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第十一話 聖王都初心者の心得その五、マナーはしっかり守りましょう

※あとがきに頂いた作品のイラストを掲載しています。




「という訳で、今回のカブトムシ就職活動で、無事にイザベルの就職先が決まったことと、休日に働いた分にもらえた僕の臨時ボーナスにかんぱーい」

「……なんというか、あの就職騒ぎが結局それで落ち着くあたりに、何かがおかしい気が。まぁ、かんぱい」

「かんぱいじゃな。うむ、聖王都の危機とか、組合の過労具合とか、魔族の存在とか、その他諸々とあったはずなのにのぉー。あっ、フェイル。今日は祝いの席故、蜂蜜の量を増やしても構わぬか?」

「多すぎると、健康に悪いんじゃない? それなら、今日はいつものじゃなくて、もうワンランク上のロイヤル蜂蜜を頼んだらどうかな」

「おぉ、その手があったかっ。ふふふっ、ロイヤルはあまり飲んだことがなかったからの。あれを一気にグイッといくなんて、まさに至福の極みではないかぁー」


 カブトムシによる冒険者組合体験記から、一週間が経った。僕たちが今いるのは、聖王都にある食事処の一つ。いつも通っているお気に入りのお店であった。相変わらず、僕が店員さんに注文をお願いすると、数分でおぼんに丁寧に乗せて持ってきてくれる。やはり、いい仕事をするな。うん、今日のオム玉風ネギ焼きそばも絶品だ。


 あれから一週間経ったことで、聖王都も友人の方もそれなりに落ち着いてきたため、いつものメンバーで今回のお疲れ様会を行うことにしたのである。メンバーは、僕と、嬉しそうに角をぶんぶん振って上機嫌な聖剣と、そんな聖剣に半眼の眼差しを向ける友人の三人だ。……どうしたんだ、友人?


「いや、カブトムシもだいぶここに染まったなー、と」

「どういうことだ?」

「……もうなんか、色々慣れたなってことだ」

「そうか、それはいいことだ」


 僕の言葉に、友人が難しそうな顔で額に手を当てて悩みだした。だからどうしたんだ、友人。


「ところで、さっきあっさりと言っていたが。結局のところカブトムシは、冒険者組合の方で無事に就職することができたのか?」

「うん、仮登録から正式な登録になったんだ。魔物に無双できるのは事実だし、上空落下の時に従業員さんと冒険者さんを助けた功績もあるし、その後の従業員さんへのカウンセリングを手伝ったりもしていたからね。おかげで、組合からも正式な合意をもらえたんだ」

「……カブトムシ」

「うむ、フェイルの説明も間違ってはおらん。しかし、聖王都にとって危機レベルの軍勢を一撃でブッパした相手から、『ところで、カブトムシの就職状況ってどうなっています?』とその日に聞かれて、断れる相手が果たしているのかどうか…」


 聖剣からの言葉に、何故か納得気味にうなずき出す友人。僕は何かおかしなことでも言っただろうか。だって、正社員になれるように就職活動を頑張っていたんだから、きちんとお伺いを立てるのは当然だろう。保障やお給料だって、全然違うのだから。


 それと、聖剣が正式に組合に所属できても、彼女はまだまだ初心者であるため、複数での活動が余儀なくされたのは言うまでもない。元々、荷物関係の問題もあったため、聖剣だけでは活動できないから、その点は問題はない。ちなみにこの問題に関しては、案外すぐに解決した。あの時、一緒に冒険者家業をしていたハベルさんと、聖剣は二人でチームを組むことになったからだ。



「そのハベルって、あの時気絶していた人間か」

「そうそう、冒険者さん。彼も聖王都初心者だし、神力が使えるカブトムシと一緒なら問題ないだろうってことで、一緒に活動することになったんだ」

「あやつとは、蜂蜜で共に杯を飲み合った仲じゃからの。それにこの前、気絶した時に手当をしてくれた礼にと、いい腐葉土を余にくれたのじゃ。余の中では、礼儀をしっかりと重んじる者は、信じるに値する者と同意義じゃ!」

