第十二話 エーヴェルト家の家訓その一、たくましさこそ美学
「ここが、聖王都ですか…」
初めて乗った魔導汽車と呼ばれる巨大魔導具にも驚いたが、これほどの活気溢れた街並みと技術の高さにも、少女は目を大きく開きながら、素直に感嘆をもらす。自分が暮らす場所は、木々に囲まれた森の中であったため、都会と言われる場所に来たのは初めてである。人の多さに、少し酔いそうにもなった。
それになんだか、一人取り残されたような気持ちになり、大きめのとんがり帽子のつばで、顔を隠す様につい手で押さえる。しかし、次には拳を握りしめ、勇気を振り絞って顔を真っ直ぐに上げた。
こんなところで、立ち止まっている場合じゃない。一緒に降りてきた他の乗客が心配そうに自分を見ていることに気づき、慌ててぺこりと一礼すると、彼女はとにかく前に進もうと足を動かした。
「うぅ…、予想以上に広いのです。人もすごく多いですし……。でも、社交的なようで、無自覚にトラウマや諦めを振りまく兄さんがやっていけているのですから、きっと私だって大丈夫なはずです」
褒めているのか、貶しているのかわからないが、彼女はそれで元気が出たらしい。約一ヶ月ほど前に聖王都へ向け手紙を出し、そして返信として返ってきた手紙をポーチから取り出す。そこには、兄が住んでいるらしい住所が載っていた。「迎えに行こうか?」と手紙には書かれていたが、彼女は「私はもう十二歳だから!」と意地を張ってしまった手前、なんとしてもたどり着かなくてはならない。
しかし、彼女の予想以上に大きな街並みに、つい足が竦んでしまった。街の者も、ここでは珍しい少女の格好に好奇の目を向けている。村では当たり前だったが、自分の姿は確かにここでは浮いてしまっているかもしれない。聖王都の女性や、女の子が着ているおしゃれで可愛らしい服に、欲しいなぁー、とぼんやり思うが、ぶんぶんと首を振って邪念を打ち消した。
「あ、危なかったのです。誘惑に負けてはいけませんよ、ルクレツィア。衣服は丈夫で長持ちし、洗濯がしやすく、且つ効率的な動きができるものが最も適しているのです。ひらひらな服では、森で熊に出会っても戦えません。すぐに汚れてしまいます。何より、お金がかかります。嗜好品は贅沢なのです。あれは敵なのです、欲望に負けてはいけません!」
衣服一着で、不思議な闘志を燃え上がらせる少女であった。兄の仕送りのおかげでだいぶ家計は楽になったが、それまでの生活が彼女の根底に深く根付いてしまっているため、基本貯金や貯蓄に余念がない。三つ子の魂百までである。彼女の仕事柄、仕事道具の手入れや補充にお金を使うため、無駄金は決して出せない。何より、兄が一生懸命に働いて出してくれているお金だ。そんな気持ちが、彼女の意地を強固にしていた。
紺色のとんがり帽子に、淡い同色のローブを纏い、背中には彼女の身長よりも少し長い箒を背負った少女は、あっちにふらふら、こっちにふらふらしながらも、地図を片手に頑張った。橙に近い金の髪のおさげが、彼女の動きに合わせてぴょこぴょこと忙しない。少し小腹が空いてしまったのもあって、おいしそうな匂いまで自身の刺激を増やしてくる。初めての都会は、誘惑が多いらしい。
そんな誘惑を打ち消し続けていた彼女が、ついにあるお店で足を止めた。その店は、どこにでもある掃除用具品店。本来なら、十二歳の女の子が足を止めるようなところではない。しかし、彼女の目が映したある一点。そこには、キラキラとまるで宝物のようなエフェクトが(彼女視点で)見えてしまったのであった。
「こ、これは、何て素敵な箒なのですかっ……!」
色、艶共に美しく、平均的な平筆状でありながら、隙のないバランスで整えられた穂先の粗。自身の身長でも使いやすい柄の長さ。素人にはわからない、というか違いがさっぱりわからないのだが、箒マスターである少女としては、そのスマートで飾らないフォルムも文句なしの一品だった。
あまりの衝撃的な出会いに、壁に張り付いて年齢相応のキラキラとした眼差しが箒に向けられる。掃除用具品店の店主の方が、少女の行動に理解ができず、声もかけられなくてドギマギする。変な空気が、店の周辺に数秒ほど流れた。
