表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

9.あこうらんの別れ

 源一郎が撃った。

 銃声であたりが静まり返る。

 路地には硝煙がもたれる様に漂っていた。源一郎はその中に強敵を捉える。

 

 爛之一だ。


 イチの瞳は、気力に満ちている。

 源一郎は自分の右手に目をやった。イチの胴に向けたハズの銃口が、キセルの先端で狙いを逸らされている。弾丸はイチの背後にある壁に命中していた。


 (―――そうか)


 そこで源一郎の意識は途切れた。

 イチが、源一郎の胴に強烈な左ストレートを打ち込んだのだ。路地に地鳴りのような破壊音と粉塵が立ち込める。


 「おぉ・・・」


 キミエが苦い顔で声を漏らした。

 無惨な光景だった。拳の一撃で行われたとは到底思えない。源一郎の体は、背にしていた壁に埋もれ、硝煙弾雨を物ともしないハズの鎧が、追加装甲ごと打ち抜かれていた。

 人間業を超えた行いにキミエは唖然としている。


 「ハハ。―――危なかった・・・」


 と、イチが誰にという訳でもなくつぶやく。

 難を凌いでくれたイチに、キミエは「スゲェな、イチ・・・」と言って近寄ってくる。


 「まぁな。でも、危なかった」


 イチは、キミエにそう返すと、武士を打ちのめしたキセルを軽く眺める。

 キミエは、イチに怪我がないかを目で確認した。どうやら、源一郎に打ち込んだ拳も含めて、怪我はしていない様だ。そして、あれだけの事をしておきながら、汗一つかいていない。着替えもせずに向かって来たイチは、未だに半裸である。

 イチは、キミエの背後にある『凛』を見た。


 「ところでキミエ。そのバイクの事なんだけど―――」


 と話をするイチを、キミエが思いだした様に(さえぎ)った。


 「そうだよイチ!脱出用のバイクを探したんだけどよ!コイツしか見当たんねぇんだよ!!コイツじゃオレは大丈夫でも、イチが乗れねぇ。他のバイクはどこにあるんだよ?」


 と、焦ったようにイチを問いただす。

 しかし、イチは答えなかった。ただキミエを見つめ、黙っている。

 キミエにはそれがどういう意味なのかすぐに分かった。


 「―――無いのか・・・」

 

 キミエの言葉には力がない。イチは答えない。


 「なんで黙ってんだよ!何とか言えよ!!」


 怒声を上げるキミエにイチは「すまん」と面目なさそうに答え、話し始めた。


 「いろいろ手を尽くしてみたんだが・・・、その一台で精一杯だったよ」

 「そんな事はどうでもいいんだよ!なんで今になって言うんだよ!!」

 

 キミエが激しく問い詰める。


 「もうここには残れねぇのに!コイツじゃ逃げれねぇ!しかもアイツがぶっ放しちまった!どうするつもりなんだよ!!」


 満足行く脱出手段は無く、武士と敵対してしまった今、吉原に留まることはもうできない。先ほどの銃声で、静かだった路地に、周囲の騒がしさが紛れだした。


 ―――もう時間が無い。


 怒りと焦りがキミエの顔に現れる。

 そんなキミエにイチが本題を切り出した。


 「お前一人で行くんだ」


 その一言で、キミエの怒りは爆発した。 


 「何言ってんだテメェ!一人で行けるかよ!テメェどうすんだよ!ここに残んのか!?残れねぇだろ!バイクから何まで、さっきから全然話が違うじゃねぇか!!」


 イチはまた答えない。キミエの顔は怒りで赤くなり、青白くなるほど握りしめていた拳を開くと、イチの羽織に攫みかかった。


 「二人で吉原を出るって言ったじゃねぇか!ここを出て!暁の都に向かおうって言っただろうが!そのために準備して来たのに!何で今になって〝一緒に行けねぇ〟なんて言うんだよ!!バイクが駄目だったんなら、計画を中止して、またの機会をうかがう事も出来ただろうが」


