第九話 聖王都初心者の心得その三、ビーム掃除中の外出は控えましょう
聖王都で働く冒険者の仕事は、主に二つある。一つは、多くの冒険者が行っている魔物討伐だろう。これは、魔石の回収や素材の回収が狙いである。魔石は魔物によって、大きさや込められる魔力量が違うため、上質な物ほど価値が高まる。簡単に言うと、強敵ほど質の良いものが手に入るということだ。ただ小さい魔石でも、日用品の魔導具製作に使えるため、需要はいつでもあった。
そのため、聖王都では大群で襲ってくる魔物と戦えるように準備をし、質より量で魔石を集めている冒険者がいる。逆に量より質で集めるために、依頼書や情報を集めて討伐に向かう冒険者もいる。これは騎士団や神官の討伐でも同じで、それぞれどちらのスタイルを確立するかが大切とされていた。
魔物が大量に出てくる時は本当に大量に出てくるし、強い個体が出てきた時は本当に手も足も出ない場合があるらしいからだ。聖王都で活動するなら、どちらのスキルを優先的に伸ばすのかが、効率も生死も分ける。これはここに来て、すぐに教えられる基本であった。
「つまり、器用貧乏より、特化型の方が聖王都では特に適していると」
「うん、聖王都はそれぞれの方角で特徴があるからね。ただ大平原なら定期的に討伐隊が組まれるし、僕が掃除をしているから大群には早々ならないし、強い個体が現れたら報告にもあがる。初心者は平原で魔物を討伐するか、パーティーを組んで進むかの二択が主だったと思うよ」
「さらっと言っているけど、討伐隊と同じ成果って…。まぁ俺はソロだったから接近戦も魔法もできるけど、大群相手は厳しそうだな」
広範囲型でパーティーを組んで掃討したり、バランスよく組んで冒険をしたり、依頼書から特定の魔物を討伐するために準備をしたり、やり方は色々だろう。中にはおこぼれ特化型のパーティーとかもあるらしい。国の討伐隊は魔物の数を減らしたり、情報を集めるのが主なので、魔石の回収は二の次なのだ。
そのため、取りこぼされている魔石を回収する冒険者も多い。この方法は少々ズルいかもしれないけれど、安全だし魔石がもったいないのも事実なので暗黙の了解となっていた。おかげで、競争率の高さはすごいようだ。
ちなみにこれらの情報は、冒険者組合の自作パンフレットに載っていたものである。簡単な討伐隊の月のスケジュールが載っていて、さらに施設の利用についてや、提携しているお店の情報とかもあった。なんか無駄に力を入れている獣耳店員紹介欄もあり、特別奉仕デーやコンサートの詳細日時まである。さすがは組合、サービス精神がしっかりしている。
「僕は広範囲型で基本吹っ飛ばしていることが多いかな。あとは大きな魔物と戦う時もある」
「お主はそうじゃろうな…。余は冒険者と同じように、大群と少人数で戦うのはまだ難しそうじゃのう」
「だったら今日は、この前討伐が行われたばかりの西の平原がいいかもしれないね」
一応他国ではソロでも、聖王都ではパーティーを組む人の方が多いらしい。僕も神殿にパーティー申請しているんだけど、「貴方ならまず大丈夫」と遠い目をしながら言われるのだ。これは信頼されているのか、いじわるなのか迷うところだ。
「ふむふむ、なるほどのぉ。それでもう一つの仕事とは?」
「確か採取や伐採だったかな。聖王都の南には樹海があって、そこで薬や道具になる草や樹木がたくさん生えているんだ」
「なるほど」
「あとは、北の山脈では鉱物が取れるから採掘もできるらしい。あの辺りなら友人とよく行っていたから、道案内できると思うけど――」
「き、北へ行くのはやめないか。あそこには、全力を出してもクレーターぐらいしか作れないか弱いドラゴンたちが、健気に肩を寄せ合って生きているのだ。刺激するのは可哀想だと思うぞ!」
「……君たちにとってのか弱いの基準」
僕の隣を歩く冒険者さんがぶつぶつ言いながら、眉間に皺を寄せている。何か従業員さんがめちゃくちゃ必死っぽいので、今日は北以外に行っておけばいいのかな。
