第十三話 エーヴェルト家の家訓その二、狩りは常に全力で
「あっ、久しぶり。ルー」
「あっ、お久しぶりなのです。兄さん」
「もうすぐ夜だね。夜ご飯は外へ食べに行く?」
「外食は(財政の)敵なのです」
「そうか、敵か。それじゃあ、仕方がないな」
「お主ら、それが約一年ぶりに再会した兄妹の会話でいいのか」
しっかり定時いっぱいまで働き、家に帰宅した僕を待っていたのは、カブトムシと一年ぶりに見る妹だった。片手をあげて挨拶をすると、妹も同じように挨拶をしてくれる。これがいつものことなのだが、何かおかしかっただろうか。二人で不思議そうに視線を向けると、疲れたように角を横に振って、「別によいか」と勝手に納得したようだ。
「それじゃあ、家で食べようか。うどんとかそばとか、ラーメンとかなら、この前買ってきたからあるけど」
「のぉ、フェイル。余は蜂蜜が主食じゃからいいが、何故この家には麺類しかないのじゃ。いつも思うが、片寄りすぎぬか」
「野菜や肉類はちゃんと取っているから、栄養は問題ないけど」
「いや、そういう問題ではなく」
「私はパスタが食べたいのです」
「それ選択肢になかったぞっ!?」
「わかった、クリームパスタでいいかな」
「あるのかいッ!!」
イザベルのテンションがいつもより高いな。家にお客さんが来るのは初めてだから、あがっているのだろうか。パスタはなんでも料理に使える主食メニューなんだから、常備しているのが常識だと思うけど。
「兄さんは実家への仕送りの食材に、基本麺類とその他長持ちするものを送ってきますからね。手打ちうどんセットと、流しそうめんセットは送ってもらったので、パスタは久々なのです」
「……今度、フェイルに麺類以外も仕送りに送ってやるように言っておくの」
「えっ、都会の人って麺類しか食べない人種じゃないのですか?」
「フェイルゥッ! お主の謎のこだわりのせいで、他国の人に聖王都のいらん誤解を与えておるぞォォーー!!」
聖王都には、ちゃんと他にも主食がたくさんあるからっ! と聖王都の食の豊かさと、樹海で取れる蜂蜜の上手さを妹にカブトムシが語っていた。それに口元を手で押さえ、「真っ白いご飯なんて、書物にしか出てこないような伝説の食材が!?」と妹も話に乗り気なようだ。おしゃべりで盛り上がっているようだし、仲良くなってよかった。
僕はキッチンに行き、冷凍機能のある魔導具で保存をしていた食材を取り出し、神力を手のひらに集中して熱で解凍していった。次に水や火も魔導具で起こし、調理器具を準備する。今では当たり前のように使っているこれらの魔導具は、聖王都で暮らす上で必需品となっている。実家にいた頃は、ほとんど手作業だったからな。家では消耗品である魔石を、日常の生活に使えるほどの余裕はなかったのだ。
魔石が豊富に取れる場所というのは、やはり大きな利点だと思う。その分、魔物の被害や危険度も上がるけど。でも一般家庭でこれだけ便利なものが揃えられるのだから、家族もこっちに引っ越して来たらいいのにな。一族が代々大切に使ってきた土地だから、という理由らしいけど、資源も長い年月で減ってきてしまっているだろうに。まぁ、伝統も確かに大切だけどね。
そんな風に考え事をしながら麺の入った鍋に火を通し、塩を少量まぶしておく。同時にクリーム用に、もう一つ鍋を用意して下準備をした。本来なら一時間ぐらい水で寝かして麺にもっちり感を出すのだが、さすがに妹をそこまで待たすわけにはいかない。今度時間がある時に作ってあげよう。そんなこんなで時間をかけ、完成である。
「今まで一人暮らしをしていて、経済関係はそれなりにきっちりしておるから当然なのかもしれんが、お主が普通に料理ができることにものすごく違和感が」
「麺類なら任せてくれ」
「いや、そういう意味ではなく。……お主のその麺類へのこだわりはなんじゃ?」
「えっ、おいしいから」
「えっ、本当に理由それだけ?」
自分がおいしいと思うものを、食べて何がいけないのだろう。ちゃんと栄養は考えているし、飽きないように麺の種類もちゃんと変えているのに。僕からの返事に、カブトムシが悩ましげな呻り声をあげ出す。「間違ってはおらぬ。間違ってはおらんのじゃが…」とゴンゴンと壁に角をぶつけだした。角は聖剣だから、壁が傷つくのでやめてほしい。修理費が大変だ。
