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第八話 聖王都初心者の心得その二、習うより諦めろ

簡略あらすじ

 念願のカブトムシを手に入れた主人公は、彼女たっての願いから就職先を探すことになった。その相談で友人は、必殺技おぼんに決意を新たにしながら、冒険者組合を生贄にさし出すことで解決への糸口を示す。そんな冒険者組合(被害者)から始まるお話。




「聖王都では、登録したては一人での活動が禁じられているのか?」

「はい、そうなっております。聖王都の冒険者組合は、他国と違った独自のルールがございます。また魔物の数も多く、こちらとしても聖王都初登録の方はまずパーティーを組み、実力が認められ次第ソロの活動が認められているのです」

「他国での活動と同じ感覚でやって、ルール違反や死亡する聖王都新人を出さないためだ。兄さんの今までの記録を見れば優秀なのはわかるが、聖王都周辺では何が起こるかわからないからな。初登録用パーティーの紹介なら、紹介料を払えば専門を出そう」

「……少し考えさせてほしい」

「あぁ、他にパーティーのあてが見つかるかもしれないからな。ただ聖王都をあまり知らない相手と組むのはやめた方がいいだろう。ここの上の階は魔石や素材の売買や依頼、冒険者同士の交流の場にもなっている。色々話でも聞いておくといい」


 他国からの冒険者への対応に慣れているのか、登録用の書類と諸注意を二人一組で対応していく。年配の男性からの説明に、少し不満そうにしながらも青年は小さく頷いた。今まで冒険者としてそれなりに実力を示してきた自負がある。しかし、ここではまるで初心者扱いだ。それに眉を顰めるが、それがルールだというのなら従うしかない。


 聖王都登録用に新しくなった冒険者カードを受付嬢から受け取り、登録窓口で説明を受けていた青年は踵を返す。横との繋がりが組合は強く、そのため他国でも魔導具や魔導工学は冒険者の中では必需品の一つだ。冒険者カードの仕組みは今までと変わらないようなので、そこは安堵に息を溢す。それでも見たことのない道具が当たり前のようにあるこの国は、確かに情報不足のままでいるのはまずいかもしれない。青年はもらった助言の通り、組合の二階に足を踏みいれた。


 冒険者組合の二階は、受付の一階よりもどこか活気があった。パーティーで話し合いをしていたり、軽食を食べるスペースがあるため談笑も聞こえる。素材や魔石の売買の店は大きめに作られており、多くの人が集まっていた。冒険の依頼スペースはさらに上の三階にあるらしく、そこも二階と変わらず人が多そうであった。


 何よりも驚いたのは、冒険者たちの態度だろう。顔つきや身体はまさに戦士であり、荒そうな者もいるのだが、全員がきちんと列に並び、行儀よく食事を食べていることだ。壁や床も綺麗に掃除されている。他国の組合では冒険者同士で乱闘や小競り合いが起こったりして、壁に修繕の痕などを見たりするのだが、ここではそんな様子が見られない。慣れない空気に、なんだか肩を凝りそうだと嘆息した。


「さすがは聖王都か…。ここまで大きな組合は初めてだ」


 聖王都の噂は聞いていたが、これほど人が集まっているとは思っていなかった。青年はとりあえず見学をしてみようと組合の店の中に入り、商品を見て歩いて行く。どうやら武器類はないようだが、冒険の必需品である道具や医療具、何かしらの魔導具が置かれていた。使い方がわからないものも多く、確かに受付にいた男の言うとおり、話を聞くのが一番かと思い至った。


「困りごとか。見たところ他国からの人間のようだが」

「えっ、あぁ。今日魔導汽車に乗って、入国したんだ」

「そうか、まだここで働き始めて一月ほどだが、ある程度なら道具の説明などをしよう」

「本当か、それは助か――」


 隣から声をかけられ、青年は内心ホッとしながら言葉を交わした。組合の従業員らしいエプロンが見えたので、ここの人間だろう。初めての場所で初対面の相手ばかり故、多少緊張していたのだが助かった。


 そう思いながら、商品から顔を上げる。そして、振り返った先にいたのは、自分よりも二回りぐらいの巨体を持った体躯に、鱗の見える腕、顔に至っては鋭い眼光にまんまドラゴンそのものの――大変心臓に悪そうな見た目の人物が、そこに堂々と立っていたのであった。


