第4話 再討伐
シュトゥルム・ウルフとの再戦の日。討伐隊は、ピンチに陥っていた。
最初、シュトゥルム・ウルフを数匹見つけ、そのまま追いかけて行ったのだ。罠とも知らずに。
その結果、まんまと誘い出され、ハンター達にとって不利な森の奥まで来てしまった挙句、取り囲まれてしまったのだ。
土の壁による防壁は、逆に自分達を追い込んでしまう。その事は前回の戦いで身に染みて理解している。
だからと言って、下手に攻撃する事はできない。逆にシュトゥルム・ウルフを刺激し、一斉攻撃を仕掛けられてしまう可能性があるからだ。
対多数向けの能力を持っているハンターがいれば、多少の力押しは可能だが、残念ながら今のメンバーには複数を相手にできる人間は存在しない。
こういった状況の場合、別行動をしている仲間がアクションを起こし、注意を反らした所を不意打ちするのがセオリーなのだが、残念な事に、隊の分割を行っておらず、注意を反らす事すらできないでいた。
打つ手がない。絶体絶命。なのに、最悪の事態と言うのは、畳み掛ける様にやって来る。
「う、うあああああぁぁぁぁぁ!!」
ハンターの一人が、緊迫する空気に耐えかね、水の異能を放ってしまった。
このハンターは、以前、ルッツをからかっていた少年の一人だ。今回、めでたく初陣を飾る事になったのだが、初戦闘で命の瀬戸際に追い込まれれば、パニックを起こして当然だ。
ちなみに、なぜ未熟な新米ハンターを隊が受け入れたかと言うと、非常に簡単な事だ。シュトゥルム・ウルフに対し、とにかく数をそろえて対抗しようとしたからに過ぎない。
そして、少年の攻撃に刺激を受けたシュトゥルム・ウルフの一匹が、少年に向かって飛びかかった。
すぐに動かなければ、少年は食い殺されてしまう。だが、少年も、周りの大人達も、動けなかった。急にシュトゥルム・ウルフから発せられる殺気が強くなったのだ。
まるで、『邪魔するなよ』と言われている様だった。
だが、結果的に、少年は助かった。
パァン! という破裂音の様な音が響くと、少年に飛びかかったシュトゥルム・ウルフの首筋から血が垂れ、いきなり絶命してしまったからだ。
突然の事に、ハンター達もシュトゥルム・ウルフも唖然とし、顔を見合わせてしまう。
だが、その時間は、そう長くは続かなかった。
次々に乾いた音が響き、音が鳴る度にシュトゥルム・ウルフの命を刈り取って行く。
事態を重く見たシュトゥルム・ウルフのボスは、ハンターの包囲を解き、音のする方へと群れを移動させた。
その様子を、ハンター達は呆然と見つめるしかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「最初の射撃は、上々か」
ルッツは、ハンター達とシュトゥルム・ウルフの群れを一望できる、木の上で座っていた。だが、ルッツの着ている服が、ちょっとおかしかった。
この世界は、アスカのいた世界で言う、中世ヨーロッパの様な世界だ。だから、ルッツもそれにふさわしい服を着ているはずなのだが、今回ばかりは違っていた。
ルッツが着ているのは、いわゆる迷彩服だ。その上に、ポケットがたくさん設けられている防弾ベスト、いわゆる『タクティカルベスト』を着用している。靴は軍用ブーツ、頭と顔にはインカム付きヘルメットに防弾ゴーグル。手には軍用グローブ。
これらの装備は、アスカの世界で一昔前に採用されていた、軍の装備だ。
さらにルッツは、手にスナイパーライフル『M700』を持っている。レミントン社製のスナイパーライフルで、特徴は生産性・安全性・精密性が高く、オプションパーツも豊富。パーツを変える事で、ありとあらゆる弾薬が撃てる、汎用性の高さも有している。
元々、このスナイパーライフルは軍用だけでなく狩猟用としても使われていた事もあり、魔獣ハントに使うにはピッタリだ。
そして、ついさっきまで、ルッツはこのM700を使い、シュトゥルム・ウルフを狙撃していたのだ。
ここで、アスカから連絡が入る。
