第五話 聖剣さんの相談がなかなか進みません、どうしよう
「ひどい目にあった……」
『同じく……』
僕が注文しておいたドリンクを飲み、一息入れたことでようやく二人とも落ち着いたらしい。とりあえず、叫ぶのはまずいとわかっていただけたようだ。何よりである。
「さて、それじゃあ聖剣の相談の話に戻ろうか」
『いやいや待て待て。余はお主の相談相手である友人が、魔族などと知らぬかったのだが?』
「言ったら聖剣がうるさそうだと思って。結局気づかれたけど」
「お前って、自分に被害が行きそうな嗅覚は確かだよな」
『つまり、ちゃっかりしておるのじゃな』
そりゃあ、魔王を倒すための剣に、魔族云々言ったら話が進まなくなりそうなことぐらいは僕にだってわかる。それにしても、何で聖剣は友人とパスをつないだだけで魔族とわかったんだろう。見た目は人間の青年そのものだし、魔力も抑えているはずなんだが。
『そんなもの、魔の者特有の核があるのじゃからわかるわい』
「核?」
『なんじゃ、今の世ではそんなことも知らぬのか。五百年前なら常識ぞ、まったく。……ごほんっ、魔の者には第二の心臓と呼ばれる器官がある。魔力を体内で生みだし、またはそこに吸収することで、肉体に魔力を循環させる機能を持っておるのじゃ。魔力を生み出す機能をもつ心臓を、『核』と呼んでおる』
「えっ、つまり魔族は心臓を二個も持っているのか。すごいな」
「核は魔の者が魔力を使う上で、重要な器官だ。第二の心臓と呼ばれているのも、心臓が潰れても、核が代わりに補おうとしてくれるからしぶとく生きることもできる。魔力を扱うことはできなくなるがな。逆に核が潰れれば、生存は可能だが魔力が使えなくなり、寿命も大幅に縮む。どっちにしても障害を負う確率が高いし、魔族として致命的だな」
『魔族を倒す場合、核の存在は面倒だが、逆に言えば弱点が人間より一つ多いとも取れる。とにかく、この核の波動は独特故にな、いくら人間に化けようとわかる者にはわかる。お主も心得ておけ』
教科書や神殿の記録にも載っていない内容である。でも、当事者であるこの二人が言うのだから、この五百年の間に失われてしまった情報なのだろう。友人の様子からも知られたらまずいという感じには見えないので、本当に一般常識のようなものだということだ。
今まで友人に神託で話をしたことはあったけど、そんな波動があるなんて全然気づかなかった。いや、そんなものがあるとは知らなかったから気づかなかったのかもしれない。少なくとも、僕は人間と魔族はそんなに変わらないと思っていた。もしかしたら違和感を感じていたかもしれないけど、気のせいだと思って切り捨てていたのかもしれないな。
『この世界には、魔物は普通におるのじゃろう? そやつらを倒した後に、石のようなものが出てきたりはせんかったか?』
「……いつもビームで消し飛ばしちゃっていたから何も」
『おい』
「確か今の人間は、それを『魔石』って呼んでいるんじゃなかったか。前に言っていた、冒険者が集めていたはずだろう」
「あぁ、魔石は知っている。核って魔石のことだったのか」
そういえば、教科書に魔石の生産のことは載っていた気がする。魔石は魔力を含んだ石として、この聖王都で一般的に使われている動力源だ。生活の源と言ってもいい。今まで僕が攻撃をしたら、何も残らないことが常だったから忘れていた。だいたい冒険者の人たちが魔物を狩って、魔石を集めて売り払うことで商売が成り立っている。魔石なら日常的に使っているから、僕もよく知っている。採掘で有名だったけど、魔物でも取れるんだったな。