「そうだよね、だから僕自身も礼儀は大切にしている」

「……ちょっと揺らいだ」

「揺らぐなよ、わかるけど」


 ハベルさんは、あの後組合の人に運ばれて手当てを受け、改めて何があったのか話を聞かれたらしい。僕は神殿の人間だし、イザベルは仮登録カブトムシだし、ヴァーラさんは泡を吹いていたし、まともにきちんと話ができそうな人が彼しかいなかったからだそうだ。


 冒険者さんからの説明でみんな今回の件に納得したみたいだけど、僕もちゃんと通信でそのあたりを説明したと思ったのに不思議だ。事実をきちんと伝えたはずなのに、何か言葉が足りなかったのだろうか? 初落下の時のびっくり感想を、もっと詳しく言うべきだったのだろうか…。わからない。


「ふーん、じゃあその冒険者とコンビを組んでもいいってぐらいには、そいつと息が合ったってことか」

「まぁ、そうじゃな。いいやつではあったぞ」

「僕も色々新しいことを知ることができたし、話をして楽しかったな」

「ドラゴンの方は?」

『…………』

「二人そろって無言になるのかよ」


 正直、僕が話しかけても従業員さんがよく過呼吸を起こしていたから、あんまり話をすることができなかったんだよね。さらに、ずっと冒険者さんの背後霊(物理)に忙しそうだった。だから、ヴァーラさんのことはよくわかっていないのだ。僕は仲良くなりたかったんだけど。


 それで今は、組合系列のカウンセリングを受けて、なんでも心の傷を癒しているらしい。カウンセリングの先生も、ドラゴンの心のケアをするのは初めてで、聖剣が従業員さんを連れて行った時には無言で三度見されたようだ。現在は試行錯誤しながら、先生と一緒に頑張っているみたいである。


「……医者も、まさかカブトムシからドラゴンの心の治療をお願いされるとは思わなかっただろうな」

「今は瞑想したり、腹式呼吸をしたり、色々実験しているみたい。ドラゴンのツボ押しマッサージ療法の開発や、ドラゴンが落ちつく音や香りの調査をしているようだ。最近なら、アニマルセラピーは効くか、で従業員さんの鼻先に犬やら猫やらを置いたりしていたな」

「だんだん嬉々として、実験していた気がするの」

「さすが聖王都の医者、ただじゃ転ばなかったか」


 組合で知り合った二人とは、たぶんこれからも交流がありそうだろう。イザベルの就職活動のためだったけど、こんな風に知り合いが増えるのはやっぱり嬉しいものである。


 お疲れ様会だから、ちょっと騒いじゃっているかもしれないけど、それなりに声は潜めているので大丈夫だろう。今日の集まりは僕のおごりだから、ぜひ楽しんでほしいものである。あと、友人はやっぱり色々忙しかったからなのか、顔色にまだ疲れが残っているように感じる。よっぽど大変だったんだろうか。



「友人の方はどうだった? はっちゃけ魔族さん達と話はできたのか?」

「ん? あぁ、話か。とりあえず、計画の内容や色々洗いざらいしゃべらせているところだな。ずっと声を出していたからか、俺も喉がカラカラだ」

「……ふむ、そうか。しかし、お主も意外と律義じゃの。混乱を生み出した魔族共一人ひとりに、わざわざ話し合いの場を作ってやるなど」

「そんな面倒なことはしていないぞ」

「うん? 声が枯れるぐらい、相手と話をしたのではないのか」

「話をしたのは、つい昨日からだ。それまでは、お……魔王様に反逆した罰をあいつらに与えていた」


 魔族は友人曰く、脳筋で上下関係がそれなりに厳しい種族らしいので、裏切った者への処罰はしっかり行わなくては下に示しがつかないらしい。処刑にはならないように魔王が取り計らったらしいけど、さすがに魔王への明確な反逆を見せた相手に、軽い処罰で許す訳にはいかなかったそうだ。


