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God knows  作者: 紅亜
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困難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず。

……重苦しい時間が、何分何時間と続いただろうか。

ふいに、彼は顔を上げる。

ドオオン…!と、かすかに遠くから何かの爆発音が聞こえてきたのだ。


彼は慌てて駆け出し、部屋の外へと飛び出す。同じタイミングで、シスターも部屋から飛び出してきていた。


「…シスターは、子供たちを起こして一緒にいてくれ。俺は、外の様子を見てくる…!」


それだけ言い残し、彼は外に飛び出す。


「あっ!ルーク!」


ドオオン…ドオオンと地を這うような低い爆発音が断続的に鳴り続いている。外に出てみれば、むわりとまとわり付くような熱気が押し寄せてきた。

時々パチパチと何かが爆ぜるような音、そして鼻につくような嫌な臭いがする。

闇に包まれる夜空が、地上から上がる紅蓮の炎と相まって不気味な紫色のような色となっていた。


辺りには助けを求める声、そしてそれを押しのけるようにして逃げ惑う人々で混沌と化している。いつもは、陽気で明るくて楽しい街の人達。石造りの美しい街並み。


それらが全て、炎に飲み込まれて行く。


……凄惨にして、悲惨。


唐突に変化したその様は酷く現実味がなく、彼は少しの間ぼんやりとその光景を眺めていた。


とてん、と目の前で母親に連れられて走ってい た子どもが転んだ。無意識のうちに、その子を抱き上げるようにして起こした。


母親は、すいませんと小さな声でまくしたてるように言うと、そのままさっさと去って行く。


それを見て、彼の意識は現実に戻ってきた。


自分も、シスターと子供達を連れて逃げなければ…と。


……そう、思ったその時だった。


『ぐるぅぅぅぅ……がぁぁぁ……!』


ビリビリと大気を揺らすほど大きな鳴き声が、空から降ってきた。驚いてそちらに目を向けて見れば、見たこともない巨大な魔物が“空を覆っている”。

蛇のように長い図体は鱗に覆われ、雲の隙間から顔を覗かせていた。


…間違いなく、その大きさはこの王都を覆い尽くすかのような大きさだ。


それは、叫び声を挙げながら火の玉を噴き出す。その火の玉は辺り一帯を燃やし、風に乗ってその火は広がり、街を燃やす。


そしてその炎が、更なる風を生む。


その負のスパイラルが、街を容赦無く無情に破壊していた。


…たかが、一撃。けれどもその一撃で、魔物はその一帯に壊滅的な被害をもたらしていた。


「何だよ、あれ……」


呆然と彼は呟く。見たこともないほどの大きな魔物。そしてそれが起こす、凄惨な光景。


驚くな、という方が無理な話だ。


それと同時に、ふつふつと彼は行き場のない焦りから怒りを感じていた。帝国軍側が手懐けた、魔物か?王国軍は、何をしているんだ…っ!と。


その魔物が、どんどん北にある王城…つまり、ルーク達の住まう教会の方にも向って来ている。

それに伴い、どんどんあの爆発音が強くなっていた。


「クソっ…あんな魔物から、どうやって逃げろっつうんだ!」


一撃飛ばされれば、それで終わり。そもそも、どこに逃げようが炎に囲まれて終わりだ。


生命の危険に直面して、吐き気が込み上げてきた。死ぬも生きるも、魔物の行動次第。


自分の心臓が握られているような感覚に、ルークの身体は我知らず震えていた。


感じたことのない恐怖に、足が竦む。


…けれども“このままじゃ、教会の皆が危ない……”その一心で、ルークは再び教会に戻る為に足を動かし始めた。


外に出て数分も経っていないのに、炎の熱で身体中から汗を噴き出し、身体のあちこちが煤けているような気がする。


…喉が、乾いた。もうカラカラだ。熱い。


それに、怖い。


死が、形をもって後ろから迫ってくる。恐ろしくて、恐くて、だからこそ喉が乾く。


炎の熱さで、生温かい汗をかく。それとは別に、恐怖で体の内側から冷たい何かがせり上が って冷たい汗をかく。


ああ…まるで、酷い悪夢を見ているようだ。

恐ろしいのに……だからこそ、全てに現実味がない。


数秒が、数分にすら感じる。


『がああぁぁあぁああ……!』


再び、魔物が喚いた。


……やばい、と、冷や汗の量が増えた。


また、あの火を吐くつもりなのか…?


後ろを確認したいが、そんな余裕はどこにもない。


今は、時間との勝負。なるべく早く教会に戻り、皆を連れて逃げなければならない彼にとって、その数秒すら惜しむべきものである。


……ぶわり。


一瞬、周りの空気よりも遥かに熱い塊が横を過ぎ去って行った。


……は?


彼が予感していた通り、魔物が吐いた火の塊が街を襲った。


……それも、教会に直撃して。


真っ赤な、炎。それは、一瞬にして教会を飲み込み燃やし尽くしていた。


ユラユラ。


ゆらゆらと。


赤い焔の中心に、真っ黒な教会のシルエットが映る。


けれども、それもほんの一瞬。次の瞬間には、ボロボロと端からその黒の塊は崩れていった。


彼はその光景を前にして、それでもなお教会に向って走り続ける。


建物は、どうでも良い。


…けれどもあそこには、まだいるのだ。


シスターと子供達が。


……彼の、大切な家族が。


炎に飛び込む勢いで、彼は走り続ける。


必死に、手を伸ばしながら。


無我夢中で、走り続けた。


けれども、ようやく炎に触れるぐらい近づけた……その時だった。


無情にも、黒い教会がボロボロと崩れ落ちていった。


「……嘘、だろう?」


彼の言葉を嘲笑うかのように、それでも教会は崩れ続ける。


そんな目の前の光景を信じられず、彼は炎に向かって手を伸ばした。


ジュ…と肉の焼ける音と共に感じた痛みに、彼は手を引っ込めた。


「……なんでだよ?」


ぺたりと、力を失った彼は重力に従うように、その場にしゃがみ込む。


「……何でだよ……っ!」


その光景を信じることなど到底できない彼は、それを否定する様に叫ぶ。


先ほどまで、笑い合っていたのだ。


皆の誕生日をどう祝うか……曇りない眼をキラキラと輝かせて話して。


シスターも、だ。


さっきは喧嘩のような言い合いになってはしまったものの…確かに、目の前にいて話していたのに。


「何でだよ……っ!」


何故、こんなことになってしまったのか。


少なくとも、こんな死に方をしなければならないようなことなど、何一つしていないハズなのに。


何故、何故、何故……。


彼が自問自答しているその間も、目の前の紅い炎は爆ぜ続ける。


ユラユラと…彼の気持ちを無視して。


全てが灰になろうと、 それでも赤い焔は踊り続ける。




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