あっ、思い出した。昔一度大司教に神殿の明かりが一つ消えたから、魔石をかってこいって言われたことがあったんだ。だけど魔石を買う経費はくれなくて、だったら魔物から狩ろうと思ったんだよな。あの頃は何度やっても出力調整が難しくて、結局周辺の魔物を根こそぎ消し飛ばしちゃったっけ。それでも仕事だからと範囲を拡大して頑張って粘ろうとしたら、優しい冒険者の人たちが分けてくれたんだよな。あれは助かった。
その後、よくわからないけど上層部に呼び出されたから、「僕は大司教に言われた通りに仕事をしました」と素直に答えた数日後に、何故か大司教が血走った目で年齢かなぐり捨てて飛び蹴りをしてきたっけ。ちゃんと仕事をしたのに、本当に理不尽だ。
『……のぉ、魔族よ。こやつはずっとこの調子なのか』
「あぁ、無自覚で相手の心の傷を抉ってくる恐ろしい勇者だ」
『そんな勇者やだぁ…』
仲いいな、二人とも。
「とにかく、僕に魔族の友人がいたのは勇者になるずっと前からだ。故に、聖剣を引っこ抜いて勇者になったからって、僕自身が何か変わった訳でもない。肩書きが変わっただけで、他の人から色眼鏡で見られたり、交友関係に口出しをされる筋合いはないと思っている」
『おかしいはずなのに、言っていることはまともなのが微妙に腹立つ』
「だけどこいつの言うとおり、ここで押し問答をしていても話が進まないだろう。おい、聖剣。とりあえず、お前はこいつを勇者にする気はないんだよな?」
『……ふんっ!』
「おい」
いきなり険悪になった。忙しいな、二人とも。お茶のおかわりでも頼んでおこう。
「あのな、確かに俺は魔族だが、話し合おうとしているだろうが。しかもお前のぼっち相談に対して」
『ぼ、ぼっちじゃないわいッ! 余だって五百年前なら、ちやほやされていたのじゃからな。大変モテて、困ったほどの大人気っぷりであったのだぞっ!』
「へぇー、へぇー」
『き、貴様、絶対性格悪いじゃろ。そして、その小姑のような陰湿さ。偉そうなことを言っておきながら、どうせお主も実は友達なんていないと見たわっ!』
「は、ははは、ナニイッテンダコノダセイケン」
友人の手に持っているコップに罅が入った。おぼんが飛んできた。備品壊したら駄目だよね。
『……おぼんを正確無比に、三つとも後頭部の同じ箇所に中てるとは』
「……ッ、油断、していた。そうだよな、備品壊すのも立派なマナー違反だよな。ちくしょう…」
『そ、そんな本気で落ち込まんでも…。ほれ、そこにあるおしぼりでも頭に当てておけ。たんこぶはできて……おらぬか、頑丈じゃな』
「俺、こんな風に心配されたの初めてかもしれねぇ」
『さらっと悲しい発言が聞こえてきた!?』
罅の入ったコップを取り換えに来た店員さんのおぼんの上に、僕は友人のコップを置き、代わりのコップを受け取っておいた。さすが、仕事が早い。プロだな。
「なぁ、聖剣。確かに君は五百年前に魔族と戦ったんだろうけど、友人はその時の魔族じゃない。聖剣の相談のことだって、彼は色々と考えてくれた。僕にとって、彼は信頼できる友人なんだ。魔族としてでなく、僕の友達として話をすることはできないのか?」
『む…、余だってただわがままを言いたい訳ではなくてな……。少しでいい、ちょっと余とお主だけでパスを繋いでくれ。今ならたぶん気づかれんだろう』
さすがにこれ以上平行線のままだと、お昼の休憩時間が過ぎてしまう。友人は歩み寄ろうとしているのだから、ここは聖剣に折れてもらうしかないだろう。そう思って説得しようと語りかけると、内密な話をお願いされた。
視線を前に向けると、友人はまだおぼん3連撃のダメージから回復していないらしい。油断していた分、かなり響いたのだろう。おしぼりを当てて、呻っている。相手が目の前にいるのに、内緒話をするのはあまりやりたくない。だけど、ここで断っても先に進まなさそうだ。このまま聖剣とだけパスを繋いでも、確かに今の友人なら気づかなさそうだろう。