「あんなに壁へ角をぶつけても大丈夫なんて、すごいカブトムシですね。しっかり身が詰まっていそうです」
「フェイル、お主の妹の発言が一々怖いぞっ!?」
「えっ、今のは褒め言葉だろう」
「はい」
「……カブトムシって、普通は観賞用だよね? 都会でカブトムシが食物連鎖に巻き込まれるのは、おかしいはずじゃよな?」
もう、この兄妹いやじゃぁー、とぶつぶつ言いながら、イザベルは晩御飯の蜂蜜を自棄酒のごとくゴクゴクと飲み出していた。僕はできたパスタをテーブルに並べ、さっそく晩御飯を食べることにする。うん、それなりにおいしい。妹も嬉しそうに食べているので、何よりである。
とりあえず、妹にはカブトムシは非常食用で飼っている訳じゃない、とは説明しておいた。妹もそれに頷き、確かに食べるよりもマニアに売った方がお金になりそうです、と納得してくれた。それもなんか違う、と煤けた背中を見せながら、イザベルが黄昏ていた。
「というより、なんでそんなにお主らの価値観は世知辛いのじゃ。フェイルの実家はそこまでお金がないのか?」
「私たちの家は魔導具が開発される前から、魔物の魔石を独自に利用し、薬草などを煎じてきました。数百年前までは、魔女と言えばそれなりに名も上がるほどの名家だったそうです。しかし、魔導具と言う誰もが使える魔の開発によって、どんどん仕事も減っていってしまいました」
「僕の家の技術は伝統もあって、古いからね。術を行使するにも触媒や特殊なものが必要だから、元手を補うために依頼料もかかる。だから生産が効率化され、比較的安価で手に入る魔導具にお客を取られてしまった感じだ。つまり、営業の時代の波に乗り遅れてしまった感じかな」
「本当に世知辛い理由じゃった」
東の国は聖王都ほど技術が進んでいないから、まだ古き魔女の力を欲しがる取引先はいる。だけど、たぶんもう百年ぐらいしたら今までのやり方では本当に通じなくなるだろう。今だって、冒険者組合から魔導具が各地に流れていっている。魔導具を使って、魔法を行使する魔法使いの数も増え、魔女や魔法師にお願いするまでもなくなっていったのだ。特殊なものなら依頼もあるが、それで食べていくのは難しいだろう。
術の行使に経費はかさむのに、収入が心もとなくなってはどうしようもない。新しい技術を取り入れようにも、今までのプライドや出遅れた分が足をすくませてしまう。僕らが子どものときは、完全にそんな悪循環に陥っていた。依頼が全然来ない時は、基本草と虫を食べていたと思う。
「冬が一番大変だったよね」
「はいです。草も虫もいませんからね」
「その時はどうしたのじゃ?」
「基本、魔物や冬眠中の熊を奇襲して食べていました」
「熊がかわいそうっ!?」
「魔物や熊殺しのエーヴェルト、って二つ名がつくぐらいには、魔物と熊を狩って冬を凌いできたからね。お金が足りない時は、毛皮を売ったりもしていた。僕たち一族が今まで飢餓者を出さずにいられたのは、この副業のおかげもあるんだ」
「そ、そうなのか…。こやつらが相手だと、何故か熊の方が被害者に感じてくるのが不思議じゃ」
冬に食べる熊鍋はおいしかった。エーヴェルト家の近くの森や山に住む熊は敏感で、魔法使い関連の臭いがする人間を見ると、先祖代々からの本能的にからか全速力で逃げ出すから捕まえるのが大変なのだ。聖王都に来て、熊が人間を見たら逃げずに襲ってくることもあると聞いた時は、軽くカルチャーショックを受けたな。
「それにしても、フェイル。よくそんな幼少期を過ごしてきて、魔導具のある生活を普通に過ごせるの。ある意味、商売敵じゃろうに」
「実際に便利だし、時代の流れなんてそういうものじゃない?」
「兄さんみたいにここまで柔軟と言うか、単純と言うか、それでいいじゃん的な人は他にいないので、一緒にはしないで下さいね。お婆様は伝統を大切にされていて、魔導具を邪道だと嫌っていますから」
「そ、そうか。まぁ、価値観は人それぞれじゃからの…」
