第六話 聖剣さんが引き籠ってしまったんだけど、どうしよう
友人に相談をしてから、聖剣のお引越しを無事に達成することができた。聖剣と魔剣を交換した後、さすがにそろそろ休憩時間が終わりそうだったこともあり、『神聖な神殿に魔剣がぁ…』とぶつぶつ呟く聖剣をいったん自室に置いてきた。聖剣も白い部屋じゃないからか、その日ぐらいはお留守番をしてもいい、と言ってくれたのである。
友人とは数日後にもう一度、聖剣のことなどについて話をしようと言って別れた。それから真面目に仕事を終え、帰ってきた僕に聖剣から『おかえり』と言われた。何だかそれが、ちょっと嬉しかった。その日は僕の部屋に置いてある照明器具や魔石で動く道具について、聖剣からたくさん質問をされた。魔導工学は、確か二、三百年ぐらい前に出来た技術だから、聖剣が知らなくても当然か。そういえば、初めて聖王都に入った友人も、聖剣と同じような反応をしていたっけ。
まだまだ質問し足りない様子だったけど、夜の十時になったのでその日は就寝することにした。暇じゃー、とちょっとうるさかった。キュッ、としたら静かに眠ってくれたので何よりである。ようやく、いつもの睡眠時間が戻ってきたことにも安心した。やっぱり人間、普段の生活リズムを保つことが大切である。
『あのなぁ、余は五百年間ずっと眠っていて、さらに数週間ずっと放置され続けていたのじゃぞ。もう少し、こう…、色々配慮してくれてもよくはないか?』
「日当たりのいいところに置いたし、水もあげたし、こうしておしゃべりもしているけど」
『余は観葉植物か。剣として特に使用してはおらぬから、水で刀身を洗うぐらいでもよいのじゃが…。よければ、剣用の油や磨き布などを使って拭いてくれると良いのぉ。人間も風呂に入るであろう? やっぱり毎日清潔で綺麗な姿の方が、余は大変嬉しく思うのじゃ』
「油などを使わないと、聖剣は劣化とかしてしまうのか?」
『余をそこらの剣と一緒にするでない。五百年間、この美しい輝きを失わなかった伝説の剣なのじゃからな!』
「じゃあ、水でいいね」
泣き出した。
「あのな、聖剣。神官みたいな職の給料は、年月が経つごとに増えていくけど、基本的に毎月の給料の額は一律なんだ。ボーナス以外は急に増えたりしないし、でも減りもしない。故に生活費や衣類、食費、家賃、仕送りなどに基本使い、残りは貯金が一番。急な病気や大事だって、あるかもしれないだろう。だから趣味や贅沢品などは、考えて使わないといけないんだ」
『神官って、高給職じゃ……』
「あぁ、だから無駄に切り詰めるつもりはない。給料日には、自分のご褒美においしいものを食べたりもする。欲しいと思った物は、しっかり買う。だが、無駄な出費をする必要はない」
『いや、わかるぞ? 浪費家はまずいし、倹約家すぎる訳でもないのはよい。お主の言いたいことは非常によくわかるし、間違ってもおらぬ。……それなのに、どうしてこう正論なのにツッコみたくなるぐらい、極端に感じるのじゃろう?』
「ん?」
とりあえず、油や布は給料日のご褒美に買ってあげることにしました。
昨日はぐっすり眠ることができたからか、素晴らしい朝を迎えることができた。それにしても、こんなに騒がしい朝の支度は久しぶりである。普段はもうすこし余裕を持って準備しているのだが、聖剣とのおしゃべりですぐに時間が過ぎていく。だけど不思議と、悪くはなかった。
『あっ、そうじゃ。何もこんな世知辛い勇者のヒモになる必要などないではないか。不本意ではあるが、余は現在自由の身。余自身が働いてお金を稼げば、油も布も買い放題ではないか。余には生活費も家賃も払う必要がない。まさに溜め放題じゃ!』
「あっ、家賃はもし聖剣の分が徴収されそうになったら、払ってくれるとありがたいかな」
『うむ、お主のヒモだけは絶対にならぬ、とたった今固く決意できた』