「あっ、そうだ。一応神殿が管理している土地が森や山にはあるから、事前に地図で確認しておいて欲しいかな。……そこで採取とかされちゃうと、また僕の仕事が増えるし」
「そこは切実に頼むぞ! 切実に頼むぞぉッ!」
「わかったから、さっきから俺を盾にしながら大声で言わないでくれ。というか俺より大きいから、全然隠れきれていないんだが」
「……色々シュールじゃな」
現在僕たちは、聖王都の街を四人で歩いていた。一緒にいるのは、冒険者組合で仮登録した時に知り合った冒険者さんと従業員さんだ。もともと聖王都登録初心者はパーティーを組まなくちゃ駄目だったし、土地勘がある僕と一緒なら大丈夫だろうと一緒に行くことになったのだ。
「我が、我がいったい何をしたと言うのだ…。なんで我が災厄の監視役に選ばれんといかんのだ……」
「俺の背中で泣くなよ。神官さん一応謝ってくれたし、組合長さんの決定だったんだろう。自分から関わらない方がいい、って忠告をした俺まで巻き込んで」
「道連れは多い方が、被害が分散するかと思って」
「借金ドラゴンの盾役降りてもいいか」
「後生だァー! アレと盾なしで接するなど我には無理だァッーー!!」
僕らより二回りぐらい巨大な従業員さんが、まるで冒険者さんの背後霊のようにくっ付いている。彼と従業員さんは出会って一時間も経っていないらしいけど、随分仲がよさそうだ。
従業員さんが僕たちと一緒に行くことが組合長さんから決定したと同時に、パーティーメンバーを探していたらしい彼を従業員さんが引っ張ってきて推薦してくれたのだ。こちらも探す必要がなくなったし、手間が省けて何よりである。
「……トラウマ竜と一緒で、冒険なんて大丈夫なんだろうか」
「まぁ、伊達に災害級ドラゴンに指定されてはおらぬじゃろう。余とフェイルもおる、安心せい」
「うん、任せてくれ。魔物の数百ぐらい、日常だから」
「数百の中に放り込まれるのが普通だったら、俺と言うより大体の冒険者は死ぬから。君の日常基準が、俺にとって一番怖いんだからなっ」
「……イザベル、何で僕は怒られているんだろう?」
「とりあえず、お主の日常基準に当たり前のようについてこれるのが、小姑と余とエンペラーぐらいなことにいい加減気づいてやれ」
えっ、結構いるじゃん。
「さて、では現在の余らのパーティーの状態を確認しようかの。余は冒険者としては初心者であるが、聖王都の周りや旅についてはそれなりに知っておる。そしてお主は、冒険者歴は長いがここの土地勘がない。そこの竜は、冒険者組合の職員故頼りになりそうじゃが、現在バッドステータスで役立つか不明。そしてフェイルはこの中で一番聖王都に詳しいじゃろうが、こやつの言う通りにしていたらたぶん最後には胃に穴があいているかもしれん」
「なんだこの不安しかないパーティー」
「……攻撃力は安心しかないんじゃがのぉ」
とりあえず話し合った結果、やはり先日討伐が行われた西の平原にみんなで行くことが決定した。何も冒険は今日だけじゃない。そのため採取などは今回行わず、聖王都の魔物の生体を実際に見に行ったり、地形の確認をしに行くことを主な目的としたのだ。
僕はただのお手伝いなので、冒険者としての報酬は出ない。それに一緒にいられるのは休日だけなので、今日僕が伝えられそうなことは伝えておくべきかな。あくまで主役はイザベルと冒険者である彼なので、戦闘も二人が中心に行えるようにした方がよさそうだろう。たくさん来たときだけ、僕はビームを打っておこう。
「そういえば、今更だけど君たちの名前はフェイルとイザベルでいいんだよな?」
「あっ、すまぬ。思えば、自己紹介しておらんかったな。……特に名前がなくても、なんとかなりそうな気がして忘れておった」
「いや、なんで名前を忘れるんだよ。まず絶対にいるものだろう」
「そう言えばそうだったね。冒険者さんと従業員さんで問題なかったからつい」
