第二話 呪われているかもしれないんだけど、どうしよう
今から五百年ほど前に、聖剣に選ばれた一人の勇者によって、一つの国ができあがった。聖王都と呼ばれるこの国には、いつも多くの人々が訪れる。そんな国に建っている平凡なとある食事処で、僕は数週間ぶりに友人と再会したのであった。
「というわけで、またちょっと困ったことが起きたので、ぜひ相談にのってほしい」
「……また前回みたいなレベルの相談じゃないよな」
「あれはびっくりだったよね」
「聖剣をびっくりで済ますなよ」
何故か出会って数分で、背中が煤けだす友人。今日のおすすめである野菜たっぷりのクリームパスタを食べながら、僕は元気のない彼の様子に首を傾げた。
「友人よ、人間関係は笑顔から始まると聞くぞ。そんな死んだ魚のような目をしていては、せっかくの美形が台無しだ」
「俺は人間じゃないとか、いつも眠そうな仏頂面のお前に言われたくないとか、言いたいことはいっぱいあるが、褒めてくれてありがとよ」
「どういたしまして」
だから何故、深い溜息を吐く。
「そうか、わかったぞ友人。今日のお店のもう一つのおすすめは、手作りフルーツジュース(八十セン)らしい。今から相談料として一緒に注文しておくから、それでどうか機嫌をなおしてくれないか」
「いや、ちょっと待て」
「ふっ、安心してくれ。ちゃんと友人の分は二個頼むつもりだ」
「そこじゃねぇよっ! 相談料欲しさに溜息を吐いた訳じゃねェッ! しかも、お前の俺に対するイメージのどこにも安心要素が存在してねぇんだけどォッ!?」
友人の後頭部におぼんがクリティカルヒット。彼の叫び声に負けないぐらいの悲鳴があがった。
「……くそっ、そうだった。この店には、なんか知らんがエンペラーがいたんだった」
「初撃からおぼんが火を噴くとは、凄いじゃないか友人。前回の来店一回で、顔を覚えてもらっていたみたいだぞ」
「嬉しくない情報をありがとう」
「どういたしまして」
ちなみに僕らは、前に相談にのってもらったところと同じ食事処に入店している。ここのおすすめ定食はおいしいし、安いのでよく利用させてもらっていた。
僕は昼食を食べ終え、先ほど注文したフルーツジュースを喉に流していく。友人も僕と同じように食事を済ませている。そしてジュースを片手に持ち、もう片方の手を額に当てながらなんか唸っていた。頭がキーンとしたのだろうか。
「……それで、結局相談内容はなんだよ」
「あっ、うん。そうだった。友人はさ、呪いとかって詳しい方?」
「いきなり物騒だな、おい」
魔族って魔術とか呪術に詳しそうだとなんとなく思ったので、友人に相談しようと連絡を入れたのが発端だ。友人に「俺だって忙しいんだぞ」とぶつぶつ言われたが、彼の参加率はこの三年間ほぼ百パーセントである。なるほど、これがやはりツンデレか。
今から一、二年ほど前に、彼は『転移魔法』と呼ばれる古の魔法を頑張って習得したらしい。これはマーキング用の陣を空間に刻んで作っておくことで、その陣を張った場所に魔力を消費することで瞬間移動できるようだ。それまでは、文字通り飛んできてくれたっけ。
「呪いって、また大司教にかけるためか? もう十分に呪いまくっているだろう」
「それも魅力的だけど、今回はかける方じゃなくて、かけられる方。友人、もしかしたら僕は誰かから呪いをかけられているかもしれないんだ」
「……えっ、何。お前を呪うような勇気のあるやつがいたのか」
友人の驚くポイントは、いつもどこかズレているなと思う。だけど、価値観は人それぞれなので僕は優しく見守ることにした。
「だけど僕一人じゃ判断できなかったから、友人ならわかるかと思ったんだ」
「あぁ、なるほど。お前なら大半の呪いなんて、無意識の内に叩き潰して呪詛返しまでおまけしていそうだからな。認識できるぐらいの呪いは初めてってことか。それで、具体的にはどんな呪いなんだ」