「竜人間ッ!?」

「……なにぶん人間に化けるなどしたことがなくてな。ようやく二足歩行で人間サイズにまでなれたが、顔はまだ変化が難しいのだ。だから慣れろ」

「こ、こっちが配慮するのか」


 思わず頬が引きつった。青年の叫び声に何人かがこっちを向いたが、竜人間かとわかったらすぐに逸らされた。えっ、これ聖王都の日常風景になっているの? サッと視線を周りに向けると、ちらほら竜人間が普通に従業員をしていた。猫耳の従業員とかなら他国でも見てきたが、こんな厳ついのが横行しているのが聖王都らしい。


「ちなみに、ここに来た初めての人間には言っているが、もし我らが働く組合で騒ぎを起こしてみろ。……我ら北の竜王である、魔竜族全員が相手になると思うがいいっ!」

「魔竜族って確か、軍隊レベルで対処しないといけない災害級のドラゴンじゃなかったか!?」

「ふっ、その中で我は魔竜族の長ぞ。いいか、人間。我らの借金返済のため、行儀よく組合を利用して修繕費などの無駄金を使わせず、しっかり身を守るためのアイテムを買い揃え、無事に帰ってきてまた金を使うことが貴様ら人間の使命だ。よいなッ!」

「はっ、いや、えぇー…。言っていることはある意味間違ってはいないが、何だこれ。どこから言い返せばいいのかわからない……」


 ここ一ヶ月で見慣れてしまった、聖王都初心者への洗礼(激励)であった。




「これは聖王都周辺での冒険の必需品である魔導具だ。組合から知らせが入ったり、緊急事態が起こった時、この魔石からメッセージが届くようになっている」

「なるほど、ちなみにどんなメッセージが?」

「例えば緊急依頼であったり、魔物の軍勢が近づいていることを知らせたり、平原の異常気象を観測してくれたり、神官が掃除をしているから逃げろだったり様々だな」

「最後だけおかしくないか」


 結局、竜顔の従業員に店の商品の説明を受けることになった。聖王都で活動するならと選んでくれたものは初見の物が多く、使い方を聞きながらメモしていく。時々意味不明な単語が紛れてくるが、当たり前のように説明されるので、まるで自分がおかしいような感覚になってきた。


 神官の人が掃除をしていたら、挨拶をしたり、お礼を言うのが普通ではないのだろうか。災害レベルのドラゴンであるが、現在は従業員と客という立場なので畏まる必要はないと言われ、普段通りの会話をさせてもらっている。本来は馴れ馴れしく話すことに躊躇するのだが、なんかもういっぱいいっぱいすぎて気が回らないので色々諦めたのだ。


「真面目に聞け。どれも冒険をするためや、生き残るために必要な情報ばかりだぞ。命を落としたくないのなら、情報をしっかり把握しておかねばならぬからな。我もこの魔導具を肌身離さず持っている」

「真面目…、俺真面目に話を聞いているよな? その……、神官が掃除をし出したら逃げないといけないのか?」

「何を捨ててでも逃げろ。実際に経験した者の言葉は重いと思え」

「経験したのかよ」


 とりあえず一応メモしておくか、と字を書こうとして、ふと下の階がなにやらざわついていることに気づく。目の前の竜人間もそれをわかっているのか、ギラギラとした目を訝しそうに細めた。トラブルだろうかと思ったが、こんな厳ついのがいる組合で変なことをするやつはいないだろうと思い直した。



「しかし、喧嘩か何かか?」

「……いや、どうやら冒険者の登録に来た者の対応で少々もめているらしい」


 さすがは人外のようで、下の階のトラブルが聞こえているようだ。怖い顔が時間が経つにつれ、さらに皺が刻まれていく様子に、クレーマーか何か来たのかもしれない。この組合で文句が言えるなんて、自分と同じ聖王都初心者かもしれないと考えた。


「ちなみに何をもめているんだ。登録のもめ事だから、お偉いさんのわがままとか種族的ないざこざとかか?」

「ほぉ、なかなか勘がいいな。組合の長がわざわざ対応していることから、おそらく組合が逆らいづらい権力か何かを持った相手が、どうやら種族的な問題で話し合っているようだ」