 そこで友人が考案したらしい処罰を魔王側が受け入れて、約一週間近くもう二度と反逆などと考えないぐらいの罰を彼らに与えることになったそうだ。処刑を禁じたため、反逆を起こそうとする心を徹底的に折る方向にしたらしい。なんとも壮絶だけど、こういう問題は対応が難しいものである。


「……王への不忠による処刑を無くすのなら、それぐらいせねば周りに示しはつかんかもしれぬ。理解はできるが、それでもあまりいい気分にはならぬの」

「俺はその罰の考案者だからな、処罰対象者以外の魔王城のやつら全員に、刑のやり方や指示を出し続けていたんだ。疲れたけど、その分の成果は出すことができた」

「友人は、いったいどんな罰を考えたんだ?」


 僕の質問に、友人は口を閉じて一息置き、テーブルの上で手を組んで真剣な表情を作った。そんな空気を感じながら、僕も焼きそばを食べる手を止めて、青のりをさらに上からまぶしておく。青のりがシャカシャカと降り注ぐ静寂の中、友人は徐に重い口を開いた。


 彼曰く、それは魔王城で罰を与える者たちにとっても、大変過酷な戦いであったらしい――。



『そこ、違うぞ! もっと腰を深く落として、足に力を入れろ! 身体の全ての筋肉を使わなければ、やつを使いこなすことなどできんッ!! ――そこの貴様ら、そんな投げ方でおぼんが究められると思っているのか!? おぼんをなめるんじゃないッ!』

『は、はいっ!!』

『次は連続投げの修行だっ! 一秒かけず、おぼんを撃ち出すんだ!!』

『はい、魔王様! この修行で、必ずやおぼん連撃を習得してみせます!』

『おーい、魔王様ー。おぼんを持っただけで、うっかり拉げちまったんだけど…』

『この筋肉ダルマ! 相変わらず、力加減が下手なんだよ! おぼんは繊細な武器なんだぞ! 貴様の腕力は、ここぞという時のパワーショットを撃ち出すためにしっかりとコントロールをしやがれ! そういった細かい力加減を学ぶことで、貴様の強さは次のステージに進めるはずだっ!!』

『――ッ!? 魔王様、俺の強さを引き出すためにそこまで考えて……。正直なんで反逆の粛清で、おぼんを投げることになったのかわからなかったけど、まぁいっか』

『魔王様! なんで我々は、おぼんの的になっているのですか!? 訳がわからなくて、しかも理解できる要素が一つもないのが逆に怖いのですがッ! 反乱を起こしたことは、心から謝りますからァァッーー!!』



「えーと、(魔王様呼びの部分は省略)大体こんな感じで、魔王城にいるみんなで訓練と八つ当たりついでに、反逆したやつらに四六時中おぼんを投げまくった。いいおぼん訓練にもなったし、魔族におぼんが武器であるとしっかり周知することもできたんだ。そんな風に一週間ほど投げ続けていたら、相手がおぼんを見ただけで過呼吸症状を起こす様になってな。おぼんをチラつかせただけで、何でも話したり、服従するようになったんだ。これは画期的だって、魔界で『おぼん練武刑』という名前で罰の一つに取り入れようか、って現在宰相と話が進められているところで――」

「ねぇ、何をやっているの? 魔族はいったいどこを目指しておるのじゃ?」

「壮絶だが、確かに画期的だ。おぼんならどれだけ投げても死者は出ないし、投げる方は体力が続く限りいくらでも投げ続けられるし、訓練にも悪くない。しかも、おぼんを用意するだけだから、かかるコストも安い。おぼんの可能性を、どうやら僕はまだまだ甘く見ていたようだ」

