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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

小噺

ミサキにて君を待つ

作者: 月野 嘘

君にあげた、だからもらう。

受信トレイに一件のメールが届いています。

【差出人:ミサキ】

【件名:ミサキにて】

久しぶり。元気にしてたかな? 私は今ミサキにいます。次のデートは一週間後だったよね? 楽しみに待ってます。おやすみなさい、良い夢を。


♡♡♡♡♡♡♥


受信トレイに一件のメールが届いています。

【差出人:ミサキ】

【件名:ミサキにて】

何だか君に逢いたくて逢いたくて堪らないです。君の声が聞きたいよ。「大好き」って囁いて欲しい。本当は今すぐ電話を掛けたいくらいだけど、あと六日間の辛抱だもんね。我慢するよ。そうしたほうが君に逢えた時何倍も何倍も嬉しいもんね。


♡♡♡♡♡♥♥


受信トレイに一件のメールが届いています。

【差出人:ミサキ】

【件名:ミサキにて】

昨日は返信なかったけど、どうしたのかな? 具合でも悪いのかな。凄く心配です。今すぐ様子を見に行きたいぐらいだけど、君のいるマンションには遠すぎて……。遠距離恋愛ってこういう時に辛いんだなって痛感するよ。君に何事もありませんように。もし風邪か何かなら早く良くなってね。君の看病でデートが終わるのもそれはそれで良いかもしれないけど。じゃあ、また。


♡♡♡♡♥♥♥


受信トレイに一件のメールが届いています。

【差出人:ミサキ】

【件名:ミサキにて】

昨日も返信なかったね。倒れているんじゃないなら良いだけど……。もし前みたいに「放置プレイ実験」なんて言ったら、今度こそおこだからね! ちゅーもぎゅーもさせてあげないもん。今度こそ本気の本気だからね? 私の本気怒りモードは恐いんだぞっ。土下座したって許してあげないんだからっ。今日という今日こそはちゃんと返信返してね。待ってるよ。追伸:具合が悪いなら本当に今すぐ看病しに行くよ。これでも君の彼女なんだからね!


♡♡♡♥♥♥♥


受信トレイに一件のメールが届いています。

【差出人:ミサキ】

【件名:ミサキにて】

ようやく昨日は返信を返してくれたね。寝込んでいるんじゃなくて良かったよ……もう、本当に心配したんだからね。

ただ一つ気になることがあるなぁ……。

何で君さ、メールで謝ってきたの? 「ごめんなさいごめんなさい、本当にごめん。許してくれ」って。全く謝られる覚えがないよ? まさか浮気とかしているんじゃないよね? そんなわけないよね?

君の事信じてるから。

お願いだから、私を安心させて。


♡♡♥♥♥♥♥


着信が一件ありました。

受信トレイに一件のメールが届いています。

【差出人:ミサキ】

【件名:ミサキにて】

どうして出てくれなかったの? 電話。

……忙しかっただけだよね。ごめん。


♡♥♥♥♥♥♥


着信が三件ありました。

受信トレイに一件のメールが届いています。

【差出人:ミサキ】

【件名:ミサキにて】

そんな態度をとるならこっちにも考えがある。

……君を迎えに行くよ。


♥♥♥♥♥♥♥


先程から携帯は引っ切りなしに着信音を鳴らし続けていた。

きっと今頃、着信履歴と受信履歴はミサキのアドレスで埋め尽くされているのだろう。

部屋の隅で耳を塞ぎながら、僕は小さく縮こまっていた。

床には僕を中心とした紙束の放射線が出来ている。

……それは全てプリントアウトされた地図だ。

『ミサキ市』『ミサキ町』『○○ミサキ』――全てミサキがつく地名や店舗名だった。

締め切ったカーテンを虚ろな瞳で見つめながら僕は震える身体を抱きしめていた。

――彼女はミサキで待ってる、といった。何所のミサキであろうかは大体見当がついてはいたが、念のためだ。ミサキには近づきたくなかった。とりあえず、今日をなんとか乗り切れば良い筈だ。