「その……、声が聞こえるんだ。それが頭の中に何度も何度も」
僕の話に、友人も真剣な表情で耳を傾けてくれる。呪術系は家族に教えてもらったのでそれなりに知っているが、それでも全てを知っている訳ではない。遠方に住んでいる家族に心配をかけさせたくない気持ちもある。
こんな困った時に、頼りになる相手がいる。やはり友人とは素晴らしいものだ。
「詳しい状況は? 声はなんて言っているのかはわかるのか? そう言った呪術系の言霊には、洗脳系もある。内容によっては、相手を判別できるかもしれん」
「なるほど、わかった。声は僕が日課である呪術を大司教にかけ終わってから眠ろうと、うとうとしだした時に聞こえるんだ。鬱陶しくて、おかげでいつもより寝るのが二十分ぐらい遅くなる被害を受けている」
「被害それだけかよ」
始まって一分も経たない内に、友人の声から疲れが見える。「頑張れ、俺」とぶつぶつ独り言が聞こえたが、やはり呪いの相談ともなれば神経を使うのだろうか。
「えっ、本当に睡眠二十分だけの被害? あと大司教はまだお前に嫌がらせを続けているのか、ある意味すげぇな」
「何を言っているんだ、友人。人間の三大欲求とまで呼ばれるものが邪魔されているんだぞ。これで寝不足になって、仕事でミスをしたらどうするんだ。あと大司教は、なんか相手も意地になっているような気がするけど、ここまで来たら僕も期待に応えようと思って。呪術のいい練習台になってくれているよ」
「本音が出ている。お前一応神官なんだから、ってしかもこいつ勇者だった…」
「最近は、歯と歯の間に高確率で食べ物が詰まる呪いをかけている」
「地味にレベルアップしてやるなよ」
僕の上司でもある大司教に、何故か僕は目の敵にされている。最初の頃は、僕だって上司と仲良くなろうと頑張ったさ。でも田舎臭くて、高貴な自分には僕の存在は毒だとよく言われた。数多いる田舎出身者に会うだけでそんな反応が出るなんて、なんて苦労しているんだろうと初めは心配したものだ。
部下として、ここは上司の体質の考慮と改善を手伝うべきだ、と一年間僕は健気に頑張り続けた。まず考えたのは、彼の体質について周りの理解がいることである。上司が過ごしやすい環境を作ることで、きっと円満な関係が築けると思ったのだ。
だから僕は、神殿だけでなくこの国中に、大司教の田舎過剰体質をわかってもらおうと宣伝しまくった。大司教がどれだけ田舎が嫌いなのか、田舎の人間をどれだけ人間扱いできないほど過剰に接してしまうのかを懇切丁寧に伝え続けたのだ。そのおかげで、高貴な人以外は大司教に近づくことすらなくなった。これで、彼はとても快適に過ごせるようになっただろう。
暮らしやすい環境を整えたら、次は改善に向けての手伝いである。人が駄目なら、まずは物から慣れていくのだ。同じ田舎出身の人たちにも協力してもらい、彼の食事に田舎名物『魔物の姿焼き』とかを出してもらったっけ。
しかし、そんな僕の努力は報われることがなかった。何故かものすごく、僕にだけあたりが強くなったのだ。僕が話しかけると、いきなり戦闘態勢に移行する。確かに体質改善のためとはいえ、少々お節介だったかもしれないだろう。
だけど、上司命令で休日がとれないぐらい仕事を入れられた時は、さすがの僕も怒った。上位ランクの魔物の討伐を一人でやれと命令された時だって、そこまでの旅費自己負担に憤った。僕は高給で、国から権利が保障されている職だから、神官になったのだ。それなのに、労働手当をねじ伏せる大司教のやり方に、僕も徹底抗戦を行う覚悟をした。
それ以来、僕と大司教の戦いは続いているのである。
「お前の行為を予測することほど、難しいものはないよな」
「あぁ。好意とは、難しいものだ」
……あれ、そういえば何の話をしていたんだっけ。
「って、そうじゃない。呪いの内容はどうした」
「えっ、だから、歯と歯の間に――」
「そっちじゃねぇよッ!」
