第5話 旅立ち
村に帰った後、ルッツは隊長や母のアンニに、これまでの経過を大まかに説明していた。
もちろん、異世界やイレク・ヴァドについては言わない方がいいし、言っても信用してくれないのは明らかだったので、『村のはずれで、ある人物と出会い、武器や装備品を受け取った』という事にした。
それを聞いた人々は、腑に落ちない点はあるものの、大体理解できた。
そして、夜も遅いため、この日はこれでお開きになった。
◇◆◇◆◇◆◇
「ところでマスター、これからどうなさるおつもりですか?」
「どうするって?」
翌日の朝、イレク・ヴァドで、ルッツとアスカはこのようなやり取りをした。
「とりあえず、当面の目標であったシュトゥルム・ウルフの討伐は達成しました。裏を返せば、目標を失った、と言う事です。ですから、今後の行動指針を設定するためにも、何か目標を立てませんと……」
「目標、か……」
思えば、ルッツは父の様な魔獣ハンターになるため、修行を積み重ねてきた。だが、異能を持たないルッツは、魔獣ハンターになるための絶対要件を満たす事ができなかった。
だが、そもそも異能がハンターとして必要不可欠なのは、今のところ、それしか魔獣への対抗手段が無いためでもある。
しかし、ルッツは異能に頼る以外の、魔獣に対抗する術を得た。これはもう、やる事は一つしかないと、ルッツは心に決めていた。
「僕は、立派な魔獣ハンターを目指す。そのために、世界を見てみたい。それで、各地の土地柄や魔獣の特色、特徴を勉強したい」
「わかりました! マスターがそう決意されたのなら、ワタシからは何も言う事はありませんね。それに、イレク・ヴァドを使えば、世界のありとあらゆる場所を訪れることだって可能ですよ。ワープを使えば一発です」
アスカはそう提案したが、ルッツは断った。
「いや、僕は道中で知り合うであろう人達との出会いを大切にしたい。だから、ワープを使うのは、一度訪れた事のある場所だけに限定しようと思うんだ。基本、道を歩いて行くよ」
「なるほど! それはよい心掛けですね。では、私の方からもプレゼントを渡しましょう。きっと、旅が便利になるはずですよ」
そう言うと、アスカはルッツを、ある扉の中へと案内した。そこは、乗り物を保管する倉庫だった。
そこで見た光景は、ルッツの男心をくすぐる物ばかりだった。そして、ルッツはアスカから渡された物を見た時、そのカッコイイ外観と多彩な機能に、心を打たれたという。
◇◆◇◆◇◆◇
その3日後の朝、ルッツは旅立ちの日を迎えた。
旅に出る際、母からはあまりいい顔をされなかったが、隊長の口添えもあり、なんとか承諾を得る事ができた。
そのかわり、どこか大きな街に付き次第、便りを寄こす事を条件にされたが。
「じゃあ、行ってくるよ」
ルッツは、出発を見送る人々に告げた。
現在のルッツの恰好は、普段着の上に、戦闘中着ていたタクティカルベストを着ている。他にも、やはり戦闘中に着用していたインカム付きヘルメットにゴーグル、グローブを装備している。
なぜこのような格好をしているかと言うと、答えは簡単。アスカから貰った乗り物に原因がある。
それは、銀色のボディに黒い塗料でアクセントを施されており、後部にアルミ製コンテナを3つ装備した二輪の大きな乗り物。一言で言い表すならば、『大型オフロードバイク』だったのだ。
ルッツに装備された品々は、事故から身を守るために、アスカによって着せられた物なのだ。もちろん、ルッツはその重要性を大体理解した。
ちなみに、このバイクを初めて見た村の人々は、女性は珍しい物を見たと言う感想を持ち、男性はカッコイイと思っていたようだ。
「では、ルッツ君。村の事は、我々に任せてくれ。そして、立派なハンターになって来るんだぞ」
「ルッツ、くれぐれも、無茶な事はしないで。ケガもしないようにしなさいね」
隊長、母親から、それぞれ送り出す言葉をかけられる。
そして最後に、ルッツの事をバカにしていた少年が、ルッツの前に現れ、言った。
「その……、この前は、助けてくれてありがとう。それと、今までバカにして、ごめんなさい!」
少年は、思いっきり頭を下げた。
「いや、能無しなのは事実だし。それに、こうやって勇気を出して、謝ってくれたんだ。これで、この事は決着がついた。もうお互い、この事を掘り返すのは無しにしよう」
「……ありがとう」
少年との和解が成り立つと、ルッツはバイクにまたがり、カギを差し込んで回し、アクセルを噴かした。そうして、村人達に見送られながら、ルッツは森の中に敷かれた街道に、姿を消した。