僕はそれに、数秒ほど考え。
「すまない、友人。聖剣が僕に話したいことがあるらしいんだ。友人が回復するまでの間、二人で話をしてきてもいいだろうか?」
「あ? ……っ、あー、勝手にやってろ」
許可をもらったので目をつぶり、早速繋げることにした。
『普通そこで律義に聞くか。そして普通に許可を出すのか』
『どうした、聖剣。迷ったら、聞くべきだろう』
『えっ、もしかして余がおかしいの? 普通後ろめたいからばれない様にやるものでは、いや、対応事態は間違ってはおらぬのじゃが……』
『聖剣、相手を待たせるのはさすがに失礼だ。早く本題に入ってくれ』
何故か聖剣も呻りだした。解せぬ。
『はぁ、お主たちが友人関係であるということはわかった。お主が勇者になったからと言って、それまでの交友関係に口出しをしすぎるのも、余だって良くないとは思う』
『それじゃあ…』
『じゃが、それでもただの人間との交友から、勇者との交友となれば、あやつにとっては話が違うであろう』
『友人にとっては?』
魔族の友人の視点にたって考えろ。聖剣の言葉に、思わず僕は口を開いてしまった。
『人間と魔族は敵対し続けておった。そして魔族にとって、勇者とは怨敵の象徴のようなものじゃ。お主だって、幼少期の頃から魔王は悪しきものと教えられてこなかったか』
『……絵本や、演劇で何度か』
『そうじゃろう。ただの人間と魔族なら……まだいい。しかし、勇者と魔族では訳が違う。ただの人間を葬るのと、勇者を葬るのとでは全く意味合いが違うのじゃ。勇者を倒せば、魔族の中で英雄扱いされよう。地位や名誉なども約束されるかもしれん。魔族にとってお主の首は、それだけの価値がある。それをお主は、ちゃんと自覚しておるのか?』
聖剣自身が魔族嫌いということもあるだろうけど、彼女の言葉から伝わってくるのは僕に向けられた心配だった。こんな風に話す様になってまだ一日しか経っていないけど、それが伝わってくるくらい聖剣は直球な性格だと思う。喜怒哀楽がはっきりしている。
彼女の危惧は、普通なら起こり得てもおかしくない内容なのだ。
『お主があやつを信頼しているのはわかる。だが心が移り変わるのは、どこの世でもあることぞ。もし、あやつが地位や名誉、または他の理由によってお主を裏切ったらどうするつもりなのじゃ』
『その時は、まずは話を聞くかな』
『……は?』
そんなことにはならない、と僕は思っている。だけどもしそうなったらと考えたら、きっとそうするだろうと思ったのだ。
『僕は三年間、友人と一緒にいた。そして、これからも友達でいたい。だから友人が地位や名誉や他にも理由があって僕と敵対する必要があるのなら、そうならないための方法を一緒に考える。困っているのなら、僕は全力で力になりたい』
『しかし、話を聞いてくれなかったら』
『僕と友人は、大激闘から始まった交友関係だ。話を聞かせてくれるまで、何度だって声をかけ続ける。僕が彼を友人と思い続けている限り、何度でも』
彼が僕に牙を向けてくるのなら、僕だってきちんと応戦する。裏切られたらどうしてだって怒るだろうし、悲しくなるかもしれないけど、それで終わりになるなんて僕は納得できない。敵となって戦うことになってしまっても、僕にとってはやっぱり友人なのだ。ちゃんと説明責任を求めるべきである。
『報われぬかもしれんぞ』
『裏切られたことに憎しむより、そっちの方が僕はやる気が出る。あと、本にも載っていた。友達と喧嘩をした後に仲直りすると、さらに友達との仲が良くなるらしい。大変だけど、デメリットばかりではないさ』
『なんというポジティブ精神…』
