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4.立ちふさがる主人

 と、女狼(じょろう)たちが騒いでる間に、キミエとイチの待ち合わせの時間が来た。

 酒場の舞台で、イチのショーが終わった様だ。部屋で相変わらずシャボンを吹いていたキミエは、四階の部屋まで聞こえていた曲の切れ目と、まとまらない拍手に「時間だな―――」と、一言。キミエはシャボン道具を手早く片付け、黄色くて長いリボンが付いたライダーゴーグルと、黒い手袋をタンスから出し、懐にしまった。

 部屋の外へ出たキミエは、四階の廊下から薄暗い見世を見下ろす。四階から一階まで吹き抜け構造になっている『あこうらん』は、どの階からも舞台がよく見えた。やはり、一階の舞台ではショーが終わっている。キミエはそれを確認すると、階段へ向かった。小さなキミエには、見世の階段は段差が大きく、普通に下りるのはなかなか難しい。キミエは、慣れたように手すりにつかまり、トトッと軽快に下りる。見世は三階までが、客の飲食エリアになっており、既にそこまで客が入っていた。


 (西が主役つっても、そこそこ来るな。)

 

 何気なく客入りを見たキミエは、そう思った。

 花魁道中が行われる町に、客は集中する。そのため、裏の南町は暇だろうと思われがちだが、実はそうではない。花魁道中の日は、外から来た豪遊客でごった返す。その光景は、花魁だけでなく、その他多くの客が己の権威や財力を示し合う様で、吉原の住人によっては、癪に障るのだ。そんなモノを見せられては、たまの休みも台無しだ。という訳で、花魁道中にうんざりな者は、わざわざ見に行こうとは思わず、見栄と大騒ぎから非難して、この南町にやって来るのだ。

 三階にいた客の一人が、キミエに声をかけた。


 「おう、キミちゃん!今日は休みか?」


 と、大きな声を出した中年男は、見世の常連だ。見たところ既に、酔いが回っている。キミエは、


「おうよ!なんだよ~、まだ始まったばかりだってのに。もう酔ってんのか?飲みすぎだぜ!」


 などと、答え〝いつもの様に〟振る舞まった。客を適当に躱したキミエは、三階から二階へ下る。その途中、キミエは、すれ違った数人の踊り子に「お疲れ~」などと〝いつもの様に〟挨拶を交わした。


 (―――あばよ)


 キミエは〝誰にも怪しまれない様に〟ひたすら見世の出口を目指す。

 『あこうらん』の出入り口は一階の表口のみ。裏口もあるが、そこは閉まっていて使えない。難なく二階から一階へ下りたキミエは、混み合う客で視界が途切れる飲み場の先に、出口を捉えた。キミエは逸る気を抑え、壁沿いに出口へ向かう。途中、声から察するところ三人組みであろう客が、見世に響き渡る様な大きな笑い声を上げていた。見世では聞きなれない老いた声。だがキミエは、それに見向きもしないで、ひたすら出口を目指す。


 (もうちょいだ)


 と、目前に迫った出口に、キミエの心中に、気の緩みが生じた。その時。


 「おい。キミエ―――」


 今度は、聞きなれた低い声がした。不意を打った一言に、キミエは肝を絞られる様な気がして、額に汗が(にじ)む。

 声がした方へ振り向いたキミエの前に、腕組みをした一人の男が立っていた。

 男の名は、又三郎(またさぶろう)。名字は無い。又三郎は、ここ『あこうらん』の5代目主人である。堂々とした体躯(たいく)に、赤茶色の作務衣を身に着け、腰には黒い前掛けをしている。ただ立っているだけで〝強そう〟だ。そして、見世の暗がりに溶け込むその服装は、照明で浮かび上がる又三郎の丸ハゲ頭を、より一層強調させていた。それは、遠目に見れば、見世の中を頭部だけが浮遊している様に見える。これが吉原で唯一〝用心棒を置いていない見世〟のボスである。

 そんな又三郎に引き留められたキミエは、硬直している。


 「―――どこへ行くんだ?」


 と、返事もしないで固まっているキミエに、又三郎が続けた。圧に崩され、調子が乱れるキミエは、


 「え?ああ・・・。ちっと出かけようかな~なんて―――」


 と、怪しまれない様に笑顔で、だが消えそうな声で言った。

 だが、見世の住人のことをよく知っている又三郎には、キミエの態度は明らかに怪しい。何より、キミエは又三郎に対して、基本的に笑顔で返さない。明らかにおかしいキミエに、又三郎は調子を変えることなく返す。


 「そんな事は見ればわかる。オレが聞いているのは、『何処に』だ」


 隙のない又三郎の重圧は凄まじい。だが、キミエは屈しない。


 「あっ、アレだよ。西町の花魁道中でも見に行こうかな~なんて」


 キミエは何気なく、そう答えたが、又三郎は間髪入れずに、

 

 「お前、花魁道中嫌いだろ」


 と、返した。


 (―――このオヤジ!うっ!うぜぇ!!)