友人は目を見開くと、すぐさま自らの後頭部のあたりに手刀を放つ。銀の閃光に見事に当たったと思った瞬間、彼の手はおぼんをすり抜けていた。
「馬鹿な…、残像だとッ――!」
良い音が鳴った。
「……お前の睡眠時間が削られている呪いはどうした」
「あっ、それだそれ」
「お前実はそこまで困ってねぇだろ…」
いや、困ってはいるんだよ。困っては。
「しかも聞いてくれ、友人。その聞こえる声だって、訳のわからない内容なんだ。僕も身に覚えのない言いがかりばかりで、とても困っている」
「言いがかりって…。お前が寝そうな時ばかりに聞こえるのは、おそらくお前の意識が朦朧として、普段なら無意識に蹴散らしている異常耐性が薄まっているからだろうな。それで?」
「うん、声はたぶん女の人の声かな? 年齢はよくわからないけど、若いと思う」
「えっ、女? ……いや、悪い。そのまま脱線せずに、とりあえず最後まで言ってくれ。いいな、絶対にそのままだからな」
友人は僕より年上だからか、時々このように子ども扱いをしてくる。そこまで念を押さなくても、僕だってちゃんと説明ぐらいできると思うぞ。本当に友人は、心配性だなぁ。
「うーん、なんて言えばいいんだろう。良く言えば高貴そうな、悪く言えば上から目線な感じで仕事について命令してくるんだ。僕は真面目に職務を全うしているし、無職じゃないから勧誘はやめてくれ、といつも言い返しているのに毎晩諦めずに――」
「待て、とんだ。よくわからないけど、今なんか話がとんだ。戻れ戻れ。俺のために戻れ。命令してくるの次の部分から詳しく」
「あぁ、すまない。僕に仕事をしろとうるさいんだ。それで僕はちゃんと仕事をしていて、無職じゃないからって……友人、何故目頭を押さえだす」
「いや、お前と会話がちゃんと繋がったことに思わず…」
僕の友人は、時々訳の分からないことを言う。
「つまり、毎晩『仕事をしろ』という声が聞こえてくる訳だな。偉そうな女の声で。それにお前は仕事はちゃんとやっているし、勧誘はいらないと断っていると」
「そうなんだ。僕は神官として、毎日仕事に励んでいるのに全くもって失礼だ。今日だって、大司教に言われたとおり、朝は平原でビーム掃除。昼は所業の悪い冒険者がいたから冒険者組合の本部に掛け合って来いって言われたことを、ちゃんと丁寧にやるつもりだ」
冒険者組合は、人間の国にのみ存在する相互組織である。この国の冒険者のメインは、魔物を狩るハンター職が多い。しかし森や山に囲まれてもいるので、採取や採掘などのトレジャー職も多くこの国に訪れる。そのため、冒険者とのいざこざも大なり小なりあるのだ。
今回は神殿の私有地としている場所に、冒険者が無断で入ったことが原因らしい。その私有地の中には、質の良い植物や鉱物などが取れるところが多く、ぶっちゃけて言えば神殿がそれを独占しているのだ。それを快く思わない者も多いだろうけど、それでも決まりは決まりだ。神殿が頑張って交渉して、たぶん多少後ろ暗いことをしながらも、勝ち取った権利である。
勇者信者の寄付だけでは、神殿だって成り立たない。怪我の治療や、薬の販売、神殿のお抱え鍛冶師による道具の販売など、他にも色々手を出している。そういったサポートをしている店や職人に、定期的に安定した物資を渡すことで利益をいくらかもらっているのだ。さらに、欲しい時は安く物資を受け取ることもできる。
そういった経緯から、神殿は私有地にはうるさい。冒険者の言い分も、わかると言えばわかる。彼らが採取できる場所は、大平原の奥や危険がある場所に行かないといけないのだ。魔物が少なく、安全に質の良いものがしかも大量に取れる場所。ちょっとぐらいと思う気持ちもわかるが、一人許したら大量に来る。そのため、私有地に侵入者があったら、毎回冒険者組合の方に注意を言いに行くのだ。