僕が話した内容に、聖剣は先ほどまでの棘が抜けたように溜息を吐いていた。そこまでおかしなことは言っていないと思うんだけど。だいたい警戒したり、心配するのって疲れるじゃん。それなら僕は、なんとかなるって信じる方がいい。それに向けて努力を続けた方が、人生楽しいじゃないか。
『お主がどこまでも、自分ルールで突き進んでいくことはよくわかった』
『えっと、ありがとう?』
『褒めとらんわ、まったく。なんか心配した余がアホみたいじゃ。……余はちゃんと忠告をしたからな、わかったな?』
『うん、忠告ありがとう。予想していなかった視点だったから、色々考えることができたよ』
『ふ、ふん! 当然じゃ、余は賢い聖剣なのじゃからな!』
よくわからないが、聖剣の機嫌は直ったらしい。よかったよかった。改めて、友人とパスをつなぎ直し、閉じていた目を開いた。
「さて、友人お待たせした。聖剣の機嫌もなんか直ったし、早速相談の続きに移ろうか」
『渋っていた余が言うのもなんだが、お主本当に自分のペースで進めるの』
「こいつと付き合う上で一番大切なことは、色々諦めることだからな」
『そんな遠い目をしながら言わんでも。……先ほど、余と勇者が話していた内容を聞かんのか?』
「だいたい想像がつく。それで結果として、お前は色々諦めたんだろ」
『……う、うるさいわ。余はお主と違って、懐がとても広いだけじゃっ!』
「へぇー、へぇー」
やはり魔族以前に、貴様は好かんッ! と怒った聖剣によって、先ほどのようなやり取りが起きる。友人は聖剣曰く、小姑スマイルでそれを躱しまくる。それでもさっきと違って、ギスギスした感じはない。案外気が合うのかもしれないな。
「それじゃあ、一つずつ検討していこうか。まず聖剣は、自分から眠ることってできないのか?」
『お主とパスが繋がっている限り、無理じゃな。五百年前、余が眠りについたのは先代の勇者が死した後であった』
「なるほど。じゃあもう一つ、聖剣を壁に打ちつけ、昏倒させ続ける友人の案については?」
『壁よりこやつの脳天に打ち続ける方が、効果があると断言できる』
「俺の魔法障壁で圧し折ってやる」
たぶん、遠まわしに拒否されたことはわかった。
「二つ目は話し相手か。聖剣に知り合いはいるか?」
『さすがに五百年も経っておるとな…。長命種の知り合いは、おるといえばおるが……』
「いても、こいつが勇者だってことを公言しない保証はあるのか」
『…………』
剣だけど、そっと目を逸らされた気がしたのはわかった。
「最後は、聖剣取り換えっこ案か」
「俺が提案しておいてアレだが、これは難しいだろう。引っこ抜いた聖剣の処理も面倒だ」
『余は雑草か。しかし、ふむ……、余と勇者の能力ならできないことはないか』
「聖剣と僕の?」
首を捻る僕と友人に向け、聖剣はどこか誇らしそうに続きを告げた。
『余は伝説の聖剣故にな、他の剣とは違った能力があるのじゃ。周りの神力を吸収し、使用者や余自身が力を使用できる能力は話したな。もう一つの能力として、勇者の意志を余が介して具現化することができるのじゃ』
「具現化……。もしかして、『創造』のことか」
「知っているのか、友人」
図書館にある歴史書などを読んでも、聖剣はすごい剣ということぐらいしかよくわからない。勇者の能力だって、聖剣を使って魔族と戦ったっていうことぐらいしか載っていないのだ。もしかしたら、学者や地位のある人なら詳しく知っているかもしれないけど、普通なら知らなくても何も問題ないことである。
だけど、時間がある時に勇者の本でも探してみるか。曲がりなりにも僕は勇者に選ばれたんだし、知らないままでいることで危険なことだってあるかもしれない。有効活用できることがあるのかも、ぜひ検討してみたいものだ。