「神官さんは、ついが多いよ。確かに通じるけどさ…」
別に名前を使っていない訳じゃないんだけどね。本当になんでだろう。
「さ、災厄に我の名前を教えても、呪いとかかけられたりせんだろうか?」
「あなたもなんでそういう発想になる。普通できないだろ」
「えっ、できるけど?」
冒険者さんが従業員さんに後ろから超ガタガタされて、悲鳴が上がった。カブトムシの聖剣ショックで一刺しして、事なきを得た。
「できるかできないかって言われたから、嘘をつくのは駄目だよねって思って」
「間違ってはいないけど、頼むから空気を読んでくれ!? 死ぬかと思ったッ!」
「ドラゴンの鱗をカブトムシに…、カブトムシに……」
「……このメンバー、やはり駄目かもしれん」
それから数分後、なんだかんだで自己紹介をし合い、僕らは西の平原へ向かうことにしたのであった。
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「いい運動になった」
「……それは、よかったです」
何故かつやつやとした表情の魔王様は、なんだか養分を吸い取られたような感じに憔悴している部下を連れて、城の通路を歩いていた。部下としては、自分の主のご機嫌な様子に喜びたい反面、まさかのおぼん訓練のスパルタぶりになんだか泣きたくもあった。おぼんを投げる時のフォームとか知らない。
「うーん、次回は連続投げの訓練でもしていこうか」
「当たり前のように次回があるんですね」
「訓練は毎日の積み重ねが大事だろうが」
「それはそうなんですが、……えぇ、そうですね」
そうして、また一人諦めた。
「それで魔王様、将軍殿とはどのような話し合いをされるのですか?」
「こればっかりは向こうの出方次第だろう。俺は変わらず、人間との戦争の反対を訴え続けるだけだ。……魔族の未来的にもな」
主戦派であった三年前までは、世界や人間や魔族についてすら知ろうとしなかった自分。魔族こそが至上の生き物であり、強さこそが全てだと思っていた時期。それはある意味で、間違ってはいない。魔族の個体値は全種族の中で高く、寿命も長い。魔力を自由自在に操るその姿は、誰からも畏怖されていた。
そういった目に見えるところだけを見ていたから、気づかなかった。魔族の繁殖能力の低さと脳筋さに。五百年前の戦争が終わった後、魔族の数は激減していた。これはまずいと思った当時のお偉いさんが、「だったら増やせばいいじゃない」という理論の下、ベビーブームを推奨させたが結果は雀の涙のようなものであった。現在の魔国に、五百年前ほどの兵力はない。これは、当時の資料と見比べれば一目瞭然だった。
これ以上魔族の数が減ったら、本当に滅びかねない。五百年前から政策として取り入れても、この現状なのだ。あと政策があまり意味をなさなかったのは、魔族故の驕りが原因であることが大きい。自覚していないのだ、主戦派の魔族たちは。種を増やさなければならないと政策で促されるほど、魔族が追い詰められているという現状に。
「そう言ってもあいつら、我ら魔族なら少数精鋭で勝てるだからな。あの脳筋共め、そして三年前の俺も馬鹿野郎……」
「しかし、それも事実です。五百年前のような正面衝突は難しくても、少数で人間の国を奇襲し、魔物を先導して引っ掻き回せば勝率はあるでしょう。現状を理解しながら主戦派にいる方々の考えなら」
「それがまだまだあまいんだよ。人間の国というより、人間の力を嘗めていやがる。俺たち魔族は、この五百年間で確かにまた力をつけた。だけど、人間の国……特に聖王都はこの五百年の間に魔導工学や核の利用、他にも様々な新しい力を身に着けている。魔導汽車を見たか? あんなもの、魔族には作れない。魔族はこの五百年の間に停滞し取り残され、人間は進展しさらに発展した。……五百年前の考え方なままの魔族が、戦えばどうなるか」