よくわからないけど、やる気に燃えているのは良いことだ。それに、働いて稼ぐことは悪いことじゃない。僕にずっとくっ付いているより、二人分の給料が手に入る方が双方ともにお得だろう。僕がお小遣いをあげるにしても、限度がある。自分で稼いだお金を自由に使うのは、働いた者にとっての当然の権利だ。必要経費はしっかり徴収するが。
しかし、それで油と布は買えるだろうけど、結局聖剣を拭くのは僕の役目になるのではないだろうか。変身を解かないと、聖剣を拭くことなんてできない。それならいくら油や布があっても毎日拭くのは疲れるから、たぶん多くて一、二週間に一度になりそうだ。
『ふふふっ、余ならできる。これで高給な油や布を手に入れて、いつでもピカピカじゃっ!』
「うーん、よかったね」
『うむ。お主の手助けなどなくても、自立できるところを見せてやろうぞ!』
ちょっと考えたけど、すごく楽しそうだから言わなくてもいっか。
「そろそろ仕事に出かけるけど、聖剣はどうする?」
『もちろん、ついて行くぞ。今の世界の様子をもっと知っておきたいし、神殿の様子も気になる。何より、せっかく外に出られたのじゃから、色んなところに行ってみたいの!』
ということは、昨日の相談の時に言っていた『創造』を使って、聖剣の姿を変える必要があるという訳か。今更だけど、すごい力だな。僕のイメージしたものが作れるらしいけど、大きさや性能にはそれだけの神力と精神力がいるらしい。
初めての力の行使ということもあり、大きさは小さくても構わないと言ってくれた。だけど、聖剣も働くのならそれなりの性能はつけてあげるべきだろう。どんな職に就くにしても、一通りはできるような能力をつけてあげたいと思う。
『さぁさぁ、早く余の姿を変えてくれ。言っておくが、ちゃんと余に相応しい姿にするのだぞ』
「もちろんだ。ちゃんとかっこよくて、空も飛べるようにする。子どもの頃は、僕も憧れを抱いたことがある。男の子のみんなからも大人気だったからな」
『ほぉ、お主にも憧れの星がおったのだなぁ。五百年前は可愛らしい女の子であったが、かっこよくて憧れを抱かせる存在か。男の子にちやほやされる妖精のようなお姉ちゃんとか、またなんとも難しそうだが胸が疼くのぉー』
「それは何よりだ。それと今日は休憩時間になったら、一緒に住む家を見に行こうな。木とか葉っぱとかも拾いに行かないと」
『…………待て、余はここに住むのではないのか。あと、なんで木と葉っぱ?』
もちろん、聖剣の住むところは僕の部屋になるが、聖剣自身の部屋だってあった方がいいだろう。アレは木の上によくいるらしいし、葉っぱもベッドに最適だと思う。あっ、土も用意した方がいいな。どうしよう、ものすごく楽しみだ。今まで溜めたお金を使ってもいいと思うぐらい、自分でもわくわくしていたみたいである。
他の家の男の子は飼っていたけど、家族のサバイバル精神を刺激して料理にされてしまうかもしれなかったから、故郷の僕の家で飼うことができなかった。家族には、食うためじゃなく飼いたいのなら、自分でお金を稼げるようになってからにしなさい、って子どもの頃はそう言われたっけ。
実際に大人になって仕事を始めて稼げるようになったけど、忙しさにそれを忘れていた。それに生物を飼うことの大変さも、今ならよくわかる。命を預かる者として、適当なことはできない。そのため、稼げるようになっても生き物を飼うことはしなかった。
だけど、聖剣はしっかり意志を持って活動することができる。忙しい僕でも、ちゃんと世話をすることができるだろう。そうだ、せっかくなら声帯とかも作れるようにイメージしよう。これなら今迄みたいに神託を使わなくても、僕や友人と話をすることができるはずだ。冴えているぞ、僕。
『の、のぉ。もしかしてじゃが、余とお主の間で、激しい思い違いが起きておる気がするのだ。一度確認するが、今回は初めて故、大きさは小さくても構わないと言った。次に凛々しく、自由に動ける姿とも言ったぞ』