 必死に訴えかけるキミエに、イチは静かに返す。


 「ああ、そうだな。だがな、バイクが又三郎にばれた。そして武士が来た。お前も分かってるだろう?今日を逃せば次は無いんだ」


 そんな事は知っている。分かっている。それでも、キミエは認めたくはないのだ。キミエは悔しそうに歯を食いしばる。


 「こんな事になって、私も残念だよ。だが、そうなってしまった以上、今は一人で向かってくれ」


 最後に「頼むよ」と言ったイチの表情にどこかもどかしさを感じる。イチも一緒に旅に出たいのだ。


 「お前はどうすんだよ・・・。ここに残っても殺されるだけだぞ」

 「大丈夫だ。私もここに留まるつもりは無い。ちゃんと策は考えてある」


 だが、別行動になるイチが心配でキミエは納得いかない。


 「―――でもよ・・・」


 と、言いかけるが。


 そこで会話は中断された。

 その原因は、イチに敗れた熊木源一郎である。

 

 少し前の事だ。意識を取り戻した源一郎は、攻撃の機会をうかがっていた。


 (アレを読まれるとはな・・・。見事にやられたぜ。なんだぁ?壁に埋もれてんのか?全く―――あのヤロウ何しやがった。―――チッ。胸骨が折れてやがる)


 と、穏やかでない源一郎は、ゴーグルで隠れている眼だけを動かして周囲の状況をうかがった。

 目の前で少女と爛之一が、何やらもめている。幸い、二人は自分が目覚めたことに気付いていない。尚馬と勝正はどうなったのだろうか?今の態勢では確認できない。


 (まあ、俺が生きてんだ。大丈夫だろ)


 さて。と、源一郎は眼前の二人に集中した。見たところ、吉原を脱出する計画に問題が生じたらしい。

 爛之一が一人で脱出しろと、少女に言っている。

 二人の目的地は『法無神廷 限境 大暁之都』。


 (暁の都か・・・長旅だな。だが、行かせる訳にはいかない)


 吉原の女を外へ逃がしてはならない。それは都の守護を請け負っている武士の務めである。

 しかし、源一郎の思う所は少し違う。

 

 源一郎は知っていた。

 賑わい虚飾で彩る夜の街。古い時代の風景。それを維持するための法と武力。

 この吉原の造りが、最早外の世界には存在しない(まが)い物なのだと、源一郎は知っていた。

 葭の原の先に広がるのは荒廃。そこは紛れも無い無法地帯である。

 二人が外の世界に何を期待したのか源一郎は知らない。だが、(やわ)な体で生き延びれるほど、外の世界も吉原の脱出も容易ではないことだけはわかる。


 (無茶ってもんだ・・・)


 むざむざ死に行かせる訳にはいかない。そして、これ以上爛之一に勝手を許す訳にもいかない。


 ―――ここで阻止しなくては・・・。


 負傷した体は思うように動きそうにない。右手に持っていた銃も脱落して使用できない。辛うじて使えそうなのは、左手に残っていた脇差しだけだ。


 (今回の足抜けは全て爛之一の独断・・・。そうすれば、お嬢ちゃんを不問にすることぐらいはできるだろう)


 源一郎は柄頭まで抜け落ちかかっていた脇差を、人差し指と薬指で挟む様に、静かに握り直した。

 そして爛之一の首を目掛け、脇差を一気(ひといき)に繰り出す。


 「うおっ!?」


 突然の出来事にキミエは声を上げた。

 源一郎の動きは重傷を負っているとは思えないほど、速い。

 だが、仕掛けた本人からすれば、それは粗末なものだった。下から放り込むような半端な一撃。源一郎が一番よくわかっていたが、そんなモノが通用する相手ではない。源一郎の脇差よりも先に、イチの掌が顔面に打ち込まれた。


 再び破壊音と粉塵が立ち込める。今度こそ源一郎は動かなくなった。


 「たまげたぜ・・・」

 

 キミエは冷や汗を掻いた。


 「タフな爺さんだ・・・。やはり静衛の兵は強いな」


 今の不意打ちには、然しもの怪物も驚いた様だ。イチは忌々しそうな顔をする。

 そして、二人は武士との決着を付けたからと言って、ここで一息ついている暇はない。

 今の音で周りが更に騒がしくなってきた。

 いよいよ時間が無い。


 「ああ!クッソ!」

 「もうモタモタしていられないねぇ・・・」


 焦るキミエに、イチは落ち着いた口調で、

 

 「なに、焦ることはないさ。大してやることは変わっちゃいないんだ。ただ見つかるのが少しだけ早まっただけだ」


 そう言ってキミエの目を真っ直ぐ見た。


 「いいかいキミエ。私はまだやり残した事がある。だから今は一人で行ってくれ」


 イチは渋るキミエをバイクへ送った。


 「大丈夫だ。お前は目的地も行き方も解かってる。だから凛が運んでくれる」

 

 キミエはただ黙ったまま、その鉄馬を見た。

 

 (イチが言う通りだが・・・こんなショボイので本当に行けるのか・・・?)