「本当に素晴らしいです…。この箒なら、掃除もさらに効率的に行えそうですし、何より……いい武器になりそうです!」
「いや、なんで箒が武器なのじゃっ!」
「なっ、箒はすごい武器なのですよ! 私のようなか弱い女の子でも持てますし、掃除など日常でも使えますし、遠くの物を取るのにも便利ですし、穂先を相手の顔に向けて突けば目つぶしになりますし、勢いよく薙ぎ払えばかまいたちのように切り裂けます。熊で実証済みです!」
「素で恐ろしいことを、さらっと言っておらんか!?」
「きゃっ、……カ、カブトムシが! 大きくて、おいしそうなカブトムシが、しゃべっているっ!?」
「余はもはや、どこからツッコめばよいのじゃァァッーー!?」
たまたま冒険者組合の仕事帰りだったカブトムシと、未知の珍味との遭遇に驚く少女と、困惑と共に立ち尽くす同僚の冒険者の青年は、こうしてツッコミから出会ったのであった。
******
「はっ? 妹が来る?」
「うん、今日来るって手紙に書いていたからね」
「お前、本当に妹なんて存在していたのか…」
「友人、それはどういう意味だ」
どうして僕が、妹がいるいないで嘘をつかなければならない。首を傾げる僕に、よくわからないが半笑いっぽい友人の笑い声と共に、「気にするな」と遠い目をしながら言われた。まだ例の後始末に、疲れているのだろうか。
「しかし、なんでまた? お前の家族って、確か東の国の田舎に住んでいるって前に言っていただろう。わざわざ聖王都に来るって、何かあったのか」
「なんでも、聖王都の南にある樹海で、手に入る薬草などの採取がしたいらしいんだ。この辺りは魔物が多い分、魔の力を持つ珍しい草が生えやすいからね。いつもは取り寄せたり、僕が頼まれたものを送っていたんだけど、今回は数が多いらしい。妹は聖王都にもともと興味があったみたいだから、せっかくの機会だし一度来てみよう、ということになったんだ」
お昼ご飯のもっちりチーズのラザニアをいつもの食事処で取りながら、僕は友人に説明をしていく。あのお疲れ様会が終わって、久しぶりに届いた妹からの手紙には、だいたいこのような内容が書かれていた。それからも数度手紙のやり取りをして、今日という日に決まったのだ。
ルーからの手紙には、「たまには帰ってきたら」ともついでに書かれていたけど、神官ってなかなか長期休暇が取れないからな。まとまった休みを取るのは大変だ。僕が長期休みを取ろうとすると、何故か午前中の騎士団や神官や組合の巡回経路の変更にわちゃわちゃしたり、ビーム掃除停止を聖王都中へ通知するなどでごちゃごちゃするみたいで、どうも時間がかかる。ちなみに休みが決まったら、大司教が毎回スキップをしながら僕へ伝えに来るので、わかりやすい。
「というか、妹が来るっていうのに、こんなところで飯を食っていていいのか。迎えに行かないのか?」
「僕の仕事の邪魔をしたくないらしい。僕も心配だけど、大丈夫だからと言われた手前、兄としてあまり干渉しすぎるのもよくないと思ったんだ。妹の乙女心? を考えてみた結論だ」
「へぇー、お前も兄としてなら、そういうところを考えてやれるんだな」
「当然だろう。それに、もし迷子になっていたら、聖王都中に神託で『妹の迷子放送』をかければ問題ないだろうからな」
「前言撤回。乙女心を考えてやれ。羞恥心で、お前の妹が爆発するぞ」
なんだと、妹が爆発してしまうのか。それは困るぞ。
「そういえば、確か明日だっただろう。お前が俺に、よかったら一日だけ予定をあけておいて欲しい、って言っていた日は。妹が来ている日と被って、大丈夫なのか?」
「あぁ、むしろ被せるように予定を組み直したんだ。妹の目的地と僕が行きたい目的地が同じだったから、それなら一緒に行った方が効率的だと思ってね」
「ふーん、そうか。俺はいいが、妹の方は俺らがいてもいいのか」
「事前に言っているから、大丈夫だろう。それに、兄としての信用向上のためにも、友人と会わせたいと思っていたからな」
「……俺が何で、信用向上につながる」
「妹に、僕に友人ができたと手紙でいくら書いても、生温かい返事ばかりが返ってきて、何故か信じてくれないんだ」
「ああぁぁーー……」
