すべて祈りて願うことは、すでに得たりと信ぜよ。さらば、得べし
「あ、あ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
聞く者が思わず耳を塞ぎたくなるような、そんな叫び。混乱を極め、あらゆる怒号が飛び交うその街でもその叫びは確かに響いていた。
嘘だ……うそだウソだウソだうそだ嘘だ……っ!
感情のままに、叫ぶ。……その場に崩れ落ちたまま。
ドオン……。
また、爆発音が聞こえてきた。次の瞬間、爆風が辺り一帯に吹き荒れる。それと同時に耳を掠める、人々の阿鼻叫喚。
けれども、その全てがどこか遠い世界の出来事のようだった。
……どれくらい、そうしていたのか。実際は、数分も経っていないのかもしれない。
けれども、彼にとっては永い時の間に、魔物がすぐ近くまでやって来ていた。迫って来たその魔物に、街は更に混乱している。けれども、不思議と彼はもう恐怖を感じなかった。
代わりにあるのは、喪失感。……そして、憎しみ。
さっきまで確かにあった恐れは、見事にキレイ丸ごと取り払われている。苦しいほどに、憎しみが支配していた。
……憎かった。
恨めしかった。
目の前の、魔物が。けれども何より、“何もできなかった自分”が。
……大切だったのに。
子供達とシスターを、助けるどころか逃がすことすらできなかった。
できたことといえば、ただ見ているだけ。目の前で灰となって崩れていくものを、ただ某然と。
……憎い。
恨めしい。
……悔しい。
ドロドロと、黒い感情が彼の心を覆い尽くす。
何も出来なかった、無力な自分。そして、全ての元凶である目の前の魔物。
『がああぁぁぁ……』
再び、それは唸り声を挙げなから口を開いた。ビリビリとその声に空気が揺れ、彼の肌を突き刺す。
けれども彼は怯むどころか、妙に……その場に似つかわしくない落ち着いた雰囲気だった。
ゆらり、彼は立ち上がる。
…“力が欲しい”と、彼は心の中で呟いた。
先ほどまでの怯えは消え、あるのはただの復讐を求める心。恐怖の元であった魔物は、怒りと憎しみでそれを越えた今の彼にとっては単なる敵でしかない。
けれども、今の彼にはそれに傷すら負わせることができないのも事実。それを知って…いや、だからこそ。
勝てないのは、分かっている。けれども、それでも…それに一矢報いたい。自分が死ぬのは構わない。ただし、それを道連れにして。
運良く助かった命を危険に晒すなど、人は馬鹿だと言うだろう。ましてや、その強大な魔物を目の前にして、倒す事を考えることなど。…特に彼は、何の訓練もなされていない一般市民なのだから。
はたまた、人は生きることを諦めるだろう。強大過ぎるその力は、足掻く意思を、生きることを諦めさせるには十分なものなのだから。
けれども、彼はそんな気持ちは一切湧いてこない。
彼にとって、大事な家族だった。例え血の繋がった家族でなかったにしても。それを踏みにじった奴が通り過ぎていくことを、ただただ見ているだけなどできなかった。
…もう、後悔はしたくない。
だからこそ、例え結果が同じ“死”でも、彼は諦めたような生気のない瞳を宿していない。
在るのは、街を燃やす焔に負けず劣らずの憎悪の焔。
何が何でも、仇を取って黄泉路についてやる。
そう、彼の瞳が雄弁に語っていた。
…もし。神様がいるというのならば。
「俺に、力をくれ……っ!」