『調子はいかがですか、マスター?』
「ああ、全部一撃で仕留めている。お前の訓練の賜物だな」
ちょっと皮肉を込めて、ルッツが答えた。あの行き過ぎ感が否めない訓練に、ルッツは少なからず恨みを持っているようだ。
『ちょっと妙に感情がこもっているのが気になりますが……、まあいいでしょう。ところで、シュトゥルム・ウルフの群れが、マスターの方に移動を開始したようですよ?』
「そうだな。M700は相談数が6発しかないから、多数を相手にするのは不利だが……とりあえず、減らせるだけ減らしてみる」
『そうですね。その方針で行きましょう。もっとも、マスターがシュトゥルム・ウルフに囲まれたとしても、何か策はあるんでしょう?』
「さあ? どうだか」
ルッツは意味深な笑みを浮かべると、M700に弾を込め、再び狙撃を開始した。
◇◆◇◆◇◆◇
結局のところ、ルッツがいる木は、シュトゥルム・ウルフに取り囲まれてしまった。だが、シュトゥルム・ウルフもこの状況を作り出すのに、半数の仲間を犠牲にしてしまった。
だが、シュトゥルム・ウルフがルッツを囲んだからと言って、完全に有利になったわけではない。
ルッツは、何かを木の下に落とした。すると、その落下物が爆発を起こし、多数のシュトゥルム・ウルフが命を散らした。
ルッツが落としたのは、手榴弾だった。
しかもルッツは、手榴弾をためらいもなく、大量に投下している。それは、木の周辺に固まりすぎたシュトゥルム・ウルフにとって、死を告げる果実の様に見えた事だろう。
ルッツがシュトゥルム・ウルフに爆発物を投げつけている様子は、一方的な蹂躙と言ってもよかった。そう言っても違和感のないほど、完全なワンサイドゲームだったのだ。
シュトゥルム・ウルフのボスは考えた。止まって入れば殺される。逃げても殺される。近付いても殺される。どう行動したところで、死は確実にやって来てしまう。
なら、どうせ死ぬならと、ボスは一気に走って木に近付き人間では到底まねできないほどの跳躍力で飛び上がり、ルッツに噛みつこうとした。
「何っ!?」
ルッツは一瞬驚いたが、瞬時に状況を把握。M700を、スコープを覗かずに銃口をボスに向け、引き金を引いた。
こういうとっさの行動ができるのも、アスカの訓練の賜物か。
結果、ボスの攻撃を未然に防ぐ事ができた。だが、ルッツは初めて、急所を外してしまった。
ルッツは、周囲に他のシュトゥルム・ウルフがいない事を確認すると、木から降り、ボスに近付くと、こう告げた。
「最後の最後で僕に襲い掛かるとは、恐れ入ったよ。窮鼠猫を噛む、とはよく言ったものだね。だから、僕は君に敬意を表して、苦しまないように死なせてあげるよ」
皮肉の様に聞こえるかもしれないが、これはれっきとした、父ダニエルから教わったハンター哲学だ。
『獲物を苦しませずに仕留める』。これが、ハンター精神なのだ。
そして、ルッツはM700の銃口をボスの口に差し込むと、引き金を引いて、その魂を天に送った。
◇◆◇◆◇◆◇
ルッツがボスを仕留めた直後、村のハンター隊の面々が、ようやくやって来た。
「やあ、意外と遅かったじゃないですか」
ルッツは余裕たっぷりに、ハンター隊へ向けて口を開いた。
「お前……ルッツか? これを全部、お前がやったのか?」
副隊長――現在は隊長の男が、信じられない様な表情で問いかける。
「まあ、一応、ね。長くなるんで、詳しい話は帰ってからにしませんか?」
ルッツの提案に隊長は同意し、シュトゥルム・ウルフの死骸を回収し、無兄帰る事にした。
その間、ルッツをからかっていて、今回、絶体絶命の経験をした少年は、後悔やら後々何を言われるかといった不安で、顔が真っ青になっていたという。
このあたりから、ミリタリー色が入ります。
しかし作者は、ミリタリーに関してはさほど詳しくなく、付け焼刃です。ですので、おかしいと思ってもあまり突っ込まないでいただけると助かります。
現実と違う部分は、アスカの改造によるもの、とお考えください。