「これでも冒険者組合に加入して何年も経つ。しかし憶測が全て正解とは、聖王都の組合も他国の組合と同じような対応もあるんだな。ちょっと安心した」


 聖王都の組合に来て未知の体験ばかり経験していたので、今までにもあった光景が見れたことに青年は小さく笑った。


「ちなみに、カブトムシを冒険者にすることができるか否かで話し合っているらしい」

「前言撤回する」


 聖王都と他国は決して相容れない、と心の底から思った。


「カブトムシって冒険でき…、というか就職して、いやそれよりも種族以前の問題すぎないか」

「何々……、ほぉ。なんでもそのカブトムシ、魔物相手に無双できる力があり、しゃべれる知識虫であり、そして神力の使い手らしく回復もお手のもののようだ。真実なら、かなりの実力虫だな」

「じ、実力虫…。話せるのに、まんま虫なのか。それだけ実力がある虫なら、人化とかできないのだろうか。そうしたら、俺の頭の中も受け入れられるように努力できそうな気がする」


 組合は人間以外の種族を受け入れ、そして勢力を広げている。そのため、冒険者である青年は他種族と関わりを何度か持ったことがあった。動物の耳や尻尾が生えた種族や、毛むくじゃらの小型の種族、角が生えた大柄の種族、リザードマンや竜顔従業員のような見た目が人間とかけ離れた種族だっていた。時には、獣そのものの姿の相手もいる。好くにしても、嫌うにしても、彼らを同僚として一つの存在であると認めることはできていたのだ。


 しかし、さすがにカブトムシというか、虫そのものは初体験過ぎた。組合は他種族を受け入れる傾向にあるようだが、それにしても限度はきっとある。あるはずだと信じたい。恐ろしいカルチャーショックに、ちょっと頭痛がした。



「そういえば、何で魔竜族は組合で働いているんだ? 人型を取ったこともなかったって言っていたし」


 カブトムシが働きに来た、という話からずっと疑問に思っていた内容が口から出る。借金返済と先ほど告げていたが、北の山脈地帯で暮らしているらしい彼らが、わざわざ人間の国で借金をするような事態に陥ることが想像つかなかったのだ。


 聖王都から北には、山々が広がっており、そこには多種多様な竜族が住む。そのため昔聞いた話では、竜の山ではいつも竜同士で戦いを繰り広げているらしい。そこに人間が介入するなど、自殺行為でしかないのだ。いつの世でも、ドラゴンは人間にとって脅威である認識は強い。


 聖王都周辺でもトップクラスの危険地帯のため、名のある冒険者でも早々近づきはしない場所とされていた。竜が多い山であるため、他種族もあまりいない。竜同士で縄張り争いをしあい、時に人間を襲うこともあった。気まぐれな暴君として名を馳せていたはずの彼らだが、一応ここ数年は大人しいらしい。しかし、竜が人の国で働く現状には驚いてはいたのだ。


 そう思って何気なく質問した言葉に、魔竜族の長は突如フリーズ。続いて、ガタガタ震えだした。


「……思い出すのも、恐ろしい。三年ほど前、いきなり現れた災厄共が突然戦い出して、竜の山の一部が消し飛んでから、我ら竜族は縄張り争いなどする余裕がなくなった。とにかく、あの災厄共の目に入らぬようにして過ごしていたのだ」

「さ、災厄?」

「北の山脈で、何の脈絡もなく、三日三晩戦闘し出した者たちのことだ。当然我ら竜族の地でのこと。山に住む竜全員でその無礼者共を始末しようと囲い、戦闘の横やりをした。……その結果、やつらの戦闘の余波だけで全竜が撃沈した」

「えっ」

「それからも何度か災厄共が現れ、北の山で戦闘をし、竜が巻き込まれてボロボロにされる事態が続いていた。そして二年ほど前から理由はわからないが、そいつらは戦闘を行うことがなくなり、ようやく我らに平和が訪れたのだ。もうあの極太ビームや魔法砲撃の流れ弾に怯える日々がなくなり、我ら竜族は歓喜し、同盟を組んだ。もしあの災厄共が再び現れたら、その時はみんなで協力して助け合おうとな」


 竜としての暴君のプライドは、あの三年前の戦闘で粉々に砕かれた。何百年もいがみ合い続けていたドラゴンたちだったが、何で同族同士で争う必要があるのだとやばすぎる人災に即行手を組んだのだ。図らずも、そのおかげで北の山脈は平穏となったのだから、竜にトラウマができたこと以外は、人間も竜も平和になったのであった。


 災厄の正体は遠目からであったことと、姿を見た瞬間にはボロ雑巾にされていることが大半であったため、あまりよく知られていない。誰もアレに近づいて、トラウマなど持ちたくない。そんな竜全体の考えが、一ヶ月前に魔竜族壊滅事件を引き起こしてしまったのだった。