「あぁ、しっかり聞いている。要望通り、小さいが、かっこよく、羽を使って自由に飛べる生物だ」
『……生物? お主、人間とか他種族の幼子などに余を変身させるつもりだったのでは。こう天使のような』
「えっ、小さいって言っていたから、普通に手のひらサイズで考えていたけど」
『何で普通がそうなるっ!? 普通余のようなものを変身させられるとわかったら、人に似た姿をとらせるものではないのか!? 余が言ったのは、お主と同じ成人では大変じゃろうから、子どもの姿ぐらいなら問題ないという意味で言ったのじゃッ!』
聖剣の常識は五百年前みたいだからな。その所為で、僕と聖剣の間で常識がズレてしまっていたみたいだ。剣みたいな無機物や動物を変身させることができるなら、人のような形をとらせることが普通。そんな常識、僕は初めて聞いたよ。
人の姿は便利だけど、制約もその分たくさんかかる。聖剣には、身分証明できるものがない。身元の確認ができない子どもを見つけたからって、僕が保護することなんてできないのだ。普通に考えて、保護施設行だ。引き取るのにも手続きがいるし、学校にも行かせないといけないだろう。存在を隠すという手もあるが、ばれたら懲戒免職もありうる。そんな危険を冒してまで、聖剣を人の姿にとらせるメリットがない。
「ふーん、それぐらいの大きさでもよかったのか。じゃあ、肩に乗っけられるぐらいの大きさに変更しよう。うん、夢が広がっていいなぁ…」
『何もよくない! 絶対に何もかみ合っていないッ!! 人じゃないなら、妖精じゃよな!?』
「違うよ。だいたい妖精なんて珍しい種族が聖王都にいたら、騒ぎになってしまうじゃないか」
『呆れた顔で正論を言うな、泣きたくなるであろう! かっこよくて羽が生えたなら、竜やペガサスか? いや、それも珍しい種族か。思い出せ、こやつは色々おかしく、ピンポイントで特定に迷惑をかけるが、何故か世間には迷惑をかけないおかしいやつじゃ。それなら、答えは一つ。直球で、余を鳥類に変身させる気じゃな!?』
「違うけど」
全然違うから即答すると、思いっきり落ち込まれた。クイズ大会で聖剣は盛り上がっているようだが、もうそろそろ家を出ないと遅刻をしてしまいそうだ。それは絶対にまずい。
「時間がないから、もう変身させるよ」
『ちょっ、まだ心の準備がッ――!?』
そして、淡い光が突如聖剣を包み込んだ。不思議と、どうすればいいのかやり方がわかる。身体というか、身体の奥にある何かがやり方を覚えている奇妙な感じである。なんとも変な気分だが、楽なことには変わりない。僕は感覚にイメージをのせながら、かたちを創り上げていった。
聖剣としての象徴である武器としての荒々しさ、見た目の美しさと同じツヤッとした身体、決して折れることのない強靭な刀身としての固さ、さらにそこに聖剣の奔放さを表すような空を自由に翔る翼を併せ持たせる。そんなまさに聖剣そのもののようなお馴染みの生物を、僕はたった一つしか思いつかない。
そして、光が収まったと同時に、聖剣はその姿を変えたのであった。
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「それから、聖剣が泣き続けて引き籠ってしまったんだけど、どうしよう」
「ああぁーー……」
友人がものすごく目を逸らしながら、あさってを向いている。僕も予想外な展開でびっくりしたから、友人も驚いてしまったのだろう。あれだけ引き籠りを嫌がっていた聖剣に、いったい何が起こってしまったというのだ。全然わからない。
それ故に、今日のおすすめであるかき玉風キノコそばを二人で食べ、僕はいつも通り友人に相談することにしたのであった。食べ終わったお皿を店員さんに預け、友人の分も含めてお冷をもらっておく。二つともテーブルに置いておけばいいだろう。