友人、視線の明後日への泳ぎ具合がすごいぞ。聖剣にも似たような反応を返されたけど、僕は何も間違いは告げていない。理由を考えてみるが、やっぱりわからない。そういえば数ヶ月前に、(カブトムシと)同居することになったと手紙で伝えた時は、手紙で何故かすごく優しく労わられたのだ。
「兄さん。仕事が大変なら、仕送りは数ヶ月ぐらい大丈夫だから、ゆっくり休んだ方がいいよ」と返信に書かれていた。別に大変じゃなかったし、これもよくわからなかった。でも兄を心配してくれるなんて、優しい妹であることに間違いはない。贔屓目もあるだろうけど、家族思いのいい子だと思う。
「なんか、お前の妹も、お前に似て色々濃そうだなぁ…。さすがは、兄妹」
「ん、まぁ妹は僕と似て、しっかりものだからな」
「お前の行動って、確かにしっかりしているはずなんだろうけど、どうしてこう不安要素ばかりが溢れ出してくるんだろうなー」
友人は乾いた笑みを浮かべながら、昼食後の蒸し製玉緑茶を湯呑片手に、優雅に飲んでいた。濃厚な味わいが最高らしい。
「あっ、そういえば、その妹だけど。なんでわざわざ薬草なんて必要なんだ?」
「仕事でだよ。僕の生まれた家は、だいたいみんなその職に就くんだ」
「薬師なのか?」
「魔女だ」
「ブホォッーー!!」
あっ、いや待って! 今噎せているからおぼんは待っ――という言葉を後に、容赦なく友人はおぼんアッパーを食らい、宙を飛んで行った。綺麗な放物線だった。
「エーヴェルト家は、代々魔石などを使って、独自の占術や呪術を生業とする魔女や魔法師の家系なんだ。それで、術の使用のために魔の力を含んだ薬草を使ったり、生き物を供物にしたり、虫なども扱っていてね。虫は非常食に使えるから、よく食事に出てきたなー。おかげで、カブトムシとか子どもの頃に飼えなかったんだけど」
「お、おまっ、ちょっと待てっ。げほっ、ごほっ…。マジでお前、魔女の家系なのか?」
「そんなに驚くことか? 友人は、僕が大司教に呪術をかけているのを知っていただろう」
「いや、う、うん。それは確かに知っていたが。なんか、お前なら呪いぐらい、普通にできそうだとあんまり深く考えていなかった」
「何を言っているんだ、普通そんなことできる訳がないだろう。まだまだだなぁー、友人」
あれ、この場合、俺の思慮が足りなかったで片付いてしまうのか? いやいや、そんなはずは……。と、友人が額を手で押さえて、ぶつぶつ唸り出した。普通の人間が、人に呪術をかけるなんて、できないに決まっているだろうに。やっぱり魔族だから、そのあたりの価値観は人間と違うのかな。
「いや、……俺は間違っていない。そうだ、だってお前、勇者じゃないかっ。そうだった、さらっと忘れそうになるけど、こいつ勇者だった。聖剣がもはやカブトムシで定着しそうになっているけど、伝説の聖剣をノリで引っこ抜いたのはお前だろうが!」
「うん。どうしてか僕が、勇者になっちゃったんだよね」
「そもそも、お前の職業は神官だろ。魔女と神官って、方向性が逆じゃないか」
「そうなんだ。僕は物心つく前から、神力が使えた。だからその代わり、魔石から魔力を制御する才能や、エネルギーを操作するセンスは相性最悪でね。魔力関係を使わない簡単な呪術や、魔導具による効果なら僕も使えたけど、家族と一緒の仕事に就くことは、僕にはできなかった」
「…………」
実際に、神殿で働いている神力を持った人は、魔力との相性は総じて悪い。もともと魔の者の力だった魔法は、魔石を介して人間が使えるように技術開発したものだ。当然と言えば、当然だろう。神力は五百年以上前から、魔を滅する力として、使われてきたのだから。
そのため、神力を持った者が、魔法を使うことはできない。その逆で、魔法を扱える才がある者は、神光術などは使えない。僕の住んでいたところは、魔女の家系と関わりが深いところだったから、神力のことやその扱いを知っている人は全くいなかった。聖王都に来て、やっと色々知ることができたんだよな。
「お前、それ。かなり大変だったんじゃないのか」