 竜たちは災厄に吹っ飛ばされたことはあったが、彼らに復讐しようとは考えなかった。もちろん最初はあったが、数ヶ月経てば相手の理不尽さに気づく。関わった方が確実にやばい、と野生の本能が直感した。何より、彼らの戦闘の余波で迷惑を被ったことはあれど、彼らが故意に竜たちに迷惑をかけている訳ではないのはわかっていたからだ。悪意なく、極太ビームで流れ弾を作り出す迷惑すぎる相手だが、竜に興味がないようだったので、もう天変地異のような認識であった。


 だからこそ、その二人が和解して協力し、しかも目的を持って竜族に接触してくるなど考えてもいなかったのだ。



「一ヶ月前に二人組が、我ら魔竜族の巣に突撃してきてな…。思えば、長として愚かであった。極太ビームや魔法の雨嵐を見て、すぐに災厄と気づいて一族を連れて逃げればよかった。最上級魔法連発してくる鬼にボコボコにされるは、一族みんな叩き潰されるは、気づいたらこの冒険者組合のお土産にされているはで、……我らがいったい何をしたァッ!?」

「お、お土産って、魔竜族が?」

「そうだ、力も封じられ、さらにあの災厄の本拠地で暴れるなど死も同然。我らは助命を組合に懇願し、お土産にされた一族の数分の価値の借金をすることになった。組合長もさすがに魔竜族をお土産に持ってくるとは思っておらず、北の竜族との梯としての契約を含め、働かせてもらえるようになったのだ」


 ちなみに、組合からこのような対応をされた一番の理由は、同情であった。アレに巻き込まれたのなら、仕方がない。組合長と竜の長は自棄酒と薬を飲みながら、共通の話題で心を通わせたのだ。人間と暴君とされる竜の、初めてのコンタクト。それから数年後、竜族が人間と共存する平和のきっかけになったりしたらしいが、それは今は関係ないので置いておこう。


「我らはこの組合に感謝をしている。どんな理由であれ、我らはあの災厄共に負けた。死していたとしてもおかしくはない。故に、借金で百年ぐらいは働かなければならないが、竜の長として恩義は果たさなければならぬ」

「同情はしても、お金には妥協がない。さすが聖王都の組合、強かだ…」


 実際、魔竜族の素材は高値で売れるだろうから、それ相応の価値の働きとなると大変だろう。竜同盟のおかげで他の竜種の協力も得ているらしく、牙や爪や鱗などの提供をしているようだ。竜を使った装備だから、需要は高い。組合としても、悪くない条件だったのだろう。


「働く経緯はわかったが、その竜の災厄だったか? そんなすごいのが聖王都にいるなんて初めて聞いたな」

「組合でも神殿の上層部の頭を後退させているとは噂で聞いていたようだが、普段はただの神官らしいからな。……だからこそ、いざ動き出した時の被害はとんでもないみたいだ。我の時もそうだったが、仕事としてやっていること自体は間違っていないのだ。だが、こう…、わかっていても色々納得するには、気持ち的に色々となぁっ……!」

「そ、そうか」


 とりあえずわかったことは、この国では『神官=災厄』らしいことであった。一部以外、ひどい風評被害である。神官ともめ事を起こすのは気を付けよう、とトラウマにやられているドラゴンを見て深く刻み込んだ。経験者の言葉は確かに重いと感じた。


「それで、その神官ってどんな人なんだ。本当に人間か?」

「災厄の片割れについては確証はないが、神官の方は人間らしい。未だに信じられんが」

「特徴とかあったら教えてくれると助かる」

「あぁ、そうだな。平日は基本神殿で仕事をしているらしく、大抵神官服を着ている。金髪に青い目をした男で、半目だったな。気を付けるべきは、午前と休日だ。王族と組合で神殿と掛け合って、神官の掃除時間を午前のみで場所指定もお願いしているからな」


 金髪に青い瞳、ありふれている訳ではないが珍しくもない色だろう。そういえば、五百年前の勇者もそんな色を持っていたかもしれない。身体的特徴で判断するのは少し難しそうだ、と『神官怖い』とメモを取りながら青年は思った。


「ちなみに休日は、完全に神殿と切り離して個人で動いているから、何を仕出かすかわからないところがある。一応外に出る際は、神殿に外出届と理由を律義に出しているので、すぐに情報として入るから気を付ければエンカウントは避けられるだろう」