「しかし私も複雑ではありますが、魔導具の利便性はわかっているつもりです。妬むより、変わるべきなのは私たちの方であると。だから、兄さんから魔導具をいくつか取り寄せてもらったり、聖王都の情報を手紙で送ってもらったりしていました。今回私がここに来たのも、タダで薬草採取ができると同時に、魔導具開発が活発な聖王都をこの目で見て、今後の魔女のあり方を考えたかったのもあります」
僕の聖王都行きが許されたのは、神力があるからと出稼ぎにいいのと、魔導具の情報が入りやすいからって理由があったからだと思う。それにしても、あのお婆様が家の後継者である妹の聖王都行きを許したのは、ちょっとびっくりした。魔導具が嫌いなのは、今でも変わらないだろうに。
「そういえば、ルー。お婆様は僕の仕送りを使ってくれている?」
「……魔女関係では一切使っていないのです。でも、送られてきた食事はちゃんと食べてくれていますよ。本当に頑固な人です」
「そっか、元気なら僕はそれでいいよ」
やっぱり血の繋がった家族だから、そのあたりは心配だった。それにしても、さすがは麺類。あれはお年寄りでも食べやすいからな。今度は茶そばでも送ろう。妹にそう伝えると、なんだか小さく笑われながら、同意するようにうなずいてくれた。
身内の会話をしてしまったからか、イザベルは訝しげにしながらも静かに待ってくれていた。それに謝ると、気にするでない、とぶんぶんと角を横に振る。ここにはイザベルがいるし、つもる話はまた実家に帰った時でいいか。とりあえず、明日の樹海探索について話をしておくべきだろう。みんなに関係があることだからな。
「という訳で樹海探索の話になるけど、森林でのビーム爆撃禁止令が出ているから、僕は南にはあんまり行かないんだ。だから、冒険者組合に所属しているイザベルの方がこのあたりは詳しかったりする?」
「そうじゃの。一応、一通りの説明と魔物の特徴は聞き及んでおる。道は従業員がついてきてくれるのなら、問題ないじゃろう。……カウンセリングでだいぶ立ち直れたとは聞いておるが、不安は残るのぉ」
「森に出てくる魔物ですか…。家の近くの森に出てくる魔物とは、やはり違うのでしょうね。ちなみに熊は出ますか?」
「お主は何故そこまで熊にこだわる。余の知っている情報では、大型の昆虫系の魔物や、植物系の魔物、魔の草を取り込んでおるからか魔法を使う魔獣などがいるらしい。それらが主に危険とされておるの」
晩御飯のお皿をみんなで片付け、一服した僕らは今後の話へと切り替えた。カブトムシからの情報に、妹が「大型の昆虫…」とそわそわしている。明日のお昼ご飯は現地調達で決定かな。
「フェイルの行きたいところは、どのあたりにあるのじゃ?」
「このパンフレットを見ると、結構奥にありそうなんだ。だから、ルーの薬草取りが終わってから向かえばいいかなって思っている」
「でも、それでは遅くなってしまいませんか?」
「野宿は嫌だから、そうなったら帰りは友人の転移魔法か、ヴァーラさんの背中に乗せてもらおうかと考えている」
「あの、兄さん。転移魔法って確か古代魔法じゃ…。それに背中に乗る?」
「あっ、そうだった。友人は凄腕の魔法使いということになっていて、ヴァーラさんは魔竜族で今は竜人間さんなんだ」
「つまり、……神官の兄と、魔女の私と、カブトムシと、冒険者と、自称凄腕魔法使いと、魔竜族というメンバー構成?」
「ハ、ハベルは普通の人間じゃから。それで、なんか混沌さが中和されたりせんかのぉ……?」
後に、無茶言わないで下さい。と冒険者さんは冷静に返したらしい。
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「ふははははっ! 我は竜族の長、魔竜族ぞ! 災厄は怖いが、竜としての威厳を捨てる訳にはいかん。カウンセリングを受け、竜用に処方してくれた薬で発作を抑え、トラウマに立ち向かい続けた我は遂に災厄の前に盾なしで三メートル以上離れたら問題なくなったのだっ! 我の努力の結晶をとくと見るがよい!!」
「ヴァーラさん、元気そうだね」
「言っている内容は未だに情けないが、本人は嬉しそうじゃからそっとしておこうな」
「俺は後ろの圧迫感がなくなっただけで嬉しいよ」
「あれが魔竜族…。あの鱗一枚で様々な触媒や値段に……」
「妹よ、仲間を食材や材料に見んでくれんか」