「あぁ、俺も今回のことで、おぼんの恐ろしさが身体の芯まで伝わってきたからな…」

「あれ、こやつらのように納得してしまうと、余の価値観がもう後戻りできないところまで行ってしまわぬだろうか? 確かに、おぼんは武器であるが……。――ち、違う! おぼんはただのおぼんじゃっ!! 危ない、ふ、踏みとどまれっ! ここは常識の線引きから出ぬように、全力で踏みとどまらなくてはならぬ時なのじゃ、イザベルよォッーー!!」


 一人テーブルの上で盛り上がっていたカブトムシが、見事におぼんで撃ち落とされた。




******




「おぼん、おぼん痛い、おぼん怖い……」

「無茶しやがって…」


 さすがは、エンペラー。見事な一撃だった。


「えーと、つまり。友人の考案した罰によって、魔族側はそれで問題は収まったってことか?」

「反乱側の対応については、ある程度な。……問題があるとすれば、あれだけの魔族の軍隊が敗れたことによる、魔族側が感じた危機感だ。お前の神光術を受けた奴らは、問答無用で空からいきなりビームを受けただけだから理由もわかっていない。そのおかげで、人間をなめていたやつらも慎重になったが、逆に人間への警戒心が生まれたってことだからな」


 このまま人間と争うことは危険かもしれない、という気持ちが魔族側に芽生えた。でもそれは同時に、人間に対する焦りも生み出したってことか。人間以外の種族でも、焦りは有事の際、判断を狂わせる毒になる場合もある。友人が心配しているのは、そういうところなのだろう。


「まぁ、そのあたりは聖王都に飯を食いに――ごほんっ、偵察をしに来ている俺がなんとか収めておく。少なくとも、現在魔王城は保守派が優勢になったからな。話も通じやすい」

「大変そうだけど、大丈夫なのか?」

「エンペラークラスのおぼん使いがいるとわかれば、やつらも迂闊な真似はしないだろう」

「……前提から色々おかしいはずなのに、何故か説得力を感じてしまうおかしさ」

「あっ、おかえり、聖剣」

「うむ…、ただいま。なんだか日に日に、己のメンタルと常識が鍛えられているような気がするわい」


 そう言えば、最初の頃のイザベルは、癇癪を起こしたり、突然泣き出したり、引き籠ったりと色々あったからな。今では何だか、懐かしく感じるよ。


「うーん、そっか。でも、もし僕にできることがあったら言ってくれ。いつでも相談にのるから」

「はいはい、お前に相談するぐらいのことになったらな。……まっ、ありがとよ」


 友人は小さく噴き出しながら、肩を竦めた。軽い口調だけど、それでもやはり普段より表情に疲れが見える。大変なのは、やっぱり変わらないのだろう。何か僕にもできることがあればいいんだけど。……あっ、そうだ。確か冒険者組合に行ったときに、友人が喜びそうなパンフレットだと思って、とっておいたものがあるんだった。


 友人はいつもパンフレットを見るだけだったけど、せっかくなら僕が企画してみるのも悪くないだろう。疲れを癒すのなら、たぶん効果的だ。療養目的なら、あの時お世話になったハベルさん達にも声をかけてみようかな。うーん、でも、こういうことを僕から企画するのって初めてだから、ちょっと予定の組み立て方がわからない。友人にゆっくりしてほしいから相談はできないし、帰ったらイザベルに聞いてみようかな。


 そういえば、こういう予定の組み立ては妹の方が得意だったな。いつも家計簿をつけるとき、母さん譲りの高速そろばん捌きを見せて、半年先までの食費の見通しができてしまっていた。「今月はピンチだから、週二回は虫と草料理ね」のセリフもよく聞いたな。仕送りをしているけど、家計はよくなっただろうか。今度手紙で、近況も含めて予定の立て方のコツでも聞いてみよう。