「魔族の中では、勇者の能力として有名だな。俺たち魔族は核から魔力を引き出し、様々な事象を操る。勇者は聖剣から神力を引き出し、様々な事象を作り出す……だったかな」
『うむ、勇者とは作り出す者じゃ。さすがに、全能ではないがな。それでも、勇者として遜色ない能力であろう。どうじゃ、そんなすごいことができる余の有能さが少しはわかったかっ!』
「うん、すごい」
『…………』
「それで結局、その具現化で何ができるんだ?」
『……ぐすっ』
何故泣く。
『さすがにすぐに創造は使いこなせぬだろうが、余の姿を具現化して変えることならできるはずじゃろう。聖剣の姿なら注目を集めてしまうのは仕方がないが、それは今回の場合まずいからの。先代の勇者も、戦い以外では余の姿を変えて、旅に連れていってくれたものじゃ』
「今回は復活が早かったな。それにしても、剣以外の姿にか…。それなら、確かに誰も聖剣だと気づかないかもしれない。どんな姿にもなれるのか?」
『うむ、お主が強く願えば、神力を介して余の姿を変えられる。さすがに大きな姿じゃと、神力の消費量が激しいかもしれんからの。今回は仕方がない故、小さな者でも許してやろう。余のこの神々しさと、ちゃんと自由に動けるように配慮しておれば、文句は言わん』
それは、さすがにすごいな。僕の意志で、姿を変えられるのか。剣以外の無機物に変身させれば楽かもしれないけど、彼女の性格的にジッとするのは無理そうだ。それなら生物に変身させて、移動を自由にしておいてあげるべきか。
しかし、残念ながら神殿は動物の持ち込みは禁止されている。毛の片付けや、他人に怪我をさせたらまずいためだ。人の姿だと、手続きとか色々大変そうだな。……あっ、そうだ。
「神々しいって、かっこいい感じか? 自由に動けるなら、羽とかがあるといいだろうか」
『ん? ふふふ、凛々しい感じも悪くない。羽も、確かに余なら妖精種とかも愛らしいかもしれんな』
「……うん、イメージは固まった。変身は任せてくれ。あと、どうした友人」
「いや、そんなあやふやなイメージでこいつに任せて――やっぱり、なんでもない」
友人は言葉を止めると、生温かい笑みを浮かべる。そしてなんだか哀愁が込もったような視線を、神殿のある方向に向けていた。
「それなら後は、聖剣を抜いた後か。代わりの剣を刺しても、入れ替わったことがばれたら意味がない」
「そこで、お主の隠蔽術じゃろう。余が何をやっても周りに気付かせない手際の良……悪さを使えば、周りの目ぐらい誤魔化せるであろう」
「聖剣、何故言い直した」
「お前に慣れてきた証拠だろ」
つまり、フレンドリーになったということか。許す。
「だけど、そこらの剣を突き刺して誤魔化しても、もし抜かれたらわかってしまうな」
「剣の先を溶接しておいたらいいだろ。それで抜けねぇよ」
『お主みたいに伝説の剣をノリで引っこ抜いてみようとする者が、二人もいて堪るか。あと余の勇者宣託の儀式を、貴様はなんじゃと思っておる』
「台座に剣が突き刺さっていたら、前フリがなくても抜いてみたくなるだろう」
『……なぁ、余はお主の神殿が崇め祀っている聖剣のはずなのじゃが?』
「うん、そうだね」
『なんであろう、この刀身全体が重くなって圧迫される、微妙に締めつけられるような痛みは』
聖剣の独り言に、友人がものっすごく首を縦に振っていた。
「それにしても、抜けない剣か。……そういえば、魔王城の武器庫――の壁を越えた先のお向かいの隣の左側の一軒家にある武器庫の方に、そんな剣があったな」
『何その無駄な記憶力』
「えっ、魔族にも聖剣があったのか?」
