第2話 作戦会議
「……ホントに、手を出さなかったのね」
翌日の朝、ペトラはルッツにそう言った。
「当然だ。サバイバルにおいて、同行者との信頼は絶対。信頼を壊す様なマネはしないさ」
ペトラの言葉を軽く流し、ルッツは朝食の準備をした。
朝食には朝食用のレーションという物が存在している。今日は真空パックされたパンに缶詰の豆サラダに缶詰のソーセージ。それと粉末のオレンジジュース。
そして、味の評価はというと。
「やっぱり、マズイわね」
バッサリと、ペトラは切り捨てた。
「仕方がないだろう。このタイプは、とにかく生き残る事だけを重視して、味の事はほとんど考えていないんだ」
ちなみに、2週間以上、連続してこのタイプのレーションを食べ続けると、健康に影響を及ぼすとアスカから言われている。
「今度は、もっとおいしいやつを用意しなさいよね」
「次の街に着いたら、もうこのタイプはほとんど使わないよ」
そして、朝食が終わると、ルッツはキャンプの片付けをして、ペトラと共にバイクに乗り込み、先を急いだ。
◇◆◇◆◇◆
3時間後、二人は、『シュワルツ河』と呼ばれる、グーベルク王国に走る3つの大河の一つの岸部に到着していた。
このシュワルツ河は、王都シュパーマリッヒがある『オーゼ湖』から、北の『シュワルツ海』に流れる河だ。
そして、シュワルツ河の河口は、大きな港がある。そこから、外国と貿易をしているのだ。ということは、シュワルツ河口に集められた輸入品は、シュワルツ河伝って王都やその他の都市に供給される。逆に、輸出品もシュワルツ河を経路にしてシュワルツ河口へと運ばれる。
そのため、シュワルツ河は、物流の要所とも言える。
今、ルッツ達が対岸に見えているのは、ちょっとボロくなった城壁がある街だった。『シュワルツホルスト』。それが、街の名前。
元々、シュワルツ河を遡って王都へ侵略する外敵を防ぐための城塞都市だったが、魔獣の出現により戦争の頻度が極端に減ったため、今では『城塞都市』とは名ばかり。加えて、大型船が停泊しにくい地形に建っているため、貿易船の中継地点にすらなれない、さびれた街である。
しかし、各種ギルドや王家の職員が駐在しているなど、生活に必要な施設が揃っている。そのため、グーベルク王国の北側の、ホルツ村を始めとした村々の人達が、年に何度かやって来ては何らかの手続きを行う。
そういう事情から、『さびれてはいるが王国に欠かせない街』とも言われている。
「この辺だってよ。僕が拾われたの」
唐突に、ルッツが話した。
「えっ!?」
「僕、実はダニエル・ヴィルダーの実の息子じゃないんだよね。この辺りで、父さんが河に流れて来た赤ん坊の僕を見つけて、拾ったんだって」
「そうだったの……」
ぺトラは、若干センチな気分になった。
「ま、それを今更どうこう言ったって無駄だけどね。それに、血が繋がっていないとはいえ、両親から愛情を注がれなかったわけじゃないし。それより、今はどうやって向こう岸に渡るかだな」
「そうよ! この乗り物じゃ、向こう岸の街にたどり着けないわよ!」
一応、街とその対岸を結ぶ渡し舟があるのだが、バイクは重過ぎて舟に乗せられない。
「大丈夫。そのための装備も用意してある」
すると、ルッツはコンテナからモスグリーンの布を取り出し、それをバイクに取り付けた。バイクに装着する渡河用キットだ。
完成すると、バイクが舟に突き刺さっている様な姿になった。
「なんか……微妙なビジュアルね……」
「それは僕もそう思う。だが、性能は実用レベルだ。心配するな」
そして、ルッツとペトラはバイクに乗り込み、そのまま発進。河に着水した。
着水したバイクは、ゆっくりとしたスピードながらも、登場した人間の足元を濡らさずに、安定した走り(泳ぎ?)を見せつけた。
30分ほど時間をかけ、ついに、河を渡り切った。
その後、渡河用キットを取り外し、コンテナにしまうと、そのまま街に入った。
◇◆◇◆◇◆
シュツルムホルストの街の様子を端的に表すなら、『ボロい』の一言に尽きる。
石造りの街なのだが、表面がけっこう削れている場合が多い。見方によっては、要塞都市としての名残としていい味を出していると言えなくもないのだが、わざわざ観光目的で来ようと思うかと言われれば、かなり微妙である。
それでも、小さな村にとって重要な街である事には変わりないので、一応、賑わってはいる。
「ここが、私の宿よ」
そこは、シュツルムホルストの中で一番高級な宿だった。もちろん、さびれた街の宿なので、王都の高級ホテルと比べたら質素な方なのだが、それでも一般人が気軽に泊まれる様な宿ではない。
(没落した貴族とはいえ、平然とこんなホテルを利用できるものなのだろうか?)