「あっ、すみません。つい癖で」
聖王都の南出口で待ち合わせとなっていた僕らは、無事に合流することができた。イザベルとハベルさんは、樹海関係の依頼を今日は組合で受けてきたみたいなので、仕事もかねて行くようだ。確かにその方が効率的だな。ヴァーラさんも、一応組合の仕事関係でついて来てくれるみたいである。
「しかし、正直誘っても来ないと思っていたが、よく来たの」
「……災厄が森林破壊しないように身体を張って頑張れ、と組合から送り出された」
「借金持ちはつらいの…」
カブトムシが「蜂蜜飲むか?」と声をかけ、冒険者さんも「少しなら背中をかしてあげるから」と優しく労わっていた。妹が不思議そうにしていたので、「借金はしない方がいい」と教えておいた。たぶん、そういう話だよね。ドラゴンも借金をするのですか、と都会は怖いと言って妹は戦慄していた。
今日は森に入るということで、それぞれ準備万端で集まることになった。ハベルさんは、肌を出さないようにきっちりと着こんでいて、短い得物を中心にいくつか樹海用の魔導具を持ってきている。ルーは昨日知り合ったからか、どんな効果がある魔導具なのか聞きに行ったりしていた。彼はそれに丁寧に対応してくれるので、ありがたい限りだ。
僕の場合は神力でカバーすれば、ほとんどなんとかなる。虫よけの術をルーにかけてもらったので、それなりに身軽だ。なので薬草を持ち帰るための袋を背負って、今日のお出かけは援護と荷物持ちが主な仕事になりそうである。妹は重たいローブから、肩に羽織るような動きやすいものにして、お気に入りの箒を二本背中にさしている完全装備だ。あれは森に入る時の本気モードだな。
「ふん、それではトラウマを(二割ほど)乗り越えた我がさっそく案内してやろう。ついて来るがいい」
「あれ、でも兄さんの友人さんがまだのような」
「うん、もうすぐ来るはずなんだけど」
「な、なんだ、遅刻か。集団行動ができんとは、これから先が思いやられるな」
鼻息を荒くし、腕を組む従業員さん。今日は前回までと違い、なんだか生き生きとしているようだ。僕が会話に入っても視線が斜め上を彷徨って、身体が小刻みにブルブル震えるぐらいである。やはりこうやって、コミュニケーションが取れるのはいいことだな。
「集団での活動に大切なことは、きちんとルールを決めて行動することだ。組合職員であるこの我が、ガツンっと最初に言ってやらねばな!」
「……いや、待て。今更じゃが、確か魔竜族のトラウマの元ってフェイルだけじゃなかったような気が」
「悪い、待たせた。明日の打ち合わせがちょっと長引いた。あと部下がおぼん分身の技をもうすぐ会得しそうで、つい熱が入っちまった」
「あっ、友人」
転移魔法でシュンと飛んできて、片手をあげてやってきた友人に僕も片手をあげる。妹も「本当に転移魔法で来たのです、都会はやはり恐ろしい」と友人の存在を認めてくれたようだ。
いつもの茶髪で、服は探索用に動きやすいものを選んでいるようだけど、僕と同じように軽装だろう。魔竜族の炎すら普通に魔力で弾き飛ばしてしまうから、必要ないと言えば必要ないんだろうけど。
「そうだ友人、従業員さんが遅刻だと怒っていたぞ。理由はあっても、謝っておくべきじゃないか」
「あぁ? まぁ、確かにそうか。……で、その従業員はどこだよ」
友人の言葉通り、さっきまで威風堂々としていたヴァーラさんが突如消えていた。おかしいな、さっきまであんなに元気に立っていたのに。首を傾げて辺りを見回すと、何故か前回と同じ定位置で発見する。冒険者さんと目が合うと、彼はもう色々諦めたような笑みを浮かべていた。
「ふっ、増えた…。災厄が増えた、災厄が増えたぁぁ……」
「ヴァーラさーん、友人が遅刻したことを謝りたいって――」
「フェイル、あの高速首横振りを見てやれ。残像まで見えるぞ。要約すると、遅刻のことはもういいからと言いたい様じゃ」
「えっ、そうなのか」
僕が従業員さんに視線を向けると、「えーん、おかあさーん」と言いながら、冒険者さんの背後にしがみ付いていた。ホームシックだろうか。
「と、とりあえず、樹海での単独行動は危のうございやすのでおわし。必ずグループで行動するようにしていただけるとありがたいのでござる」
