・・」
聞き捨てならなかったのか「クソジジィ!?」と、源一郎と勝正が叫び声を上げる。
この老士三名。一見頼りない様に思えるが実はそうではない。この三人、本来はここに船山流斎という男が加わる四人組である。隊での実績は、武功最多に加え一つの伝説を持つ。
今は昔、荒木山に棲む神狼『銀毛白面十一尾』。その『五十三度目の神狼』を四人のみで討ち取っている。その功績の証として、四人は神狼の皮で作られた陣羽織を与えられた。この事から彼らは『四人羽織』と呼ばれている。
その実力は未だ衰えを知らず。今なお戦場で猛威を振るう。精鋭中の精鋭である。
(―――ウソだろ・・・)
現れた三人にキミエは、そう思った。