ルッツはペトラについて怪しんだが、それは今関係ない事なので、後回しにした。
ルッツは、ペトラが取っている部屋に入れてもらった。そこそこの広さに、豪華とは言えないが重厚な雰囲気を出している、腕のいい職人が作ったと思われる家具が並んでいる。
ルッツとペトラは向かい合うようにテーブルに座った。
「で、ウーレ・ベア討伐の作戦なんだけど、一緒に考えてくれない?」
そう言うと、ペトラは地図を取り出した。ウーレ・ベアの巣がある洞窟周辺の地図だ。
「なるほど、ウーレ・ベアの巣穴に行くルート上に、ファルト・フォックスのテリトリーがあるのか」
そう、ペトラがファルト・フォックスに襲われたのも、こいつらのテリトリーに入ったためだった。
「そうなのよ。他のルートは険しすぎて、ウーレ・ベアと戦う体力がなくなっちゃうのよね。だからさ、あのバイク? とかいう乗り物に乗って、ササッと……」
「あ、それは無理だから」
あっさりと、ルッツはその考えを否定した。
「乗っててわかったと思うんだけど、あのバイク、音が大きいんだよね。だから、警戒されるか、襲われるかのどっちかが起こる。変な魔獣をおびき寄せちゃう可能性もあるし。第一、あれは小回りが利かないから、森林の中で使うには不向きなんだよ。だから僕は、狩りをするときは、原則的に徒歩で行うと決めている」
「そうなの。じゃ、他に何があるかしら?」
しばらく考えていると、ルッツが唐突に質問した。
「ぺトラは、弓を使えるか?」
「使えるけど……まさか、弓で一匹ずつ狙い撃ちして、群れを壊滅させるつもり?」
「いや、ドギツイ匂いを持った餌を括り付けて、飛ばすんだよ。そうすれば、ファルト・フォックスは餌につられてどっか行っちゃうし。その隙に、巣穴に近付けばいい」
「そっか! で、その餌って?」
「それは、こっちで用意する。後は……」
その後、細かい事を決めると、今日はお開きになった。
◇◆◇◆◇◆
宿を出たルッツは、バイクごとイレク・ヴァドに飛んだ。
「お帰りなさい、マスター」
「ただいま、アスカ。こうして生で会うのは、数日ぶりか」
すると、アスカはある事に気が付いた。
「なんか、この空間、ホルツ村にいた時より広くないか?」
「おお、さすがはマスター! 鋭い観察眼ですね! そうです、ホルツ村にある基地ユニットに比べて大きいんですよ。と言うのも、基地ユニットの広さは地上の街や村の広さに合わせていますからね」
テンション高めで、アスカが答えた。
ちなみに『基地ユニット』とは、ルッツがホルツ村で、最初に迷い込んだあの円形状の空間である。
壁に設置されてあるディスプレイを12時の方向とすると、2時の方向の扉が食堂、4時の方向の扉が研究施設・資料室、6時の方向の扉が武器庫、8時の方向の扉がガレージ、10時の方向の扉が居住区へとそれぞれつながっている。なお、3時と9時の方向にある扉は、世界中にある基地ユニットや食料となる生物を育てたり物資を製造したりする『プラントユニット』につながる通路となっている。
さらに、基地ユニットの下階には、訓練施設がある。
「そういう事情があったのか。じゃ、僕は部屋で休むから」
「はい、おやすみなさい」
そして、ルッツは居住区へと姿を消した。
居住区の中は、旅館の様に、草を練り込んだ漆喰でできていた。各部屋のドアも、何とも高級感溢れる壁紙が貼られていた。一言で言って、和風である。どうやらこれは、アスカやイレク・ヴァドを開発した国のお国柄が反映されているらしい。
ルッツは便利という事もあり、居住区の出入り口に一番近い部屋に住んでいる。その中は、一人暮らしするには問題ない部屋。草色と白と金を織り交ぜた、やはり和風な意匠の部屋で、押し入れ、布団、和ダンス、トイレ、お風呂の他にも、この世界にはないパソコンまで置かれている。
一応、ルッツは訓練の時に一通りパソコンの使い方はアスカから教わってはいるが、あまり使用する機会が無いため、ほとんど触っていない。
もちろん本日もその通りで、ルッツは風呂に入った後、さっさとベッドに寝てしまった。