一国の王として弱気な発言だと自覚しているが、自国を冷静に分析できなければ先はない。東にある人間の国なら、今の魔国でも落とせるかもしれないだろう。しかし、聖王都は決して落とせない。あそこは、もはや魔境なのだ。あそこに数年いて、慣れはしたが理解できたとは到底思えないほどに混沌とした国なのだ。率直に、藪をつつきたくない。アホとカブトムシとおぼんが飛んで来る。
魔族が人間に劣っているとは思っていないが、それでも今の魔国は戦っている場合ではないと魔王は思った。戦闘以外にやるべきことがありすぎる。まず、魔国の文化レベルが低すぎると考えた。聖王都の食事や便利さに慣れてくると、余計にそう思えてきてしまう。おいしい食事が食べたいと思う気持ちに、人間も魔族もなかった。
「聖王都で買った魔導ポットとか、お茶を飲むのに重宝しているからな。あと、書類仕事の終わりに使うマッサージ器具がないと俺は生きていけない」
「魔王様、それ懐柔されていませんか」
魔王様はそっと目を逸らした。
「……別に俺は、人間と仲良くなれとは言わないさ。人間と魔族が手を取り合って生きるには、色々しがらみが多いからな」
「そうですね。保守派にいる魔族でも、人間に好意的な者は少ないでしょう」
「あぁ、だから俺としては現状維持のままでいいんだよ。これから人間を知り、世界を知って、少しずつ魔国が変わっていけばいい。現在人間と魔族は争っていない。わざわざ敵対関係になってまで、相手を滅ぼし合うことにメリットなんてないだろう」
人間の国と同盟を組み、彼らの技術を魔国に持ち込めることが一番だが、さすがにそこまで求めるのは難しいだろう。それならお互いに不干渉のまま、利用できるところはお互いに利用していけばいい。彼としては、これからも友人と一緒になんでもないようなことを話しながら、気楽に食事が取れればよかった。あとは時々便利そうな魔導具を買って、エンペラーを越えて、自国の発展を目指すのがよさそうだろうと考えていた。
歴代の魔王たちから見たら、なんとも保守的で時間がかかりそうな考え方故、魔王らしくないと言われそうだ。それでも、生まれた瞬間から周りに「邪神様の憑代としての魂を持っている」と言われて、若輩でありながら魔王となった身。正直どうして魔王になれたのか詳しくはわからないが、魔国で一番強い自負はある。脳筋が多い魔族の中で、これ以上の資格はないだろう。
「そういえば、魔王って俺が生まれるまでの五百年間ってどうしていたんだ。俺の前のやつも憑代ってやつだったのか?」
「いえ、魔王様が産まれるまでは魔族の中で強い者や権威がある者などがなっていたようです。彼らは仮の王として、この五百年間魔国を治めておられました」
「仮って…。その邪神の器ってそんなに大事なのかよ」
「もちろんです。その器こそが、魔王の証なのですから」
当たり前のように告げる部下に、魔王は口を閉ざした。勇者になれる者が、聖剣を抜いた者だけという理屈と同じ感じだろう。産まれた時から魔王と言われて舞い上がり、五百年前の魔王に憧れて突っ走っていた自分を思い出す。友人に出会うまでの己は、本当に何も知らなかった。知らないことを疑問にも思わなかった。自国の歴史すら、こんなにも情けないのだから。
人間が勇者や神を崇めるように、魔族は邪神信仰の強い者が多い。邪神様への信仰心とか全く持っていないのに、その存在が自分を魔王へと押し上げた。なんとも皮肉なものだと思う。さらに、自分自身に自嘲を浮かべながら、同時に納得もした。
「器だから魔王か…。なら、俺自身がまだ魔族たちに認められている訳じゃないってことだな」
「魔王様?」
「なんでもねぇよ。……ただの器の魔王ではなく、魔王ディアードとして頑張らねぇといけないなと思っただけだ」
ガシガシと銀の髪を手で掻くと、小さく笑いながら肩を竦めた。世界平和も、王としても、まだまだ先は長い。それでも、一歩ずつ進んでいくしかない。
だからこそ、まずは将軍と話し合い、魔国としてまとまっていく必要があった。