正直面倒だが、そういった積み重ねが取締りに繋がる。冒険者組合だって神殿に煙たい気持ちを持つだろうけど、毎回文句を言われるぐらいなら、新人の教育に力を入れてくれるだろう。今回はそんな役目を、僕が受けたという訳である。
「ちなみに、その仕事はどうするんだ」
「手ぶらじゃアレだから、手土産を持って組合へ言いに行くつもりだよ。ただ向こうは人数も多いだろうから、小さいものじゃ足りないかも。あと僕は若いし、神殿として舐められてもいけない。だけど手土産用の経費は、大司教が色々理由をつけて許可してくれなかったからな…」
仕事はしっかりやりたいが、自費で払うのは気持ち的に辛い。冒険者組合の人たちが喜びそうで、経費があまりかからなくて、神殿としての権威も見せられる手土産。これもなかなか難しい問題である。
「……あっ、そうだ。友人の転移で、北の山脈にも行けたりする?」
「ん、北か? 確か三年前によくお前と戦って焦土にしていた場所に、一つ目印をつけていたはずだぞ」
「本当か。なぁ、友人。今日の昼は時間があいているか? よかったら一緒に、その辺りに飛んでいそうな飛竜なんかを捕まえにいかないか。自分でとるからタダだし、食料や素材になるし、いいお土産になりそうだと思って」
「あぁ、竜は無駄なところがないからな。午後は会議があるから、一時間程度が限界だが、俺とお前なら数匹は捕れるだろう。それぐらいでいいならいいぞ」
「ありがとう、友人。すごく助かる」
僕は友人に、助けてもらってばかりだ。気持ちとして、いつかお返しとか用意しておこう。友人が困ったときは、僕も相談にのれるようになりたいものだ。
「組合の手土産の方は解決したが、呪いの方はな。それにしても、『仕事をしろ』か。……あぁ、なるほど。そういえば、神力のスキルには『神託』があったな。ふーん、聖なるアレなら、使えなくはないか…」
「友人? 『神託』は前に騎士団で使ったが、それがどうした」
「いや、何でも。随分はた迷惑な仕事の勧誘だと思ってな。お前はちゃんと神官の仕事をしているというのに」
「そうだろう、友人もわかってくれるか」
なんだかすごくいい笑顔な友人の表情に、僕もなんだか嬉しくなる。でも、どうしたんだろう。
「お前の話を聞いて、それは呪いじゃないかもな。だから、お前の呪詛返しが効かなかったんだ」
「えっ、呪いじゃなかったのか」
「おう。そして、これ以上の怪しい勧誘が来ないために、とっておきの方法を教えてやるよ。……こいつの勘違い思考を知らなかったことが、相手の運の尽きだ」
「友人は今の話だけで、相手の手口がわかったのか。しかもその対処法まで。なんという慧眼。さすがだ、友人。本当に君に相談してよかった」
「ふははははっ! そんなに褒め称えても、何も出してやれねぇからなっ! まぁ、俺にかかればこれぐらいの問題なんて――」
おぼんは、忘れたころにやってくる。
「……落ち着いた。さっきの俺は忘れろ。今すぐ忘れろ」
「楽しそうだったのに。まるで三年前、初めて会って高笑いしていた友人のように、『ふははははっ、愚かなる人間め。この世界の頂点たる魔族の俺様の視界に入ってしまったことが、貴様の運の尽きだ。いいだろう、貴様の血の雨を惨劇の合図に、人間たちに絶望を――」
「ギャァアアアッーー!!」
見事なオボン・フィナーレが咲いた。
ちなみにその後、何故か荒ぶる友人が八つ当たり気味に北の奥にある竜の巣に突撃したのでそれに便乗し、冒険者組合へのお土産をたくさん手に入れられた。荒くれなイメージがあった冒険者であったが、お土産を見せながら交渉したら、とても低姿勢で丁寧に対応してくれたのだ。思い込みはいけないな、と僕自身反省した出来事である。
「これからも神殿と仲良くして下さいね」と言った僕に、すごい勢いで首を縦に振ってくれた。緊張したが、きちんと話せばわかってくれる人たちで本当によかった。友人に言われた対処法を早速帰宅したら実行しよう、と考えながら僕の平凡な一日は終わったのであった。