「聖剣じゃねぇよ。ちょっと特殊な剣でな、条件がないと抜けないところは同じなんだ。それを代わりに持って来れば、抜けないし問題ないんじゃないかと思ってな」
友人が考え込むように告げた内容は、まさに今回の件にうってつけなものじゃないか。魔族にもそういう剣があったんだな。
『魔族の剣って、魔剣では……』
「ある意味で性能はそれなりにはあるらしいが、製作者の条件が理由で誰も使おうとしなかったんだ」
聖剣と同じように、その剣も台座に突き刺さっているそうだ。どうやって持ってくるのかと聞くと、友人が剣を台座ごと召喚魔法で呼び出すみたいである。転移魔法は便利だが、正確な座標や目印がいるため準備に時間がかかる。召喚魔法は魔方陣に条件を書き込み、その情報が多ければ多いほど目的のものを呼び寄せやすいのだ。
この情報の書き込みに多くの魔力が必要であるため、低位の術師は使用が禁止されている。曖昧な情報で召喚すると、だいたい失敗してそのリバウンドを受けたり、誤ったものを召喚して混乱を呼ぶためらしい。だけど友人なら、失敗することなく呼び出すことができるだろう。
ちなみに魔物の多い聖王都では、召喚魔法が使えるレベルの人がそれなりにいる。魔法の媒介である魔石が取れやすいので、魔術師にとって人気のスポットなのだ。召喚魔法は便利な魔法なので、頑張って覚えようとする人も多い。しかし昔聞いた話では、召喚魔法を駆使した引きこもりが誕生し、商品や家の物が突然消えたりして、大変な事件が起きたこともあったらしい。聖王都内では、召喚魔法万引き・引きこもり対策課が動いているので、召喚は聖王都の外で行うべきだな。
「しかし、万が一その条件が合致したりする可能性はないのか」
「それはそうだが、神殿の奥にある部屋で入れるやつも限られている場所だろ。もし勇者選定が始まったとしても、その条件に合う人間が出てくる確率はかなり低いはずだ」
『ほう、……してその条件とは?』
「幼女のみを純粋に愛する者しか抜けない」
間。
「ちなみにその製作者は、ちょっとやらかしてしまい現在矯正施設に入れられている」
『何やらかした!?』
「その剣は触った人物の本質を見抜き、例え無自覚でも反応する。誰もその剣に触りたくなく、関わりたくなく、その剣を今後握る者が出てきても対処に困るということで、台座に封印された恐ろしい魔剣だ」
『貴様、今回の件を利用して、その呪いの剣を厄介払いしたいだけじゃろッ!?』
しかし、その条件なら剣が抜かれる可能性は相当低いはずだ。例え僕のように勢いの誘惑に負けても、その抜こうとした人物がそんな条件に当てはまる人物だったなんて、もはや運命だとしか思えない。
もし勇者選定が始まるような事態になってしまったのなら、いっそ引っこ抜けてしまってもいいのかもしれない。己の至高の宝を守るために、魔族すら恐れる剣を片手に、堂々と敵に立ち向かう姿。
その者を偽物だと誰かが言ったとしても、間違いなく……そいつは勇者だ。
「よし、その案でいこう」
「おう、任せろ」
『えっ、待って! お願いじゃから、本気で待とうっ! もしかしてお主ら、今までもそんなノリで決めてきたのかッ!? 本当にそれでいいのか、今一度考えてみてはくれんかなァアアッーー!?』
友人とサムズアップをすることで、お互いに通じ合えた。それから、ぼっちか、新たなる勇者の可能性かを天秤にかけた聖剣からもちゃんと許可をもらい、外で魔剣を召喚する。友人が空間魔法で魔剣を一切触らずに収納し、僕も丁寧に隠蔽を行って僕らの姿を誰にも気づかれない様にした。せっかくなので聖剣の部屋まで、神殿の中を友人に案内しながら向かった。
こうして、聖剣のお引越しは恙なく行われた。聖剣は念願がようやく叶った嬉しさからか、歓喜の涙を流しているようであった。