 そんなことを考えていたら、ふと気づいたことがあった。この考えがあっているのか、ちょっと自信がなかったので、二人に聞いてみることにしよう。



「すまない、二人とも。今考え事をしていたら気づいたんだが、今回お世話になったハベルさんとヴァーラさんには、これからも会うことはあるかもしれないよね?」

「ん? まぁ、ドラゴンは治療の状況にもよるが、そうじゃろうな。ハベルと余はコンビを組むし、冒険者組合にも顔を出す。その関係で、余らとの接点も増えるであろう」

「つまり、ただの知り合いより親しくなるってことだ。それって、……僕に友達が増えたってことなんだろうか?」

「えっ。……う、うーん、どうかのぉ? えーと、パスじゃ小姑よ」

「俺かよっ。いや、友達かどうかは、……どうなんだ? 友達、友達ってどこからが友達なんだ? あれ、そもそもどうやって友達ってできるんだっけ? あっ、やばい。ちょっと『友達』って単語に気分が……」


 僕の質問に、友人と聖剣がものすごく挙動不審になった。あと、友人の「友達」の単語が止まらない。しかし、僕も彼らを友達という括りに入れていいのか迷っているので、当然の反応だろう。


 友人のようになんでも相談できるほどの仲ではないけど、友人と初めて会った三年前だって、最初は他愛もない話をする程度の関係だった。つまり、これからなのではないか、と僕は考えたのだ。これはもしかしなくても、友達ゲットのチャンスなのではないだろうか。


「そうじゃ、お主らが友達関係になった時のことを思い出したらよいであろう。そのあたりの経緯は、余も知らぬしな。何か友になれた、というきっかけはなかったのか?」

「うーん、何かあったような、なかったような…。あの時は、色々初めてだったから、この『はじめてのお友達作りで大切なこと』の本を参考にしながら、僕は会話をしていたかな」

「……余はその題名に、どう反応を返せばよいのじゃろう。あとその本、いつも持ち歩いているのか」

「僕のバイブルだから」


 何故かカブトムシは目頭を押さえだした。なんか、デジャヴュを感じた。


「と、とりあえず、丁度いいではないか。まさに、今のフェイルの疑問にうってつけの本じゃろう。小姑よ、お主ももやもやするぐらいなら、この本の知恵を借りたらどうじゃ?」

「……そうだな。おい、ちょっとその本を貸してくれ。お前とこうして友人関係になれているんだから、確かに参考にはなるだろう」

「あぁ、この本は僕のおすすめだから、ぜひ目を通してほしい。初心者に優しく、とても丁寧に説明が書かれているんだ。その時々の状況によって、話しかけ方やシチュエーションの作り方が載っていて、よく参考にさせてもらった」

「ほぉ、それは確かにすごいの。どれ、余にも見せてくれ」


 僕のバイブルを友人は受け取り、聖剣は羽ばたいて友人の肩に止まった。思案した顔で友人は唾を飲み込むと、ゆっくりと最初の目次のページから開いた。


『あなたが友人になりたい方に合わせて、各ページをお開き下さい。まず、あなたが友人になりたい相手が、無機物の場合は次のページからお読みください。相手が生きているなら、P67よりご参照くだ――』


「無機物と友人になる方法ってなんだァァァァッーーーー!!」

「無機物相手に、67ページも何を語るんじゃァァァッーーーー!?」


 ちなみに、聖剣の対処法はP34の『剣と友達になる場合』という項目に少し載っていたため、ちゃんと参考にさせてもらった。おぼんは残念ながら載っていなかったが、第二巻に期待だな。



 叫んで一瞬して、二人から『ハッ!?』と同時に声があがる。次には、聖剣は上空へ飛びあがり、身体を捻り高速スピンを繰り出すことで、飛んできたおぼんの軌道を風で逸らす。友人は懐から「訓練用」と書かれたおぼんを装備し、向かってきたおぼんにぶつけて相殺した。初撃を見事に防いだ二人だが、その顔の緊張感は取れない。戦う者の目をした二人の視線は、次の相手へとすでに移行していた。