「お前って、本当に悪気がないところが始末に負えないよな…。引き籠るって、ちなみにどこに?」
「僕が買ってきた聖剣用の家の中に。大きいからすぐにわかるけど、葉っぱに埋もれている。今日は友人に会いに行くよ、って言ったんだけど『あんな陰険小姑に見られたくない。いつもの様に、おぼんでも食らわせておけ』と言って来てくれなかった」
「ほぉー…」
僕からの説明を聞いて、大変爽やかな笑みを友人は浮かべ出す。そして、何故か魔力を練りだした。
「お前の今回の相談は、その引き籠りをどうにかしてほしいでいいんだよな?」
「うん、そうだけど」
「わかった、三分でなんとかしてやる。えーと、座標はここらへんだろ、次に聖剣の神力の特徴を書き込んで、武器を持っていて、固くて、かっこよくて、羽のある生物で――」
僕らの隣の席に座っている魔術師らしき人が、友人の魔法陣を見て飲み物を噴き出していた。お店汚したから、おぼんを食らっている。次に店員さんの召喚おぼん魔法を見て、なんだか涙を流しながら勘定をして、店から出て行った。急に泣き出す人が多いな。
「よし、完成だ。引き籠りには、これが一番だろう」
「友人、それは召喚魔法では」
「くくくっ、お望み通り陰険に小姑のごとく対応してやろうじゃねぇか…」
友人が大変楽しそうだ。まるで演劇に出てくる魔王か意地悪な継母のような表情である。僕が声をかけようとした時には、すでに彼の魔法陣が輝きだしていた。僕は自分のお冷を手に持ち、友人の手によってテーブルの上に生み出された召喚魔法陣を眺めた。
そしてパリンッ、と音が鳴って数秒後、テーブルの上に僕の家にあったはずの大きめのガラスケースが召喚されたのであった。葉っぱの絨毯が敷かれ、太めの木の枝が突き刺さっている。そんなケースの中に、葉っぱに埋もれたこんもりとした膨らみがあった。間違いなく、聖剣である。
「な、なんじゃッ!? 地震か、魔王が現れたか、アホがアホなことをやらかしたか!?」
よくわからないが、聖剣にとって、地震と魔王とアホとやらは同率の騒ぎらしい。
「よう、気分はどうだ? せっかく俺とこいつで協力してやったというのに、また引き籠るとはひどいんじゃねぇか。えぇ?」
「そ、その声は、まさか召喚魔法を使ってッ……! こやつ含め、なんでしょうもない理由で高位魔法を使うやつがこんなにいるのじゃ!?」
「有効活用していると言っていただきたいな。俺はこの三年で慣れた」
「くッ! この陰湿魔族め。勇者よ、こやつはやはり敵じゃ! すみやかに地に沈めるべき――、む?」
「すでに葉っぱの下に沈んで、引き籠っているやつが何を――、ん?」
友人と騒いでいた聖剣が、何かに気づいたように動きを止める。おそらく、彼らの中にあった危機感がその闘気に気づいたのだろう。聖剣はようやく召喚された場所を見回したようで、小さな悲鳴を。そして友人が僕の方に視線を向けてきたので、僕は無言でテーブルの下に視線を誘導する。その視線を追った友人が目にしたものに気づいた時、彼はカッと目を見開いた。
テーブルの下にあった物。それは、友人がテーブルの上で召喚した衝撃によって、落ちて割れた彼のお冷のコップであった。
「うおォォッーー!?」
「よりにもよって、なんでこの店で召喚しておるのじゃァァーー!?」
それはもはや、反射と言ってもよかっただろう。友人はすでに後頭部に迫っていたおぼんを、寸でのところで首を捻ることで回避。聖剣は開いたガラスケースの上から迫っていたおぼんを、即半透明な羽を羽ばたかせ、空で方向転換することで緊急回避した。
危機を回避できたことに安堵の息を吐いた二人であったが、瞬時に小さな悲鳴がもれた。聖剣が空を飛んだ先には、更なるおぼんの連撃が。首を捻った友人が見た先には、既におぼん包囲網が展開されている。その数合計二十――、この店にある半分ぐらいのおぼんが集結していた。