 流石に面倒くさくなってきた。しかし、引くわけにもいかず、


 「いや~今日はシンディのところだし・・・賑やかで面白そうだろ?たまには見に行ってもいいかな~って」


 と、答えるキミエ。だが苦し紛れが、見え見えだ。そんなキミエに又三郎は「ほう。だが―――」と、間を置きキミエのなりに目を通すと。


 「そんな姿じゃ、花魁道中は(おろ)か。西町への関所も通れんだろ?」


 「しまった」と思った。キミエが着ていたのは仕事着の作務衣だったのだ。良く考えもせず適当に答えちまった。

 各地の『名』が現れる吉原で、高位三遊郭をいい加減な姿で出歩くのは、それが客であろうとも許されない。『吉原では、常に敬意を持て』吉原に入る上での基本中の基本である。そして、人目に晒す服装は伊呂波(いろは)の『イ』である。それが成っていない者は、町の住人でも『入場拒否』『外出厳禁』だ。だが、南町だけは、出歩く服装などはそれほど厳しくない。かなり緩いと言ってもいい。キミエなどが着ている作務衣は安物だが、その姿で南町を歩いても誰も咎めはしない。それは、三町から裏町に追い出した者が、今度は〝高位三遊郭に合わせろ〟などと裏の営みに口を出すのは、南町を作り上げた者々に対する不敬に値するからである。その代り、やはり南町の住人は高位三遊郭に入るためには、それなりの服装でないと、町の境にある関所を通してもらえないのだ。吉原の常識だったが、キミエの口から出たのは〝仕事着で花魁道中に行ってくる〟である。

 自滅に加え、退路を断たれるキミエに「くっ!」っと、苛立ちが現れた。それを又三郎は見逃さない。又三郎は、攻勢を強めた。

 

 「まあ、何にせよ駄目だ。夜に一人で出歩くのは危ない」


 又三郎はそう言って、外出を妨害する。


 (チッ!この『パゲ三郎』が!)


 と思ったが口にはせず、キミエは引きつった表情で答える。


 「子供じゃねぇんだ・・・。心配ねぇよ」


 「だが、お前は『ガキ』に見える。夜に一人で出歩くガキに、何が寄って来るかわからん。だから駄目だ」


 言った。キミエに向かって『ガキ』と言った。それはキミエには禁句だった。恐らく又三郎は、それをワザと言ったに違いない。逆鱗を逆撫でするとはこの事だ。


 ―――テメェ!ブッ殺す!


 キミエの顔がキレッキレになる。


 「解ったら部屋に戻れ、どうしても出るっていうんなら保護者(イチ)と一緒に出るんだな」


 と、何食わぬ顔の又三郎。対して、キミエの血走っていた瞳は、裏返ったのか白目で、無理矢理つくった笑顔は、歯茎が剥き出しだ。口から「ふっ・・・っふふっフッ!」っと、吹き出るそれは、笑いではなく、怒りが噴き出ている。受けた屈辱に、小さなその身は、つま先から天頂まで、プルップルに震え上がっていた。



 「ん?どうしたキミエ?プルップルだぞ?まるでガキだな。それで二十一なのか?」


 と、又三郎も大概である。やがて、出口付近の客がキミエと又三郎に注目し出した。ただならぬ見世の主人に、少女がただならぬ気を発している。客には何が起きているかわからない。キミエは「ん゛っ!ぐぐっ!ヘラズグチヲッ!!」と、どこから出たのかわからない様なドスの利いた言葉を発し、はち切れそうな(つら)を今にでも爆発させそうになった、その時。


 「オイ!ハゲオヤジ!酒持って来い!!」


 と、見世の外まで響く客の声。それは、先ほど聞こえたような老いた声だった。


 (いかん・・・御客をほったらかしにしていた)


 と思い、又三郎が客の対応に戻ろうとした一瞬の隙をキミエは逃さなかった。


 「死ね!パゲ三郎!!」


 と、叫んだキミエは、一発ぶん殴りたい思いを抑え、見世の外へ。通りの人混みに飛び込んだ。


 「パゲ三郎!?」


 らしくない悲鳴を上げる又三郎。聞き捨てならなかったのかキミエの方へ振り返るが、もうそこにはキミエの姿は無かった。

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