「……それで。これが俺自身の考えなんだが、それでも将軍としては主戦派として人間と戦いたいと思っているのか?」
「ふん、当然でありましょう」
「――ッ!」
将軍が控えている広間に向かっていた彼が足を止め、通路の柱へ視線を注いだ瞬間、褐色肌の武人が現れた。憮然とした表情でありながら、どこか面白そうに口角をあげている男は、自身の主の前でありながら、堂々と前へ進み出た。
「将軍殿、何故ここに?」
「部下の一人として、王を迎えに来たまでよ。何か不都合はあるか?」
「王の話を盗み聞くようなまねをしておきながら、何を言ってっ……!」
「私の存在に気づかなかった、貴様が未熟なだけだ。少なくとも王は、私の存在に気づいていただろうよ」
将軍からの言葉に、無言の肯定を返した主はそっと溜息を吐いた。こういう挑発的な言い方は感心しないが、部下が自国だからと気を抜いていたのは事実である。それに悔しそうに拳を握りしめている部下は、すぐに自身を落ち着かせようと息を吐き、いつでも動けるように魔王の隣に佇む。それに将軍は、少し感心したように笑ってみせた。
「それで、我らが王よ。魔族を一同に集められるようですが、何をされるおつもりですかな?」
「……魔王として、国の方針を示すのは当然だろう。王が保守派であるのに、未だに人間と争おうとしている魔族がいるからな。王として、しっかり話をしておくべきだ」
「それは、嘆かわしい限りですなぁ。三年前に人間たちを滅ぼすと宣言していた我らが王はどこへ行ったのやら。あの勇ましく、高笑いしながら話していた演説など今でも覚えておりますぞ。確か、『聞け、魔族たちよ! 我ら魔族こそが最強の存在であることを、この世界にいる者どもに知らしめなければならない。この世界を我らのものにするために、今こそ――」
魔王様は、無詠唱高位魔法で将軍を即行で吹っ飛ばした。
「魔王様っ! 話し合いは!?」
「先に(精神)攻撃を仕掛けてきたのはやつだ」
「言いながら、二発目発射準備はお待ちください! 将軍より城の壁が、というより城自体がッーー!!」
突然の地響きに衛兵があわあわいっぱいやって来たが、部下の咄嗟の機転で、魔王様のおちゃめなご乱心ということでとりあえず収まった。
「それで納得される魔王の俺って……」
「この私が反応できなかったとは、さすがは魔王さ――ゲホッ、ゴボォッ!」
対峙して数分で、両者甚大なダメージを受けるのであった。
「お二人方とも、飲み物をお持ちしました。これで一度、色々仕切り直しましょう」
「あ、あぁ、そうだな。……あと、どこから飲み物とおぼんを出したんだ」
「魔王様の命令で、召喚魔法として契約したので」
「ふっ、さすがは俺の右腕。完璧な召喚だ」
「はい、魔王様。ありがとうございます」
そんな美しき主従の様子を、将軍は何も見なかったことにして、テイクツーに入ることにした。
「ごほんっ、とりあえずまずは魔王様が言っていた通り、話し合いから入りましょうか。早速本題に入らせていただきますが、よろしいですかな?」
「俺も腹の探り合いで時間を潰すのは遠慮したい。話が進むのなら、それに越したことはないな」
先ほどまでのことはお互いになかったことにして、もともと話し合うために用意していた部屋の椅子に腰かける。王と将軍の話ということで、部下は口を閉じ、部屋の入り口の前に立った。そうして用意された場に来て、改めて魔王様は目の前の将軍を赤い瞳で見据えながら、先の内容をシミュレートしていく。そして結論として、将軍に魔王である自身を止める力がないのは確実だろうと思った。
それなのに、何故これほどまで余裕がありそうな態度なのかが気にかかる。戦力差は先ほどの攻防でわかったが、彼の力で自分を動かすことはできない。仲間や罠の危険性も考えたが、それもないようだ。ならば考えられる相手の手札は、本当に交渉ということになる。
話し合いだけで、保守派である魔王を、主戦派に引き戻すような方法などあるのだろうか。こちらとしては、あの友人は心配する必要がないし、守るべき相手すらいない独り身の寂しい魔王である。自分で考えてダメージを受けながら、相手の話の続きを促した。
