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仕事の帰り道

「もし、良ければ今度うちのバイヤーが直接会いたいと言ってたから、紹介してもいいかな、金光さんのこと」

「えっ」

 清江は、びっくりして言った。

「良かったな。金光。榎本部長に気に入ってもらえるなんて、すごいじゃないか」

「いや、でも私そんなに経験ないし。」

「商品開発としての君のデザイン力をうちのバイヤーにも勉強してほしいと思って」

 榎本が椅子から立ち上がる勢いで言った。

「そんな…教えるだなんて」

「まあ、突然の事だから、仕方ないかも知れないけど。一度社内で検討して、お返事をします」

 桝谷は困っている清江を見ながら、榎本に答えた。

「それもそうだね。私としたことが、失礼しました」

 榎本は頭を下げて言った。


 帰りの車の中で、桝谷は清江に興奮気味に話しかけた。

「すごいじゃないか、金光。あの榎本部長を唸らせるなんて」

「は、はい。嬉しいことは嬉しいんですけど、会社のいろんな部署の方々のおかげで、できたことなんで、本当にみんなに感謝です」

 清江は少し車窓を遠くみた。既に暗くなっている空に、小さな星を見つけた。

「とにかく、私、頑張りますから」

「お、やる気が出てくれて嬉しいよ」

「でも困ったことがあったら、桝谷さんにお願いするのでその時は助けてくださいね」

「ははは、可愛いこといってくれるね。望むところだよ」

 車内にしばし笑い声が響いた。久しぶりの解放感と充実感に清江は酔いながら、また車窓にある星を見つめた。


「こんにちは。金光です。本日もどうぞよろしくおねがいします」

 何回か訪問していく中で、D社に行くのも慣れてきた。最初の頃はかなり緊張したが、最近はD社の人たちとも打ち解けてきた感じがする。

「お、金光さん」

 榎本は清江を見つけると、近寄ってきた。

「今日も来てくれてたんだね。ありがとう。ちょっと会議だから、また後で商談室に行くから。あ、大谷君。宜しくね」

 清江を案内している30代の女性に話しかけた。

「はい、りょうかいしました」

 榎本が通り過ぎると、大谷は清江に言った。

「部長はホント元気が取り柄だからね」

 清江は愛想笑いをしながら、商談室に向かった。大谷と商談していると、榎本がドアを力強く開けて入ってきた。

「どんな感じだい。進んでる?」

 さっきまで元気だった大谷の顔が険しくなった。清江もその様子を見て、緊張した面持ちになった。

「はい。もちろんです」と大谷は答えると、榎本は「そうか、宜しく頼むな」と言って、ドアを閉めて出て行った。大谷が、はあっとため息をついた。そのため息に、清江がおかしくなり、ぷっと笑ってしまって、「あ、ごめんなさい」と言った。

 大谷も、清江のなんとも言えない顔を見て、笑い始めた。

 「あー、緊張した。ふー。じゃあ、続きをやりますか」

 「そうですね。宜しくお願いします」

 二人はそういうと、ままごとセットの組み合わせや配色の確認をまた続けだした。


 そうして、様々な商品の打ち合わせがあり、気が付くと7時半頃になっていた。

 「今日はもうこれぐらいにしましょうか?」

 「そうですね」と清江が言うと、帰る準備をし始めた。そして、大谷は清江を入り口まで送ると「それでは、また明日も宜しくお願いします」と言って、清江を見送った。

 

 清江は会社に電話をしたが、あいにく今日は水曜日で定時退社日だということに気付いた。直帰すると言ったものの、とりあえずは桝谷にラインで、「無事終わりました。今から帰宅します」とメッセージを送ると、すぐに「お疲れ様でした。気を付けて帰ってください」と絵文字付きのメッセージが返ってきた。かわいらしいところもあると、思いながら歩いていると、途中で榎本に出くわした。

 清江はどきっとした。

 「今日は直帰かな?」榎本が話しかけると、どぎまぎした様子で、答えた。

 「は、はい。会社の方にも連絡しました」

 「そうか。僕も大阪駅まで行くから、一緒に帰りましょうか」

 「そ、そうですね…。」

  清江は、微妙な声で答えた。途中で何を話せばいいのか分からなかったが、榎本からも清江からも話し出すことがなかった。大阪駅までの道が妙に長く感じた。道端にたくさんの飲食店が並んでいた。

「ごはんでも食べて行かない?毎日大変だと思うから、僕がごちそうするよ」

突然、榎本が話したので、清江は、また虚をつかれたように、「あ、はい。宜しくお願いします」と答えた。

「いや、いやなら別にいいんだよ。ごめんね。」

「あ、そうじゃなくて、びっくりしてしまって。私も今日は外でご飯を食べようと思ってたから」

「そうなんだ。良かった。じゃ駅前のあの場所で行こうか」

「そうですね。ありがとうございます」

「良かった。」榎本の声が少し弾んでいる感じがした。

 駅前の雰囲気のいいダイニングバーに入っていった。

「いいところですね。」清江は嬉しそうに言った。

 席に座るとメニューを開いて、色々楽しそうに料理を頼んだ後、清江がオレンジジュースを頼んだ。

「あ、飲まないんだね」

「はい。すぐ酔ってしまうので。営業向きじゃないですよね」

 清江は自嘲気味に言った。

「いや、そんなことないよ。女の子なんだから、無理しちゃだめだよ」

「すみません。気を遣わせて」

「いやいや。こちらの方こそ、変なことを聞いて悪かったね」

 そんな話をしていると、最初に頼んだサラダが運ばれてきた。

「それじゃあ、オレンジジュースを二つ」と榎本が店員に伝えた。

「榎本部長もオレンジジュースを頼むのですね。なんか申し訳ないですね…」

「いいんだよ。」

 そういって、榎本は笑った。その笑い顔が、会社にいる時とは違うように見えて、清江は可愛らしく思えた。そして父の顔を少し浮かべて、同じ年位なのに、ちょっと違うなと思い、おかしく思えた。

 オレンジジュースが運ばれてくると、「まあ今日はオレンジジュースで乾杯だね」と榎本が清江のグラスに自分のグラスをあてた。清江は変な乾杯っと思いながらも、笑顔で受け流した。料理を食べながら、榎本の仕事の話とか自分の話をしながら、とても楽しい時が過ぎていった。そして、ふと清江が榎本に質問をした

「あの、少し聞いても良いですか?」

「何だい?」

 榎本は興味深く、清江の質問を待った。

「榎本さんって、外浜町に住んでいるんですか?そういえば初めて会ったのが、私の家の近くだったので」

「いや、そうじゃないよ」

「ふーん」

 清江は不思議に感じた。あそこに住んでいないのなら、なぜあの頃よく榎本に会っていたのか、疑問に思った。

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