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1.日没の二人

 物語は数ヵ月前に遡る。

 時は、戦国315年。

 場所は胡蝶眩う遊楽の国『大吉原之都』。

 湖に面した広大な葭の原に構えるその都は、独特な造りをしていた。

 西側は湖、残りの三方を巨大な堀と高く堅牢な壁で囲い、閉鎖的。都に流れる幅の広い水路は、東西南北に分割された町の境界だ。都の出入り口は四か所。湖に面した西町には港があり、壁に囲まれた三つの町には、大橋と大門が一か所ずつ設けられている。

 そんな妓楼(ひし)めく吉原の南町に、明ける様に赤い飲み屋があった。

 見世の名は『あこうらん』。南町では五階建と大きく、絢爛な造りの見世(みせ)である。各階の軒先には無数の提灯が飾られ、その虚飾に拍車を掛けていた。

 酒は良く酔い、つまみもそこそこ。薄暗い見世の舞台は小ぶりで安っぽいが、踊り子が照明を纏えばそんな事は気にならないものだ。そして、攫み取れない魅力で客を惑わす見世の日々は、良くも悪くも賑やかで虚しかった。

 そんな『あこうらん』四階の窓辺に、大きな日緋色の目をした少女が一人。気怠そうにシャボンを吹いている。彼女だ。

 

 シャボンを吹く視線の先には、吉原を赤色に染め上げ夕日が燃えていた。

 その景色に、紛れ込むシャボン玉が、どこか幻想的である。だが―――。


 (チッ。染めるばかりで燃やしちゃくれねぇ)


 などと見飽きた景色に反吐がでる彼女の名は園上(えんじょう)キミエ。

 キミエが吉原に来たのは二年前。旅の道中で人攫いに捕まったキミエは、その珍しい瞳の色に目を付けられ、この吉原へ高値で売り飛ばされたのだ。それ以来キミエは、この『あこうらん』で給仕や踊り子達の身の回りの世話をして暮らしている。


 「チッ」


 キミエは鋭い舌打ちをかました。やけに苛立つキミエは、飛ばしたばかりのシャボン玉をギロ~ッと睨みつけている。


 「出来が今一だぜ」


 などとぼやく。どうやらシャボン玉の出来が気に入らない様だ。

 キミエは次のシャボン玉を作るために、大きい丸枠をシャボン液に浸した。


 (どうも乱れるぜ。吹き込みすぎか?)


 心中模索するキミエは、溜息混じりに枠を口元に持ってきた。枠には淡い虹色の膜が張っている。キミエはなかなか息を吹きかけない。シャボン玉を作ろうとしているのには違いないが、眉間にシワを寄せ、枠を見つめる。その様子は『シャボン玉で遊ぶ少女』と言うよりも、『金魚掬いに挑む狩人』である。


 ――――これでどうだ。


 頃合だ。キミエは息を吹き込んだ。

 それは不思議な光景だった。「上手い」とでも言えばいいのか。枠に張られた膜が『シャボン液』と言うより、まるで『熱した硝子』の様に力強く膨らんでいく。シャボン膜は玉に成る前に途中で割れて仕舞いそうな程ゆっくり息吹に押し出され〝気づけば〟(くう)にシャボン玉が舞っていた。

 閉じて仕舞えばそれはただのシャボン玉である。だが、キミエはそのただのシャボン玉を、一つ一つ丁寧に作っていた。これは遊びではないのだ。

 とそこへ――――。


 「この夕焼けも見納めだねぇ」

 

 と言ってキミエの後ろから半裸の女が現れた。その長身をゆらっと部屋へと入れる女の名は(イチ)。『あこうらん』で一番の踊り子である。二年前、東町でキミエを人攫いから買ったのが、このイチである。

 そのため、キミエが居る部屋はイチと共用だった。イチは酒場でのショーがひと段落したため、ここへ休みに来たのだ。

 イチは宙に舞うシャボン玉を見るなり「お~やってるねぇ」と言って、キミエの横に腰を下ろした。

 夕日に照らし出されたイチの容姿は、見慣れていない者からすれば、異様である。

 座れば地に付く程長い緑色の黒髪。澄っとした美しい顔に、深い緑の瞳が魅力的である。身には花柄の赤い衣を纏っていた。

 だが、その長髪や衣からは不可思議な(ただ)れが覗いている。その赤みがかった爛れは肌を這う様に、うねる様に隆起していた。特に髪で覆った右顔面は、全体が爛れており、右目は使い物にならないのか赤い紐の眼帯を付けている。その姿から『爛之一(ただれのいち)』と呼ばれていた。


 「こうやってシャボンで遊んでると、本当に子どもに見えて仕方ないよ」


 イチは真剣にシャボン玉を飛ばすキミエを見て可笑しそうに言った。


 「ああ~うっせぇ。それでもオレは今年で『二十一』だ。ガキじゃねぇんだよ。それに遊んでるんでもねぇ!練習!練習なの!知ってんだろ!」

 

 と、キミエはムッとして言い返す。キミエが言う二十一とは、年齢のことである。

 キミエの容姿は誰から見ても少女であったが、キミエは自分を子どもだと言う人間に毎回この様に訂正するのだ。当然、真に受ける人間などいない。最後はキミエが憤慨するお決まりである。

 不憫な娘だ。しかし、キミエが言っていることは事実である。そして、信じてくれるのはイチだけだ。

 

「だよねぇ~」


 イチはイラっとするキミエをクスクス笑いながら、キセルを取り出して一服し始めた。

 紫煙混ざりの溜息をついたイチは、夕日で鈍く輝くキセルを眺める。

 

 「それで、塩梅は?」


 観賞もそこそこにイチが問いかける。キミエは手を止め、枠をシャボン液が入った器に置くと、


 「あ~・・・マズマズだな」


 苦い顔をするキミエをイチは「フフッ」と鼻で笑う。


 「ぶっつけ本番しかないね~。まあ、今出来たとしても『その時』出来なきゃ意味が無いのさ。『花魁道中』までまだ時間がある。だからギリギリまで仕上げておくんだねぇ」


 キミエは「ちっ」と面白くなさそうな顔をした。

 そんなキミエをイチがなだめる。


 「そんな顔をするな。ほら見てごらんよ。もう直ぐ吉原が目覚める」


 二人は外の景色に目を向けた。

 心地よい風が吹き抜ける。

 日没。町の周辺は緋から紺へ。

 葭の原に浮かび上がる不夜城。

 夢幻に彩られた遊郭大吉原の幕開けである。


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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