「私が主戦派に属しているのは、私自身が純粋に闘争を望んでいるからです。魔族として生まれ、力を付けたのに、それを発揮できる場がない。それをずっと遺憾に感じていたのです」
「だから戦争をして、力を示したいってか?」
「それだけではありません。邪神様の対となる神を信仰する者たちを滅ぼすことこそが、我ら魔族の使命。その使命通りに働くことに、いったい何の間違いがありましょう」
「魔族の使命ね…。あいつの言う通り、宗教戦争ほどきな臭くて面倒なものはないってことか」
さすがに後半は小声で呟いたが、正直面倒な確執すぎると感じた。自身の信仰心の低さに呆れるべきなのかもしれないが、本当にどうでもいいと思ってしまう。ただそれを口にしたら、信仰の深い他の魔族を敵に回してしまうかもしれないので気を付けるべきだろう。
将軍が敬虔な信徒などと聞いたことがない。つまり魔族の使命はただの口実であろうが、はっきり言ってやっかいだと思った。しかし、それならこちらは現魔国の状態から話を切り出すしかないだろう。一国の王として、堂々と伝えればいい。
「将軍の言う魔族の使命だが、それも魔族がいてこそだろう。このまま人間の国に攻め込めば、こちらが滅ぼされる可能性だってある。戦争を必ずしなければならない理由はなく、こちらが滅びる可能性があるというのに、攻め込むなど出来る訳がない。戦争をするだけの戦力は、俺たちにはないんだ。そんなこと、将軍であるお前ならわかっているはずだろう」
「……ふむ」
「戦いが望みなら、俺も色々考えよう。使命と命なら、俺は魔王として命を尊重させてもらうだけだ」
「なるほど。貴方様との話し合いでは、やはり平行線にしかならないということですな」
魔王からの言葉は予想通りだったのか、わかっていたように彼はにやりと笑みを浮かべる。ここまでくれば、さすがに将軍の態度がおかしいことがわかる。彼からは、こちらを説得しようとする気持ちが感じられない。さらに、こちらを攻撃する意思も感じられないのだ。
こちら側の警戒は、ただの杞憂だったのか。部下からよからぬ気配があると聞いていたが、何も策はないということだろうか。思考に潜る魔王を見据えながら、将軍は楽しそうに声に出して笑ってみせた。
「……それ故に、貴方様ではなく、別の方向から仕掛けさせてもらいました。私の役目は、貴方とこうして話をして、時間を稼ぐことですからな」
「なんだと?」
「戦争を起こすなど、簡単なことなのですよ。貴方がこの国を守るために、人間と戦えないという思いは間違っていません。私もそう言われては、国を守る将軍として動くことはできない。……ならば、魔族以外を動かせばいい。魔王として国を守ると言うのなら、国を攻めてきた相手から自国を守るために戦うのは当然でしょうからな」
「将軍殿、何を言って?」
困惑を浮かべる部下と同じ思いだが、相手がもう何かを仕掛けてきているのは確実だった。それも緊急を要する内容で。彼の目的は、魔王である己を足止めすること。つまり狙いは別にあるということだ。魔族以外を動かすという言葉と、自国を防衛することの義務。
戦争は自分だけではできない。そこには必ず相手がいる。ならば、魔国を攻めてくる相手とはつまり――。そこまで考えて、彼は思い当たった結論に目を見開き、思わず椅子から立ち上がった。
「ま、魔王様?」
「将軍、貴様ッ……! 俺の許可なく人間の国を攻撃するつもりかァッ!?」
「なっ、それは!?」
魔王の言葉に、将軍はさらに笑みを深めたことでその答えが出た。無理やり戦争を引き起こすには、どうすればよいか。簡単だ、一度拳を振り上げればいい。三年前に一度、戦争を起こそうと単独で聖王都へ向かった彼だからこそ気づいた。振り上げられた拳に、相手がただ受けるだけな訳がない。振り上げられた分だけ、相手も拳を振り上げてくるだろう。
