13.荒野のバイク少女
吉原を脱出し、遠く駆け抜けて、一日が過ぎた。
そこはキミエが二年ぶりに対峙する荒廃の世界。強い日差しが、荒野と朽ちた人工物をどこまでも照らしている。大戦の傷跡と荒野に点在する廃墟群は、死んだ文明が作り出した墓標の様であり、骸と成った今は本来の意味をなさずただ影を作りだすのみである。そんな弔いも暴きも必要とせぬ物に、意味もなく近寄るべきではないだろう。そこで引き換えて得られる物など何もないのだから。
キミエはくたびれた砂色のローブに身を包んで、荒野に延びる道路のど真ん中にいた。キミエは日差しの下でフードを脱ぐと、ハッと溜息をついた。
―――あ~あ、なんも変わってね。
二年前から何ら改善・復興というものをされていない『ひでぇ光景』にキミエは呆れる他なかった。今立っているハイウェイであったであろう道は、ひび割れガタガタに歪み、所々から枯れかけた植物や地面が顔を出している。文明に育まれた者が当然とここで生き抜かなければとなれば、恐らくは気が滅入ってしまうかも知れない状況だが、このキミエという女はそうでもなかった。
―――痺れるぜ。
死んだ文明に風と凜のエンジン音だけが響く崩壊した世界で、キミエは念願の自由を堪能していた。当初の予定が変わって保護者抜きの一人旅。それに加え、吉原の大門破りで腕っぷしに自信が付いたキミエは、己の生存能力だけがものを言う無法地帯で、たった一人でも大して不安にはならなかった。
これから後四日かけて目的地である『大暁之都』に向かわなければならない。この先にどんな出来事が自分に待ち受けているのかと思うと、キミエはスリルと冒険心で密かながら武者震いするのであった。
(何もいねぇな―――)
キミエはキョロキョロと周りを見渡した。遠くの景色が望遠鏡で見ているかの様に、ハッキリと観察出来る。吉原を出て以来、キミエは瞳の不思議な能力を、自由自在に使えるようになっていた。遠くまでよく見えるだけではなく、その気になれば夜間に走行ライトを点灯させていなくても、肉眼で周囲を把握できるのだ。
「全く・・・、オレの目ん玉はどうなっちまったんだ」
キミエは自分の身体能力の異変に、少しばかり戸惑ってはいたが「ま、便利だからいっか」と深くは考えなかった。キミエはハイウェイの進む先を確認した後に、道から逸れて荒野を走り始めた。日中は人目に付きやすいがため、道は進路を確認するためだけに利用して、後は荒野を隠れるように進んでいた。
―――あそこなら色々見えるかもしれねぇな。
キミエは荒野の中に高い丘を見つけた。目的地を目指してただ漠然と、ザックリとした方角に進路をとるしかないキミエにとって、多くを見渡せる高い場所は情報収集をするために必要な貴重な拠点であった。
「行ってみるか・・・―――あ?」
避けて来たハイウェイの方角から音がした。振り返ると走行する三台の車両が見える。走破性の高い大きなタイヤを付けた改造車に、武装した屈強な男達が数名と、服をはだけた女達が笑いながら酒瓶をあおってどこかへ向かっている。ハイウェイから距離があるためこちらが見つかる事は無いだろうが、キミエは念のために近くの岩陰に隠れることにした。大きな岩は幅五メートルに高さ三メートルほどの大きさで、根元には身を隠すのに丁度いい大きなクビレがある。キミエは岩の近くでバイクから降りると、岩陰へ向かって足早にバイクを押し始めた。そこで―――。
―――マジか。
キミエはゾッとして顔をしかめた。岩陰に嫌なモノがある。それは人の死体だった。仰向けで長いブロンドと、痩せた白い肌に日焼けしたあと。見たところ女の死体だ。追剥の手にでも掛かったのだろうか―――女は身包みを剥がされ、下着と靴だけの姿で倒れている。
「ひでぇな」
首を捻じられたのだろうか、女の頭がおかしな方向を向いている。目立って死臭がしなかった事から、この女が死んでからそれ程時間が経っていないことが窺えた。
「ツイてなかったな・・・」
(―――まるで納得なんてできねぇだろうが。まあ、せめて安らかに眠んな)
キミエは仏にジッと合唱をすると、車が過ぎ去るまでの間その場を借りることにした。しばらくの後―――。
〝ぐりゅ〟
っと、暇だったキミエは女の首をまともな方向に直してやった。こけた顔で目が変な方向を向いている。不憫に思って、キミエは女の瞼をソッと閉じてやった。そしてキミエはパンッパンッと手のホコリを払うと、
「ありがとよ。じゃあな!」
そう言ってバイクに跨り、再び丘を目指してその場を後にするのであった。
凜をブンブン飛ばして浴びる風が爽快である。キミエは何かいいことをした様な、そんな気になって、そのまま気分良く丘まで駆け抜けた。
「いいじゃん」
何もない丘の上からの見渡しは最高だった。広がる蒼い蒼い空と砂に飲まれた荒廃の世界、ゴーゴーと風が吹き抜ける。良く見えるとは良いことであるが、相手からも見つかりやすいという悪い事でもある。が、そんなことは気にも留めずキミエは一頻り景色を楽しむと、瞳を凝らして周囲の観察を始めた。
〝ハイウェイが途中で何方向かに分かれている・深い渓谷にまだ使えそうな大きな鉄橋・荒野に泉が三つヤシの木が可愛い・周囲の生物は鷲、蛇、トカゲ、糞を転がすスカラベがキラキラ蒼い・身を隠せそうな場所が五つ・人影がある建物が・・・〟
キミエは懐からメモ帳とペンを取り出すと、目に見えた周囲の情報を簡単な地図にしてまとめていった。メモをだいたい書き終えたキミエは次の目的地を決めた。数キロ先、ハイウェイのはずれに小さな町が見える。あそこで食料と燃料が補給できるかもしれない。もっとも『安全であれば』であるが、道中の補給は必要不可欠である。
「行ってみるか」