第1話 少女ハンター
ルッツがホルツ村を旅立ってから、丸一日が経過した。
天気は晴れ。気候は過ごしやすく、街道がある森が適度に影を作り、旅をするには最適な環境だ。
そんな、天国の様な環境の中を、ルッツはバイクを走らせていた。
上手く行けば、明日にでも最初の街が見えてくるだろう。そう思っていると、何かがルッツの目に飛び込んだ。
なんと、10時方向に、不自然なフラッシュが、弱々しく発生していたのだ。
何かまずいことが起きている、と思ったルッツは、すぐに光の下へと急行する事にした。
◇◆◇◆◇◆
ルッツが光の発生場所に到着すると、そこには、セミロングの金髪に、相当上等な鎧と剣を持った、少女ハンターがファルト・フォックスの群れに囲まれていた。
このまま放っておけば、いずれ少女はファルト・フォックスに殺されてしまうとルッツは判断した。そこで、ルッツはバイクをフルスロットルで吹かし、ファルト・フォックスの群れに突っ込んだ。
そして、少女とすれ違う瞬間、ルッツは手を伸ばし、少女を確保。そのまま後部座席に座らせた。
「しっかり掴まってろ」
少女はルッツの指示に従い、手をルッツの腰に回した。
その間、ルッツはバイクを走らせ続けていた。もちろん、ファルト・フォックスから逃げるためであるが、闇雲に逃げているわけではない。きちんと街道へ戻りつつ逃げているのだ。
だが、乗っているのは大型バイク。森林の中では、小回りが利かず、すぐに追いつかれてしまう。
そのため、ルッツは左足元にある隠し収納を開いた。それは、銃専用の収納スペースで、ライフル程度の大きさの銃を一丁、収納している。
ルッツが取り出したのは、ショットガン『M870』。レミントン者が誇る、対人にも猟にも使える一品だ。しかも、岩を叩いても壊れない頑丈さを誇っている。
ルッツは、ファルト・フォックスが近付いて来る度に、M870を放って追い払ったり、負傷させたりした。
ちなみに、M870はポンプアクション式と言い、銃身下部にある『フォアエンド』と呼ばれる部品をスライドさせなければ、次弾の装填を行う事ができない。つまり、右手でグリップを握り、左手でフォアエンドを操作するのが基本的なスタイルである。
しかしルッツは、右手でバイクのハンドルを、左手で狙撃を行っている。では、装填作業はどうしているのか?
その答えは、左手で引き金を引くと、銃を軽く宙に投げ、落ちて来たところを左手でフォアエンド部分を掴み、銃を軽く上下にシェイクしてフォアエンドを作動。再び宙に投げ、グリップを掴む。そして狙撃。これを繰り返していたのである。
そのようなルッツの活躍もあって、ルッツ達は無事、街道に到達。ファルト・フォックスを撒く事に成功したのである。
◇◆◇◆◇◆
街道には、少し開けた場所が何か所かある。そこは、野宿や野営を張るための休憩所なのだ。
ルッツ達がこの休憩所に着いた頃、空は暗くなり始めていた。今日はここで野営決定だった。
ルッツはバイクの後部にあるアルミ製のコンテナからテントの設営セットを取り出し、テキパキとテントを設営する。かかった時間、わずか30分。そしてテントの中に、寝袋を二つ放り込んだ。
次に、ルッツは足の付いたスチール製のたき火台を設置し、その中に周囲に落ちていた木の枝を集めると、青い錠剤型の着火剤を投入。マッチで火を点けると、たき火台の上に金網を置いた。さらにその上に、水を満載した鍋を設置し、お湯を沸かした。
そして、ルッツはスチール製の箱をコンテナから2つ取り出した。これは、アスカがこの世界で手に入る食べ物で調理した野戦食、いわゆる『レーション』だった。
ルッツはこの中にある、レトルトのスープと温野菜を取り出し、お湯に入れ温めると、専用のトレイに中身を取り出した。
後は、レーションの残りの中身、真空パックされたパンにスパム、インスタントコーヒーにチョコレート、ビスケット3枚を添えれば、完成だ。
「できたぞ」
ルッツは、鎧を脱がせてバイクに座らせていた少女に声をかけ、一緒に食事を取った。
「うぇ、まっず」
少女が食事を口にした後の第一声が、それだった。
「ま、それが普通の感想だろうな。それ、一番まずいタイプの食事セットらしいし」
実は、『最初に食事を過酷な物にして、それを体験するのも訓練』というアスカの考えの下、ルッツは最もまずいレーションを持たされていたのだ。
「なんでそんなもの持って来たのよ」
「こういう味に慣れるのも、修行なんだと」