それでも、二人は諦めなかった。おぼんエンペラーに友人と聖剣は向き直り、彼の爆撃に立ち向かうように構えを取る。魔力を練りだした友人、神力を練りだした聖剣、不敵に佇むエンペラー。おぼんが一斉に、二人へ迫っていた。
「……魔族よ、今回だけは共同戦線と行くか。余はあれだけは普通に食らいたくない」
「おぼんが相手なら仕方がねぇ。やつの伝説もここまでだ。あの余裕の顔を崩してやる」
二人は態勢を整え、エンペラーを相手に燃え上がる。忌み嫌い合っていた聖剣と魔族が手を結ぶ、ある意味感動的な場面かもしれない。僕はそれに小さく拍手を送りながら、彼らの真後ろから先ほど避けたおぼんが、ブーメランのようにUターンしてきたところを目撃した。
「へブゥッ!?」
「グホォッ!? なんで後ろから――、ヒッ!!」
そして突然の後ろからの強襲に、二人の態勢が崩れた。もちろん、前面のおぼん軍団は止まらない。二人が態勢を整えられるまで待ったのも、大量のおぼん展開もおとり。本命は、二人が避けたはずのおぼんブーメランに気づかせないため。そこからの挟撃こそが、エンペラーの狙いだったのか。
そして、芸術のようないい音コンボが大量に生みだされる。さすが、おぼんのプロだと思った。
「さて、聖剣も無事に引き籠りから抜け出せて何よりだ」
「お前って、結果は大切にするけど、過程はほどほど無視するよな…」
「おぼん…、おぼんこわい……」
改めてお冷をもらい、友人には相談のお礼のデザートを、聖剣には蜂蜜を頼んだ。また引き籠ってしまっても困るしな。聖剣もぷるぷる震えながら、自棄のように飲んでいた。
それにしても、やはり見事なフォルムである。光り輝くツヤッとした身体に、強靭な武器、さっきの空中に飛び上がった姿もかっこよかった。しかも、両手ぐらいの大きさにしたから、さっきからお店に入店した男の子たちの視線を鷲掴みである。持ち主として、胸を張っておこう。
「こやつ本当にあり得ない。よりにもよって、聖剣を虫にするか」
「かっこいいじゃん、カブトムシ」
「もう二度と、お主の感性を信じない。……お主は余の姿を見ても、平然としておるの」
「いや、思いっきり笑ってやろうかと思っていたが、それ以上のインパクトでかき消された」
「思い出すから、言わんでくれ……」
樹液が好物だから、似たような蜂蜜をあげてみたら満足だったらしい。落ち込んでいるようだが、おかわりを要求できるぐらいの図太さはあるみたいなので大丈夫だろう。すでに三杯目だ。
「……なぁ、もう一回余の姿を変えてくれんか。今度はしっかり細部まで伝えるから」
「えっ、なんで? すごく頑張ってイメージしたんだけど。性能も僕にできる全てを注ぎ込んだから、あのエンペラーの攻撃を受けてもすぐに回復しただろ?」
「マジか、すごい性能だな」
「そこで共感するでない」
友人は僕の頑張りを認めてくれた。嬉しい限りである。
「くっ、余ではこやつを説得できる気がしない。仕方がない、のぉ魔族よ。お主からも余をカブトムシから変身させるように言ってくれんか。この通りだ」
「……カブトムシが頭を下げるってシュールだな。いや、お前が俺にそこまでするなら、相当嫌なんだとわかるが」
「余は一応乙女なのじゃぞ。なんで虫にされて、さらに性転換させられんといかんのじゃ…」
「雌だと武器がなくて、聖剣らしくない」
「お主は黙っとれ」
仕方がねぇな…、とガシガシ髪を掻きながら、友人はキリッとした顔を作った。その表情を見て、彼の本気を知る。僕は彼の目を見ながら、聖剣はキラキラと目を輝かせながら、友人の言葉を待った。
「カブトムシのかっこよさは角だという、お前のこだわりはわかった。だが、聖剣の言うとおり女性の人格であることも事実。だからこの二つの意見を考慮した結果……、クワガタに変身させれば解決だ。クワガタなら、雌でも小さいが角がちゃんとある」