「そこまで会いたくないのか」


 かなり丁寧に教えてくれる従業員の言葉を、一応素直にうなずいて受け止める。この従業員がここまで詳しいのは、かなり被害を受けた張本人だからであり、私情も多大に入っているからだろう。トラウマは深い。



「我ら竜族の中で、アレは『会ったら諦めろ』と言われるぐらいの災厄級だ。会わないに越したことなどない。お前も命が大切なら、絶対関わらない様に気を付けるのだな!」

「ほぉー、魔竜族に災厄級なんて言われる魔物が、この聖王都の周りにはおるのか」

「僕も初めて聞いたけど、さすがは冒険者組合だね。そういう魔物の情報は、現場によく行く人たちの方が豊富なんだろう。僕も掃除の時は気を付けないと」

「あれ、君たちは……というか、カブトムシがしゃべっている」

「あぁ、話の途中ですまない。さっき下で仮登録を済ませたから、上で説明を受けに来たんだ。そうしたら、冒険者の心得を話しているようだったからつい。あと、僕の自慢のカブトムシだ」

「いや、見せてもらいたかった訳じゃなくて…」

「あれじゃ、あんまり考えすぎぬ方がよいぞ」


 少々興奮していた魔竜族の従業員の後ろから、自分と同じ年ぐらいの金髪の青年が肩に大きめのカブトムシを乗せながら現れる。話題がカブトムシにいくと、胸を張って見せられたが、結局しゃべっていることへの説明はなかった。さらにカブトムシに諭される現状に、視線が天井を向く。深く考えない方が精神衛生上良さそうだ、と入国一日目で色々諦めてきた。


 改めて一人と一匹を見直すと、先ほど受付でもめていたのは彼らだろうと当たりをつける。カブトムシでもめるのが、まだいるとは思いたくない。とりあえず、青年とカブトムシに挨拶をしておく。今まで冒険者の中で、クールだとか冷静沈着だと言われてきた青年の脳内は、着々と浸食されていっているのであった。


「仮登録って、君が?」

「僕は副業が出来ないから、彼女にだよ」

「……すごく立派な角が生えているんだが」

「すごいだろう」

「いや、褒めたんじゃなくて」

「常識や価値観の違いでちょっと色々あって、性転換しただけじゃ。中身はちゃんと乙女じゃぞ」

「説明を聞いてもわからない、だとっ……」


 ちなみに本登録にならなかったのは、やはりカブトムシだからだったらしい。本登録は全組合で緊急会議するから、それまでパーティーを組んでみて、依頼ができるか試してほしいと言われたようだ。それでも仮登録までこじつけられたあたり、組合の彼に対する態度がよくわかる。実はこの国のお偉いさんなのだろうか、と思わず目の前の青年をまじまじと見てしまった。


 そして、彼が金髪に青い目の半目であったことに気づく。その既視感に首を傾げ、先ほどから妙に静かになった従業員に視線を向けてみた。向けなきゃよかった。厳つい竜人間が痙攣を起こし、胸を抑え、過呼吸のような症状があらわれていたのだ。ノリノリで仕事と私事を挿みまくっていた相手が、突然半死人状態になっている。もう答えが出ていた。


「ん? この従業員さん、大丈夫か。なんだかもうすぐ倒れそうな勢いだが」

「なんじゃ、体調が優れぬのか? 余の神力で癒そうか、魔竜族よ」


 カブトムシが優しく声をかけると、全力で首を横に振って、プルプルと可哀想なぐらい震えだす災害級ドラゴン。弱肉強食のピラミッドの崩壊を幻視した。


「安心するといい、僕はこの聖王都で働く神官だ。回復術も心得ている」

「お主、癒しの術も使えたのか。あんまり使う必要がなさそうじゃが」

「そうでもない。時々平原掃除の時間に冒険者や騎士団を巻き込んで、色々吹っ飛ばしてしまう時があったからね。ちゃんと問題にならないように回復させたりしているから、使用頻度はそれなりだ。腕は任せてくれ」

「お主のやらかしからの高度な隠蔽術を知っておる身じゃと、回復もそんなレベルか…」

「われ、いますぐおうちかえるぅー」

「もう、なんだこれ…」


 まさに、災厄カオスそのものであった。




******




「あいつは今頃組合に行っている頃か。俺にも定期的な休日があれば、見学もしてみたんだが」


 さすがに一国の国主であるため、定期的な休みが取れるとは思っていない。組合には興味があったが、今はこちらが優先。ちなみに一番やらかした元凶の彼が来なかったおかげで、とある竜のトラウマは幼児退行だけで済んだ。たぶんよかったのだろう。