少女の質問に、ルッツは答えた。しかしこの少女、かわいい見た目の割に、口が悪いというか、割と強気な印象を受ける。もっとも、ハンターやってる位だから、強気な性格も当然と言えば当然だが。
「そういえば、まだ自己紹介がまだだったな。僕はルッツ・ヴィルダー。出身はホルツ村」
「ヴィルダー? ヴィルダーって、あのダニエル・ヴィルダーの?」
興奮気味に、少女は問いかける。
「そうだよ。僕はダニエルの義理の息子さ」
「へぇ。で、あなたのお父様は、どうなさっているの?」
「先日、ハンティング中に亡くなったよ」
「あ……」
少女は気まずそうにしたが、ルッツは首を振った。
「別に気にする必要はない。その事はすでに、解決済みだ。それより、君の名前は」
「え……ああ。私の名前は、ぺトラ・シュパ……ブレンケよ。ペトラって呼んで」
ペトラと名乗った少女は、ちょっと言いよどんだ部分があったものの、とりあえず自己紹介をした。
「ペトラっていうのか。ところで、僕がペトラを見つけたきっかけっていうのは、森の奥でフラッシュが見えたからなんだけど、もしかしてペトラの異能って、光系?」
「ええ、そうよ」
「と言う事は、王家と何か関係が?」
実は、グーベルク王家の人間は、全員光系の異能者だ。と言うのも、異能の発現は遺伝しやすい、とは前にも言及したが、属性も遺伝する。例えば、親が炎系の異能者であれば、子供も炎系の異能者である可能性が極めて高いのだ。
そのような特徴もあり、珍しい異能力を持っていれば、どこの氏族の者かがある程度分かってしまうのだ。
「まあ、そうらしいわね。でも、かなり遠いらしいから、ほとんど他人に等しいわ。今は、ただの貧乏貴族よ」
「そうか。ところで、あんなところで何してたんだ? 多分クエストなんだろうけど、どんなクエストだ?」
『クエスト』とは、魔獣ハンターの組合組織である『魔獣ハンターギルド』(魔獣ハンターは言う場合、単に『ギルド』と呼称される)の仲介で出される依頼の事だ。
「ああ、それならこれを見ればわかるわよ」
ぺトラは、懐からクエスト内容が書かれた書類を取り出した。ルッツはそれを受け取り、読んだ。
そこには、依頼人の名前や報酬額、細則等が書かれていたが、ルッツが注目したのは、もちろん討伐内容。
そこには『ウーレ・ベアの討伐』と書かれていた。
ウーレ・ベアとは、クマ型の魔獣である。群れは作らないものの、単体の能力が高く、3~5人のチームを作って攻略するのがセオリーとされている。
もちろん、一人で倒せない事もないが、けっこうギリギリだ。逆に言えば、一人で倒したという実績は、一種のアドバンテージにもなるのだが。
「あのさぁ、ぺトラ?」
「何?」
「君の能力って、どれくらいの事ができるの?」
その問いに、ペトラは口をつぐんだ。よっぽど触れられたくない話題なのだろうか。
しかし、意を決して、話す事にした。
「その……なんていうか……照明程度?」
一瞬、沈黙が流れる。
その沈黙を打ち破ったのは、ルッツのため息だった。
「正直な話、諦めた方がいいと思う。能力が戦闘向きじゃないし、武芸に関しても、さっきのファルト・フォックスを相手にしていた時の様子から考えて、あんまり突出しているわけではなさそうだし」
「いやよ!」
ペトラの叫びが、辺りに響いた。
その気迫を感じたルッツは、どうしてもあきらめたくない何かがあると思った。
「何か事情がありそうだけど……そこは詮索しないでおく。でも、ここで君を送り出してしまったら、ほぼ確実に君は死ぬ。だから、僕も協力するよ」
「え……いいの?」
「ああ。どうせ、僕は魔獣ハンターとして研鑽を積むために旅に出たんだ。こういう事は、積極的に参加しないとな」
「あ……ありがとう……」
お礼の言葉が、尻すぼみになっている。おそらく、ペトラはお礼を言う機会があまりなかったのだろう。
「いいよ。それより、そろそろ寝るか。寝袋だけど、使い方がわからなかったら教えるから」
「ま、待ちなさいよ! もしかして、一緒のテントで寝る気?」
「不本意ながらな。テントは予備を持って行けるほど、コンパクトじゃないんだ」
確かに、ペトラの言う通り、年頃の男女が同じ屋根の下……もとい、テントに寝るのは問題がある気がする。
だが、そもそもルッツは一人で旅をする気でいたし、第一レーションや寝袋と違って、テントはかさばるので、予備を持てないという事情があった。
「わかったわよ! でも、妙な事したら、ただじゃおかないからね!」
「はいはい、わかっておりますよ」