信ずるが如くにあなたになされる
彼は、神という存在を信じたことなど唯の一度もなかった。
シスターに拾われるまで、助けを求めても手を差し伸べられることのない場所で育ってきた彼にとって、それは当然のこと。
…神様なんていないし、奇跡もない。あるのは、無情な現実。
だからこそ、神を信じ清く正しく生きてきたはずのシスターと子供らは死んだのだから。
けれどもそんな彼が、この時……初めて心の底から願った。
勿論、虫の良いことだというのは当人も分かっている。けれども、願わずにはいられなかった。
まるで、祈りにも似た願い。…ただただ、【力】を。
自分の全てをかけて、ただ力を欲した。
……その、時だった。突然、空から大きな【光】が落ちてきた。
稲妻のような一筋の光。それが地面に向かって落ちると、そのままその光は拡散し、地上を白い光で覆う。
あまりの眩さに、思わず彼は目を瞑った。
そして、次に目を開けた時……彼の手元にはそれまでなかったはずの光り輝く刀があった。
初めてそれを見た時、彼は目の前で起こった摩訶不思議な事象に、一瞬首を傾げた。
……何だ?コレ…と。
思わず、マジマジと手元にあるその刀を見つめる。まるで、それ自体がさっきの稲妻の光のようだった。
…けれども、今はそれが“ナニ”かなどと考えているヒマはないと思い直す。
性能も何も分からないが、武器には違いない。神様が願いを叶えてくれたかは分からないが…折角得たチャンスだ。
これを活かさない手はない。
呼吸を整えると、足に力を入れて走り出した。
「………っ!」
勢いがつきずきで、つい前のめりになる。
自分でも分かるぐらい、いつもよりも身体が軽く動きやすい。
先ほど教会まで走って来た時よりも、何倍も速く走れていた。
流れていく景色の速さも、いつもと全く違う。
体制を整えた後、その速さを保ったまま彼は瓦礫を通り越そうと跳んだ。
この時、またも彼は自分の起こった変化に驚くこととなる。
…跳んだ、つもりだった。
けれども実際行動してみれば、“跳んだ”というよりも“飛んだ”と表現した方が良い結果が起こる。
要するに、瓦礫を越すどころか無事な建物の屋根の上まで…まるで空を飛んでいたかのように、たどり着いてしまっていたのだ。
突然の現象に驚きつつも、とりあえず再び刀を構える。
相変わらず、何が起きているのか分からない。自分の身体に起こった事なのに、だ。
けれども、別にいい。むしろ、幸運だ。
この刀がどれだけの力を有しているかはまだ分からないけれども、少なくとも身体能力が飛躍的に上がっていたのだから。
彼は再び、地面を蹴った。今度は、さっきよりも力を込めて。
そうすると、見事に魔物に攻撃ができる高さまで到達していた。
……いける。
その勢いに乗って、魔物に斬りかかった。肉が斬れる音と共に、どす黒い液体が飛び散る。
寸前のところで回避行動を取られたが、なんとか攻撃が届いたようだ。
狙ったところではなかっが、それでも一応傷を負わせることができた。
『ぎゃあああぁぁぁあ……!』
先ほどの比ではない程のモンスターの叫び声が木霊する。魔物は、怒り狂ったように身を捩らせていた。
彼はその様子を、地面へと堕ちていきながから眺めていた。
地面に落ちる瞬間、身体を何度か捻り落下の衝撃を減らす。
トン…と、地面に足がついたのと魔物が彼のいる地点に攻撃を放ったのは、ほぼ同時だった。
彼はまるでその行動を予めすると決めていたかのように、その赤い炎を細切れに切って、分解させる。高速で細切れにされた炎は、その力を失って空中で力を失ったかのように消えた。
そして、再び足に力を込めて飛んだ。斬る為に、刀を上段から振り下ろす。
…自分でも 、不思議な感覚たった。
彼は特殊な経験を積んだ兵士ではない。
シスターに拾われるまで、生きるか死ぬかの環境に身を置き争うこともしばしばではあったものの……それはあくまで、人対人。
こんな魔物と戦ったことなど勿論なかったし、桁外れのものに挑んだこともない。
だというのに、今の彼にはまるでどう動けば良いのか頭が知っているように、自然と身体を動かしていた。