 魔王の執務室で書類をめくる彼の手にあるのは、主戦派の中でも面倒な相手のリストである。魔族全てに伝えるのは後日でも、先にある程度根回しはしておくべきと考えたのだ。中立派とも色々話しているが、せめてこの魔王城の中の主戦派ぐらいは、なんとか話をつけておきたい。


 そんな彼の思考とバッチリなタイミングで、執務室にノック音が響き、豪奢な扉が開かれた。入ってきたのは、自身の部下である赤い魔族の青年。やっとか、と口元に笑みを浮かべながら、魔王様は口を開くように頷いて見せた。


「先ほど、知らせが届きました。魔王様、将軍殿がもうすぐお着きになるそうです」

「そうか、わかった。……ちなみに、先方は何か言っていたか」

「何も。ただ、何かよからぬ気配はありました」

「まぁ、現魔王城の主戦派筆頭だしな」


 自分を説得、または害すために、何かしらあるかもしれない。しかしそれに逃げるつもりはない。魔王として背を向ける訳にはいかないことと、何よりそんな困難を真正面から破ってこそ魔王だと思う自負。脅してきても、黒歴史抉り以上に心にダメージを受けそうなものが思いつかないので、たぶん大丈夫だろう。悲しくなんてない。


 例え相手が戦闘を仕掛けてきたとしても、無力化できる確信があった。自惚れではなく、事実として。自分も相手もそれをわかっている。それ故に、無血での話し合いに持っていけるようにしたいのだ。


 それでも、用心するに越したことはない。準備運動に少し身体を動かしておこう、と肩を解していく。書類仕事に凝り固まった身体の音を聞きながら、自身の補佐でもある赤髪の部下に視線を映した。



「少し身体を動かそうかと思う。手伝ってもらってもいいか」

「もちろんです。魔王様のためなら、どのような手伝いでも」


 主戦派から保守派になった時も、魔王様のためならと多少盲目的なところはあるが、ずっと仕えてきた大切な部下である。戦闘でも魔国の中で上から数えた方が早く、言っちゃなんだが脳筋がちょっと多い魔族の中で、実力のある文官でもある彼には助けられていた。


 もう一人補佐はいるが、あれは文字通りの筋肉ダルマだから、準備運動のつもりが汗をかくまでつき合わされそうなので今回は黙っておこうと判断する。いずれ訓練のために手伝いを頼むかもしれないので、声はかけておこうと考えた。


 そんなことを思いながら、魔王様は信頼する部下に一国の王としての風格を放ちながら、重々しく口を開いたのであった。


「では、大量のおぼんを用意してくれ」

「…………あぁ、飲料や食事の準備ですね」

「おぼんを用意してくれ」

「りょ、了解しました」


 一筋の汗が顔に流れたが、尊敬する魔王様のために部下は風になった。きっちり十分後に、魔王城にあるおぼんを全て集めてくるあたり、彼の忠誠心と実力の高さがうかがい知れる。


「魔王様、準備ができました」

「さすがだな。じゃあ、そのおぼんを全力で俺に向かって投げてくれ」


 そして褒められたことに喜んだ顔のまま、凍りついた。


「お前はおぼん初心者だが、実力ならある。練習すれば、エンペラークラスは厳しくとも、キングクラスならいけると俺は信じている。おぼんのような繊細な武器を操るのは難しいかもしれないが、俺の訓練のために協力してくれないか」

「……あの、魔王様。失礼を承知でお聞きしたいのですが、魔王様にとっておぼんとはなんですか?」

「えっ、だから武器だろう?」


 その目は本気であった。長年仕えてきた主の答えに、色んな意味で瞼に熱いものが込み上げてきたが、それを表には決して出さない。見事な忠誠心である。たぶん他の部下がここにいたら、肩ぐらいは優しく叩いてくれたかもしれなかった。


「さぁ、時間がない。俺はさらに実力をつけ、カブトムシに打ち勝ち、そして打倒おぼんエンペラーを目指さなければならない。おぼん訓練を積み重ね、俺は最強の魔王となるのだからな!」


 その目は本気で(以下略)



 こうして、何故か巻き込まれた冒険者一名とトラウマ竜に追い打ちかけながらなカブトムシの就職問題の傍らで、魔王様の魔族説得のための話し合いと、部下と一緒の険しいおぼん訓練が始まっていくのであった。



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