明日のことを思い煩うなかれ
ドアを開けると、小さな部屋へと繋がっている。ここは、所謂玄関のようなものだ。そこから、更に奥に入るとダイニング着く。教会の厳かな雰囲気に比べ、ここは柔らかな色の木と白が基調となっている。教会のあの静粛な空気から一転、その柔らかな雰囲気に、ルークはいつもここに着くとホッと息を吐く。
入ってすぐ目につく大きなテーブルを囲む椅子には、既に子供たちが座っていた。
「遅いぞ、ルーク」
「悪かったな」
ルークは空いたテーブルに適当に座った。タイミングよくシスターがキッチンから顔を出し、出来上がった食べ物を運んで来る。
「手伝うか?シスター」
「良いんですよ、ルーク。もうすぐで準備も終わりますし」
その言葉通り、手に持っていた皿をテーブルに置くと、彼女もまた席についた。
「さ…!頂きましょうか」
シスターの声とと共に、全員掌を組んだ。
「「天にましわす、我らが母イシュアよ。我らが血肉をお与えになったこと、その御心に我ら一同感謝致します。頂きます」」
そして祈りを済ますと、全員が手に手にと食事を摂り始めた。子供達は、嬉しそうにプオの実で出来たパイを頬張る。
その様に、ルークもまた満足げに微笑んでいた。
それから食事を終え、ルークは子供らを風呂に入れて寝かしつけた。そこまでしてようやく、彼の自由な時間が訪れる。彼は、ダイニングの椅子に座りながらほっと一息付きついていた。
手にあるのは、酒が入ったグラスと本。
酒は、いつだったか気の良い裕福な男から頂いたもので、本は教会端にある書庫から一冊拝借したものだ。こうして、夜更けに酒を飲みながら本を読むというのが、彼の日課であり、趣味のようなものだった。
ふと、彼は手を休める。
あいつらも大きくなったよな…と、今日の子供達の会話を思い出して。誕生日会の企画も然り。寝かしつけるのに苦労が一段と増したのも、然り。その成長を、彼は心から喜んでいた。
……だから、こそ。
これからどうするのか考えないといけないという陰鬱な気持ちが、舞い戻る。
彼は手元にある本に目をやった。内容は、地理。ここアルケディアの国内地図や歴史が載っていた。それと、彼自身の頭の中にある戦争の情報を合わせていく。
国を越えることは難しいだろうが、せめて襲撃が囁かれている王都は脱出したい。
けれども、その“せめて”の難易度が高かった。
西は、進軍してきた帝都軍と鉢合わせする可能性が高い。北側も、現在帝国と大和国が小競り合いをしているので論外。それを躱すとなると、魔物の出現率が高いところを通らなければならない。となると、東か南になるが……。
王都城壁外で東と南の方面の拡大版地図を眺める。
東は山越えで、子供たちには辛い。それを考えると南だが…雨季の今じゃ、万が一を考えると川の多い道には近づけない。
仮に、ルーク1人ならば東だろうが西だろうが南だろうが……どこにだって出れる。現に、王都に出入りする商人はその道を通ってきているのだ。
しかし、彼が連れていくのは8人の子ども達とシスター。何か事が起こってしまえば、9人を守り切ることは難しい。
当然、道の選択肢は狭められていく。
子供たちでも苦ではない、道。そして、いざという時子供たちを庇いやすい環境。……少しでも、安全なルート。オマケに、滞在する場所も問題だ。思わず、ルークは盛大な溜息を吐いた。
この戦時下で、希望を挙げだしたらキリがないが……それでも、少しでも条件の良いところ探したくなるのは、仕方がない。
あれでもない、これでもないと眺めていると、いつの間にかシスターがリビングに来ていた。
シスターはヴァンの手にある酒を見て僅かに顔を顰める。
「ルーク。毎日飲んでいたら、身体を悪くしますよ?」
「こればっかりは止められねえんだ。見逃してくれ、シスター」
ルークは少しばかりバツの悪い表情を浮かべていたものの、手元の酒は手放さない。シスターはその様に軽くため息を吐いて、彼の真向かいの席に腰を降ろした。
「今日も、お疲れ様。ルーク」
「シスターこそ、ご苦労様」
主に子供たちの面倒を見ているのはルークだが、一家の大黒柱はシスター。彼女はシスターとしての仕事だけではなく、お金のやり繰りに、子供たちの面倒にと忙しい毎日を送っている。
「ふふふ……苦労だなんて思ったことないですよ。うちには頼れる“お兄ちゃん”がいますし」
シスターの言葉に、彼は照れたように顔を背けた。
「……あら?その本……」
途端、ルークの顔色が少し曇る。別に疚しい気持ちはなく、単にいつものように読んでる本の内容についてシスターと話せばいい。
シスターもルークに負けず 劣らずの読書家であり、本の内容についてはほぼ毎晩のように語り合っている。けれども、今はそれとは別に商人から聞いた噂話を話すべきか否か…そのことを彼は迷っていた。
ルークが言葉に詰まる様を見て、けれどもシスターは全て承知というように頷く。
「貴方も、あの噂話を聞いたのですね」
微笑みながら言われたその言葉に、一瞬彼は硬直した。
「…っ!シスターも、知っているのか?」