 疑ったところで始まらない。キミエは凜に跨った。すると、


 「ん?オォ・・・」


 なかなか悪くない。不思議と自信が漲ってくる。ハンドルを握りしめると、異様に手に馴染み、感情が昂ぶった。凜は、日に千里を駆けると言われる騏驎(きりん)の様であった。

 〝何時だろうと・何処だろうと・自心の思うがまま・何物にも阻まれず・止まることは無い・そして、誰にも負ける気がしないのだ〟

 そんなキミエを見て「気に入ったか?」と、イチが可笑しそうに問う。


 「ああ、コイツはスゲェ。最高だ・・・」

 「超スペシャルな一文字(いちもんじ)カスタムだ」


 「なんじゃそりゃ」というような顔をするキミエに、イチは「私からのプレゼントさ」といってクスクス笑うのであった。

 兎にも角にも(イチは今日のためにこれだけのモノを用意してくれたのか)と思い、キミエの表情が締まる。そして―――。


 「ありがとなイチ。一人で行って待ってるぜ」


 キミエの決断にイチは安心した様で、

 

 「ああ、先に行っててくれ、私も必ず向かう」

 「約束だ。破んな」


 キミエは、額のゴーグルを下ろし、リボンを締め直した。


 「動かし方は解るな?」

 「ああ、大丈夫だ」


 凛のエンジンをかける。鉄馬の心臓が熱を帯び、小さな体に心地好い鼓動が伝わる。ライトが路地を照らし出した。その道を行かんとするキミエの背中を、イチは見つめている。


 (こういう事はわかるのに、大事なことは全部忘れちまってんだねぇ)


 一時の別れに「じゃあね」と、イチは言う。

 キミエは振り返らなかった。そして「死ぬなよ」とだけ言うと、凛と共に路地の先へ。イチの視界から消えて行った。


 「さて、と。私もここから離れるか」


 と、イチが独り言を言った時だった。突然ゴミ山の一つが、大きな音を立てて崩れた。イチは何事かと身構えたが、崩れたゴミ山の先に現れた者を見ると。


 「なんだ。三ちゃんか」


 そこに立っていたのは又三郎だった。ゴミ山が崩れたのは、あこうらん開かずの裏口を又三郎が蹴破ったためである。 


 「イチ・・・」


 そう言って又三郎は、周囲を一瞥した。差し向けた四人羽織が行動不能に陥っている。

 まさかの事態に又三郎は動揺を隠せない。


 「・・・お前がやったのか?」

 「ああ、そうさ。この爛之一の仕業さね」


 からかう様なイチは、煙管に刻みを詰める。だが又三郎は、それを俄かに信じられないでいる。


 「こいつら神狼殺しの四人羽織だぞ・・・。お前、一体何をした。いや、自分が何をしたのか分かっているのか」


 〝何をしたかなどどうでもいい〟そんな様子で、イチは一服すると、


 「ブチのめしたのさ。コイツでな」


 と、自慢の煙管ひらつかせた。


 「キミエは、行ったのか?」

 「ああ」

 「そうか。ならお前もさっさと行け」

 「おや?見逃してくれるのかい?」


 そう言うイチをよそに、又三郎は倒れている勝正の状態を確認する。勝正はなんとか生きているようだ。 


 「〝今しがた抜け車を見つけた俺は、見世で怠けていた四人羽織にそれを報告。騒ぎを聞きつけて俺が来た時にはお前はいなかった〟わかったら行け。お前がいると始末の邪魔だ」

 

 と、又三郎はイチに背を向け、今度は重傷の源一郎を確認している。


 「本気で私とキミエを止める気だったのかい?」

 「当たり前だろう。無駄だったがな」

 

 それを聞いたイチは、含み笑いをして。


 「でも、三ちゃんは〝鍵〟を取らなかった」


 ハッとして、又三郎は振り返ったが、もうイチはいない。

 人間離れした跳躍力で、壁を三度蹴り上がると、又三郎の頭上に姿を消して行った。


 「敵わんな・・・」


 そう言ってイチが消えた夜空を眺める。

 又三郎は、イチとキミエの足抜けを止めようとした。だが、又三郎は凛の鍵を取り上げはしなかったのだ。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

 

  

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