いや、まぁ、ことの発端は僕のせいなんだけど。

明らかに僕のした悪いことのせいだけど。

自覚はある。だか、ここまで後悔するとは思わなかったんだ。

ただ彼女から逃れたかっただけ。

そういってもただの言い訳にしか過ぎないのだけれど。


タッタタラ、タラッター。


突然、携帯の着信音のメロディーが変わる。

聞きなれたそのメロディーに、背筋に悪寒が走る。

それは、その曲は。

震える手を携帯に伸ばした。

僕が黒いその端末に触る、コンマ数秒前。携帯がいきなり声を流し始めた。

「もしもし、聞こえてますか。ミサキです。何で電話出てくれないのかな。……まぁ、その様子じゃ無理か。約束もすっぽかす気だったでしょ。ミサキに行かなければ良い。確かに着眼点としては正解なのかも知れないね。うん。時間稼ぎくらいにはなったと思うよ、その地図の山。でも、残念。無駄になっちゃったね。君の計画はやっぱり詰めが甘いんだよね。前々から思ってたけどさ。そんなので良く、あんなことしようと思ったね」

声も出せず口をパクパクとさせる僕を嘲笑うかのように携帯はきゃははは、と笑い声を上げた。

「でも、大好きだよ。君のそういうところも、卑怯なところも、優しいところもぜーんぶ全部含めてね。……顔蒼褪めてるよ、どうしたの怖いの? ねぇねぇねぇ、怖いんだよね? でも君が私にしたことはそんなものじゃなかったよね? 覚えてる。勿論。忘れる筈ない」

一拍の間。携帯から漏れ出る吐息の音の質が変化する。


「……ところで、今何所に私がいると思う?」


――がちゃり、と鍵のかけてある、マンションのノブが回される音がした。

ガチャリ、がちゃり、がちゃり、ガチャリ、ガチャ、がちゃ、がちゃがちゃ、ガチャ、ガチャがちゃ、がちゃガチャガチャ、ガチャがちゃガチャがちゃ、がちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャガチャガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャがちゃガチャがちゃがちゃガチャガチャガチャ


――――――――――――――――がちゃり。


「迎えに来たよ。さぁ、一緒に逝こう? 嫌とは言わせないよ。君がこうなるように最初を仕組んだんでしょだったら君もその咎を追うべき後悔だけなんてぬるい君は私の私は君のもの君の為にこの命をあげただから私が君の命をもらうよ永遠に一緒に彷徨えば良い永久に私という呪縛から逃れなくなればいいずっとずっと我慢して一週間どうしようって考えてた答えは簡単だったけどね」


ぎぃぃぃぃ。

扉が×刑宣告のような音を立ててあけられる。


「久しぶりね」


ぺたり、と濡れた音がした。

扉を開けて入ってきた彼女が、にっこりと笑う。

混濁とした瞳に恐怖に歪んだ僕の顔が映っていた。

潮の香りがする。

彼女はやはり、全身ずぶ濡れの状態だった。

長い黒髪の先からは雫がぽたぽたと滴っている。

肌は蒼褪めていて、血の気が全くない。まるで蝋で作られたかのような現実感のなさだった。

彼女の握り締めている、僕と色違いで買ったピンクの携帯の画面はものの見事にひび割れている。


あぁ、やっぱり、彼女は。

―――――還ってきたのか。


彼女がそぉっと僕の方へと手を伸ばしながら歩いてくる。

ぺたん、ずるっ、ぺたん、ずるっ。

彼女が一歩を踏み出すたびに鼓膜が鮮明な音を捉える。


「怖かったよ。海の底は。暗くて暗くてゴーって言う音以外何も聞こえないの。冷たかったし寒かったし苦しかったし痛かったし……何かの間違いって思いたかったけどね、最期に見た君の達成感に満ちた顔が頭を離れなかったの。君は私が邪魔だったのね。だからあの日のデートはミサキだった。私を海に喰べて貰うためのミサキだった。空が黒かったね。曇天の時にミサキに人がいる筈ないよ。私はもう見つかったのかな。まぁ、頭の良い君のことだから勿論潮に乗るところだったんだろうけど。いまも私の身体は深い海の中に閉じ込められたままか、漂流している真っ最中なんだろうね。だぁれも知らない。だぁれも見てない。……私以外は」


良く見ると彼女の頭から滴っているのはどうやら海水のみではなかったようだ。その中に薄く混じった紅い色を見つけた僕は唐突に悟った。


彼女からはもう、逃げられない。


彼女が笑う。

彼女が笑う。

にっこりと。

艶然に。

嬉しそうに。

「七人ミサキっていう可哀想な怪異がいたけど」

彼女の伸ばした指の先が、僕の額にぴとりと張り付いた。


「今日から二人で、二人ミサキと洒落込みましょうか」



ミサキという言葉が使いたいために生まれた噺。

実は恋愛を書こうとしていたと言ったって誰も信じてはくれないだろう。

小説とよぶのもおこがましいようなこの小さなお噺が誰かの目に触れますように。

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