「魔竜族よ、せめて言語を統一せぬか」
「迷子になってしまった時はどうしましょうか?」
「じゃあ、僕が極太ビームを上空に撃ってみんなに知らせるよ。上空なら森は焼けないから」
「じゃあ、俺もその時は魔法で爆発音を響かせて知らせればいいか」
「余らの最初のルールは、こやつら二人を絶対に単独行動させぬでよいな」
『異議なーし』
僕と友人以外の全員の声が綺麗に揃った。すごい、もう集団で波長を合わせることができるなんて。僕も負けられないな。あと迷子になった時は、組合側が用意してくれた魔導具でなんとかすることになった。なんでも目指し石という道具で、核となる石に引っ張られる力を利用した集合用のアイテムらしい。その石がさす方向に、仲間がいるということだ。へぇー、便利だな。
それから数分後。こうした話し合いを経て、僕たちの樹海探索は始まったのであった。
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聖王都を出て、南の大平原を進んだ先に見えるのは一面生い茂った広大な森である。少し外れると湿原などを見ることもでき、珍しい伐採物や採取物が手に入るので冒険者や魔法関連の人間がよく訪れる場所だった。しかし多種多様な魔物が多く、特殊効果を持った厄介な魔物もいる。平原での魔物退治に慣れた初心者が次に来る場所とされているが、たくさんの人間が森の洗礼を受け、手痛い目にあうらしい。
毒や催眠などの異常効果を持った魔物は、一気に形勢を逆転してくる危険性があり、擬態して奇襲してくるものもいる。さらに足場の悪さと、一面木に囲まれた空間は視界を悪くし、油断が命取りとなりやすい場所だ。魔物にとって豊富な食料に溢れる森は、彼らの繁殖力を高め集団で襲ってくる。さらに魔の力を持った草や水を得ることで、能力が変質したり、巨大な姿に変わることもあった。魔に狂った魔物は、凶暴性を増すこともあるため危険度も跳ね上がるのだ。
そして僕らが森に入って真っ直ぐに進んだ先で、遂にその森の洗礼たちが姿を現したのであった。
「とりあえずビーム」
森を焼いちゃ駄目だから指先ビームで、現れた巨大カマキリや巨大キノコっぽい軍団のみを焼き払う。
「面倒だな…。魔力でサーチして、えーと、あそことあそこにもいるな。じゃあファイヤー」
友人が魔力で周辺を探査し、上空からの狙い撃ちファイヤーで擬態していた魔物も含め、ここら一帯の障害のみを焼き払った。ちなみに人間に化けているので、魔導具を一応介して行うようにしている。さて、戦闘開始数秒後。森の洗礼は無事に終了したようだ。
「これ、俺たちの出番ってあるのかな」
「こやつら普段は問題児じゃが、戦闘力だけは本当に問題ないからのぉ」
「あっ、この草は探していたものなのです。ヴァーラさん、そっちの草も取って下さい」
「うん、わかったー。われなにもみてないもん。くさあつめにいそがしいからー」
「……森の魔物たちへの理不尽の洗礼はあやつらに任せて、余らも仕事をするか」
「そうですね。採取も冒険者の立派な仕事ですよね」
目をキラキラさせて、薬草の山を嬉しそうにかき集める妹になんだかほっこりする。隣で友人も、草をいくつか抜いている。聞いてみると、お茶にブレンドさせて飲むと腰痛にいいらしい。他にも身体のだるさや疲労回復にも良いそうだ。さすがは健康マニアで、普段から色々気を付けている友人だな。博識だ。
それからまた薬草を求めて直線距離で移動し、障害は基本ビームとファイヤーをぶっぱしたらなんとかなった。なんとかなるんだし、問題ないだろう。不都合はないし。
「この戦力強行突破を見ていると、世界の理不尽さをひしひしと感じるの」
「えっ、何か問題があるのか」
「問題は……ないな。ないのじゃけど、果たしてこれでいいのかと思うぐらいにはなんかひどい」
そう言いながら、「あっ、これは毒ありじゃな」と聖剣(角)で突き刺して毒を浄化させてから回収するカブトムシ。その花、特殊な方法を使って花びらを回収しないと危ないって組合の図鑑には載っていたけど、手軽に集めていっている。後ろでハベルさんが「常識が儚い…」とつぶやいていた。
「次はこれとこの草が欲しいのです」