 眼前にそれぞれ迫る三つのおぼん。数は少数だが、二人の目に油断はない。エンペラーの恐ろしいところは、目にもとまらぬおぼん連撃と連携、そして芸術にまで昇華された技術だ。おぼんテクニックだけで、魔族と聖剣を翻弄してきたのである。


 一本目は一直線に向かってきている。避けるのは簡単だろう。しかし、この回転の仕方は、おそらく以前見せたブーメランおぼんだ。これを避けると、二、三本目の対処中に一本目に奇襲をかけられる可能性がある。だが、打ち落とそうと対処すれば、二、三本目への対応が遅れる。


 綺麗な円を描きながら側面を襲おうとする二本目と、一本目に隠れるような位置で抉り込むように迫る三本目。さらにエンペラーからの追撃の四本目もあるかもしれないため、余力を残してこの三連撃に立ち向かう必要があるだろう。


「……一本目を避けることも、打ち落とすことも悪手。ならばっ!」


 友人は左手に訓練用おぼんを装備し、左足を前に踏み出す。右手をすぐそこまで迫ったおぼんに突きだし、左足を軸にして向かって来るおぼんとは逆回りに回転した。そして右手におぼんが衝突した瞬間、回転の速度と反回転の摩擦により、エンペラーの投げたおぼんの回転は緩やかになり、ついには友人の右手にエンペラーのおぼんが収まったのだ。


 なるほど、手数が足りないのなら増やせばいい。友人はその優れた動体視力と身体能力を使って、エンペラーのおぼんを、己の武器(味方)にしてしまったのだ。そのまま左手に持った訓練用おぼんで、二本目と打ち合いこれを相殺。そしてそのまま、右手の新しい武器を手に、三本目の対処へと友人は動いた。


 僕はエンペラーの方を向くが、彼は四本目の準備をしていなかった。ただ、静かにそこに立ち、友人たちの奮闘を見据えている。いや、その目は普段より少し細められているかもしれない。しかし、このまま彼が次の手を出さないのなら、友人たちの勝利となるだろう。それなのに、彼は次の手を出す素振りがない。


 ――いや、もう次の手など出す必要がないのだとしたら。



「これで、終わりだァァーー!!」


 友人の声と共に、右手に持ったエンペラーのおぼんが、低めに迫っていた三本目に衝突する。つまり、これですべてのおぼんが打ち落とされることになるのだ。


 エンペラーが次点の準備をしていないことを、友人も悟っている。初めてエンペラーのおぼん連撃を越えられた、と喜びが表情に溢れ出した友人に向かい、――突如四本目のおぼんが、三本目のおぼんの下から彼の目の前に現れた。


「はっ?」


 召喚魔法? 違う、あれはまさか隠された四本目だったというのか。エンペラーは、最初から四本のおぼん連撃を用意していたのだ。見えない四本目、それは三本目のおぼんと重なっていた。何故一本目のおぼんで友人の視界から隠れるような角度で三本目は投げられたのか、他のおぼんよりも低めに投げられていたのか。それは友人に、二枚に重なった死角の四本目に気づかせないためだったのだ。


 二枚重なっていたのに、他の二枚とその重なった厚さ以外、回転速度もスピードもまったく見分けがつかないように調節して投げていたというのか。すべては、最後の四本目までの布石。友人の成長スピードまで見切って、作り上げた罠だったのだ。


 友人は三本目を打ち落とすことに成功したが、虚を突かれた四本目の出現によって、回転の軸にしていた左足の脛を強打。それにより体勢が崩れた友人へ向けて、ついにエンペラーは新たなおぼんを手に構えた。それを見た友人の頬が引きつるが、さすがはおぼんエンペラー。しっかり最後は追撃をするらしい。相変わらず、容赦がなかった。