そして、それが繰り返され続け、最後には泥沼となっていく。いくら魔王として戦争に反対しても、襲いくる人間たちがいる限り、いずれ自国を守るために手を出すしかない。友人と敵対することになったとしても、生まれ故郷である魔国や同じ魔族を滅ぼさせることだけは、魔王としてできないとわかったからだ。
「くくくっ、さすがですね。えぇ、そうです。すでに我が軍と魔物が、人間の国に到達している頃です。そしてそこで、魔族の恐怖を愚かな人間たちに思い知らせて来いと命令しています。伝説となっていた魔族の存在を知った人間たちは、間違いなく混乱するでしょう。そこから、五百年前の血で血を洗う戦いが再び始まる。……その時こそ、我ら魔族と、そして魔王様の強大な力がこの世界を包み込むことになるのですッ!」
「な、なんてことを…。貴方は自分が何をしているのかわかっているのですか。これは魔王様を裏切る行為と同じ、極刑ものですよ!?」
「えぇ、そうでしょうな。しかし、一度戦争が始まれば、将軍である私を殺すことのデメリットがわかるはず。私が望むのは戦いだ。襲いくる人間たちから、この命に代えても魔国を守り抜こう。魔族の勝利と、世界の覇権を手に入れてみせましょうぞッ!」
「将軍ッ、貴方はそこまで……!」
主戦派の妄執がこれほどまで根深かったことを、見抜くことができなかった。まさかこんなにも強引な方法を取って来るとは思っていなかったのだ。ただただ考えが甘かったとしか言えない己に、歯噛みする。それでも、まだ間に合うかもしれない。彼らが向かう場所は、おそらく聖王都だろう。あそこなら、転移で行けるはずだと思考を切り替えた。
「魔王様、貴方が転移魔法を使うには、魔力を練るために集中しなければならない。私の役目は、それを阻止すること。貴方に勝つことはできなくても、時間を稼ぐように負けぬ戦い方ならできるでしょう」
「さすがは俺の足止め役ってことか。だが、貴様の思い通りにはさせんっ!」
手加減や、遠慮をしている時間はなかった。このままでは、聖王都に魔族と魔物が攻め入り、人間たちを襲い出す。そしてそうなれば、人間たちは防衛に力を注ぎ、反撃をしてくる。そこには当然、友人である彼がいる。聖王都の危機に、必ず彼は力を発揮するだろう。普段は勇者らしくないくせに、根っこは間違いなく勇者だからだ。
将軍が空間を歪ませ、そこから戦斧を取り出すと同時に、入り口にいた部下も自身の武器を取り出し前に進み出る。急ぐ必要はあるが、焦りは禁物。魔王も魔法陣を発動させ、障害を排除するために準備をした。まさに一触即発な空気が漂う魔王城の一室。高まった魔力の波動が、嵐のように渦巻いた。
そして、ついに激突する直前――、「ポンッ」と魔王様の頭にお馴染みの音声が響き渡った。
『あっ、友人。今忙しいだろうか。ちょっと相談したいことがあるんだけど――』
ガンッ! と超真面目な表情をしていた魔王様がいきなりつんのめいた。
「ま、魔王様?」
「な、なんでもない。おい、将軍。ちょっと作戦タイムをしていいか」
「えっ? ……はぁ、私は時間を稼ぐことが目的ですので構いませんが」
「おし、ちょっと待ってろ。お前はこいつが変なことをしないように見張ってろよ」
「わ、わかりました」
溜めていた魔力を散らし、部屋の隅の方へ移動する魔王様。無言でそんな主のいきなりの奇行を見つめる部下と将軍。どうすればいいのかわからない。とりあえず、魔王様の言うとおり律義に二人は睨みあっておいた。
『こんにちは、友人。神託越しで悪いけど、相談ってできる?』
『忙しいと言えば、ある意味忙しいが、よくこのタイミングで連絡を入れた! 聖王都は無事なのか!? お前が悠長に連絡を入れているってことは、まだやつらは来ていないってことか!?』
『どうしたんだ友人、そんなに焦って。聖王都が無事かってどういうことだ。僕は今イザベルと冒険者さんの付添いで外に出ているから、聖王都のことはよくわからないのだけど…』