「なんだと……」
「もうこやつら、やだぁーー!!」
今度は家出しかけた聖剣を、おぼんが見事に撃ち落とした。
「地味に痛いが、無駄に高性能のおかげでそこまで痛くないのが、精神的につらい」
「俺は羨ましいと思うが。それよりお前は、そんなにカブトムシがいいのか?」
「うん、子どもの頃からの夢だった」
「やめろー、そんな普段の半目が見開くぐらいの純粋な目で余を見るなー」
「カブトムシでよくないか、聖剣」
「お主も絆されるな、この似非魔族」
聖剣が角で友人の腕を突き刺した。こうかはばつぐんだ! 悲鳴があがり、おぼんの追撃が舞った。
「……、…………、何が起きた」
「す、すまん。余はちょっとツッコミのつもりで突いたら、予想以上にスッパリと」
「だから、角は武器だって言ったじゃん。角の所は頑張って、本来の聖剣の性能そのままにしたよ」
「おまっ、ふざけんな。今回は俺に被害が来ないと思って面白がっていたら、魔族にとって最悪の単独生物を作っているんじゃねぇよ」
「……貴様。うむ、仕方がない。勇者の夢のためじゃ。しばらくは、この姿でも我慢してやろう。余の寛大さを、ちゃんと崇めるのじゃぞ」
「本当か、ありがとう聖剣」
さすがに聖剣の女性の人格を考慮するのを忘れていた、と思っていたが、よくわからないけど許可をもらえたようだ。今日は、蜂蜜を四杯おかわりすることを許そう。
「待て、こら。魂胆が見え透いてるぞ、てめぇ」
「なんじゃー、余は勇者のために身を引き裂くような思いで決断したのじゃぞー。悲しくなって、なんだか角を振り回したい気分じゃー」
「上等だ、この虫性転換聖剣め。魔族の恐ろしさをわからせてやろうじゃねぇか…」
「ほぉ、陰険類友思考魔族が大きく出る。最高の武器による聖なる輝きで浄化されたいとみた…」
なんだか友人と聖剣の間で、メラメラと闘志が燃え上がっているようである。これは、僕のバイブルに載っていた『喧嘩をするほど、仲が良い』のパターンではないだろうか。友人はツンデレだ。そしてあんなに嫌がっていた聖剣も、僕の夢のために折れてくれた。つまり、聖剣もきっとツンデレである。
ツンデレとツンデレ同士なら、そりゃあ喧嘩だっておきるだろう。しかし、最後にはきっとデレるのだ。ちょっと羨ましいな。僕も参戦するべきだろうか。ビームでもぶっ放せばいいのだろうか。悩んだけど、喧嘩をしていても二人の視線が店員さんをちらちら見ている通り、ここはお店の中だ。喧嘩はしちゃいけないよね。
「食事後、表へ出るがよい。どちらが立場が上か決めようではないか」
「ふん、いいだろう。この店を出てからやろう。マナーは大切だからな」
「うむ、マナーは大切じゃな。……ところで、ずっと疑問に思っておったのだが」
「どうした、聖剣」
「それよ、それ。確かに余は聖剣じゃが、今は世を忍ぶ仮の姿。そんな直球な呼び方をしていては、意味がないのではないのか?」
僕と友人は、「あっ」と一緒に声が出た。確かに今更だけど、ずっと聖剣のことをそのまま『聖剣』と呼んでいた。それでは、せっかく姿を変えても効果がなくなってしまう。でも、他になんて呼べばいいんだろう。
「カブトムシに『せいけん』って名前を付けていても、たぶん生温かい視線しか受けないだろ」
「お主は今日、確実にしめる。だいたいお主らもじゃ。全然名前で呼び合わんから、勇者や魔族と余は呼んでいたが、さすがにそれで普段呼び続けるわけにもいかんであろう」
「じゃあ、どうすれば」
「いや、普通に名前で呼び合えばよいであろうが」
僕には友人は彼一人しかいなかったから、「友人」で通じていた。友人もこの聖王都で話すのは僕しかいないから、名前を呼ばれなくても通じていたのだ。しかし、これからは三人でいるとなると、混乱も起きるだろう。聖剣の言うことは最もである。
