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さよなら僕のマリッジ・ブルー

作者: 小沢 純

 精神科へ行ったら、すごい美人のカウンセラーさんが・・

 カウンセラーは、色白のちょっとした美人だった。

彼女は初めに、

「カウンセラーの白鳥です」と名乗り、ここでの会話の秘密は厳守

される旨宣言した。彼女は、メモを取るためのボールペンを手にし、

最初になぜ受診したのかの質問から始めた。僕は、いらいらして仕

事に集中できないことと、不眠を訴えた。


「眠れないんですよ。布団に入るんですけれど、寝つけなくて。

眠れても凄い寝汗をかいて目が覚めるんです」

「なにか、思い当たるきっかけはありますか?」

僕は、「そうですね~」と宙を見上げ、

「最近、仕事が少し変ったことくらいですかね」と答えた。

それから僕の趣味、交友関係、恋愛関係、生活のリズム、仕事の内

容、など話は多岐にわたり、僕の話は時としてあちこちに飛躍した。

しかし、脈絡のない僕の話をメモしながらも、彼女は常ににこやか

さを崩さず、

「それは、大変でしたね」と相槌まで打ってくれた。


 職業的カウンセリングテクニックだと分かっていながらも、その優

しさが身に染みた。不眠がこんなに体にこたえるとは思ってもみな

かったからだ。やがて、彼女はファイルを閉じ、美しい瞳で僕を真っ

直ぐに見つめた。それが合図になって快いカウンセリングは終った。

1時間ほどのあいだ、僕は彼女に問われるまま、誘導されるままに

話した。

 ただ、たった一つの事は、注意深く隠した。


 しばし待たされ別の診察室に通された。医師は、カウンセリング

のレポートを手にしていた。やけにふかふかの低めの椅子に座るよ

うに言い、同情するようなにこやかな顔で声をかけてきた。

「どうしましたか?」

僕は型通り、焦燥不安と不眠を訴えた。医師は、カルテに何やら書

き込みながら、

「少し軽い薬を出しましょう」と診察を締めくくった。

僕は礼を言い診察室を出た。カウンセリングの長さに比べて診察は、

あっけなく終わった。そうして僕は計画通り、精神安定剤と睡眠薬

の処方箋を手に入れた。

 カウンセラーにも医師にも、まんまと隠し通せたが、本当は自分

では、この心のもつれの症名も、原因も分かっているつもりだった。


 病院の帰り道、地下鉄のホームのベンチに座って長い間、ぼけっ

としていた。平日の昼間、利用客もほとんどなくがらんとしたホー

ムは、少しほこりっぽくて湿ったコンクリートの匂いがしていた。

病院で話さなかったこと・席次表作成、来賓挨拶の依頼、仲人さん

へのお礼、二次会の手配、新婚旅行、そんなものが僕の中をけだる

く占拠していた。そんな僕の希薄な意識の中で遠くからスキップし

てくる少女が見えた。


 どこかで逢ったことがあるような気がして、近づいてくる少女か

ら、目が離せなくなった。少女は僕の前までスキップしてくると、

突然、僕に話しかけてきた。

「あんた、私のこと変な子だ、って思ったでしょう?」

虚を衝かれて

「え、思ってないよ」と僕は答えた。

「あんた、マリッジ・ブルーね。私、分かるわよ」

それは、図星だった。医者だって騙せたのになぜ?

少女は、僕の正面に立ち、両の手を体の後ろでつないで体を左右に

揺すっていた。僕は、平静を装い尋ねてみた。

「どうして、君にそんなことがわかるんだい?」

「だって、私スキップできるもの」少女は軽くステップしてみせた。

「え?」からかわれているのかなと、僕は思った。

少女は、体を揺らすのをやめて、今度は僕に突きつけるように言った。

「あんた、スキップできないでしょ。だからマリッジ・ブルーなのよ」

その時、入ってきた列車の騒音にかき消されるように少女は消えた。


 スキップだって?僕はベンチから立ち上がり、まわりに人影のな

いことを確かめた。幸い今の列車が出たばかりでホームには僕しか

いない。ちょっとスキップしてみた。そして、思わず笑ってしまっ

た。なぜって、足がもつれてうまくスキップできない。あの少女の

言うとおりだ。

 それから、地下鉄のホームで僕はスキップの練習をした。ホームに

下りてきた人に怪訝な目を向けられたけど、僕は気にしなかった。

大人になりたくなかったのは、アリスだっけ?ピーターパンだった

け?きっと彼らはスキップが上手だったのだろうと思った。


 次の日、仕事を終わり通勤経路からはずれた改札を出て、わざわ

ざ遠まわりだけれど人通りの少ない地下道を選んだ。そして、こち

らに向かってくる人がなくなるタイミングを計って、スキップして

みた。出来は、上々だった。足は、ほとんどもつれない。

「どうだい? 少しは巧くなっただろう?」

僕はちょと得意気に、今は居ないあの少女に語りかけてみた。


 このあと、結婚式の最終打合わせにホテルに行く。昨夜は睡眠薬

のおかげなのか、近ごろになく良く眠れて気分が軽い。そんなこと

も手伝ってか、きっといつか近い日に、心の中で言える気分になっ

てきた。


「さよなら僕のマリッジ・ブルー」と。



結婚しない人増えましたね。

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