 友人の悲鳴といい音コンボを聞きながら、完食した焼きそばの容器を他の皿の上に重ねておく。すると、どこかいい汗をかいているような店員さんが、すぐに僕の食べ終わったお皿をおぼんに乗せて片付けてくれた。その仕事を忘れない姿勢、見事である。


 その後、僕は床に沈んだ友人を椅子に運び、「いい戦いだったよ」と健闘を称えながら、ぷるぷると震える彼の背中を優しく叩いたのであった。




******




「うぅ…、途中までは余の『カブトムシスラッシュスピン』による風圧攻撃で、なんとかなっていたというのに。いきなり逆強風おぼんで奇襲し、余の風のコントロールを奪うとは。なんという技量じゃ……」

「うん、すごかったよね」


 修行量を増やして、次こそはっ! となんとか立ち直った友人は、魔界に帰ってまた頑張るらしい。今度は技術グループや研究グループが作れないか検討しよう、とぶつぶつ言っていたけど、友人の魂にまた火がついたのだろう。友人は、本当に努力家だな。


「とりあえず、冒険者の仕事では色々な魔物と戦闘をするからの。そこで何かおぼんへの対策法を編み出せないか、新たな技を考えていくわい。ハベルにも、協力してもらおうかのぉ…」

「イザベルも、修行頑張ってね」

「うむ、もちろんじゃ。よーし、これからも頑張らねばなっ!」


 まず、食事処で突然叫んだりせず、マナーを守るのが大切じゃないのかな、と思ったけど、やる気に満ち溢れているのに水を差すのは気が引ける。マナー違反が続きそうなら、注意をすればいいか。最近は二人とも気を付けているみたいなんだけど、時々二人していきなり叫び出すんだよな。そういう年頃なんだろうか。


 今日はお疲れ様会ということで、少々長めにおしゃべりをした。そのため、僕の視界に綺麗な夕焼け空が見え、うっすらと夜の気配も感じる。それなりに食べたので、今日の晩御飯は必要なさそうだ。少し身体が重いので、胃もたれに気を付けないとな。そんな風に今後の予定を考えながら歩き、ようやく家に帰宅することができた。今日も楽しかったな。


「……ん、フェイルよ。ポストの中に何か入っておるみたいじゃぞ」

「本当だ、手紙かな。珍しい」


 広告ではなく、小さな封筒の配達物が入っていることに気づく。触ってみると、少しざらざらとした感触がある。あっ、この紙もしかしなくても手作りだ。そういえば、よく家では雑草で紙を作って、手紙を出していたなー、と思い出す。懐かしい思い出を感じながら、封筒を裏返すと、そこには送り主の名前が書かれていた。久しぶりに見たその名前に、僕は目を見開いてしまった。


「なんじゃ、誰から来たのじゃ。ふむ、『ルクレツィア』? 女性の名前なのか、お主に女の知り合いなどいたか?」

「妹だ」

「あぁ、なるほど。妹なら、……えぇッ!?」

「へぇー、この紙はルーが作ったのか。また上手になったなー」


 昔は一緒に家の周りの雑草を集めて、それから僕の作り方をルーはずっと見ていたんだよね。そうしたら、いつの間にか僕よりも作るのが上手になっていた。今僕が持っている手作りの封筒は、本当によくできている。小さなことだけど、家族の成長に微笑ましい気持ちになった。


 しかし、ルーからの手紙なんて久しぶりだ。家で何かあったのだろうか。僕は頭の中で少し内容を考えるが、家の中にさっさと入って、中身を確認する方が早いだろう。一つうなずくと、僕は肩の上で忙しない様子のカブトムシに一言声をかけ、手紙を持って玄関の扉へと向かった。



 こうして、カブトムシ就職活動は無事に達成され、新しいことをたくさん知りながら、また騒がしい日々が過ぎていくのであった。



 聖王都編 ―終―


挿絵(By みてみん)

『こまとも「聖魔連合vsエンペラー」』

絵師はてるるさんです。

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