「それじゃあ、改めて自己紹介をし合うか。僕はこの聖王都の神殿で神官として働いている、フェイル・エーヴェルトだ。目標はコツコツ堅実に職務をこなし、権力とお金と尊敬を得ながら、楽しく余生をいきていくこと。よろしく頼む」
「俺もやるのかよ。……魔族のディアードだ。目標……、あぁー、世界平和?」
「なんじゃろ、こやつらの真っ当なようで無性に腹立つ夢は…。ごほんっ、余はイザベル。目標は、余の凄さをきちんとお主らにわからせることじゃなっ」
「俺、絶対このカブトムシより先に願いを叶えられる自信があるな」
「貴様は小姑呼びで十分、ということはわかった」
角をブンッと振り回す聖剣と、顔を引き攣らせながら躱して文句を言う友人を見ながら、僕は思わず口元に笑みが浮かんでいた。最初はノリで聖剣を引っこ抜いてしまってどうなるかと思ったけど、こんな風に楽しいと思える日常が始まるのなら……悪くないと感じた。
人間と魔族とカブトムシ(聖剣)なんて全然違う種族同士だけど、たぶんなんとかなるだろう。きっと大丈夫だと思う。せっかく自己紹介したんだから、次からは二人とも名前で呼んでみようかな。時々忘れそうだけど。
「……よーし、やはりお主とは決着の必要があるのぉ」
「飯も食い終わったし、俺とこいつで更地にしたところに転移すれば、迷惑にはならないだろう。そこで、一戦やってやろうじゃねぇか」
「あっ、その前にみんなで行かないといけないところがあるよ」
思い出したように言った僕に、二人とも怪訝そうな顔で見てきた。おかしいな、この前友人の方には、しっかり説明したと思うんだけど。そろそろ来るだろうし、僕もちゃんと弁護できるようにしておかないと。
「……行くって、どこに?」
「どこって、前に説明しただろう。以前魔剣を召喚する時、どうしてわざわざ聖王都から外に出て、僕が隠蔽しながら召喚魔法を使うようにお願いしたのか。召喚魔法による盗難の被害が昔あって、それからこの聖王都の結界には、召喚魔法を無断で使った場合は探知できるように設定されているんだ。ちゃんと召喚申請書を書いておかないと、対策課が動くって」
「……エ、エンペラーは」
「おぼん召喚申請書を国にちゃんと通している」
「召喚したのは、お前のカブトムシなんだが」
「その証明のために、僕たちも行くんじゃないか。逮捕されないように、ちゃんと僕が弁護するよ」
安心してくれ、と伝わる様に笑った僕に、友人の頬が盛大に引き攣っていた。そんな会話が終わってすぐ、食事処に対策課の警備隊がなだれ込んできた。叫んで抵抗しようとした友人をおぼんが沈め、ちゃんと自首しなさいと僕が連れていき、そしてかつ丼を出された。僕はお腹がいっぱいだったから辞退したけど、友人は当事者で勿体ないから僕の分も合わせて二個食べることとなった。彼は別腹で二個食べるのが習慣になっていそうだし、大丈夫だろう。
それから召喚したカブトムシを見せて話をし、「ノリで召喚魔法なんて使ってはいけません」と警備隊の人から友人はきつくお叱りを受けて、僕たちは解放されたのであった。なんだかすごく落ち込んでいる友人に、「僕もノリで聖剣を引っこ抜いたからわかるよ、同じだね」とフォローをしたら、顔を手で覆ってさらに沈み込んでしまった。慰めてもダメとは、よっぽど堪えたらしい。
この状態で決闘する気が双方とも起きなかったようで、そのままお別れをすることになった。そしてお腹を押さえながら、ふらふらと帰っていく友人を二人で見送った。僕の肩に乗っかっている聖剣が、「今度会ったら、ちょっとだけ優しくしようかの」とデレていた。やはり僕の予想通りであったようだ。仲が良くて、何よりである。僕らも、午後の仕事を頑張ろうと歩き出した。
こうして、僕と友人と聖剣の三人による日常が、また新たに始まったのであった。
聖剣編 ―終―