『なんだとっ……! だったらまずい。おい緊急事態だから、よく聞け。今聖王都に、魔物と魔族の軍勢が向かっているんだ!』
『うん、知ってる』
ゴンッ! と魔王様の頭が壁にぶつかった。睨みあっている二人の頬に、一筋の汗が流れた。
『……おい、何で知っているんだよ』
『えっ、そのことで相談しようと思っていたから』
『えっ、まさかの交戦前か。それとも交戦中か?』
『ううん、殲滅後』
『殲滅後ッ!? えっ、ちょっと待てっ!』
ガタガタッ! ともはや隠そうともしない挙動不審な魔王様の様子に、こちらもどうしようかと挙動不審が広がる。お前声をかけろよ、と将軍が目配せをするが、部下は首を全力で横に振って拒否。こちらは別の戦いが行われていた。
『……よし、わかった。俺が落ち着く。確か今日は、冒険者組合にカブトムシを連れて行ったんだよな。外にいるってことは、組合に登録できたってことなのか?』
『うん、イザベルと他国の冒険者の人とドラゴンの従業員さんを連れて、冒険をすることにしたんだ』
『当たり前のように、ドラゴンがパーティーにいることへの説明はなしか』
元凶の一人の中の、組合の混沌レベルがかなり上がった。
『それで、聖王都の傍より、せっかくだからちょっと遠い所まで行ってみようって話になったんだよね。そこでドラゴンに戻った従業員さんの背中に乗って、西の平原を渡っていたら黒い軍勢をいっぱい見つけたんだ』
『……お前、俺の時といい、なんか魔族探知機でもついているのか?』
『そんなのないけど』
『真顔で返すなよ』
とんでもない遭遇率なのは、間違いないだろう。これが勇者補正なのかは、わからなかった。
『それで、お前は軍勢を見つけて……』
『上空から、いつものやつだと思ってビームをぶっぱ。その後下に降りたら、魔物だけじゃなくて魔族もこんがり焼けていてびっくり。一応生きているけど、これって国際問題とかにならないだろうか。もしかして、友人の知り合いが遊びに来ただけかもしれないし、正直すごく困っている。どうしたらいい、友人?』
『……予想外すぎて、むしろ俺がどうしたらいいんだろう』
さっきまでの緊迫した空気が、一気に吹っ飛んだ。何もかも吹っ飛び過ぎて、思考が追いつかない。聖王都の危機を知って数分後に、まさかのあっさりな危機脱出報告である。しかもこちらは元凶の将軍と対峙中だ。この後、どんな顔をしたらいいのか本気でわからない。
『魔族たちは後でこっちで回収するから、ちょっと待っていてもらってもいいか』
『僕は構わないけど、友人は仕事とか大丈夫か? この人たち、なんで聖王都に来たのかわからないままだけど』
『仕事の一環でいくから問題ない。本当に問題になる前に終わってしまったしな』
『そうなのか、それじゃあ、一応魔族の人を神力の鎖で縛って待っておくよ。どれぐらいで友人は来れそう?』
『仕返しプラス、やつのメンタルをバキバキに折って盛大に八つ当たりしたら、すぐに向かう』
『友人、言動がまるで魔王みたいだぞ』
将軍が魔王の知らぬ間に聖王都を攻め、そして将軍が知らない間に勇者が聖王都を守り抜いた。魔王様、何もしていない。普通に振り回されただけで終わった。なんだこの無駄な疲労感。壁に手をついて、長い溜息を吐いた。深い深い溜息だった。
「……ちょっと疲れたから、お茶を飲んでから嫌がらせ込みでボコボコにする作戦でいいか?」
「それ作戦ですか!?」
「ま、魔王様。そのような悠長なことを言っていていいのですかな? このままでは戦争が始まりますよ」
「あぁ、うん。お前今回の作戦のために頑張っていたんだよな、なんかドンマイ」
「作戦タイムの間に、そんな哀れな目で労わられるようなことを何かしましたか!?」
今回のことでわかったことは、聖王都は魔族にとって鬼門らしいことであった。それから魔王様は、言葉通り将軍に八つ当たりと仕返しとおぼん訓練の的にしたりして、のんびりと魔族の回収に向かったのであった。