「ふむ、それらを集めるとなると、群生地はそれぞれ方向が逆だな」
僕たちが樹海に入って、数時間が経った。何も問題なく進んだことで、予定よりも早く目的が達成できそうである。それにしても、だいぶ森の奥に入ったからか、近くに生えている木は僕の何倍もある背丈になっていて、幹もかなり太い。根っこが足元を覆うように広がり、周りは緑に溢れかえっている。僕の目的地はもっと奥だけど、かなり奥地に入ってきたように思う。
そんな時、ルーが従業員さんから借りた植物図鑑を手に持って、残りの薬草について尋ねていた。それにヴァーラさんが組合のデータを調べて出てきた情報に、順調に進んでいた全員の足が止まる。ある程度の方角が示された森の地図を広げて見てみると、確かにそれぞれ真逆の方向にあるようだ。それなりに距離もあるし、両方を一つずつ取りに行くなら時間がかかりそうである。
「二手にわかれるか?」
「あぁ、確かに。ちょうど六人だから、同じ数ずつ人数を分けられるね」
友人からの提案に僕はいいアイデアだとうなずいた。それに他の四人が途端に静かになる。今までの採取仕事よりも真剣な目になり、円陣を組みだした。いきなりどうしたんだ。
「……どうわかれる?」
「たぶん兄さんに任せたら、くじで決めようとか言い出すと思います」
「いやだ、我はもしあの二人に囲まれる結果になったら生きている自信がない」
「何よりも、戦力差を考えようよ。俺もさすがにあの昆虫集団の瞬殺を見続けるのは、精神的につらい」
「回復役もわかれておくべきかの。それに目的の薬草に詳しい魔竜族と妹もわかれるべきじゃろう」
僕と友人は置いてけぼりで、ものすごい気迫で話し合いを進めている。僕は誰とでもいいし、友人もその辺りはどうでもいいのか、近くに生えている樹海健康グッズ集めに忙しそうだ。もうすぐお昼の時間だし、山菜やキノコ類は集めたけど、やはりメインは欲しいと思う。食材探しもしないとな。
そんな感じで、今まで出てきた魔物の調理法を考えていた僕と、木にくっ付いていたらしい大きめのクワガタを聖剣カブトムシの前に持ってきて勝負させようとしていた友人に向け、チームメンバーが決まったことが伝えられた。ちなみに勝負は、カブトムシの見事な一本背負いが勝敗を決した。
「という訳で話し合いの結果、兄さんとヴァーラさんとハベルさん。そして、私と友人さんとイザベルさんになりました」
「おい、待て。俺はカブトムシとさらに妹と行動するのかよ。兄妹同士で組ませた方がいいんじゃないのか」
「仕方がなかろう。余も色々不安じゃが、厳正な話し合いの結果なのじゃから」
友人がメンバー構成に意見を言うと、聖剣が溜息を吐きながら話し合いの結果を報告してくれた。よっぽど話し合ったのか、みんな額に汗を滲ませていた。
「まずお主ら二人を揃えると戦力が集中するし、何より精神的にキツイからの。そして、神力が使える余とフェイルは念のためわかれておった方がよいじゃろ」
「ついでに、ヴァーラさんが今日初めてのトラウマ体験した友人さんより、まだなんとか耐性をつけたばかりの神官さんの方がまともに対応できそうだという判断だね。……俺は盾役で引っ張り込まれた」
「災厄その一とその妹に囲まれて、我が正気でいられる訳がないからなっ!」
「といった話し合いの末、こうなりました」
ヴァーラさんが元気そうな声で、ハベルさんの後ろから叫んでいる。友人が半眼の視線を向けると、ビクビク震えだしたけど。まぁ、納得しての結果なら僕は大丈夫だ。イザベルは友人とも妹とも一緒に過ごしていたから、上手くまとめてくれると思うし。二人ならルーを任せられる。
「それじゃあ、ここで止まっていても始まらないし、さっそく出発しようか。ヴァーラさん、道案内をお願いします」
「いいだろう、我の三メートル以上後ろからハベルを間に挟んでついて来るといい」
「俺はいつになったら、盾役を降りられるのかな…」
「あっちもこっちも不安じゃが、お互いいろんな意味で気を付けような」
イザベルの言葉にうなずき、それぞれのグループにわかれて足を進めることになった。もし何かあったら、お互いに神託で伝えられるだろうからね。そうして僕たちは二手にわかれ、樹海探索はさらに続くのであった。