「うーん、まぁ苦労はしたと思うよ。でも、僕はこの力があってよかった、と思っている。神官っていう高給職に就けたし、保証もあるから将来は安泰だし、苦労した甲斐はあったと考えているよ。それに聖王都は住むのに便利だし、仕事はやりがいがある。友人や聖剣、他にもたくさん知り合いができた。僕としては、なかなかいい人生を送っていると思っているかな」
「いや、まぁ……お前が気にしていないのならいいけどよ。ポジティブ精神というか、結果が良ければ過程をほどほど無視できるところは、確かにお前らしいか」
僕も食後のお茶で一服しながら思ったことを話すと、友人はガシガシと頭を掻いて、肩を竦めて呆れたように笑っていた。うーん、これって僕らしいのだろうか。自分じゃよくわからないけど、他人から見たらわかることもあるみたいだし、そう思うことにしよう。
それに、辛いことにとらわれ続けるより、これからの人生をもっと楽しく過ごしていくには、どうしたらいいのかを考える方がいい。そっちの方が、僕は好きだ。
「まぁ、この話はもういいか。それで、お前のその妹は、今日のいつぐらいに来るんだ?」
「そうだなぁ、早ければもう着いているかもしれないけど、遅かったら夕方になるかもしれない。イザベルの冒険者の仕事が、今日は昼頃に終わるみたいだから、家で妹を待っていてほしいってお願いはしている。ルーには、僕の家の地図を渡しているから」
「ルー、っていうのが、妹の名前なのか?」
「ルクレツィア・エーヴェルト、が妹の名前だよ。長いから、僕はルーって呼んでいるけど」
「あぁー、じゃあ俺は、……妹呼びでいいや」
名前を紹介したはずなのに、敬称呼びで定着された。友人、実は名前を覚えるのが苦手なのだろうか。そういえば、昔読んだ本にストレスで頭の記憶のところが、徐々に悪くなることはある、的なことが書かれていたかもしれない。
これは、大変だ。ストレスはいけない。疲れがたまると、髪にダメージが最初に来るみたいだからな。もしかして友人の頭皮は、実は危ないかもしれないのか。
「友人、……妹なら、友人の頭皮後退を防ぐ呪術も知っているかもしれない。だから、どうか諦めないでくれ」
「えっ、ちょっと待てっ! 今の会話のどこから、俺の頭皮後退の話になった!? まさか、下がっているのか! 俺の頭皮後退が、目に見えるぐらいやばいことになっているのかァッ!! かっ、鏡! 鏡はどこだッーー!?」
おぼんの裏でも使って見てろ、と言うように、友人の顔面にピカピカに磨かれたおぼんが、クリーンヒットしたのであった。
******
「驚きました。まさか、兄さんのお知り合いだったなんて…」
「俺としては、神官さんに妹がいたことに驚いたけど」
「うむ、まぁ偶然じゃが、手間が省けてよかったわい。余がフェイルの家で、お主を待つ予定であったからの」
「……兄さん、本当に同居している相手がいたんだ。でも、カブトムシって同居扱いになるの? そもそも、カブトムシに留守を任せるのはいいのかな。ある意味、兄さんらしいけど」
「えーと、まぁ、カブトムシが冒険者として仕事をしている国だから」
「そうですか。……都会って、すごいんですね」
都会に対して激しい勘違いを起こしている少女に、ハベルは何かを言いかけたが、口を噤むしかなかった。価値観崩壊の元であるカブトムシを同僚にして、普通に慣れて仕事をしている自分に、いったい何が言える。聖王都で冒険者活動を始めて、約一ヶ月。彼は聖王都初心者から、聖王都中級者への道を、立派に歩んでいるのであった。
「でも、本当に運がよかったのです。聖王都って意外に広くて、びっくりしたので」
「確かに広いからのぉー。お主を最初に見つけたのは、ハベルの方でな。ふらふらする姿を見て、目に留まったらしいぞ」
「いや、その、珍しい格好だったし、小さい子が一人でふらふらしていたから、迷子かなって」
「うっ…、確かにちょっとふらふらは、しちゃったかもしれないですけど……。あ、あの、兄さんには、このことは内緒でお願いします。大丈夫って自信満々に返事しちゃったから、さすがにそのぉ……」
「フェイルは、気にせんと思うがのー。まぁ、余は別に構わぬぞ。のぉ、ハベル?」
「そうだね。それじゃあ、神官さんには内緒だね」
「はい、ありがとうございます!」
