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God knows  作者: 紅亜
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明日のことは明日思い煩え

「ええ。私は職業柄、人の話を聞く立場にありますから。それにしても、ヴァンはよほど大きな耳を持っているのですね」


深刻そうなルークとは対象的に、冗談めいた口調で言いつつ、シスターは微笑みを絶やさない。


「冗談言ってる場合じゃないだろ。早く、どこに逃げるか考えないと」


「…。そのことですが、ルーク。貴方は、子供たちを連れて教国にお逃げなさい。話はついています」


ルークは彼女の言葉に驚きを隠せない。


「…驚いた。まさか、シスターが教国にパイプを持っているとは思わなかった」


聖イスト教国。…宗教国家であり、国民総てがイスト教の聖職者で形成された国家。主神・イシュアが降臨されたという場所に建てられた神殿を中心とし、全イスト教信仰者の信仰の拠り所となっている。


その為、この国と事を荒げようとする国家は殆どなく、そうでなくても海を渡らなければならないという地理的要因から最も安全な国だ。


だからこそ、民衆の中で教国への避難を望む者が多い。にも関わらず、イスト教国は難民の受け入れを行っていない。それは、移住希望者が後を絶たず、国内に入り切らないというのも勿論あるが…最大の理由は、“聖なる地を守る為”である。


そもそも宗教国家である彼の国では、その神秘性を保持する為に殆どの地を公開していない。

仮に、聖地に巡礼するだけの場合でも、監視の元、神殿を外からしか眺めることができないのだ。


ましてや移住したいなどと言い出すのならば、イスト教国の中でも高い地位にいる者との繋がりがなければ到底無理だろう。


つまり、国への移住許可をもぎ取れるということは、シスターはそれなりに高い地位を持つ者との繋がりがあるということだ。


更にいえば、国外に出ることが稀な教国の人間と、移住の許可を取るほどに深い繋がりを持てるとしたら…彼の国の出身者か、それこそ他国の王族クラスではいと無理である。


「貴方の考えている通りですよ、ルーク。私は…あの国で生まれ育ちました。そして、あの国より派遣されてこの地にやって参りました」


「へえ…全然知らなかったな」


ルークはグラスをぐいと仰ぐ。中のお酒は一気になくなったそれを、机に置いた。…カタンという音に続いて、中の氷が崩れる音が響く。


「ま…それは、いいとして。なあ、シスター。さっきの言葉…俺の聞き違いだよな?あんたも一緒に逃げるんだよな?」


彼女は、彼の問いに答えず…ただ、目を背けた。


「……どうしてっ!シスター」


けれどもその反応こそが、シスターが何を言いたいのか如実に現れていて…思わずルークは叫ぶように問いただす。


「私は、教国よりこの国のものを護るという役目を与えられて来ました。その役目を放ることはできませんし、認められないでしょう」


「何だよっ、それ…!」


荒ぶる彼の声色は、彼にとって、それだけシスターが大切だということに他ならない。


「あんたは、教国の人間なんだろう?なのに、どうしてあんたがこの国で命を賭けなきゃなんないんだ!」


「ルーク…」


「そんな… 命を賭けてまでやらなきゃならない役目なのかよ?」


「落ち着いて下さい、ルーク」


「これが落ち着いていられるか!」


「お願いですから…」


シスターの諭すような声色に、ルークは顔を顰めながらも息を吐いた。


「私は、その使命に誇りを持っています。ですから、国の命令など関係なしに…私自身が果たしたい役目だと考えています」


ルークは口を挟もうと口を開きかけるが、淡々と話す彼女がそれを許さない。彼女の瞳には、これ以上頑として言葉を曲げないよな意思が写っていた。


「それに、私は守ることは得意なんですよ?ですから、そう心配しないで下さい」


朗らかに笑うシスター。

けれどもその言葉は、彼にとってはどうにも信用できない。

吹けば崩れそうな、か弱く見える彼女。そんな彼女が戦地に残って無事に帰って来れるなどと、誰が想像できるだろうか?


「…。シスターが残るっつうんだったら、俺も残る」


「それはダメです」


「なんでだよ?!」


「貴方は、私に振り回される必要などないのです。ですから、逃げなさい」


「あんただけ、残していけるか!それもこんな…危険な場所に」


「ルークっ……!」


今度は彼女が声を荒げた。聞いたことのないその声色に、彼は口を閉ざす。


「貴方まで残ったら…誰が、子供たちを守るというのですか?誰が、教国まで送り届けるというのですか?」


「けど……」


「私は私の勝手で残るのです。貴方達まで道連れには出来ません。それは私が貴方達が健やかに育つことを…生きることを望んでいるからです」


その言葉は、まるで遺言のようだった。


死に逝く者が、遺す願い言葉…。ルークはシスターのそれに、顔を歪める。


「酷い選択を強いているのは、分かっています」


シスターの気持ちが変わらない現状で、彼に残された選択肢は3つ。


1つは、シスターと共に残って子供たちだけを教国に行かせるという選択。けれども、子供たちが安全に辿り着ける可能性は低い。


1つは、シスターを置いて子供たちと共に教国に行く という選択。子供たちの安全は兎も角、ここに残るシスターの命の保証はない。


そして最後の1つは、シスターと子供たちとこの国に残るという選択。戦場にならなければ良いが、万が一…ここが戦場になったら、皆が死ぬか奴隷としてつかまるか。


どの選択肢も絶望的なものしかない。


「私にも譲れないものがあるのです。ですから、どうかルーク。お願いですから、子供たちを連れて教国に逃げて下さい」


シスターの懇願に、けれどもルークは答えることができなかった。シスターも子供たちもどちらも大切だからこそ…である。


「そんなの……」


「悩む時間はありません。明日の夕方には、最低でも出発しなければ……」


「……くそっ」


ルークは立ち上がる。答えから逃げていると、自分でも分かっていることだったけれども…どうしようもなかった。


正確に言うと…彼女に対して、何も言えなかったのだ。けれども、何が言えただろうか?


覚悟を決めた、彼女。本気で何かを決意をした人に対して、自分の気持ちを押し通そうとすることができるほど子どもではない。けれどもだからといって、彼女の決意に納得ができるほど大人でもない。


結局どっちつかずで、だからこそ…彼女の考えを変えさせることが、できないのだと分かってしまった。


ルークは、そのまま彼女に何も声をかけず部屋を出て行った。今、口を開いたら彼女を責めるような言葉ばかりが出て来てしまうということは、想像に難くない。


ルークはそのまま階段を上がり、自室に入った。居住区の部屋は、リビングを除いて全部で6つ。

シスターとルークはそれぞれ小さめの部屋を一人部屋として、その他の子供たちは2人ずつに別れて部屋が割り当てられている。


ルークの部屋は、階段から向かって1番奥にあった部屋の中には、ベッドと机と小さな箪笥だけが置かれた…質素で殺風景な光景。彼はそのままベッドに腰を降ろした。


「ふー……」


零れ落ちたのは、深い溜息。

彼の雰囲気そのままに、部屋までもが重苦しい雰囲気が漂っている。


「くそっ…!」


ガン、と彼の壁を叩く音が虚しく響いた。


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