照れくさそうに、パァーとルクレツィアは嬉しそうに笑った。二つに結んだおさげが、彼女の感情に合わせて跳ねるように揺れる。その様子を微笑ましそうに見られていることに気付き、慌てて大きめの帽子のつばを手で押さえて、顔をさっと隠した。
「なんじゃ、恥ずかしがらんでもよかろうに。子どもは元気なのが、一番であるぞ」
「やめてください、カラッと揚げますよ」
「照れ隠しが死刑宣告ッ!?」
ちなみに食べ物以外が相手だった場合は、箒が飛んでくるらしい。
「そういえば明日は、俺たちも神官さんに誘われているけど、ルクレツィアちゃんも来るんだよね」
「はいです。兄さんも南の樹海に用事があったみたいなので、一緒に行くことになりました。お友達も一緒に行くとのことですが、本当に来られるのでしょうか?」
「神官さんの友人さんだっけ。俺は会ったことがないけど、よく食事はしているらしいよ」
「小姑はなんだかんだで、忙しいみたいじゃからの。昼食以外、なかなか都合をつけるのが難しかったのじゃ」
「……小姑?」
「えっ、友人って女性? しかも、兄さんって結婚していたの?」
「……すまぬ、余が普通に悪かった。小姑は余がつけたその友人の呼び名で、一応フェイルと同じ年ぐらいの見た目の男じゃ。陰険で性格は悪いが、共にアホとおぼんに立ち向かう同士ではあるの」
「……仲、良いんですか、悪いんですか?」
少女の質問に、カブトムシは無言になる。仲が良いか、と聞かれても反応に困った。確かに彼と仲良しとは言えないが、しかし険悪な訳でもない。お互いになんとなく認め合っており、そしてなんだかんだで神官を中心にまとまっている感じである。もともと聖剣と魔族という、相容れない間柄だ。それでも、そこにいるのが当たり前、と思う様にはなっていた。
改めてこのような質問をされて、自分も丸くなったものじゃ、と聖剣は心の中で呟く。ほんの数ヶ月前までは、魔族は全て敵だと思っていた。魔王は必ず滅ぼさなくてはならない、と考えていた。それこそが、己の存在意義で、役目だとずっと疑問にすら思っていなかったのだ。……今代の勇者に、振り回されるまでは。
『こいつと付き合う上で一番大切なことは、色々諦めることだからな』と、以前その友人から仕方がなさそうに言われた言葉を思い出す。それになるほど、とイザベルは納得する。彼もそうやって、色々諦めてきたのだろう。アホにつき合っていると、難しく考えている方が馬鹿らしくなってくるものだから。
「……余も同じか、小姑のことを笑えぬな」
「イザベルさん?」
「なんでもない。まぁ、安心せい。お主らに迷惑はかけん。ちょっと余が角でプスッと刺したり、軽く喧嘩をするぐらいじゃ。いつものことじゃから、あんまり気にせんでよいからの」
「……それ、いいんですか?」
疑問符が飛ぶように首を二人揃って傾げるが、イザベルは前足で綺麗に角の手入れをしながら、それ以上は口を噤んだ。その様子に、二人は不思議そうに肩を竦める。少なくとも、空気が悪くなるようなことはしない、と告げられたため、それでいいかと納得した。
「そうだ、そのご友人さんの名前を、一応伺っていてもいいですか?」
「あっ、そうだね。なんて名前の人なんだ?」
「ん、小姑の名前か? 確か、……ディ、ディー。ディーバ? 違う、ディード、あれ? ディー、……すまぬ、ちょっと待ってくれ。今、頑張って思い出す」
「あの、本当にお友達なんですか」
いやだって、今思うと小姑の名前をちゃんと聞いたのって、本気で一番初めに自己紹介した時だけじゃぞ!? カブトムシ、本気で焦る。さすがにつき合い約半年目で、名前を覚えていないのは自分でもまずいだろうと思った。しかし、カブトムシになって今まで、あの時の一度しか友人の名前をマジで聞いていない。
小姑呼び以外も、今後はしていこう。あとついでに神官にも、名前で少しぐらい呼んでやれ、と助言をしておこう。名前は他者とコミュニケーションを取る上で、必要不可欠なものだ。そのはずだ、そう思いたい! とカブトムシは心中に冷や汗が流れながら、何度もこくこくと頷いた。
こうして、それぞれの思いを胸に抱きながら、相変わらず好き勝手に、彼らは己の道を突き進んでいくのであった。